第210話 愚かな生き物

「とか言いながら、私は彼の優しさに甘えて、ずっとこき使っていたわけではあるが」

 十六夜は苦笑して肩を竦めた。

「・・・では、なぜ。今回解任に至ったんでしょう」

 彩那の質問に、十六夜は困ったようにこめかみを掻いた。

「難しい質問だな。これまでの色々な事情が積み重なった故、と言ったところか。彼が危険な任務を率先して受けていたというのも一つであるし、過去のそういった因縁めいたものもそう。他にも細かい理由が山積した結果だ。それらを見て見ぬフリしていたのが、ちょっとしたきっかけで認識してしまった。認識してしまった以上、もう見て見ぬフリはできない」

 こんなところか。十六夜はソファの背もたれに体を預けた。

「大体、君たちの質問、疑問に答えられたと思うのだが、どうかな?」

 目の前の三人を順繰りに見やる。彩那が莉緒、瀬織と順番に顔を見合わせる。二人からは特に何も無いようだ。

「最後に一つだけ。良いでしょうか?」

「何かな?」

「解任を撤回して頂くには、どのような条件が必要ですか?」

 ふむ、と十六夜は質問の意図を測るように脳内で吟味する。

「君たちには申し訳ないが、撤回の意思はない。故に、条件はない。それに・・・」

 少しだけ、苦しそうに微笑んで。

「辰真も戻ってくる気はないだろう。引越しの準備をしていると聞くし、長期旅行の予定も立てているそうだ。私と辰真、双方が解任の方向で動いているなら、君たちの労力は無駄と言わざるを得ない」

 以上だ。十六夜が話を打ち切った。彩那たちもそれ以上質問する事はなかった。礼を述べ、その場を後にする。扉がしまる瞬間、彩那はちらと後ろを振り返った。十六夜はじっとコップの水面を眺めていた。冷え切ったお茶に彼女の顔が映る。


「どうしたらいいかなぁ・・・」

 十六夜との面談を終えて、帰る道すがら。三人はガラガラの電車の先頭車両で相談していた。

「撤回の条件は無いってさ」

 莉緒はずるずると座席から滑り落ち、だらしない格好になっている。瀬織はガリガリと苛立ったように頭を掻く。一人、彩那は顎に手を当てたまま手すりにもたれて立っている。

「どうする会長。言いたくないけど、正直手詰まり感半端無いよ」

 ずり落ちた時と同じように体をずるずる引き上げて姿勢を戻し、莉緒が尋ねる。彼女の言う通り、本人たちにその気が無いのならどこをどうやっても無駄だ。彼女たちの脳内で、最悪の未来がプレオープンし始めた。このままでは、マスターの言う通り反乱が起きる。そしてそれは、今の異界との友好関係に亀裂が入ることであり、これまで積み重ねてきた守護者たちの苦労が水泡に帰すということでもある。十六夜とて、それがわかっているはずなのだが。何か策でもあるのだろうか。最悪の事態が起きたときに備えて。考え込むが、思いつかない。だが、次にする事については、彩那は決めていた。

 十六夜はもう喋らない。時間も取ってもらえないだろう。マスターに現状を知られるとさらに脅されるか、解任理由を暴露されかねない。どこを突いても蛇しか出なさそうな藪の中、唯一突けるのはどれだけ突いても実害が無い場所だ。そして、そこさえひっくり返せば、勝機はまだあると思っている。

「坂元辰真に、会いに行く」

 莉緒と瀬織が想定外の答えに振り向く。

「今更?」

 瀬織が言うのも無理はない。最初に向かって、引越し準備を整えていた。説得など無意味に思える。

「いえ、今だからこそ奴を問いただすの。最初の時は奴と鷹ヶ峰さんの事情を何一つ知らなかったから、かける言葉すらわからなかったし、どんな言葉でも奴には引っかからなかった。でも今は違う。事情を知っているし、最新の鷹ヶ峰さんと会っている」

「鷹ヶ峰さんと会ったからって、何か変わるもの?」

 本人だって解任を撤回するつもりはないと断言した。坂元が十六夜と会った時と特に考えが変わった様子はない。けれども、と彩那は言う。

「鷹ヶ峰さんの考えは変わってない。けれど、奴はそれを確かめてないはず。そして、私たちはそこを突く。私たちの所感をねじ込み、『坂元自身』の考えを変える」

 彼女の言っていることがいまいち理解できず、首を傾げる瀬織の隣で、莉緒が相槌をポンと打った。

「なるほど。出来る女の思わせぶり作戦だね?」

「何それ?」

「漫画にも良く出る、小悪魔女の必殺技だよ。自分に気があると思わせぶりな態度を取って、男を意のままに操る方法。実際に気があるなしは関係ない。相手がそう思うことが大事」

「おいおい、嘘でしょ。もしかして辰真さんを騙そうってこと?」

 声を上げる瀬織に、莉緒はさも当たり前のように語る。

「騙すんじゃないわ。その気にさせるんだよ。幾ら枯れた仙人みたいな人でも、彼だって性別は男。男とは、そんなわけないと思っていても、もしかしたらという一縷の望みを捨て切れない愚かな生き物なのよ。何かの奇跡が起こってアイドルと付き合えるかも、空から魔法少女が落ちてくるかも、異世界に放り込まれて美女ハーレムを形成するかもと夢を抱き続けているものなの!」

「・・・男と、何かあったの?」

「小中高と女子校エレベーターに乗ってる私に、あると思う?」

 無いからこそ。彼女らは雑誌やテレビ、ネットからの知識にて男性像を作り上げる。もちろん莉緒の偏見で、あるところにはあるものだが。あまりの力説に、男と何がある、というか彼氏持ちであるはずの瀬織は、そういうものなのかと納得させられた。今度彼氏に確認しようと心に誓う。

「世の男全員が愚かではないと思うけど、奴が愚かなのは確実ね」

 行きましょう。そう言って彩那は、丁度到着した駅のホームに降り立つ。

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