第90話 過去から未来へかかる橋
「お、おお? おおおおお!?」
巨人を消し飛ばせば、当然それ自体を足場にしていた僕は落ちるしかないわけで。
ゆっくりと、しかし加速しながら僕は落ちていく。真下では、巨人を形成していた海水分が消滅したので、その分を補おうとして周囲から流れ込んでいる。流れ込んできた波同士が衝突して大荒れだ。巻き込まれたら浮上できない可能性があるな。
加速しながら僕は荒れ模様の中心へと落下していく。もう間もなく着水、と言うところで、横合いから攫われる油揚げよろしく、再び上昇した。攫ったトンビはクシナダだ。
「まったくもう、いったい何度空から落ちたら気がすむの?」
呆れ顔の彼女がため息をついた。
「僕も好きで落下してるわけじゃないんだけどね。重力が僕を離してくれないんだよ」
「星に愛されてるのねえ」
重力について今回大分学んだようだ。彼女がもし僕の世界に居たら、さぞ優秀な学生だったことだろう。
「カグヤたちは?」
「無事みたいね」
彼女の目線を追う。そこには、荒波に逆らって進むカグヤ機の姿があった。飛べないが海上を移動する分には問題ないようだ。
『クシナダ、タケル。二人とも、無事ですか? 通信は届いてますか? こちらの位置がわかりますか? 聞こえていたら何でもいいので、合図をください』
そのカグヤから連絡があった。
「こっちは大丈夫よ」
クシナダが伝えると『よかった』と喜び合う声が聞こえた。どうやらプラトーも無事らしい。
「どうする? 合流した方がいいかな?」
『そうですね。そうしていただけると助かります。その、実は頑張って進んではいるのですが、そろそろ燃料が切れそうでして』
その言葉が終わるか終らないかぐらいのタイミングで、プスプス、ボスン、とカグヤ機の動きがエンストしたみたいに止まった。
『・・・・切れまして』
苦笑しながらカグヤが言った。
「すぐ合流するわ・・・ん?」
クシナダが何かを見つけた。僕の目では遠すぎてその何かが判別できなかったのだが、「ごめんなさい、ちょっと寄り道します」とカグヤに断りを入れるくらいなのだからよっぽどのものを発見したのだろう。
近づくにつれ、正体が判明した。なるほど、これは合流より優先せざるを得ないか。僕たちの気配に勘付いたらしく、そいつはこっちに向かって片手をあげた。
「うむ・・・出迎え、ご苦労・・・」
下半身は無く、上半身も左腕が千切れ、腹の辺りは金属板と配線が圧力に負けてごちゃごちゃになっている。それでもラグラフは生きていた。艦の破片に残った右腕で掴まり、水面を漂っていたのだ。ターミネーターも驚きのタフさだ。僕は彼を掴み上げた。
「おい、もう少し丁寧に扱え。右腕も千切れかけているのだ」
「我儘な上官殿だな。だから部下に嫌われるんだぜ?」
「嫌われるのは上官の務めだ。分かっとらんな」
どれだけボロボロでも口は減らないようだ。良い根性してやがる。
「あ、そういうことか」
僕ら二人分を抱えて飛ぶクシナダが、僕とラグラフの顔を見比べながら言った。
「なんだ?」「どうした?」
二人して尋ねると「やっぱり」と言って彼女は笑った。
「ほら、ラグラフさん宇宙船の中で言ってたじゃない。タケルのこと息子に似てるって」
「クシナダ殿、言っておくが、儂の息子はもっと男前で性格も良い。けしてこんな口の悪い戦闘狂ではない」
「うん、だから、息子に似てるんじゃなくて、ラグラフさん自身に似てるのよ」
思わず僕はラグラフと顔を見合わせた。そして、互いに心底嫌そうに顔をしかめた。
「冗談はやめてくれ。こんな頑固なクソ爺とそっくりだなんて」
「それは儂のセリフだクソガキ。クシナダ殿、言っておくが、若いころの儂はもっと素直で優しい純朴な、紅顔の文学少年だったのだ」
「全宇宙の文学少年に謝れ」
ほら、とクシナダが苦笑した。
「口が悪いとこなんかそっくりじゃない。なんていうの、ええと、前にタケルに教えてもらった言葉で・・・同族嫌悪?」
勘弁してくれ。心からそう思う。ラグラフもそうだろう。
ラグラフを回収してから、カグヤたちと合流した。ラグラフが生きていたことを知った彼女たちの驚きようは僕たちを軽くしのぎ、カグヤはもちろん、プラトーまで目に涙を浮かべて戦友の生還を喜んだ。
