第228話 石は転がり始めた

 刑の執行を機に、兵たちの目の色が変わった。どんな些細な情報でも得ようと躍起になった。躍起にならなければ、待っているのは鞭打ち、いや、もっと酷い目に遭わせられるかもしれない。明日は我が身と怯えれば、他人に遠慮などしていられなかった。タガが外れてしまったのだ。善悪の定規、倫理の枷は、我が身に迫る恐怖の前には塵芥に等しい。脅しなど生ぬるい、暴力による情報の強要が起こった。喋らない相手に対して、兵たちは容赦しなかった。知らないと言う者にも容赦しなかった。殴り、蹴り、叩き伏せた。それでも喋ろうとしなければ、暴力は周囲にまで振るわれた。親を、兄弟を、恋人を、夫を、妻を、子どもを同じ目に合わせた。一つの部隊がそれを良しとすると、他の部隊も真似た。以前の、法を遵守していた彼らの姿はどこにも無く、ただの無法者と化した。

 住民たちも、ただ黙って暴力の嵐が過ぎるのを待つような、いわゆる泣き寝入りをするつもりはなかった。とはいえ、兵に逆らえば、こちらの方が反逆者として罰せられる。ではどうするか。

 以前ルゴスに提案したことを、彼の協力者たちに実施してもらった。住民たちは、少しだけ真実を流していく。よくよく考えれば色んな人間に当てはまるような、人の特徴についてだ。例えば、髪は黒かったと聞いたことがある、男ではないかと噂があった、などだ。噂に、人伝に聞いた事がある、というのもミソだ。もし嘘ではないかと問い詰められても、自分ではなく間違った噂が流れていたのだと釈明できる。真実だと判断したそっちのミスだ、と言い逃れをする。拷問されても喋らないほど強靭な意思をもつ人間などそうはいない。なら、さっさと喋ってしまえばいいんじゃないかと思ったのだ。嘘とばれないように嘘を吐くのは技術がいる。けれど、真実を話すのには技術はいらない。後は話す分量だけに注意すればいい。並行して、ルゴスにはこそこそと協力者を増やしてもらった。もらったというか、勝手に増えてきたというべきか。口コミというのは恐ろしい物で、特にこういう不安情勢の中での明るいニュースはインフルエンザよりも早く拡散していく。希望の感染率はほぼ百パーセントだ。


「上手くいっているみたいだな」

 家に戻ってきた僕に、ルゴスは言った。

「何が?」

「お前の作戦だよ。今のところ、住民にも、兵士にも、目立った怪我人は出てない。刑が執行される様子もない」

「そいつは何より」

 何も進展が無ければイラつきもするが、少しでも事態が推移していればよほどの馬鹿かせっかちでなければ我慢できる。どこまで我慢できるかは保障出来ないけど。なんてったって何の罪も無い兵を鞭打ちにするんだから。古代の王は気分次第で人を殺してたというし、天気よりも予測しづらい。だからこそ、最後の手を打ちたい。もう少し協力者を増やしたら、ルゴスは死んだと言う噂を流し、どこかで適当に死体をあつらえて王に差し出せば良い。そうすれば、今の状況を打開できる。次は、もっと水面下でこっそりと活動し、ばれないようにすればいい。そうすればいつかは、オセロの盤面を全てひっくり返すように、この国を乗っ取れるだろう。本人にその気があれば、の話になるが。

「タケル、そういや最近よく出かけてるけど、何してんだ?」

「僕か? 僕は調査だ。前に話したことあったかな。僕らの職業を」

「狩猟者、だったか。確かにそれは聞いた。けどその後、バルバが尋ねてきて、以降は手伝いが続いてうやむやになったんじゃなかったか」

 そうだったっけ。あの怒涛の手伝いラッシュを思い出す。日の出から日の入り後も越えて働いていたから、十二時間以上は働いていたのか。それが一週間続いたのだから、話の内容も疲れで記憶から飛ぶ。

「僕らは、前にいた場所から怪物が逃げたのを、追いかけてきたんだよ」

 本当は招待されたのだが、そう説明した方がわかりやすい。別段重要な箇所じゃないし。通じれば良い。

「ここにか?」

「うん、潜伏している。そいつは色んな物に化けることが出来る。人にも化けられる」

「それで調査を・・・」

 はあ、と関心したように何度も頷いている。

「だが、まだ見つかってはいない、ということか?」

「そうだね。今日も色々と見て回ったけどサッパリ。痕跡も見つからなかった。この国は関係者以外立ち入りお断りの場所が多いし」

「王城やジッグラトのことだな。敵は化けて簡単に入れるが、タケル達は入れない。そこまで考えているということか。よほど賢いのだな」

「賢いね。きっと人よりも」

 こちらも、かなりじれったい状況ではある。調べられる箇所が増え、話を聞ける人間が増えたのは良いが、何も見つからないから疲労感も苛立ちも増えている。僕も王のことを言えないな。

「ルゴス、居る!?」

 別の場所を探していたクシナダの声だ。血相変えて家に飛び込んできた。

「あれ、いる・・・?」

 いることの方が不自然とでも言いたげだ。彼女の目は、しっかりとルゴスを捉えていた。上から下までじっくりと確認してもなお、ルゴスがここにいる疑問がぬぐえないらしい。

「そりゃ、いるさ。俺の、おっと失礼、私の家だからな」

 たまに出てくる一人称の癖を咳払いと共に直して、僕をチラッと見た。以前それで注意したことがあるからだ。大勢の人の前で直してくれれば、僕らの前では気にしなくてもいいんだが、日ごろから練習しておくにこしたことはない。

「でも、どうしたんだ。そんなに慌てて。私を探していたのか?」

「いや、そうじゃないの。さっき街で聞いたもんだから。あなたが兵に捕まったって」

 どういうことだ? 何でそんな話が出回っている?

「おいおい、どんなホラ話だよ。私はここにいるぞ?」

 安心させるようにクシナダの肩を叩くルゴスと、自分の話を笑い飛ばしてくれるルゴスに、徐々に落ち着きを取り戻すクシナダ。

「そうよね。何かの間違い、ってことよね?」

「当たり前だろ。間違いじゃなきゃ、ここにいる私は何者だ? 偽者か?」

「・・・それだ」

 そういうことか。ルゴスの言葉にピンときた。どうやら、王は僕の想像の斜め上行く馬鹿だったらしい。

「な、なんだよタケル。お前まで怖い顔して」

「そうよ。捕まったってのは間違いだったんでしょ?」

「いや、間違いじゃない。正確には、間違いだと気づいていないのかも知れない」

「どういう、ことだよ」

 不安げに見つめる二人に、僕はある可能性を口にする。

「誰かが捕まったんだ。ルゴスとして、偽者が」

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