第157話 契約内容の確認

「・・・して、何用だ。前に訪れた者たちとは違うようだが」

「前に訪れたって、うちのご先祖様のこと?」

 ウルスラが進み出た。女の視線がそちらに移る。

「ん? もしやお前は、そやつらの縁者か? 確かに前に来た者と似た匂いがするな。先祖、と言うからには、あれからいくつも世代を重ねたということか。時間が経つのは速いものだ」

 口元に手の甲を当てて笑う。

「じゃあ、やっぱりあなたがご先祖様にあの杖を渡した?」

「杖・・・? ああ、タワルナフの証のことか。その様子を見るに、きちんと我との契約を果たしているようだな」

「杖? 契約?」

 ザムが何のことかわからないという風に零す。隣のアッタたちも揃って首を捻っていた。そうか、彼等は知らないのか。

「ん? おや、知らぬのか? おぬしらの祖先は、我の知恵と引き換えに、我の敵と戦う契約を交わしたのだよ」

「敵って、まさか、あれか? サソリとか、あいつらか?」

「そう、それよ」

 軽く応える女だが、その応えを受け取った側の衝撃は計り知れない。ザムたちが驚愕の表情でウルスラを見た。彼女はしまった、という感じで彼らの視線から顔を背けた。

「どういうことだよ」

「杖って、祖先の契約って何なんすか」

「引き換えに敵と戦うって、まさか」

「サソリやカエル、トカゲの連中のことなんですか?」

「・・・」

 ウルスラは応えない。

「俺達は、お前らの祖先の尻拭いしてるって事かよウルスラァ!」

 だんまりの彼女の胸倉を掴むザム。

「ちょっと止めなさい」

 クシナダが間に割って入る。ザムの手をゆっくりと引き剥がす。

「姐御、止めねえでくれ! そこんとこはっきりさせてもらわなきゃ!」

「はっきりさせないとどうなるの?」

「え・・・だから」

 心底不思議そうな顔でクシナダがザムたちの顔を順に見つめる。

「よくよく考えて。あなた達は何者?」

 優しく問いかける。虚を疲れたザムたちは勢いを削がれ、止まる。

「あなた達は、戦って稼ぐ狩猟者でしょう?」

 上手い。思わず舌を巻いた。

 相手の止まった思考の隙間に滑り込ませるように、自分の言葉を相手の思考に植え付けている。こうなれば彼女のペースだ。

 証拠に、ザムたちの視線がウルスラからクシナダに移った。敵意も薄れている。彼らはクシナダが放った言葉の意味が理解できつつある。頭に言葉や形として浮かばなくても、あやふやな不定形として、もしくは片鱗が意識に上がっているはずだ。あとは具体的な言葉でそいつらを形にしてしまえばいい。

「あの街に辿り着いたのは、敵、戦場を求めて自分から来たのでしょう? 仮に彼女達の祖先が原因で街に化け物どもが押し寄せたとしましょう。でも、それで好き好んで敵の現れるこの地に訪れたあなた達が、化け物が襲ってくるのは彼女のせいだと責めるのはお門違いというものじゃないかな?」

「それは・・・」

「確かに戦いで命を落とした方もいるでしょう。あなた達の仲間や知り合いもいたかもしれない。辛いと思う。でも彼らが亡くなったのは、彼女のせいじゃない。化け物のせいよ。憎しみをぶつける相手を間違えない方がいいわ」

 ああ、そうか。これは彼女の実体験だ。

 彼女は父親を蛇神に食われている。儀式の失敗の責任を取らされて丸呑みにされた。

 失敗の原因は僕だ。村人は全員僕のせいだと非難し、殺そうとした。

 だが彼女は僕を生かした。彼女自身も僕を恨み、憎んでいたにもかかわらず、僕を生かすメリットを取ったのだ。また、感情はどうにもならないが、といいながらも僕を憎むのはお門違いだと自覚していた。あの時の自分を彼らに重ねているのか。

「話はついたのか?」

 消沈したザムたち、未だ気まずそうに彼らから顔を背けるウルスラ、ちょっと重くなった空気を読まずに女が口を開いた。

「ああ。待たせて悪いね」

「構わんよ。一人で待つのには慣れている」

 そりゃこんなところに何十年何百年といれば、たった数分の言い争いなんかあくび一つ分くらいのもんだろう。

「もう一度尋ねるが、お前達はここに何しに来たのだ」

 ウルスラが横合いからフライングして質問するから変な空気になったが、本来は僕の目的だ。

「レヴィアタン。聞き覚えはある?」

 女が目を細めた。

「懐かしい。我が愛した悪魔の名前だ」

 ビンゴだ。けど、こいつ見たところ女だよな。レヴィアタンも悪魔だが形状は女だったはずだ。トカゲ達も言ってたし、間違いない。この世界でも同性愛があったってことか? 魅力的なら女も男も関係ないというのは、どこの世界でもありうるのだな。

 まあいいや。

「なら、あんたはレヴィアタンを殺した、彼女の愛人の一人か?」

「いかにも。我こそ彼女の呪いに耐え、右腕を喰らいし者、ドゥルジ」

 ドゥルジ。確かイラン、ペルシアあたりの神話で聞いたことある。善神と悪神の戦いを描いたやつ。あの神話は神様がそれぞれ何かを司ってたはずだ。ドゥルジが司るのは、ええと・・・何だっけ?

