第96話 終末戦争への招待状

 翌日、僕はリャンシィに連れられて地図が示す場所へと向かった。村から二~三キロくらいの距離で、リャンシィたちは定期的に見回りする以外は、村人たちは訪れることはないそうだ。

「定期的に見回りをするのは、やはりゾンビが溢れるから?」

 僕の疑問にリャンシィが頷く。

「年に一、二回、奴らのような村に仇なす連中が現れる。ゾンビ、は何回か前にも一度現れた。前回は家ほどもあるムカデが暴れまわったな」

 その様を想像したのか「うわぁ」とクシナダが震え上がった。節足動物は得意ではないようだ。

「原因は分かってるの?」

「いや、さっぱり。ただそこから沸いて出てくるってことしか」

 それが、地図の場所か。期待に胸が膨らむ。

「な、なあ、タケル」

 前を歩いていたリャンシィがその速度を少しずつ落として、僕の横に並んできた。僕の腕を掴んで、クシナダから距離を取り、ぼそぼそっと僕にだけ聞こえるように耳打ちした。

「教えてほしいのだが、クシナダはお前の伴侶か?」

 ビクリ、と体を震わせたのは僕ではなく、視界の端にいるクシナダだ。どうやら聞こえているらしい。すぐさま何事もなかったかのように視線を逸らしたが、かなりぎこちない。下手くそか。

「どうして?」

 ぎこちない彼女を見て見ぬふりして、僕はさらにぎこちないリャンシィに目を向けた。

「いや、その」

 リャンシィは顔を真っ赤にしてしどろもどろになっていた。さすがの僕でも、なんとなくわかるぞ。こいつが男好きでないのなら、狙いはクシナダか。

「あんた、もしかして・・・」

 僕は最後までいう事が出来なかった。「やだもう!」気色悪い感じで照れたリャンシィに思い切り突き飛ばされたのだ。完全な不意打ちを防ぐことも出来ず、ガサガサと頭から藪の中に突っ込む。

「あっ! すまん! つい!」

 ついじゃないだろう。慌てて僕に近寄り手を差し出してきた。差し出された手を掴むと、ぐい、と引き起こされる。

「そ、その話は、また今度で。彼女がいないときにでも。ほら、もうすぐつくから」

 どこの乙女だお前は。後ろで、クシナダが安心した様な気になる様な複雑な表情を浮かべている。


「ここが、そうだ」

 リャンシィがその『建物』を指差す。

 それは、僕の持っている知識と照らし合わせると施設とか病院と呼ばれるような建築物だった。蔦が生い茂っている表面はどう見てもコンクリートだし、屋内から外に向かって伸びている木の枝の下には割れたガラスが散らばっている。

「タケル?」

 黙ったままの僕を不審に思ったリャンシィが呼ぶ。

「ああ、すまない。大丈夫だ」

「もしかして、外にもこんな家があるのか?」

 正確には、元いた世界にではあるが。僕は頷いた。

「中に入ることはできる?」

「出来るとは思う。が、誰も入ったことは無い。危険だからだ。最初にここに来たのが俺の爺さんのそのまた爺さんに当たる人物らしいんだが、その時に昨日見たような奴らが現れた。言葉も通じないし、いきなり襲いかかって来るしで入るどころじゃなかった。それ以来、ここは見回りはするけど誰も近寄らない場所になった」

 廃棄された研究施設、と言ったところだな。ホラーゲームの定番だ。そういや恐竜が出てくるパニックムービーでもこういう場面があったな。確か3作目だ。遺伝子改良された恐竜が人工的に生み出されてたのもこういう施設だった。

 フラフラと入口に近付く。

「入る気か? 身の保証は出来ないぞ」

 リャンシィが忠告してくるが、僕に身の保障など不要だ。

「悪いんだけど、ちょっと行ってくる。二人は待ってるか、先に帰っていてくれ。時間がかかるかもしれないし」

「何言ってるの。私も行くわよ」

 すたすたとクシナダが近づいてくる。

「俺もだ。客人を置いて帰るわけにもいかないだろう」

 リャンシィがその後に続いた。結局僕たちは三人で内部に侵入することになる。


 昼間だというのに施設内は薄暗かった。窓から突き出ていた枝葉は、自分たちだけが日の光を浴びればいいという自己中心的な考えしか持ってないのだろう。そんな奴らにたいして気を使う必要はないのでばっさばっさと切り落としながら僕らは奥に進む。たまに草木に覆われてない、露出している壁に触れる。明らかに人工物だ。もしかしたら、以前戦ったロボット『グレンデル』を創った、古代文明の痕跡かもしれない。宇宙から来た連中ということもありうるか。

