第128話 山賊たちのツリーハウス

「これは、まさか村か?」

 女の子に案内され行き着いた先にあったものを見上げて、クウが無意識に口からこぼした。私も同じように、間抜けな顔して、目の前の『それ』を見上げている。

 目の前に聳え立つのは巨大、という言葉ですら全容を伝え切れないのではないかと思うくらいの大樹だ。私が見たことのある大樹が、十六夜に連れて行かれた屋久島の樹齢三千年といわれる縄文杉だ。あれもでかかった。高さが十五メートルくらいあった。

 だが、今目の前にある木は、縄文杉が苗木に見えるほどだ。まず高さがわからない。上空に雲がかかり、その先が見えないのだ。電波塔も驚きの高さだ。それ以上に圧巻なのは幹の太さだ。メキシコにある杉が世界最大の太さを誇るといわれていて、直径十四メートル、幹回りは五十七メートル。巨木はそれをあざ笑う太さだ。目算だが直径が五十メートルくらいある。木の幹のごつごつと出っ張った部分を床にしてツリーハウスが作られ、その隣では幹を抉って中にマンションのような一室が作られている。そんなのが数件横に連なっているんだから、私の目測は間違っていない。目を疑う余地がなくなってしまった。縦にも横にもそういった部屋があるので、さながらマンションのようだ。格部屋は木で組まれた足場や階段、梯子でつながっており、驚いたことに人力だけどエレベーターまである。二本のロープがエレベーターと一緒に吊るされていて、滑車を利用して一本を引けば上に、一本を引けば下に下がる仕組みなのだろう。

 そんな木の香りが漂うマンションから、ワラワラと武装した兵たちが飛び出してきた。不思議なことに、兵の年齢層がバラバラだ。下はクウと同年代の十代から、上は老人と差し支えない年代まで幅広い。私の勝手な推測だが、山賊というのは同年齢層で構築されるものだ。同じ年齢層なら同じような思考を持ち、体力も力も同じくらいなら、力や技術といった戦い方も、いざという時に逃げ足も同じくらい。全部が同じようなものだからこそ仲たがいもせず組織だった行動を可能にしている。非力な子ども、足の遅い老人など連れていては足手まといになりかねない。一人捕まれば、その一人から居場所や構成員などあらゆる情報が漏れるリスクがあるから、足並みをそろえる意味でも子どもと老人が混ざっていることに違和感が会あった。それに、彼らからはこれまた勝手な自分のイメージだが、弱者をいたぶって食い物や金をぶんどってもなんとも思わない、というような人間のクズ的陰湿な影が見えない。それよりも彼らから見えるのは、怒りだ。それこそ、山賊に全てを奪われたものが纏うような、マグマのような、悲しみと憎しみを燃料にした怒り。

「何奴だ貴様ら!」

 ずら、と前列に槍衾が、後列に引き絞られた弓矢が並ぶ。少しでもおかしな真似をしたら途端に蜂の巣だ。

「待って!」

 私たちの前に女の子が割って入った。それを見た前列の槍兵の一人が叫ぶ。

「お前、ハクコか! なぜそいつらと一緒に・・・・、まさか、お前ここを教えたのか?!」

「脅されているのか!」

 その声に、兵たちの敵意が増した。今にも突撃してきそうだ。

「違うの! クウ様は、あと連れの人はチョハン様に話をしたいだけなの」

 女の子、ハクコは悲痛な声で懸命に訴えた。それは別に構わないのだが、彼女の中では私はおまけ扱いになっている。別に、全然構わないのだが・・・。その間も、懸命なハクコの訴えは続く。兵たちはこちらへの警戒は緩めないものの、さっきまで満ちていた敵意は鳴りを潜めつつあった。代わりに浮かび上がったのは戸惑いだ。私たちをどう取り扱っていいのかわからない。よそ者だから得体が知れない、けれど、ハクコがここまで言っているから敵ではない。

こういった場合、まずはひっ捕らえて自分たちに有利な状況で尋問する、というのがオーソドックスな展開だろうが、そうしようという動きもない。思いつかないのだ、おそらく。そこから考えられるのは、彼らは昨日今日戦いを始めた素人だということだ。相手を尋問、拷問するということを考えられないのだから。

にっちもさっちもいかない状況に終止符が訪れた。誰かが奥から近づいてくる。弓の弦が緩み、下ろされる。こちらに向いていた槍の穂先は天へ向いた。

兵列が真ん中でパカリと開いた。生まれた道を、一人の男が歩いてくる。

背は高く、二メートル近くあるだろうか。肩幅も広く胸板も厚い。そして全身から醸し出すオーラが、鍛えられた肉体がただの張りぼてではなく、幾多もの修羅場をくぐってきたことを教えてくれる。

顔を見て、まず目を引くのは立派に蓄えられたアゴヒゲだろう。黒々としたヒゲは胸元まで伸びている。唇は薄く、口は真一文字に閉じている。深く皺の刻まれた眉間から高い鼻の先まで鼻筋が通っており、顔の彫りは深い。整ってはいるが、優れた体格と相まって相手を威圧する顔だ。だが、そこまで恐れを抱かせないのは、細い切れ長の瞳に知性を感じさせるからだろうか。

「スセリ。何を見惚れておる」

 不機嫌そうなクウの声で、ようやく私は目の前の男を長らく凝視していたことを悟る。

「見惚れてなんか」

「いいや、見惚れていた」

 動揺は簡単に見破られた。心の中だけで白状しよう。目の前の男は、ワイルドとクールを併せ持つ美丈夫だった。イメージで言うと三国志のゲームに出てくる関羽。高潔で頭も切れて義理堅い美髯公。正直カッコいい、と思ったのは認める。

「開けっ放しの口から垂れた涎を拭くがいい」

そこまで間抜けな顔になっていたのか? と慌てて口元を拭うが、涎も垂らしてないし、口も開いてない。野郎、と睨むと、クウはすでにそっぽを向いていた。

「チョハン様!」

 満面の笑みを浮かべて、ハクコが男に駆け寄る。チョハンと呼ばれた男は、彼女の頭をその大きな手で優しく撫でた。

「ハクコ、無事だったか」

「はい」

「しかし、あまり遠くへ言ってはいかんぞ。皆心配しておったのだ」

「で、でも、領主の兵の動きがわかれば、チョハン様のためになると思って」

 怒られて、泣きそうになるハクコ。その彼女の背丈に合わせるように、チョハンは大きな体をかがめて、彼女の目線に自分の目線を合わせる。

「その気持ちは嬉しい。しかし、それ以上におぬしに何かあったら、おぬしを命がけで守った父に私は顔向けできぬ。・・・わかってくれるか」

 しょげながらも、ハクコは小さく頷いた。「うむ」とチョハンは彼女をまた撫で、家に戻るようにと促した。素直に従い、彼女は自分の家へと戻っていく。

 彼女が戻っていくのを見送って、ようやく男が私たちのほうへ向き直った。

「さて、改めて名乗ろう。私がこの者たちを率いるチョハンと申す者だ。私と話がしたい、ということだが、おぬしたちは一体何者かな?」

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