「お前も、そうだな」

 思考の海に沈んでいた僕を女、ドゥルジが指差す。

「レヴィアタンの心臓を喰らった者の匂いがする。しかし、以前会ったときと何か違うな。お前は何だ?」

「僕はタケル。多分あんたが言う、心臓を喰ったやつを喰ったキチガイだ」

 ドゥルジが目を見張り、一瞬後に声をあげて笑った。

「お前がか!? ははは! いくら大勢で挑んだとはいえ、当時最強の悪魔を屠り、その力を奪った者を、ただの人が喰ったというのか!?」

「こっちも大勢で挑んだからね」

「くくく、因果応報、ということか。我らがレヴィアタンを屠れたのだから、我らも討たれるのは当然の理だな。ではお前がここに来たのは、祝福を得んが為か」

「祝福?」

 僕の前に現れたトカゲたちも言っていたな。宴とか祝福とか。呪いはわかるんだが、祝福って何だ。

「祝福とはただの呼び名だ」


 ―私の欠片を集めるがいい―


 彼女の身を喰らった者たちの頭に、同じ言葉が響いたらしい。喰った相手に遺言が流れるように仕掛けがしてあったのだろうとドゥルジは言う。

「全ての欠片を集めた者には私の最後の愛をくれてやる・・・、全ての欠片を集めた者に、彼女と同等の力が得られるという意味だと我らは解釈した。だから、今度は結託した者達同士で喰い合うことになった。だが決着はつかずに我らはバラバラに分かれることになった」

 最後の愛とやらが祝福、で、互いに相手の欠片を奪い合うのが宴ってことか。

「力が同等だから、勝負がつかなかったってことか?」

 それもあるだろうが、と前置きして彼女は続けた。

「当時、悪魔や天使が世界を支配していた。そんなやつらの中でも最上位に位置する主要な悪魔を殺してしまったのだ。他の悪魔連中から追われ、方々へ散る羽目になった」

 ああ、あんな連中に追い掛け回されたら互いに喰い合ってる場合じゃないよな。一人相手にするだけでも何回か死にかけるほどの戦いだったし。楽しかったな。

「我がここに潜み、人間に契約を持ちかけたのも宴のせいだ。悪魔どもの手から逃げ、どれほどの時が過ぎた頃だったか。頭を喰ったやつと鉢合わせしてな。何日も戦い続けた。互いに力を蓄えていたからな、激しい戦いとなったよ。天は荒れ、山が破裂した」

「記録にある、天変地異のこと・・・?」

 ぼそりとウルスラが呟く。

「戦いはかろうじて我が勝った。だが相手は欠片を奪う前に逃げた。いずれ来るやつとの戦いに備えて、我は傷を癒す為に眠ることにした。しかし、少し問題があった。やつのほうが奪った力の性質上、我よりも器用なのだ。強力な魔術を多用するのが苦手な代わりに、細かな魔術を少ない力の消費で行使し、嫌がらせのようなことができる。我に回復する暇を与えないように眷族を定期的に差し向けたりな。これでは我はおちおち眠れず、回復することが出来ない。完全回復したやつと不完全な我とでは圧倒的に不利だ。どうしたものかと頭を悩ませていた時、山の麓に住む人間が現れた」

「そこで、契約を結んだ、って訳か」

「その通りだ。ああ、そうだ。そこの、お前ら。先ほど我の契約で迷惑してる、という風なことで言い争っていたな」

 突然話を振られたザムたちが目を白黒させる。

「別段そこの娘を庇うわけではないが、一応な。娘の祖先が我と契約しなかった場合、街は既に滅んだはずだ」

「ど、どういうこと、ですかい?」

「簡単な話だ。我が死ねば、ヤツが次に狙うのはお前らの街だ。戦いで腹を空かせているだろうからな。ヤツの本体が攻めてこないのは、ひとえに眷属どもから我を発見した、弱っていた、弱らせたという報告が上がらないからだ。お前達が眷族を倒してしまっているからだな。やつからすれば我の方が回復していると思っていることだろう」

 ドゥルジが生きていることが敵からの抑止力となり、それを支えているのはウルスラたちの祖先のおかげってことか。

 ザムたちは、気まずそうにウルスラを見た。先ほどお前のせいで、みたいな論調で責めたからだ。ザムは他の三人と顔を見合わせ、一斉に一つ頷きウルスラに向き直った。四人足並みを揃えて彼女に近づき

「「「何も知らずに勝手なこと言って、申し訳ございませんでした!」」」

 ちょっと身構えてた彼女に、一斉に平謝りした。潔いな。彼らの、すっぱりと簡単に自分の非を認めて謝罪する部分は評価に値すると思う。人間、悪いとは思っていても中々謝れないものだ。特に彼らのように責めた後では。心を入れ替えた効果なのか、もともとの彼らの性分なのか。ワタワタとウルスラがさっきとは違う意味でうろたえる。頭を上げようとしない彼らに戸惑っているようだ。

 微笑ましい光景は置いといて、だ。

 理由はわかった。いろいろと疑問だったことも見えてきた。

 さて、じゃあ本題、というか、メインの疑問だ。

「もう一ついいか?」

「何だ?」

「僕と戦え」

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