「ウエスタンハットが欲しいどころだな」

 後は鞭。脳内ではあのテーマソングが流れている。顔には出ていないかもしれないが、今の僕はかなり上機嫌だ。

「楽しそうね」

 クシナダが苦笑している。顔に出ていたようだ。

「クシナダ。奴は楽しそうなのか? あんな仏頂面で?」

 驚いたようにリャンシィが尋ねている。彼がそう言うということは、表面上の偽装は完璧のはずだ。

「いつもと同じ無表情を装ってるけどね。あれ、大分楽しいのを堪えてる顔ね」

 完全にばれている。洞察力が鋭いのも考え物だな。少し気恥ずかしいのをごまかすように先を急ぐ。

 外観の大きさから、大体施設内の中央あたりに来たところでホールに出た。そこから階段が伸びて二階へと繋がっている。さて、上に行くか、このまま下を散策してからにするか。少し悩んだ末、上に行くことにした。下は帰り際にして、向こう側に出口があればそこから出よう。そうすれば無駄がない。

 二階は本当に研究施設みたいな名残があった。小さく区分けされた部屋がいくつも並んでいて、その中には埃に埋もれながらも、何らかの機材の残骸らしきものがあった。何かを実験していたってことだろうか。ただ、そういう小部屋にはそれ以上の発見は無かった。小部屋を覗きながら進んでいくと、一際大きなドアがあった。半開きのドアは、以前乗船した宇宙船のドアに似たスライド式だ。つまり、自動ドアを設置するだけの技術が過去に存在したってことになる。そして、この頑強なドアが必要な何かが向こう側にあるってことだ。さあ、いよいよご対面、となるかな?

 ドアの先は、施設というよりか、どちらかというと工場のようだった。広い空間内にはタンスくらいの四角い箱が規則正しく並べられている。近づいてみてみると、箱本体はプラスチックのような素材で出来ていて、前面は透明だ。酸素カプセルを縦にしたような、と言えば分りやすいだろうか。蔦の他に、何らかの配線が割れた透明なプラスチックの向こう側に見える。透明の必要があるとすれば、何らかの観察を行っているということだけど。推移を見守るということは、何らかの生物を入れていたのか?

「・・・まさか」

 映画でもあるまいし、本当にそんなことがありえるのか? だが、思いついてしまったものは仕方がない。閃きというのは突如訪れるものではなく、これまで積み重ねた知識という点が他の点と繋がることで外枠が形成されるという。今の僕はそんな状態だ。映画やマンガ、小説というフィクションの点でしかなかったものが、目の前の実物という点と結びついてしまった。少し首を捻ると、リャンシィが目に入る。僕たちとは違う、獣と人の利点を結びつけたような種族。変身すらできるという。

 思考が巡る。考えれば考えるほど、それが正解だと思えてきた。大体、僕がいた世界だって研究というのはまず何に使われていた? 戦い、戦争だ。新しい発見をすぐに戦争に投入したがるのは人類の悪い癖と誰かが言っていた。フィクションだったかもしれない。けれど納得の事実だ。

 僕の仮説としては、リャンシィたちの種族は、戦闘用にこの地にいた古代文明の連中に『作られた』種族ではないかってことだ。古代文明の連中はこの地を去ったか滅んだかして、リャンシィたちの祖先だけが残った。

 仮説の域を出ないが、彼らが戦ったでかい昆虫やゾンビは、その副産物とも考えられるのではないか。施設は廃棄されたが一部機能はまだ生きていて以前研究されていた生物が脱走し生き残っていた、もしくは何らかの薬品の影響で突然変異が発生したのではないか。薬品の影響によって虫は好戦的になり、脱走して生き残っていた研究成果はリャンシィたちを敵とみなして襲ってきた。

「どうしたのタケル。黙り込んで」

 至近距離にクシナダの綺麗な顔があった。こんな近寄られるまで気づかなかったとは。少し驚いたが平静を装う。

「すまない。ちょっと考え事してた」

 仮説は結局のところ仮説だ。それに、結局のところそれは過去の出来事だ。確認しようがないし、する必要もない。今彼らは何不自由なく生きているのだからそれで良かろう。僕にとって重要なのは、ここから後何が飛び出すか、だ。

