第129話 山賊の首魁

 チョハンに伴われ、大樹の中の一室へと私たちは案内された。中にある椅子やテーブルなどの家具は全て、幹をくり貫いて、その形に整えられている。一本の木から作られた一枚板の机が高級品として有難がられるが、一本の木から作られたこの家はどれほどの価値があるだろうか。私たちは椅子に座り、彼の背中を見ている。

「口に合うかわからんが」

 そう言って、チョハン自ら茶を入れ、私たちの前に差し出した。

「安心なされよ。毒など盛っとらん」

 豪快に笑い、証明するように先に茶を口に含んだ。出されたものを無視するのは、相手を信用していない、と思わせるかもしれない。手に取り、お茶を口に含む。ほうじ茶のような香ばしさが鼻を通り、甘みと渋みが口の中を通り過ぎる。結構おいしい。

「さて、早速本題に入りたいのだが」

 自分も一口お茶を飲んで、チョハンは私たちを見比べた。

「スセリ殿と、クウ殿か。スセリ殿は麗しい女人であられるが、相当の腕をお持ちと見える。クウ殿も、その若さでありながら優れた術者と見たが、どうか」

 彼の言葉に、私も、そしてクウも驚く。

「驚くことはない、おぬしたちをよく見ればわかるよ。スセリ殿はその所作に一片の隙もなく、視線は常に周囲に行き渡らせている。クウ殿の視線は我らが所有する数少ない呪術兵装を目ざとく見つけておった。巧妙に隠したそれらに気付いたのは、微かに漏れる呪の匂いを嗅ぎ分けたからであろう。そんなことができるのは術者だけだ」

「そこまでわかっていながら、我らを招き入れたのはどういう魂胆があってのことか」

 どこか突っかかるような物言いでクウが尋ねる。

「簡単なことよ。そこまでの腕利きを悪戯に刺激して、暴れられては困る。そして、ハクコが言っていた様に話がしたいだけなら、どちらが自分たちにとって利になるか、考えるまでもない。我らは敵を増やせるほど余裕があるわけではないからな」

 気分を害することもなく、チョハンが答えた。

「私たちは、領主たちに山賊の首魁であるチョハン殿、あなたを討伐するように依頼されました」

「なっ、スセリ!」

 クウが驚きの声を上げ、ドアの向こうや窓の外から殺気が膨れ上がる。しかし、言われた当の本人は落ち着いたもので「それで?」と話を促した。その声が牽制となったか、突入してくるつもりはなさそうだ。

「領主の話では、あなたたちは近隣の村を荒らしまわり、金品や食料を強奪する極悪非道な山賊といわれております。私たちはなぜ、あなた方が山賊行為を行うのか、その理由を教えていただきたいです」

「我らの理由を聞いてどうする。おぬしたちにはすでに命は下ったのであろう。そして報酬も約束されている。相手の理由を聞く理由などあるまい? 余計な情報は判断を鈍らせるだけだと思うが」

 不当な命令を遵守しなければならないなんて、一体誰が決めた。

「それは素直な人の考えです。私は捻くれ者ですから。自分が何のために、どういう相手と何故戦うのか、その辺りをきちんと知りたいのですよ。それに、私だけは、よそ者である私だけは許されるはずなんです。戦ってる双方の話を聞いてから、どちらに付くか。政治的しがらみも過去の怨恨も金銭の関わりも何もない私だから、私の好みで敵と味方を選んでいいんですよ」

 私の言葉を聞き終えたチョハンは、しばし呆気に取られた後、膝を叩いて大笑いした。

「そうか、おぬしはおぬししか主がおらん、ということか。ならばこちらも、きちんと訳を話さねばならんな」

 ひとしきり笑った後、チョハンは居住まいを正した。

「私が、以前は領主に使える兵士だったことは聞いたか?」

「ええ。不正を犯して罷免され、そのことを逆恨みして山賊になった裏切り者と」

「ははあ、そんな話になっておるのか」

 チョハンが苦笑した。そんな時、バン、とドアを誰かが勢いよく開けた。

「そんなの嘘っぱちよ! チョハン様が裏切り者だなんて!」

「これ、ハクコ。勝手に入ってきてはならん」

 チョハンに窘められるが、ハクコの怒りは収まらない。

「最初に裏切ったのは、今の領主コセンのほうよ! あいつは前の領主ボダイ様をありもしない罪でっち上げて更迭させ、自分がその地位に着いたの。しかも領主となったコセンは好き放題し始めた。税を引き上げ、払えなければ容赦なく全て奪い取る。時には人、若い女の人や子どもを連れ去って、奴隷商に売り払うの。そして、少しでも逆らえば、その人だけじゃなく、家族全員が見せしめのように殺された」

 これはまた、テンプレートのような悪代官だ。

「チョハン様はそれを見かねて、領主の家から取り立てられた金や食料を盗み、奪われた人たちに返していたの」

「しかし、間抜けにもばれて、こうして落ち延びるに至った、というわけだ」

 そして、チョハンは外に向けて「みな、入ってくれ」と声をかけた。ぞろぞろと外に待機していた兵士たちが入ってくる。

「彼らは皆、コセンによって家族や家、田畑を奪われた者たちだ。彼らだけじゃない。ここに住む者たちも皆、全てを奪われ、命からがらここに落ち延びてきた。命があって何よりではあるが、生きているからこそ浮上する問題がある。食料だ。僅かな土地を拓いて食物を育てて入るが、まだ時間がかかる。森の中で取れるものだけでは賄えなくなり、瀬に腹は変えられぬと我らは山賊行為を、罪を犯している」

