第146話 サソリの天敵

 左翼方面はなだらかな上り坂になっていた。戦闘は既に始まっていて、坂の上から怒声や甲高い金属音が届く。途中まで一塊だった狩猟者達はばらけて散っていく。代わりに目の前に現れたのは、でかいハサミと毒針つきの尾を持つ巨大なサソリだ。話に聞いていた通り人間の二倍から三倍はある。ハサミがでかいサソリは総じて毒針は小さく毒も弱いとよく言われる。毒が弱い分ハサミが発達したとか、毒が強いからハサミを進化させる必要は無かったとか。餌をとる為に、生き残る為に生物は進化するので、逆に不必要な進化はしないって話だ。もちろん例外はあるだろうし、もしかしたら向こうの世界では新説が出て、これまでの説は淘汰されてるかもしれないけど。

 そして、おそらく目の前のサソリを見たらあらゆる学説がひっくり返るだろう。ハサミもでかければ毒針も馬鹿でかい。

 先に戦っていた狩猟者の男が、サソリの毒針を盾で受け止めた。途端、ジュウ、と嫌な音と共に酷いにおいが立ち込める。毒針が刺さった箇所を中心にして、鋼鉄の盾が溶けていた。いつかの魔龍も驚きの、とんでもない猛毒だ。次いで迫るハサミを同じく盾で防ごうとしたが、溶けてもろくなった盾はやすやすとハサミでへし折られた。

「う、うわっ」

 盾を失った男に再度毒針が迫る。かろうじて剣で防ぐが、その剣も毒液を浴びて途端になまくらへと変わった。また強烈な一撃は彼に膝を付かせるのに十分だった。転倒した男へ、三度毒針が迫り


 シュパンッ


 毒針がクシナダの矢によって地面に縫い止められた。暴れる尾の節を狙って剣を振り下ろす。手ごたえと共に半分に分かたれた。残った毒針付きの尾が打ち上げられた魚みたいに、ビチビチと体液を撒き散らしながら跳ねている。

 引き抜こうと必死だったサソリは勢い余って数メートルほど後退、その間に倒れていた男をクシナダが助け起こす。

「大丈夫?」

「ああ、助かった」

「一旦引いて、武器を取りに戻ったほうがいいわ。流石に素手じゃ無理でしょう。ここは私たちが」

「すまん。恩に着る」

 男は素直に下がっていった。倒す倒さないは二の次で生き残るのが優先、狩猟者にとっては共通の認識のようだ。敵に背中を見せられるか、なんて下手なプライドなどよりもよっぽど価値がある。生き残ってこそ、後で礼もできれば恩も返せる。

「っと」

 物思いにふけるのを中断し、後ろに飛ぶ。僕のいた場所をサソリのハサミが横切った。尾を切り落とした僕を、完全に敵視しているようだ。

「そんなに焦らなくても、相手してやる」

 言葉が通じるのかどうかわからないが、言葉が終わると同時にサソリが突っ込んできた。一番の脅威である毒針がなくなったとはいえ、盾を破壊したハサミの攻撃力も侮れない。

 突き出してきたハサミに剣を合わせて弾く。返ってきた感触から尻尾よりも硬そうだ。こんなのと真正面から打ち合ったら手がしびれて使い物にならなくなる。となると、狙い目はさっきの尾と同じ、間接などの繋ぎ目だろう。

 サソリが左のハサミを振るう。迫るハサミの外側に剣を滑らせるようにして躱し、側面へと回り込んだ。がさがさとせわしなく動く足の、その付け根に剣を捻じ込む。カニの足をもいだ時と似た手応えがあり、前から二番目の足が案外あっさり取れた。そういえば、カニは自分からハサミや足を取り外せるような構造になっている。カニもサソリも同じ節足動物のクモの仲間だ。殻もあるし。そういう足が外れやすいところも似ているのかもしれない。もしかしたら味も。サソリは中国やタイなどアジア圏で食べられている食材で、漢方にも使われているとかネットで見たことがある。ちょっと、試す気にはならないが。