 リュックから地図を取り出す。僕の後ろからクシナダ、リャンシィが覗き込む。地図の印は、今の僕たちの位置情報と完全に重なっている。ここで間違いなさそうだ。

「もう少し見て回ったら、僕としては満足かな」

「そうか、じゃあ・・・」

 言葉を途中で切り、リャンシィが辺りを見回した。腰の剣に手を当てて、いつでも抜き放てる状態だ。クシナダもすでに弓を構えている。

「どうしたの」

 地図をしまい、彼らに倣って僕も剣を掴んだ。

「何かくる。振動が近づいてる」

 クシナダが視線を彷徨わせ、止めた。工場の奥の一点を見ている。三人が、工場奥の壁を穴が開くほど見ていた。

 ドゴォン、という何かが破壊される音が、僕にも聞こえた。その音はだんだん近づいてきて、

 ピシリ

 僕らが見つめていた壁に亀裂が走った。向こう側から何か強い力が加わったせいだ。コンクリートにヒビを入れるほどの力が。亀裂は次第に大きくなり、先ほどから聞いている音を何倍にもしたような破砕音と共にそれが現れた。もうもうと立ち込める埃を掻き分けて、黒いつやつやした甲冑が現れる。

 長い角は力の象徴、夏休みの思い出に必ず登場する、小学生に大人気のアイツ。

「まさか、こんなところでカブトムシにお目にかかるとはね」

 ただ、そいつの大きさはヘラクレスオオカブトなんて目じゃない、世界最大、十メートルだ。ぶっちぎりだ。

 普通のカブトムシは丸っこいフォルムをしているのに対して、こいつは空気抵抗を減じさせるような流線型のオシャレなフォルムをしてやがる。車をデザインする人が『俺の考えた最高のカブトムシ』をデザインしたらこうなるんじゃないだろうか。

 ぎょろり、とカブトムシの目がこちらを認めた。赤い虚ろな目はそれだけで気味が悪い。大きすぎるのも考え物だ。やはりカブトムシは手で捕まえられる程度の大きさが丁度いい。

 カブトムシが突然羽根を広げ、羽ばたきだした。もうもうと埃や辺りの機材を吹き飛ばす。

「避けろ!」

 リャンシィが叫び、僕らはカブトムシの角の直線上から飛びのいた。そのすぐ後に、僕たちがいた場所をカブトムシの巨体が高速で通過した。

 ゴゴン、入り口付近がその一撃で崩れ去る。とんでもない力だ。虫は自分の何倍もの物を持ち上げたり動かしたりできる。このカブトムシも例に漏れないようだ。

 さて、どうするか。こちらには虫笛なんかないし。風の谷の王女代わりにクシナダならいるんだが。ちら、と彼女の方を見る。

「・・・・」

 ものすごい嫌そうな顔をしていた。どうやらムカデだけではなく、昆虫が駄目な女子だったようだ。確かにカブトムシをひっくり返した時の、あの六本の足がワシャワシャなってるのを苦手とする女子は多い。男子ですらちょっと引くからな。例え虫笛があっても、彼女では虫と心を通わせることはできなさそうだ。むしろ薙ぎ払えと命令する方だ。

「とりあえず、狙うは節かな」

 後は羽根を開いたときに露出する内っ側か。

「そうだな。あの甲冑を貫くのは骨が折れそうだ」

 僕の提案にリャンシィが乗った。

「クシナダ。虫嫌いなら離れてていいよ?」

「・・・ううん。頑張る」

 珍しいくらい気弱な声で彼女が応えた。

 カブトムシが再び羽ばたく。僕らはさっきと同じように直線上から離れた。カブトムシはカプセルをなぎ倒し、破壊しながら突っ込んできた。カブトムシが破壊しながら進んだ道を、僕とリャンシィは追走する。奴がこちらを振り返る前に、まず後ろ足を狙う。繋目のところを狙いすまして、一撃を見舞う。

 メキュ、と繊維の多い茎が折れたような音と共に、カブトムシの足が一本千切れた。だがカブトムシは全く意に介さない。やはり痛覚がないんだ。反対側ではリャンシィが背中に飛び乗っている。胴体の方の節を狙いに行ったようだ。

