第55話 謎解きは剣舞の後で

「フレゼル王が言っていた。あの娘は自分の相手になれない、と。ならないじゃなく、なれない。その意味がよくわかった。彼は戦いを望んでいた。殺す覚悟があり、殺される覚悟があり、相手にもそれを求めた。つまり、自分を殺す気がないものを敵とは見れなかったんだ。たとえどれほどの実力があろうとも」

「・・・・はっ、そんなわけあるかよ」

 ミハルが言った。

「最初に会った時に言ったはず。殺したくて殺したくて仕方ない奴にようやく会えたってな。その言葉に嘘偽りなど微塵もねえよ」

 その言葉『には』ないだろう。けれど、考えや感情を上回る拒絶反応は確かに存在する。人を、同じ種族を殺すのも必ずそれが邪魔をする。超えてしまえば決して戻れない一線だ。

「クシナダから聞いたけど、あんた、さっきまでの戦いでロネスネスの連中の誰一人として殺してないらしいな」

「それがなんだよ。殺す必要のねえもんをわざわざ殺さなくていいんだよ」

「本当にそれだけか?」

 剣で切り込むよりも鋭く、言葉を刺し込む。

「圧倒的な力の差があるから、殺さずに捕らえられる、なるほど、では、僕は殺さずに捕らえる、と言うことで良いんだな?」

「っ・・・!」

 忌々しそうに彼女の顔が歪む。

「基本動物は同種族を殺さない。もちろん、ライオンの子殺し等の例外はあるけどね。人間だって通常であれば同じ人間を殺すことは無い。これは、種族を繁栄させるための本能であるとか諸説あると思うけど、僕は、これまで積み重ねてきた習慣や教育、宗教等による刷り込みなどの環境依存が大きいんじゃないかと考えている。大人から子どもへ、子どもから孫へと、愛情や倫理を教材にしてな。逆に人が人を殺すのも環境依存の影響が大きい。戦国時代なんかまさにそうだろう。殺さなきゃ殺される時代だからな」

 そして、同じ時代に生を受けて、同じ教育を受けていた僕だからわかる。彼女の中に培われ養われてきた、彼女の感情を覆う『常識』という殻。それが彼女の殺人衝動を抑制する。最初に会ったときが彼女にとってはチャンスだったのだ。勢いで行けたから。あの時はおそらく、僕のことを人間ではなく何か別の、兄を殺した別種の生き物として見れていた。だから剣を突き立てることが出来たのだ。だが今は、僕を同種族として見ている。

 ・・・・そういう事か。僕の脳裏に彼女の顔が浮かんだ。最初からおかしいと思っていたが、つまりはこのためか。僕らは、あの女の策略にまんまと嵌められたわけだ。

「・・・・・・・殺せたのは、そっちも同じだろうが」

 ぼそりとミハルは言った。

「そっちこそ、手ぇ抜いてんじゃねえか! 殺す気がねえのはどっちだよ! フルンティングをぶっ壊したあの槍はどうした! 電撃は!? 私には使う価値もねえってか!」

 疲れてるから出ないだけなんだけどな。電撃もそうだが、槍に変形させるのも体力を削る。この状態だとデフォルトの剣しか出来ない。

「一体何なんだよ。てめえは、極悪非道の悪党だろうが」

 そうだよ。

「私の家族を、兄を殺したんだろうが」

 そうだ。

「そのてめえが、どうして私を殺さないんだよ!」

 面倒くさいな。だんだんうんざりしてきた。こいつにもう、用は無い。適当に切り上げて次に行くとしよう。僕を殺しうる人間だから一緒にいたが、出来ないならイライラさせるだけだ。彼女を見ているとどうしてもあいつを思い出す。性格も言動も似てないのに、やはり、面影がある。

「くだらない。そんなことを気にしてどうするんだ」

「くだらない、だと?」

「そうだよ。庵の望みを蹴ってまで僕を殺しに来たのに、くだらない、些細なことに気を取られて殺すのを諦めるってんだから」

 言い捨てて僕は街の中に戻ろうとした。何と言われても足を止めないつもりだ。時間の無駄だからだ。

「庵の・・・望み・・・?」

 ぼそりと彼女が呟く。

「待てよ!」

 一瞬で回り込まれた。

「何だよソレ。庵の、兄の望みって何だよ!」

 ――しまった。

 イラつきすぎてまさかの失言だ。僕らしくもない。

「どけ」

「ちょ、待て! 答えろよ!」

 彼女の押しのけて帰ろうとしたとき

「ケンカは終わり?」

 ダウンウォッシュが吹き荒れ、僕とミハルの髪を乱す。何食わぬ顔で、上からクシナダが降ってきた。手に抱えられたライザが心なしかやつれている。

「その様子じゃ、互いに満足の行く結果は得られなかったみたいね」

 ほい、と手の中のライザを離した。ライザは親に巡り合った迷子みたいに一目散にミハルに抱きつき、定位置である頭上に戻った。

「ね、話してあげたら?」

「は? 何を?」

 クシナダが僕に言った。

「ミハルが知りたがってること。彼女のお兄さんのこととか」

「そうだね。僕を殺せたら教えてあげてもいいよ」

 無茶苦茶な、とクシナダは言い、意地悪そうな笑みを浮かべてミハルの方を向いた。

「ねえミハル。あなたが信じるも信じないも勝手だけど、これまでの彼の行動を見てきた私の考えを言うわ。

 タケルはね、敵しか殺さないわ」

 突然何を言い出す。

「あなたが大切なことを何も話さないから悪いのよ。・・・・ミハル、私も彼から、元の世界で何をしてきたかを聞いたわ。あなたの父親を殺したこともね。ただ、聞いたのは父親を殺したってことだけよ」

「クシナダ、あんたなあ・・・」

「あ、これ言っちゃダメなことだっけ? ミハルの憎しみを薄れさせないように」

 ごめんね、と棒読みで舌出しやがった。この野郎。口は堅い方だなんて軽口叩きやがって。

「それ、って」

 わなわなと震えているミハルに対し、クシナダが言った。

「うん、ミハルの想像通りじゃないかな。私もそこまでは聞いてないけどね。おそらく、タケルはあなたのお兄さんを殺してないわ」

 信じられない物を見るように、ミハルが僕の顔を見た。

「ありえない」

 人の顔に指を突きつけ、もう一度ありえないと叫んだ。

「だって、私は見たんだ! 倒れ伏した兄を置き去りにして去っていく、血で汚れたこいつを・・・」

「殺したところは見たの?」

 沸騰したところに差し水されたように、ミハルの語気が弱まった。

「勝手な想像だから、間違ってたらごめんなさいね。あなたは、血まみれのタケルが倒れたお兄さんと一緒にいたから、彼が殺したと思い込んだんじゃない?」

 ミハルに指摘しつつ、どう? と言わんばかりの顔で僕の方を見てきた。忌々しいかぎりだ。

「じゃあ、誰だよ。兄を殺したのは誰だっていうんだ。こいつ意外に殺せる人間がいるわけねえだろうが」

 項垂れたミハルが言った。今にも泣きそうだ。図体はでかくなったが、やっぱりこいつは、あの時の、庵の背に隠れてた時のままの子どもだ。あの時から時間が止まったままなんだ。

 このまままとわりつかれるのも面倒だ。とっとと縁を切ろう。

「父親だよ」

 僕の一言に、凄い勢いで振り向いた。これ以上ないってくらい目ん玉をひん剥いたミハルに、僕は彼女が知りたいであろう真実を答えた。

「庵を殺したのは、あんたらの父親、大賀雅史だ」

 これで、満足か?

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