第130話 秘策

 二つの軍がにらみ合う。共に槍を掲げ、弓の狙いを定めている。きっかけがあれば、すぐさま戦闘に入りそうだ。

 状況は山賊が不利だ。領主側の兵たちは山賊をぐるりと包囲しており、厚みもある。一区画を切り崩して突破するのは難しそうだ。

「チョハン! いるんだろう! 出て来い!」

 包囲網の後方、全体を見渡せる位置に二人の男がいた。一人は兵のリーダー格コクダイ。

 もう一人はコセンだ。まさか領主自らこんなところに出張ってくるとは思わなかったから意外だ。しかも、声を張り上げているのはコセンだ。

「何か手柄でも立てたい、ということか?」

 クウが言った。時代劇や戦国物でよくあるパターンか。直接戦闘には参加しないが、顔だけ見せて、戦果は全部掻っ攫っていって箔をつけるあれか。

「それもあるかもしれんが、性根が腐ったヤツだからな、私の死に際を見にきたのやもしれんな」

 チョハンが苦笑しながら言う。ありそうだ。敵の生首を肴に酒を嗜みそうな顔をしている。

「冗談はさておき、ヤツが直接出てきたということは、ここで我々を討ち取る自信があるからだろう」

「何か策がある、と見ていいのかな」

 クウが見下ろす先で、なにやら動きがあった。森の奥から、まだ何か出てくる。兵士が誰かを強引に引っ張って連れてきた。

「なんっ・・・・」

 チョハンが声を失った。

 連れてこられたのは妙齢の綺麗な女性だった。派手ではないが、上等の布を使って作られた着物を着ている。だが、その着物は汚れや破れが目立った。かなり手荒に扱われたようだ。女性自身も髪はほつれ、打ち身や擦り傷が見て取れた。口元には血を拭った後があり、少し頬の辺りに青あざが見える。殴られたのだ。あの綺麗な顔を。カァっと、燃え滾る石を放りこまれたかのように腹の中が熱くなる。

 メキ

 その音が沸騰して視野が狭まっていた視界をクリアにした。音源の方を見ると、私以上に怒りを露にしている者がいた。チョハンだ。今の音は、彼が掴んでいた窓枠を握力で握りつぶしたものだった。

「マオ様!」

 ハクコが叫ぶ。

「マオ様って?」

「マオ様は、チョハン様の奥方よ。チョハン様が山賊となる前に、危険だからと都にお隠しになったはずなのに」

 見つけられて、連れてこられたということか。人質にするには最適な人材だ。

「チョハンよ! 妻の命が惜しければ投降しろ! 部下に武器を捨てさせ、大人しく縛に付くように命じろ! そうすれば部下の命までは取らぬ」

 鬼の首を取ったような顔でコセンが叫ぶ。男の風上にも置けないクズ野郎だが、コセン自身が出張ってきた理由がわかった。

「チョハン様・・・」

 不安げにハクコが見上げる。チョハンは歯を食いしばっていた。握り締めた拳からは血が滴っている。ふと、マオがこちらを見上げた。そして、私たち、いや、チョハンに気付いた。すると彼女はふ、と微笑み、首を横に振った。それを目にしたチョハンは小さく彼女の名前を呟き、硬く瞳を閉じた。

 自分を落ち着けるようにして二、三呼吸を整えた後、チョハンは言った。

「皆、武器を持て。この包囲を突破する。準備しろ」

 硬い声で指示を出すが、部下たちは慌てた。

「そんな、嘘でしょうチョハン様!」

「奥方はどうされるのですか!」

 彼らにとっては、尊敬するチョハンの妻も同じく大切な存在なのだろう。だがしかし、チョハンは首を横に振った。

「ならぬ。マオ一人のためにおぬしら全員を犠牲にすることはできぬ。コセンは武器を捨て投降すれば命を取らぬというが、それが見え透いた嘘というのは、おぬしらにもわかるであろう」

 チョハンの言葉に、誰もが怒りを含ませた苦い顔をした。騙されたことがあるのだろう。

「やつらは私が交渉に応じ、出てくるのを待っている。その間に皆に声をかけ、ここから逃げる準備をさせよ」

「し、しかし・・・」

「二度は言わぬぞ。これは、マオが命がけで作ってくれている時間なのだ」

 首魁の固い決意に、誰も反論できなかった。一番辛いのはチョハンだからだ。渋々兵はチョハンの命に従い、全員が降りていった。人の気配がなくなったのを見計らい、チョハンが私たちに向き直る。

「私たちは、これからあの包囲を抜けるために人暴れすることになる。先も言ったが、コセンたちは私が投降すると思っているから、先手を取りやすい。気の緩んでいるところへ一気呵成に仕掛け、突破する。スセリ殿。おぬしに私を討つ気がなくなっているなら、どうか見逃してもらえぬか」

 見逃すも見逃さないも、戦う気はもうない。むしろ加勢したいくらいだ。目の前の既婚者だがちょっと渋めの良い男と下にいる女に手を上げるようなクズとどちらを取るかといわれれば男前を取るに決まっている。私が邪魔しないというのがわかったらしく、チョハンは頭を下げて部下に続こうとした。

「いや、待った」

 クウが呼び止める。

「クウ殿?」

 振り返ったチョハンに、彼は続けた。

「今、我には一つの策がある。少々綱渡りの策だ。下手すれば全滅の憂き目に会う博打のような策なのだが。・・・ちなみにチョハン殿。教えていただきたいのだが、強行突破してどれほどの仲間が生き残ると推測する?」

「そう、さな。よくて半分、と言ったところか」

「その死ぬ中には奥方も含まれるな?」

「ちょっと、クウ!」

 怒鳴る私に向けて、彼は黙ってろと手のひらを向け、チョハンの言葉を待った。

「・・・うむ。また、死ぬ方の半分には私も含まれる。逃がすためには誰かがしんがりを勤めねばならんからな。敵を足止めできるのは、この中では私だけだ」

「質問を追加する。そうなると、今後山賊は誰が率いるのか?」

「それは・・・おそらくあの中の者から選ぶことになるな」

「誰が率いることになるかは知れぬが、これまでと同じように山賊行為は働けるものか? 贔屓目抜きに答えてくれ」

「才があるものは確かにいるが、まだ若く、正直なところ難しいな」

 その答えを聞き、クウはふむふむ、と顎に手を当てて何度か頷く。そして、考えがまとまったのか、顔を上げた。悪戯小僧のような笑みを浮かべて。

「チョハン殿よ。我の策に乗ってみる気はないか」

「クウ殿の?」

「うむ。先も言うた通り、博打のような、下手すれば全員死ぬかも知れぬような奇策だ。しかし、はまれば全員無事で切り抜けられるかもしれぬ。無論、奥方も含めてな」

「それは真か、クウ殿!?」

「おう。天才術者は嘘をつかぬ。どころか、この地にある問題を全て解消できる可能性もある。おぬしがやるというなら、我は」

 そしてクウは私のほうをちらりと見た。私はそれに頷く。彼も頷き返し

「訂正。我らはおぬしらに助力するが、いかがか。何度も言うが、我の策は博打だ。しかしながら、チョハン殿がこれから行おうとする策も、未来はない。山賊はいずれ滅びる定めだろう。どん詰まりの未来と、一か八かの未来。あなたはどちらを取る?」

 チョハンは黙ってクウの顔を見ていた。その頭の中では天秤が揺れていることだろう。さらに乗っているのは山賊たちの命、奥さんの命、自分の命、領地に生きる全ての人の未来だ。

 そして、チョハンが選んだのは・・・

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