「そんな、チョハン様! それだって、コセンが都に収める税を誤魔化して蓄えたものじゃないですか!」

「それでも、罪は罪だ。私はそのために、守衛たちを何人も斬っておる」

「そいつらはコセンの言いなりになってみんなを苦しめる連中でしょ?! どうしてそいつらをやっつけるのが駄目で、私たちは、村のみんなは傷つけられてもいいのですか!」

「それは・・・」

 泣きながら訴えるハクコに対して、チョハンは言い淀んだ。

「罪は、罪ね」

 そんな中、私は言った。部屋の中の全員の視線が私に集まる。

「この国の法律がどんなものか知らないけど、略奪やら強盗は褒められたもんじゃないでしょう?」

「あなた、私の話し聞いてた!?」

 ハクコが怒鳴る。周囲の連中も怒鳴りはしないが、私に敵意ある視線を向けている。

「おぬしの言うとおり、私は罪人だ。言い訳のしようもない。私を討つというならば、それは仕方のないことだ。だがしかし、今しばらく猶予をくれないか」

「猶予があったら、何ができるというのです? 領主を討ち取り、この人たちを圧制から解放できると? みんなの暮らしを取り戻せるというのですか?」

 チョハンは押し黙る。それがどれほど現実味のない話か、身に染みて分かっているからだ。それができていれば、彼らは山賊などせず、そのまま領主を力尽くで追い払っている。

「私としては、あなたのように皆から好かれる人に、このまま罪を重ねてほしくない。だから、罪を重ねない方向で行きましょう」

「罪を、重ねない? それは、どういう意味だ」

 その質問に答える前に、確認したいことがいくつかある。

「前の領主様って、今どこにいるのかしら?」

「ボダイ様か? 領主の屋敷の地下に囚われておる」

「処刑されずに?」

 それはまた、何故だろう。相手の地位を奪ったら、奪い返される前に処刑して後顧の憂いを断つものじゃないのか。

「ああ。ボダイ様を慕う領民は我らだけではない。いくら罪を着せたからといってさっさと処刑してしまえば、我らの叛乱に遭う」

「じゃあもしかして。あなたたちが領主を直接狙うことができないのは」

「ボダイ様の命が握られておるからだ」

 これは、面白い話になった。

「では、確認だけど。もしボダイ様という弱点がなくなったとしたら、あなたたちは前のような生活に戻れるものなのですか?」

「む」

 私の意図を読んだか、チョハンが思案顔になった。右手でヒゲをいじるのは考え事をする時の癖なのだろう。

「いや、それも難しいな。コセンを廃するだけならば可能であろう。しかし、やり方は間違っているとはいえ、ボダイ様に着せられた罪は消えず、コセンが領主であるという事実は変えようがない。命を奪えば、それこそ国家反逆の罪に問われる。そんなことをすれば、今度は都から兵が送られるだろう」

 それじゃ本末転倒だ。切り口を変える。

「ボダイ様を罪人とし、コセンを領主たらしめているのは何です?」

「罪状の書かれた書状と領主任命状だ。写しはおそらくコセンが屋敷のどこかに隠しているから奪ってしまえば問題ないが、原本は都に厳重に保管されておる。その書状の効果が生きている限り、コセンはいつまでも領主のままだ。ボダイ様を再び領主にしようにも、都が認めなければ、な。都からは定期的に文官が訪れ、毎回宴を開いていたから死んだことを誤魔化すこともできない」

 力尽くで連中を倒すことはできるが、法的には無理ってことか。なら都の連中も入れ替えてしまうか。そうすれば誰も文句は言わない、が、一つ問題がある。私をここに呼んだ連中も、都のお偉いさんだ。そいつらの協力が得られなくなる可能性が大いにある。そうなると、帰れなくなる。そいつは痛い。まあ、最悪は無理やり言うことを聞かせる手段に出るしかないか。

「なんだ。では話は簡単ではないか」

 これまで黙っていたクウが口を開いた。

「ようは、ボダイとやらの言うことを聞くコセンがいればいいのであろう?」

 全員が、何を言ってるんだこいつは、という顔をした。コセンがそんな殊勝なヤツなら、誰もこんな苦労はしていない。

「何だ? 皆、そんな呆れた顔をして。我が何か変なこと言ったかな?」

「変なことも何も、そんな不可能なこと突然言われたら誰だって」

「不可能?」

 にやり、とクウは口の端を吊り上げた。

「スセリよ。誰に物を言っている。我は天才なのだぞ。不可能を可能にする術の一つや二つ、すでに持っておるとも」

 おお、と誰もが感嘆の声を上げ、目の前の少年の認識を改めた。

「ほ、本当ですか、クウ様」

 両手を組んで、恋する乙女のような顔でハクコが尋ねた。同じ女だからというのもあっただろうが、この子、私とクウとでは態度が違い過ぎないだろうか。

「うむ、任せておけ。ただそのためには、ボダイとコセン、生きている二人が必要になる」

「では、後の問題は二人をどうやって確保するか・・・」


 ガラン ガラン ガラン


 突如鳴り響いた鐘の音に、私たちは話し合いを止めて外を見た。木々の間から、次々と領主の兵たちが現れる。

「・・・いや、ここを切り抜ける問題が先だな」

 険しい顔でチョハンが呟いた。

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