第211話 贖罪が与えるニュアンス
数日振りに坂元の部屋に乗り込んだ三人は、我が目を疑った。
「急に尋ねてきて、どうした。まだ僕に何か用?」
いつも通りのつれない言葉だが、彼女らの耳には届かない。
「こう見えても僕も結構忙しいんだが」
「・・・旅行先は、ハワイですか?」
旅行前の子どもかという三人の共通認識的ツッコミを何とか飲み込んで、莉緒が言った。アロハシャツにハーフパンツ、浮き輪に麦藁帽子という出で立ちで、黙々とキャリーバックに荷物を積み込んでいた。
「いや、グアムにした」
グアムだろうがハワイだろうがどっちでもいいわ! というツッコミを三人は飲み込んだ。
「いつ出発するの?」
額に手を当て、渋い顔をしながら彩那が尋ねる。
「明後日だ。明日は引き継ぎ兼ねた挨拶回り」
解任の辞令が出ていても、現段階ではまだ彼がこの地域の担当だった。引継ぎし、挨拶まで済ませてしまえば、地域住民の認識は完全に彼が辞めたという事になる。それは、ひいてはマスターから受けた依頼の失敗を意味する。
「その一日。私たちに貰えない?」
「・・・何故?」
坂元が片眉だけを器用に吊り上げる。
「鷹ヶ峰さんに、もう一度会って欲しい」
ふむ、と坂元は顎をなでる。
「目的は?」
「解任の撤回」
「クビにされた僕が会って訴えても、撤回してもらえるとは思わないんだが?」
「不当解雇に対して声を上げても、誰からも文句は出ないわ。私が確認したいのは、あなたが復帰したいかどうかよ」
「復帰、か」
坂元は三人を順に見る。
「君たち、十六夜の所に行ったらしいな。僕の解任理由を聞きに」
「ええ」
「僕が復帰したいと泣きつけば撤回できるような『何か』があったか?」
好都合だ、と彩那は見えないように拳を強く握った。
「私たちが撤回してもらえる条件は何か、と尋ねたら、返答は『条件は無い』だった」
「ではやはり、僕の解任は確定だな」
「そうでもない、と思う」
彩那の言葉に、莉緒、瀬織もうんうんと頷く。
「どういうこと?」
「口では解任と言いながら、本心では解任したくない、と私たちは見た」
「その根拠は?」
「最終的には、私たちの、いわゆる女の勘、と言わざるを得ないんだけど。彼女からの話から、そう感じた。私たちは鷹ヶ峰さんから、過去に起きた事件の事を聞いた」
「・・・そうか」
呆れたろ、と坂元が弱々しく笑った。
「あの頃の僕は、まあ、今でも大差ないが馬鹿だったんだ。何とか出来ると思ってしまった。ヒーローになれるんじゃないか、ってね。あまりに万能すぎて、すでに孤立し、他人を必要としないあの女に、認めてもらいたかったんだ。きっと。結果があの様だが」
「鷹ヶ峰さんはあの事件で、あなたがずっと後悔しているのではないか、と言っていた。後悔と自責の念が、坂元辰真を過去に縛りつけ、無茶な任務に奔走させているのでは、と」
「僕以上の馬鹿だな。あいつは」
坂元がかぶりを振る。
「そんなこと、あるわけないだろうに。ただカッコ悪かった過去の歴史を、今の成果で帳消しにしようとしただけだ。あの女の危惧するような事は、何一つない」
「でも、あなたはそれを言葉に出した事、ないんでしょう?」
「・・・ないな。確かに」
これだから男は、と彩那も莉緒も瀬織も呆れる。どうして何も言わないで、通じていると、わかってもらえていると思い込めるのだろうか。解任の理由は、やはり坂元にもあった。自分のせいで危険な目に遭っているのではと思っている彼女の心のケアを怠った。立った一言、大丈夫だと言えば違っただろうに。あまりに相手のことを蔑ろにしすぎた。こみ上げるため息をなんとか言葉に変換する。
「彼女の願いは、あなたに幸せになって欲しい。だそうよ」
「幸せに?」
「ええ。これまでの苦労に似合った、それ以上の幸せになって欲しい。命の危機に晒されることなく、普通の人が普通に享受する青春すら捧げさせた分、幸せになって欲しい、そう言ってた」
「・・・それが、長い長いバケーションと、一生遊びまくれる金か」
使いきれねえよ、と坂元ががらんどうになった部屋に寝転がった。
「あなたは、それで本当に幸せになれるの?」
問いかける。寝転んでいるため、彩那の方からは坂元の表情は伺い知れない。
「何が幸せかなんて、そりゃ人それぞれなんでしょうけども。あなたがそれで良いと言うなら、私たちがどうこう言うのはお門違いの余計なお世話なんでしょうけど」
でも。
つい先程、坂元は彩那に『撤回できるきっかけ』があったかどうかを確認した。坂元もまた、本心では解任をよしとは思っていない証拠ではないか。
「男は、女を守るものなのでしょう? このままでは、一人の女が不幸になるわ。見捨てたままで幸せになれるの? あなたの哲学が、三つ子の魂が今なお変わっていないのなら」
言葉遊びかもしれない。けれど、同じ行為であっても言葉が変われば、受け取るニュアンスも、得られる感情も変わる。人間は、複雑なようでいて、単純だ。
贖罪という言葉を、生きがいに変える。生きがいは幸せに繋がる。
「あなたの幸せを願う女の一人や二人、守ってみせたら?」
坂元は動かなかった。黙ったまま天井をぼうっと見上げていた。
「ちなみに、鷹ヶ峰さんがこの国に滞在するのは明日まで。明後日はヨーロッパだそうよ」
彩那は踵を返した。莉緒、瀬織も後に続く。
「その気になったら連絡して。抗議活動には人数が必要でしょうから」
靴を履き替え、出て良く。三人が出たところで、バタン、と外と中を隔てるドアが閉まった。
「動いてくれる、かな?」
ドアを見つめながら、莉緒が呟く。
「動いてくれなきゃ困るわ」
「もし動かなかったら?」
「その時は力ずくよ」
「会長って結構出たとこ勝負多いよね。私の時もそうだったし」
ほっとけ、と彩那は顔をしかめる。
「泣いても笑っても勝負は明日。二人とも、予定は大丈夫?」
二人が力強く頷く。
翌日、坂元辰真から連絡が入った。午後六時のことだ。
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