第149話 ダマバン山の噂

「ダマバン山、ですかい?」

 食事を終えた僕達は、そのまま食堂の一席を陣取っていた。

「うん。クルサの話ではあの山に行った人間はいないって聞いたけど。誰か山に登ったとか、そういう話は聞いた事無い?」

 トカゲが僕に感づいたことや、まだ赤印級が残っていることから、メインは山にあると考えた僕は情報を収集しようと彼らに尋ねてみた。

「そうですなあ」

 顎に手をやり、スキンヘッドのザムが思案する。

「クルサ殿の言うように、俺も山に行った人間は知りませんな。お前らはどうだ?」

「いや、おいらも聞いたことありませんや」

「おいらもです」

 アッタとワッタの兄弟も首を振る。

「ハオマはどうだ?」

「自分ですか?」

 問われて、この集団では比較的真面目な雰囲気のハオマが、少しの間黙りこくった後

「自分が聞いたのは、噂とも伝説ともいえない、眉唾物の話なんですが」

 前置きして、口を開いた。

「真偽の程は定かじゃないんですが、大昔、今の街のボスであるクルサ殿のご先祖が山に入ったことがあるそうです」

 クルサの祖先が? でも彼女はそんなこと言ってなかった。言わなかっただけかもしれないが。

「もともとこの地は、あの化け物どもの出ない、平穏な場所だったそうです。彼等はこの地に街を築いて平穏に暮らしてました。ある時、山に入った者がとんでもないお宝を見つけました。彼等は大喜びでお宝を街まで持ち帰りました。けれど、それが災いの元になったのです。お宝は、実は強力な封印だったのです」

「封印? 何かを封じてたって事?」

 クシナダの質問にハオマが頷く。

「その封印が解けたせいで、この街にはサソリやらカエルやらトカゲが現れるようになったって事か」

 僕の推測を「いや、ちょっと違うみたいなんです」とハオマが否定した。

「確かにあの化け物どもが現れるようになったのは封印が解かれたからですが、封じられていたのはあんなもんじゃない、もっと恐ろしい化け物って話です。それこそ、あいつらが子どもに思えるようなとんでもないヤツが」

 へえ、それはそれは。ますます山へ行ってみたくなった。

「でもよ、ハオマ。それっておかしくねえか?」

 アッタが言う。

「そんな化け物が、どうして現れないんだ? 封印ってのは解かれたんだろう?」

「ああ、その通りだな。あいつらよりも強いなら、一番に現れるだろう」

 彼の疑問にザムも同意する。

「そんなの、自分にもわからないですよ」

 まあ、もともとが噂みたいな物だ。話に矛盾点があるのは仕方ない。僕にとって重要なのはそういう話が存在するってことだ。火のないところに煙は立たないというように、何かがあるから、噂が存在する。何の情報も無いところから調べるのと比べれば格段の差だ。

「すいません。自分が知ってるのはこんなもんで」

 黙りこくった僕に、申し訳なさそうにハオマが言った。どうやら的外れなことを言ったと思ったらしい。

「ああ、いや、助かった」

「いえ、お役に立てたんなら良かったです」

 まだ飲み足りないというザムたちを残して、僕達は食堂を後にした。

「ハオマの話、どう思う?」

 隣を歩くクシナダに話を振る。

「『当たり』じゃないかな。地図も山の方を示してるわけでしょ?」

「だよねえ。となると、いつ行くかな。その前に準備しなきゃ駄目か」

 僕の中では、既に山に入るのは決定事項だ。ピクニックみたいな物だ。童心に帰るね。子どもの頃に準備したのは弁当とおやつとキンキンに冷えた麦茶入りの水筒、そして新たな冒険への期待。今の僕が用意するのは食料と水と武器、そして新たな敵への期待だ。なんだか、あんまり成長してないな。

「楽しそうねぇ」

 なんだか腕白な子どもを見守る母のような目つきでクシナダが苦笑している。

「・・・最近思うんだけど」

「何かしら?」

「もしかして僕のこと馬鹿にしてない?」

「まさか! そんなこと無いわよ」

「本当か? 何かやんちゃ坊主をしょうがないなあって見守る母親みたいなんだけど」

「・・・」

「おい、黙り込むなよ」

「人間って、ずばり言い当てられると黙るしかないのね」

 からからと笑う。

「でも、私はそんなタケル、可愛くて好きよ?」

 思わず彼女の顔を凝視した。彼女も、僕に睨まれているからか、自分が言った言葉を思い返しているからかはわからないが固まり、アハ体験の絵のように徐々に首元から顔が赤く染まっていった。