「息子に助けられたのだ」
ラグラフが語った。
「迎えに来たが、やはりまだ現世で彷徨えと。やることがまだあるだろう、何を簡単に楽になろうとしているんだと叱られたよ」
「息子さんの言うとおりです。あなたには、これからも働き続けてもらわなければなりません」
ジョージワードの野望は防いだが、カグヤたちには問題が山積みだ。今だアトランティカ本国にはジョージワードの取り巻き達が権力を握っている。奴が死んでも、証拠を消して関与を否定し、追及を躱す手ごわい連中だ。まだまだ混乱は続くだろう。そんな時、軍部で多大な影響力を持つラグラフの存在は大きい。死ぬまでこき使ってやればいいと思う。
「あ、そうだ。これ返しとくよ」
僕は破滅の火をカグヤに返した。受け取りながらカグヤが僕の顔をまじまじと見た。
「体は大丈夫ですか? その、使用した後遺症などは」
どうやら彼女たちも僕がこいつを使ったところを見ていたようだ。
「ん? ああ。特に問題ないよ。全身水にも火にもなってないし。僕が力を借りた神様とやらもすでにお引き取り頂いたと思うしね」
全力でぶん殴った後から、僕の中に熱が入り込んでくるような感じはしない。ただもしかしたら。ちらと自分の剣を見る。あの力を振るった時に剣も持っていた。もしかしたら僕を伝ってこいつに力の一部が流れ込んだことは否定できない。それにクシナダの矢でクトゥルー半分くらいまでぶち抜いてるから、その分も喰っているかもしれない。けどまあ、言う必要もないので黙っておく。
『姫様・・・プラトー様・・・聞こえますか!』
雑音交じりの通信がマイクを通して聞こえる。ネイサンの声だ。
「こちらカグヤ。聞こえています」
向こう側がどよめく気配がして、一拍おいてネイサンが応えた。
『良かった。無事だったのですね?』
「ええ。プラトーもラグラフも全員無事です。ただ、艦の燃料が切れたので、迎えを寄越していただけますか? こちらの位置は分かりますか?」
『大丈夫です。位置情報は把握しておりますので、すぐに手配します。少々お待ちください』
途端に向こう側は慌ただしくなった。
「指揮官がいないせいだな」
横たわるラグラフに目を向けて皮肉ってやる。
「ふん。儂がいない程度で練度が乱れるような鍛え方はしとらんわ」
「ずいぶんと仲良くなったのですね」
カグヤが僕らのやり取りを見て言った。すると、クシナダも、珍しくプラトーも笑った。向こうが慌ただしいのに比べて、こちらは待つだけだから穏やかなものだ。むしろ、ようやく落ち着いたと言うべきか。
「クシナダ、タケル」
改まった感じでカグヤが僕たちに向き直った。
「二人とも、本当にありがとうございました。アトランティカを代表して御礼申し上げます。あなた方にはどれほど感謝しても足りません」
「気にしないで。協力を申し出たのは私の方だし。それに」
ちら、とクシナダが僕の方を見た。
「私たちは、私たちの好きなようにしただけよ」
いつも僕が言っていることを、人の真似をしながら言った。クシナダとカグヤは二人して顔を見合わせて笑った。
「そうだ。今回のお礼に何か二人に出来る事はありませんか?」
大したことはできませんが、とカグヤが申し出てくれた。さて、どうしたもんかな。龍の玉とか蓬莱の木の枝とか要求したらいいのか? 不死の薬は・・・間に合ってるか。
「急に言われても、何も思いつかないわね」
ううん、と悩むクシナダと目が合う。そんな目で見られても、僕だって思いつかない。しばらく考えてもやっぱり出てこない。でも、それを素直に言っても聞いてくれなさそうな雰囲気なんだよな。無理矢理にでも絞り出せ、みたいなプレッシャーがカグヤからかけられる。何で褒美をもらう側がこんなに悩まなきゃいけないんだよ。僕ら二人は考えたあげく
「私は、じゃあ、また宇宙に行ってみたいし、今度はカグヤの星を見てみたいから。カグヤがその、女王様になってアトランティカを立て直したら、遊びに行ってみたいんだけど。そういうのでも良い?」
クシナダは良い子ちゃんのお願いで逃げた。カグヤは簡単に感動して、クシナダに抱きついた。
「もちろんです! いっそずっと暮らしてもらってもいい位です! 栄誉国民の称号とか武功勲章とか、いえ、それだけじゃ足りませんね。報酬も屋敷も用意します!」
