第148話 誰かの憧れとなる背中

 戦いは、朝日が昇る頃にようやく終結した。朝日に照らされたのはおびただしい数の化け物どもの死骸だ。

 狩猟者たちは怪我人以外、誰もが休むことなくそれらの死骸に群がり、皮や鱗、爪やハサミや牙を剥いでいく。街からも生肉の卸業者が手伝いにやってきて、トカゲやカエルをデカイ包丁で解体して、ブロックにして街に運んでいる。

「お疲れ様」

 全体に指示を出していたクルサがこっちに近づいてきた。

「ウルスラから聞いたよ。初っ端からとんでもない戦い方を披露したらしいねぇ」

「大したことはしてないよ」

「いやいや、大したことよ? ここで初めて先頭に参加したやつで、トカゲをぶっ倒すなんて。勇んでつっこんでやられるヤツがほとんどで、アイツの炎でやられたやつは二度と戦場に出れなくなることも多い。武器を捨てて別の職になったりね」

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)ってやつか。火傷は痕が残るから、過去に大火傷を負った人は、痕を見て思いだして長く苦しむと聞いたことがある。生きたまま燃やされるというのは、どれほどの恐怖を伴うのか想像できない。戦うことから降りるのを責めることはできない。

「なのに、あんたトカゲの口に剣突っ込んで、爆発させたんだって? 一体どうやったの?」

「トカゲは、口から直接火を吹いてるわけじゃなくて、吐き出している液体が引火してるように見えた。だから、吐き出す前に液体に火をつけただけだ。僕は火を熾すことが出来るもんで」

「魔術、ってやつかい? 聞いた事はあるわ。呪文や呪印を使って様々な現象を引き起こすっていう便利な技なんでしょう? 実際使うやつに会ったのは初めてだけど。そういやあんたの相棒のクシナダは風を操って空飛んでたらしいが、あれも魔術なのかい?」

 実際は違うかもしれないが、説明の使用も無いのでそんなもんだと適当に肯定しておいた。

「あと経験則になるけど、外側が固いやつは大概内側が脆くて柔らかい。内側から破裂させるのは良い案だと思ったんだ。それでまあ試しにやってみたら、予定通り破裂してくれたってわけだ」

 予想より肉質が柔らかくて爆発の余波食らって吹っ飛んだけど。

「もし弓矢とか飛び道具の上手いヤツがいたら、トカゲが口を開けた瞬間に火矢で狙えば効果的かもね」

「後で全員に情報共有しとく。けど、火を吹く手前の口に向かって、矢を射掛ける度胸のあるヤツがいるかは疑問だね」

 そんなもんなのか。積極的に狙って射掛ける人間しか知らないので意外に思ってしまった。

「おたくは参加しないのかい?」

「参加? 何に?」

 クルサが顎をしゃくる。僕らの前には死骸を解体していく狩猟者たちの姿がある。

「アレだよ。ああやって自分で化け物どもから剥ぎ取って戦利品を得ないのかって話。もちろん街からも参加報酬は出すが、基本狩猟者は自分で狩った獲物がメイン報酬だろう?」

 ああ、そうか。だからみんな休む間を惜しんで死骸を解体しているのか。目の前にある宝の山は人間に限界をやすやすと超えさせる。

「新入りだからって気後れすることも遠慮することも無い。全員で掴み取った勝利だ。あんた活躍したんだから、報酬を得る権利がある」

 そういうもんか。倒した後のことなんか考えてなかった。それ以上に気になることがあったからだ。

 昨夜、中央の戦場に突っ込んだ後もトカゲと何度か交戦した。何故かわからないが、やつらは僕が近づくと、気配を感じるのか必ず一度はこっちを見た。僕の存在を確認するように。トカゲの数が少ないため統計は取れそうに無いが、偶然とは思えなかった。そして、トカゲの視線に応えるように剣も必ず脈動した。爬虫類と元爬虫類の一部とで何かシンパシーを感じたりするのだろうか。それとも他に何か理由があるのか。

 気になるのはもう一つ。地図を確認したが、赤印は依然街の北東、確かクルサの話だとダマバン山といったか、化け物が現れるという山に存在したまま、消えても無ければ移動もしてない。ということは、あの襲撃は赤印級の戦いではなかったってことだ。あれが前哨戦と言うのだから、本番はさらに規模もでかく相手の質も高いと予測できる。