 カブトムシがシャカシャカと足をばたつかせ、その背を揺らす。痛覚は無くても何かが自分の体に乗っているのは分かるようだ。リャンシィはバランスを取りながら小山のような背中を這い上る。あまりばたつかれるのも困るので、援護の為にもう一本の足を切り落とした。中途半端な長さになった足が床を滑る。爪がないからひっかけられないのだ。その調子でもう一本、といきたかったが、カブトムシもそうやすやすとやらせはしなかった。羽を広げて宙に浮かんだのだ。その場で旋回し足を二本も奪った僕に狙いを定めた。睨みあうカブトムシと僕、だが、その後ろではクシナダがスタンバイしていた。カブトムシよりもさらに上、昆虫にとっては天敵となる鳥類が餌を狙うがごとく、彼女はカブトムシの背中に矢を射かけた。硬い羽根が開き、曝された柔らかい内側に矢が何本も刺さる。体液が飛び散り、カブトムシが落下した。動きが止まる。そのチャンスを逃さず、リャンシィがカブトムシの胴の隙間にある節に剣を突き立てた。何度も突き立てて、カンナで木を削るように節を削る。再びカブトムシが動こうとするのを、僕とクシナダが阻止した。僕は足を落として回り、クシナダは飛ぼうとするところを射落とした。

 リャンシィの剣がついに深く突き立つ。剣の柄を蹴ると、カブトムシの首がポロリと落ちた。そういえば、クワガタと一緒に虫かごに入れてたら、クワガタがカブトムシの首を捩じ切ったことがあったな。いつかの夏の苦い思い出がよみがえった。

 さすがのカブトムシも首が落とされれば死ぬようだ。

「ムカデよりは楽に勝てたな」

 リャンシィが言った。そういえば、ムカデは体が千切られても動いてるくらい生命力強かったっけ。

「ねえ、タケルには悪いんだけどさ。もう帰ろ?」

 ほとほとうんざりしたように、泣きそうな顔でクシナダが言った。また昆虫類が出てきたらたまらないといった感じだ。別にかまわないけど、困ったことに、さっきの戦いでカブトムシが入口を崩落させてしまっている。

「奴がこじ開けたところからなら出れるんじゃないか?」

 確かに。どこかの道に通じてるかもしれないし、最悪外にさえ出られれば後は何とでもなる。リャンシィの提案に僕たちは乗ることにした。

 崩れた壁を何枚か越えた先に、光が漏れているのを見つけた。その時のクシナダの表情と言ったら。あれこそ、絶望の闇の中で一筋の希望の光を見つけたかのようだった。だが、出口に近付くにつれて、笑顔だったクシナダの顔が、徐々に素に戻り、警戒色を強めていく。リャンシィも再び剣を取った。ひしひしと体に当たるプレッシャーはカブトムシの比ではない。僕は口元が緩むのを押さえられない。

 外は、いつの間にか日が傾きかけていた。太陽が山の稜線に消えようとしている。その夕日を受けて、そいつは僕たちを待っていた。

 背はクシナダと同じくらいだろうか。真っ白な、傷一つない鎧が夕日を反射してキラキラと輝いている。近づくにつれて、その容貌も判明した。

 恐ろしいまでに整った顔をしていた。世界最高の腕を持つ彫刻家が美しさの理想を求め、計算し尽くして出た答えだ、と言われても納得できてしまう。長い睫も、氷のように冷たく鋭いまなざしも、キュッと結ばれた口元も、真っ白な肌も、全てが完璧だ。完璧すぎて近づけない。そういうタイプだ。中性的で今だ判別不能だ。だが何より目を引くのは、その背にある翼だ。三対、計六枚の翼を広げているのだ。

「見事だ」

 透き通るような声が、すっと耳に届いた。そいつが喋ったのだと一拍おいて気づき、何のことかと考え、思い当たることが一つ。

「あのカブトムシをけしかけたのはあんたか?」

 僕の問いに、そいつは頷いた。

「そうだ。そなたたちの実力を測るためだ」

 実力を? 何のために?

「挨拶にしては、少々荒っぽすぎないか」

 リャンシィが牙を剥き出して問うた。前傾姿勢を取り、今にも戦闘状態になりそうだ。

「その点については済まないと思っている。だが、こちらとしてはあの程度の危機は難なく超えてもらう必要があった。もちろん、命の危機が迫れば救出するつもりではいた」

 その必要はなかったわけだが、とそいつは言った。

「我が名はルシフル=シャム。天界の騎士にして一軍を率いる将の一人。やがて訪れる悪魔どもとの戦いに、どうかその力を貸してくれないか」

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