「あ、いや、そこまで貰う訳には」
「そう言わずぜひ受け取ってください!」
女子二人は楽しそうだなぁ。
「で、お主はどうする? クシナダ殿みたいにお主にも屋敷や金を用意することはやぶさかではないぞ。本当に我らと一緒に、アトランティカまで来るか? お主たちなら歓迎するぞ」
プラトーが言った。
「魅力的だけど、止めとくよ。泊りがけの旅行ならともかく、ずっとは、ね。神との契約がまだ残ってるから」
「そうか。この星の怪物たちを倒して回るのだったな」
「うん。・・・ああ、もしそっちで今回みたいな敵が現れたら、その時は気軽に呼びに来てもらって構わない。手伝いに行くよ」
「その時は頼りにさせてもらおう」
さて、屋敷も金も地位も名誉も断った。さて、何を頼むか。
「じゃあ、あれだ。僕の場合は物じゃなくて、契約でもいいか?」
「契約?」
きょとんと眼を大きくしてプラトーが聞き返す。僕が話しているのを聞きつけて、カグヤもこちらに近付いてきた。
「うん。契約、というか、条約? 今後、この惑星でも人が増えてくると思うんだよね。文明も発達して、いずれ宇宙進出を目指すかもしれない。で、宇宙に出てきたら、まあ仲良くしてやってくれ。友好条約的なやつで」
何千年先になるかわからないけど。その頃にはもしかしたら、ここで交わした口約束何か消えてなくなってるかもしれないけど。
「僕が言ったからって、無理に仲良くする必要はないからね。あんたらにとって害にしかならなさそうだったら友好なんか結べないだろうし。だから、遠い未来、ここの惑星の人類が進出して、あんたらの子孫がこれなら友好条約を結んでもいいだろうと判断したら、程度で良い。この辺境にある惑星の人類に手を差し伸べてやってくれ」
できるか? とカグヤに問う。彼女は真直ぐに僕を見返して
「約束は守ります。アトランティカの女王として、必ず」
その答えで充分だ。未来にも、ロマンの種をおすそ分けだ。
はるか遠い未来の話。人類は月面で地球外生命体と遭遇した。彼らは人類と同じく人型をしており、非常に友好的な種族だった。人類は彼らから様々な技術提供を受け、外宇宙へと進出を果たし、銀河連盟に組み込まれた。
人類は、なぜ彼らがここまで親身になってくれるのか不思議で仕方なかった。自分たちより優れた科学技術を持ち、簡単に地球を侵略し人類を支配できる力があるはずなのに、彼らはそうはせず、まるで子どもの成長を見守る母のように寄り添い、力を貸してくれた。
人類代表が、彼らに尋ねたことがある。どうしてこんなにも親切にしてくれるのか、と。彼らの代表は答えた。
我々は、古き約束を守り、受けた恩を返すためにここにいるのだ。
古の時代、彼らの祖先である偉大な女王は、宇宙を滅ぼさんとする邪悪な神とその眷属たちと争っていた。しかし神の力は強大で、女王はこの惑星に追い込まれた。邪悪な神がまさに女王を殺そうとしたとき、この惑星に住まう二人の英雄が女王の危機を救い、眷属たちを薙ぎ払い、遂には邪悪な神を討ち滅ぼしたという。女王は英雄に感謝し、何でも願いを叶えようと言った。山よりも高く積み上げられた金銀財宝、女王の国での高い地位や名誉、何でも与えられるものを与えよう、と。
だが、高潔な英雄は莫大な褒賞や地位、名誉ではなく、自分たちの子孫たちが宇宙に進出した時、手助けをしてやってほしいと頼んだそうだ。自分の為ではなく、未来に生きる子孫たちの繁栄を願う彼らの優しさに女王はいたく感激し、必ず約束を守ると誓った。たとえ自分が死を迎えても、次代へと繋ぎ、果たさせると。
人類は距離も時間も超越し結ばれた約束に感動した。今の人類があるのは英雄のおかげだ。その英雄とはいったい何者なのかとどうしても知りたくなった。すると彼らは不思議そうに首をかしげて言う。あなた達の記録にも残っているではないか、と。
何のことだと驚く人類に、彼等は一冊の本を取り出した。地球の極東に伝わる昔話が記載されたものだ。そこにはこの言葉で始まっている。
その昔、タケルと言うものありけり、と―
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