「出遅れたから、めぼしいのは残ってないだろう。また今度にするよ。今日は飯を食ったらもう寝る」

「そうかい。ま、体を休めるのも大事さね。街から出す報酬は、後で取りにおいで。登録証渡したところで渡してるから」

「そうする。あ、この時間って食堂とか開いてるのかな?」

「開いてるはずよ。戻ってくる狩猟者達はみんな腹を空かせてるからね」

 飲食店にとってはかきいれ時なのか。この街は戦いによって経済が回ってるんだな。

 礼を言って、僕は街へと戻る。


 クルサの行ったとおり、既に市場は活気付いていた。狩猟者と見るや誰もが声をかけてきて、自分の店に引き込もうとしている。合流したクシナダと共に、食堂を探す。

「そういえば私、食堂、っていうの? そういう、金を払って食べる店に行くの初めてだわ」

 そうか。そういえば彼女との飯は狩猟による自給自足がメインだ。後は誰かの家で振舞われるのをご馳走になったりして、金銭を支払うなんて事は無かった。

「どんなのが食べたい?」

 試しに聞いてみた。僕達の目の前には多くの店屋が軒を連ね、屋台も多く建っている。近くの屋台にはみずみずしいフルーツっぽい物が軒先からぶら下げられて、反対の通りでは串焼きのいい匂いが漂っている。少し奥の店からは既に酒盛りでもしているのか、騒がしくも楽しげな声が響いていた。好奇心の強い彼女は、さぞ心躍らせるかと思いきや

「そういわれても、・・・困るわ。知らないんだもん」

 いつもの彼女らしくない、おどおどとした様子にぴんときた。

「もしかして、怖いの?」

 言葉に詰まる彼女を見て、確信を得る。

 彼女は今、たとえるなら都会に出てきたおのぼりさん状態なのだ。入っても問題ないはずなのに、おしゃれな店舗やその中に入っていくお洒落な都会の人間と田舎者丸出しの自分を見比べ、気後れしてしまっているようなものだ。意外だ。彼女がそんなこと気にするなんて。これまで強大な敵相手に一歩も引かなかった彼女が、普通の娘のように怖気づくなど考えもしなかった。

 しかし、そんな状態じゃどれだけ上手い飯ものどを通らないだろう。どうしたものか。屋台なら、店に入らずその場で買って好きな場所で食える。場所が違えば緊張も少しは和らぐかもしれない。そう提案しようとして

「あれ、もしやあんた方は」

 声に振り向けば、いつかのスキンヘッドたちだ。ところどころ怪我をしているが、全員無事生還できたようだ。

「やっぱり! クシナダの姉御じゃねえですか!」

 ・・・・・・え? 何だって? クシナダの、姉御?

「どうしたんですか姉御とそのお連れさん! こんなところでぼうっとして!」

 どうしよう。目の前の展開に脳が追いつかない。どうしてこいつらは、こんなにも喜色満面の笑みでクシナダを姉御と称えて取り囲んでいるんだ?

「ちょ、ちょっと、だから姉御は止めてってば! クシナダで良いって!」

「そんなわけには行きませんよ! 俺たちゃ、あんたに命を救われたんだ! 命の恩人に敬意を表さねえんじゃ、狩猟者失格ってなもんよ!」

 その割には、詐欺まがいの行為をしてたような気もするが、アレは幻か?

「そいつはいわねえでくれ。後でちゃんと謝りに行くからよ」

 恥ずかしそうにスキンヘッドは赤くなった頭をかいた。

「あのババア、じゃない。レイネばあさんの言ってた通りさ。本当に凄い狩猟者は誰からも尊敬されるんだって」

 スキンヘッドに触発されたか、他の面々も口々に彼女を賞賛する。

「普通、自分たちに突っかかってきたやつが危機に陥ろうが無視するだろ?」

「でも、クシナダの姉御は違った。俺たちがサソリ野郎に囲まれて、もう駄目だって時に颯爽と現れ、見事な弓の腕前で助けてくれたんでさぁ!」

「あの時は、女神が舞い降りたかと思いやしたぜ!」

「わけ隔てなく、危ないから助けるという、人が本来持っている当たり前の、善の輝きを見ました」

「姉御は命の恩人なだけじゃねえ、俺達の目標になったんだ!」

「姉御の働きを見て、俺達は心を入れ替えた。これからは姉御のような、立派な狩猟者になろうと決心したんです」

「全部、姉御のおかげです。ありがとう、本当にありがとうございやす!」

 一斉に男達は泣き始めた。男泣きだ。よほど心に響いたのだろう。泣かなくてもいいだろうと思うんだが。

 むくつけき男たちが泣き喚く様は、なんというか色んな意味で迫力があって凄いな。市場の人々も何事かと注目し始め、その視線がただでさえおのぼりさん状態だったクシナダを追い詰める。

「ちょ、止めて。こんな往来で泣かないで! ・・・た、タケルぅうううう」

 クシナダまでなんだか泣きそうだ。僕に泣きつかれても困るんだが・・・あ、そうだ。

「なあ、僕らは今から飯を食おうと思ってるんだが、どこかいい店を知らないか?」

「店ですかい?」

 泣きやんだ、とはいっても、まだその意外なまでに大きな目に涙を浮かべたスキンヘッドは「そうですなあ」としばし思案し

「よければ、俺らが行っている店に行きますかい? 味はそこそこ、だけど量は多くて安いから腹は満たせると思いやす」

「そこ行こう! すぐ行こう!」

 一刻も早くその場を離れたいクシナダが彼らの背を押した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る