 足を奪われたサソリがその場で急速旋回した。残った七本の足が土煙を上げる。ドリフトしながら半ばまで千切れた尾を振り回し、足も奪った憎き僕に向けて叩きつけてきた。しなりながら迫る尾を剣で受け止め、戻ろうとしたところを掴む。尾に体が引っ張り上げられ、行き着くのはサソリの真上だ。振り落とされる前に手を放し、背中に飛び乗る。背中を取られて引き剥がそうと暴れるが、関節の都合上ハサミは届かない。毒針もないし、振り落とされなければもっとも安全な位置だ。

「体が硬いのがアダになったね」

 その背の節に剣先を添えて、一息に突き刺す。ブシュブシュと体液が飛び散らせ、サソリがもがく。突き出た柄をぐりぐりと左右に揺らして抉り、傷口を拡大させた。胴体の半分ほどまで裂け目が広がったところで、ようやくサソリは動きを止めた。足から力が抜けていき、遂に力尽きて倒れ伏した。

 致命傷を与えるにはかなり斬らないと駄目みたいだ。中々タフだが、弱点も多い。真上からの攻撃を想定してないのか、上に乗られたときの対処法がやつらには無い。確か、普通のサソリの天敵は肉食の大型哺乳類や鳥類がいた。ここでも同じだ。あと、ハサミよりも胴体は格段に柔らかい。特に殻と殻の隙間の節は簡単に刃が通る。動いているから弾かれるだけで、さっきみたいに止まっている状態からなら差し込める。どうにかしてサソリの背中に乗れれば、誰にでも討伐は可能だろう。

 倒したサソリから降りて周りを見渡すと、クシナダがいない。サソリ相手にやられたってことはないだろうから、純粋に戦ってる間にはぐれたと見るべきか。


 ドスンッ


 そうではなかったようだ。地面を揺るがす轟音と共に、サソリたちが次々と倒れていく。上から踏みつけられたように、サソリは足や尾を地面に押し付けてられていた。その足の節、尾の節、体の節から矢の尾羽が突き出ている。矢でサソリを標本のように縫いとめているのだ。こんな芸当が出来るのは僕の知る限り一人だけ。

 見上げれば、案の定クシナダが上から狙いを定めているところだった。彼女が矢を放てば、サソリが地面に縫いとめられていく。僕の戦いから、サソリが上からの攻撃に弱いと悟ったようだ。サソリの天敵の項目に彼女の名を付け加えるべきだろう。ずっと彼女のターンだ。サソリたちの攻撃は彼女に届かず、反対に彼女の矢は面白いようにサソリを行動不能に追い込んでいくのだから。行動不能に陥ったところへ、驚きで固まっていた他の狩猟者たちが我に帰って止めを刺していく。先ほど自分でも言ったように、動きが止まってしまえばサソリは敵じゃない。勝利の方程式が出来上がりつつあった。

 サソリ連中は彼女達に任せてしまってもいいだろう。僕はさらに坂を駆け上がった。上から戦況を見下ろす。真っ赤な光点が、篝火が焚かれて暗闇の中浮かび上がる街へと押し寄せている。怒り狂った王蟲の群れみたいだ。ただ、あの群れを止めるのは青き衣を纏った蟲と心を通わせる少女ではなく、生き残ろうと足掻く普通の人だけど。

「トカゲだ! トカゲが来たぞ!」

 トカゲ襲来の一報そのすぐ後に、尾を引く絶叫が木霊した。人が燃えている。命をたいまつにした炎が照らすのは、サソリよりもさらにでかいトカゲだ。見た目はコモドオオトカゲに似ている。細長い顔に乱杭歯、全身を覆う鎧の如き鱗と筋骨隆々の四本足。長く太い尻尾は左右に振っただけで周囲にいた人間を跳ね飛ばしている。

 トカゲの目が僕を捉えた。その瞬間、手の中の剣が少し震えた。どうしたんだろう。喰い甲斐のありそうな敵を前に、武者震いでもしているのだろうか。

「じゃあ、喰いに行くか」

 剣を担ぎ、トカゲのいる方へ向かう。

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