第54話 失望
色々あったけど、これにて大円団だ。
ホンドをはじめ、この戦争での死者を弔うティルたちを見て、僕はそう判断した。後は、ここの奴らが勝手にやるだろう。放っておいても問題あるまい。
また、フルンティングがいなくなったことで、ここに敵はいなくなった。一応、自称誇り高き龍の血脈とやらはいるが、今は止めておこう。成長したときの楽しみに置いておく。
つまり、僕のここでのやることはほぼなくなったってことだ。
残る問題は、あと一つ。
「おい」
後ろから声をかけられた。振り返る。ミハルが武器片手にこっちを睨んでいた。
「よお。遅かったな」
にこやかに声をかける。僕から声をかけても聞く耳持たないので、クシナダに頼んで僕のところに来るように言っておいて貰ったんだが、上手く行ったようだ。
「何の用だよ」
ミハルが苛立たしげに言った。
「ここじゃ何だから、場所を移そう」
ミハルを伴い、僕は街の外に出た。そっちなら誰の邪魔にもならないからな。
「こちとらいろいろ忙しいんだよ。何かよくわかんねえがティルの野郎から色々頼まれたり、生き残りの連中から色々話しかけられたりよ」
それを聞いて、僕は吹き出しそうになった。
「あんたに、僕を殺す以上に優先度の高い用件なんてあるのか?」
振り返って、彼女に剣を突きつける。
「いったい何のためにここまで来たか、忘れたのか?」
「そんなわけねえだろ。私の目的は、てめえを殺すことだよ」
「ぶれて無いようで安心したよ。うっかり忘れてるんじゃないかと思ってさ。そんなミハルに良い情報だ。ついさっき分かったんだが、僕の再生能力は今低下中だ」
「は? なんだそりゃ。嘘ついて油断させようったって」
「嘘じゃない。無限に再生する訳じゃないみたいなんだ。僕の体の養分やら脂肪を変換して再生していて、一定量以上は再生できない。で、フルンティングとの戦いで今の僕は限界までその能力を使い切っている。おそらく普通の人間と同程度の致命傷で死ぬと思う」
「だから、それがほんとだって証拠ねえだろ?」
疑り深い奴だ。この再生能力は栄養不足で起こっているとは思うが、別条件で復活するかもしれないのだ。疲れが取れるだとか、一日寝たら元に戻る時間制だとか、検証してないから正確なことは分からない。分かっているのは、今は再生できないということだけ。そっちにとってはチャンスなのに、何をためらう。
それともこいつ・・・・いや、まさかな。一瞬よからぬ疑惑が浮上したが、首を振って打ち消す。
「だったら、僕の首を落とせばいい。それなら文句なしで殺せる。試したことはないが、流石に首が落ちちゃ再生云々関係ないハズだ。もとより、それくらいしか思いつかないだろう?」
言い終えると同時に踏込み、剣で無造作に薙ぐ。ミハルは後方に飛び退って躱し、着地と同時に剣を構えた。十メートルほどの間隔を開けて、僕たちは対峙する。
「やる気かよ」
「もちろん。ここでやることは大体終わったからな。シルドとか、他の国のことはティルが何とかするだろうし。後はあんたとの因縁だけだ。だから、邪魔が入らないように、クシナダにライザを捕まえておくように頼んでおいた」
「そういうわけかよ。クシナダに抱きかかえられて、哀れライザは蛇に睨まれた蛙みたいに縮こまって固まってたぜ」
「巻き添えになる方がよほど可哀そうだし、そっちも頭が重くちゃ動き辛いだろう?」
「こっちのハンディキャップをなくして、自分は再生能力が落ちてる、弱体化してるときに戦うってのか? ふざけやがって。後悔しても知らねえからな」
ミハルのセリフに、僕は鼻で笑う。
「させてみろよ」
ぎり、と彼女が歯を噛み締めた。剣を立てて体の右側に構える。剣道の八相の構えとかいう奴だ。
「行くぞ」
来い。
彼女が大勢を低くした。地を這うかのように体を前に倒したのだ。コメディで水の上を走るときに、右足が沈む前に左足を前に出す描写があるが、それの前傾姿勢版だ。倒れる前に足を出して前に進む。なるほど、この速度なら水の上でも沈むまい。
「イィヤァアアアア!」
突進してきた力をそのまま転化させた、斜め上からの一太刀。右足を一歩後ろに引き、半身を逸らして躱す。最初の一太刀に全てを賭けたような一撃は、速さ、威力ともに申し分ない。だが、躱されれば大きな隙を生むことになる諸刃の剣。
彼女の右側面ががら空きになる。そこへ向かって、今度はこちらが剣を振るう。水平に振るわれた一閃が、彼女の上半身と下半身を分断させようとする。
「なっ!」
しかし、返ってきたのは肉を断つ感触ではなく、剣同士が激突した衝撃と痺れ。不可避と思われた一撃は、上に弾き返された。思わずたたらを踏む。
さっきの一撃を振り降ろした体勢から、両手首を返して剣を返してきたのだ。
全力で斬りつけた後に、逆方向に切り返しだと!?