「・・・違うの」

 汗を流しながらクシナダがようやく口を開いた。

「あのね、聞いて。さっきのはね、その、そう! 達観して人間らしさがまるで無いあなたが生き生きとするから、微笑ましいなというか人間だったんだとホッと安心するというかそれこそ子どもに向ける微笑ましい生暖かいものというか」

 そうだな、そろそろ彼女には、自分の身を守るための弁明が他人を傷つけることがあるということを教えてやらないといけないな。

「だから、深い意味は無いのよ?!」

「深い意味?」

 言われっぱなしにしておくつもりは無いので、反撃する。

「深い意味って何だ? どういう意味を考えてたんだ?」

 ん? と彼女ににじり寄る。わたわたと両手を体の前で振りながらしどろもどろに彼女は言葉を探す。

「えっ? いや、そこはそれ、あれよ」

「あれだのそれだの良くわからないな。きちんと言ってくれよ。人間らしさが欠如してるらしいから、上手く言葉を汲み取れないんだ」

「そんなのどうでもいいじゃない! あ! そうだ! レイネさんとこに戻ろう! 山登りの準備をしなくちゃ!」

 下手くそにもほどがある。ドリフトかと思うほどの話題の方向転換だ。

 あまり突くと今度はへそを曲げるので、ここらで手打ちにしてやろう。

「山がどうしたって?」

 最近の僕の悪いところだ。僕が他人のことにさして興味が無いからといって、他人が僕に興味が無いという思い込みは改めなければなるまい。

 視線を向けると、シュマが立っていた。

 笑みを湛えながらこちらに近付いてくる。少しクシナダが僕の後ろに隠れるように移動した。苦手というのは本当のようだ。

「確か、シュマ、だよな。守護者十傑の」

「ああ。昨日ぶりだな」

 気安く話しかけてくる。やはり彼の知名度は高いようで、ちらほらとこちらの方を振り向く人間がいる。

「大活躍だったようだな。何でも、初陣でトカゲを倒したとか」

「そんな大したことじゃないよ」

「謙遜をするな。生き残っただけでも大した物だ。初陣で死ぬ狩猟者が一番多いのだからな」

 クルサも似たようなことを言っていた。経験を積んだら対処方法もわかるだろうし、ベテランほど生き残るのは当然といえば当然だろう。

「だから、謝りに来た」

「謝る? 何を?」

 別段謝ってもらうようなことは無いと思うが。

「君たちを新人扱いしたことを、さ。君達はけして相手の実力を測れないような素人じゃなかった」

 ああ、最初に会った時のことか。

「いいよ。気にしてないから」

「そうか。そういってもらえると助かる」

 爽やかに笑う。こうしてみる限りはただの好青年だ。どうも最初から僕達にそういってもらえると踏んでいたような感じに思えるのは、クシナダの勘と最初の印象のせいだろうか。悪い意味で人を見抜いているような気がしてならない。

「それで、山、とかなんとか言ってたが」

 話が最初に戻った。別段隠す話ではないし、彼にも聞いてみよう。

「化け物が現れるあの山について聞いて回ってたんだ。あの山には何があるのか、誰か行って返ってきた人間はいるのか、とか」

「ダマバン山にか? ・・・すまない。俺も知ってるのは根も葉もない噂話ばかりだ。化け物どもの住処には金銀財宝が埋まっているとか、伝説の武具が隠されているとか、山奥にある神秘の泉には不老長寿の効果があるとか、山頂に辿りついた者は何でも一つだけ願いが叶うとかな。誰かが山に行ったとかは聞いたことが無い」

「そう」

 期待は特にしていない。ある意味予想通りの返答だ。けれど、剣帝とまで呼ばれる彼ですら行った事が無いのだから、今この街にいる人間で行った事のあるやつはいない可能性が高そうだ。

「まさか、君達あの山に行くつもりなのか?」

 隠すつもりもないので「そうだ」と頷く。

「命知らずもいいところだ。止めておけ。根拠の無い噂に命をかけることはない」

 根拠はある。地図という根拠だ。だが、そこまで教えてやる義理は無い。

「忠告してもらってわるいけど、それは聞けないね。僕には、どうしても行って確かめたいことがあるんだ」

「そこまでして確かめたいこととは何だ?」

 えらく食いついてくるな。こっちの事情なのに。面倒くさくなってきて、そろそろ何とか切り上げようと思い始めたところに、再び半鐘の音が街中に響き渡る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る