彼女の持つ剣の刃は約一メートル。通常の剣よりも長く、取り扱いは難しい部類だ。幾ら筋力が強かろうが、慣性などの物理法則が邪魔する筈なのに、それをものともせずに振りまわすとはね。
まるで燕返しだ。本物見たことないけど。
彼女の技の切れは、大昔の剣豪の必殺技を彷彿させた。しかも、ここで終わらないのだ。切り上げたのだから、当然、そこから斬り降ろしへ移行できる。
さらに深い踏み込みで、彼女が弾かれた僕の方へと間合いを詰める。下手な回避は逆効果だ。繰り返される上下の軌道を止める。
退くよりも、前に出ることを選択した。
振り降ろされた剣と剣が交錯する。力勝負は、ほぼ互角。互いに鍔迫り合ったまま引くことを知らない。
「どうした! 大口叩いてそんなもんか、あァ?!」
ギリギリと鎬が削られる中、ミハルが叫んだ。
「そっちこそ、少々熱さが足りないんじゃないのか? 最初に会った時の方が、もっと殺意の熱があったと思うよ?」
「言うじゃねえか。・・・こっからだ!」
ミハルが両腕を突っ張った。互いに後方へと飛ぶ。着地し、足裏が地面を抉る。停止し、そこから同時に駆ける。
互いの間合いまで瞬き一つ分の距離。いつの間にか納刀している彼女を確認。剣に反りがないことなんて彼女にとっては些細な問題だ。
人間の反応速度をあざ笑うかのような神速の抜刀術。放たれた刀身の威力は良く知っている。さすがに、この一撃を受ければ無事では済まない。だが、事前に知っているというのは大きな武器だ。剣が描く軌跡が分かれば防ぎようはある。
「なろッ!」
今度は彼女が忌々しげに声を上げた。
彼女の斬撃を真下から跳ね上げるようにして弾く。さっき防がれたお返しだ。
「チィ!」
追い縋る僕に崩れた体勢から鋭い斬撃を放ってきた。剣を弾かれ、体が泳いだ状態の癖に、的確に狙い澄ました攻撃で足止めを喰らった。深追いが出来ない。体幹がどうとかバランス感覚がどうとかいうレベルじゃない。体勢を立て直したミハルと、再び睨みあい、合図もないのに同時に前に出て剣をかち合わせる。何度も切り結び、弾き、弾かれる。
永遠に繰り返されるかと思われた剣舞だが、片方が辞めれば止まらざるを得ない。それはどちらかが死ぬ時だと覚悟していたのだが、例外的に僕から自発的に止まった。ため息を一つ吐いて剣をしまう。突然戦うことを止めた僕に、剣を振り上げたままのミハルが戸惑った。そんな彼女に声をかける。
「もう、止めよう」
「ちょ、どういうことだよ。てめえから吹っかけてきた喧嘩だぞ、てめえの勝手で終わらせんのかよ!?」
「僕は、無駄なことは出来るだけしたくないんだ。悪いね。付き合わせて」
彼女に背を向けて歩き出す。
「待てよ。何なんだよ。どういうことか説明しろよ」
そんなことを言うために僕の後ろから追いかけてくるようになってるから、こういう事態になるんだよ。前の彼女なら、問答無用で背後から斬りかかっていただろうに。
「これ以上やっても無駄だ。あんたに僕は殺せない」
だから、戦いを止める。充分な理由だ。もう彼女は、僕の敵たりえない。残念だ。心底そう思う。
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