第158話 疑惑と困惑
「阿呆かァ!」
野太い声が耳をつんざき、がっしと左右から両脇を押さえられ吊るし上げられた。そのまま後ろへと引きずられ、ドゥルジと離される。
「何をする」
首を巡らせて、掴んで離そうとしない連中に抗議する。
「何をする、じゃねえ! てめえ、さっきまでの話を聞いてたのか!」
唾を飛ばしながらザムが怒鳴る。
「そいつが生きているおかげでトカゲどもの親玉がこの地にこねえんだろうが!」
「俺らのケンカ買わないで街を守ってるやつにケンカ売るってどういう神経してんだ! 売り手専門か!」
「というか、相手は天変地異すら起こす強大な怪物ですよ。それに挑むって馬鹿なんですか?」
アッタ、ワッタ、ハオマが順に僕を非難する。何で僕はこんなに怒られてるんだ?
「どうして不思議そうな顔で首を捻るの!」
ウルスラにまで怒られてしまった。
「僕が怒られる理由がないからだよ」
「「「「「ハアッ?!」」」」」
自分達の理解の範疇を超えていると言いたげな顔で、五人は声を揃えて叫んだ。
「最初に言ったはずだ。僕は僕の目的で動いている。そして、僕の目的は地図の印に表示される強敵と戦うことだ」
子どもに言い聞かせるように努めてゆっくりと、諭すように彼らに説明する。
「目の前に、その敵がいる。僕が戦いを挑むのは至極当然の結果であり、最初から予告していたのだから、僕がやつに挑むというのは誰からも何一つ非難される理由がない。ここまではいいか?」
「いいか、って、いいわけないでしょ!」
街代表がはっきりと否定してくれやがる。
「なぜ?」
明確な否定を口にするなら理由があるはずだ。そうだろう?
「なぜって、だから、ドゥルジが弱ったりしたら、トカゲどもの親玉が攻め入ってくるからで」
むしろ僕としてはそれも狙っているのだけど。一石二鳥だ。
「来たら来たで迎え撃てばよくないか? どうせそいつは回復したら、ドゥルジの存在の有無にかかわらず攻めて来るんだ。速いか遅いかの違いだろう?」
「それはそうだけど、今攻めてくる理由を与える必要はなくない?」
「おや? じゃああんたらは、自分達の子孫に化け物と戦う運命を押し付けるのか?」
「ぐぬ・・・」
「それにだ。小出しに妨害してくるって事は、まだ完全復活していないんじゃないか? 僕のこれまでの経験から言うと、こういう人知を超えた化け物連中は揃って人間を軽視している。道端の石ころみたいな扱いだ。障害とは思わない。だからきっと、不完全な状態でも攻めてくる。弱ってる時の方が倒しやすそうな気がしないか?」
僕の話に押されたウルスラたちは口ごもり、戸惑い、顔を見合わせた。
「みんな、落ち着いて」
彼女らに助け舟を出したのはクシナダだった。
昔何度も読み返したバスケット漫画を思い出す。スタープレイヤーが、劣勢に陥り焦るチームメイト達に向かって『まだ慌てるような時間じゃない』と言ったシーンだ。クシナダとスタープレイヤーがダブって見える。
「顔色一つ変えずにさも当然の道理、みたいな風に喋って、あれ? 真っ当そうって思わされるけど、よくよく聞いたら無茶苦茶言ってるわよ? あの顔に騙されちゃ駄目」
失礼な。それじゃあ僕が口八丁で騙くらかしてるみたいじゃないか。
クシナダの援護で、自分たちが間違っていないということに確信を得たウルスラたち。ずらりとドゥルジと僕の間に立ちふさがる。
「戦わせる訳にはいかない」
やれやれ。テコでも動かないって顔してやがる。面倒だな。強引に突破するか。いや、難しいな。多分クシナダが邪魔してくる。
なら、こっちはどうだ。
「ドゥルジ。あんたはどうなんだ」
矛先を奥で佇む彼女に変える。
「我か?」
「ああ。レヴィアタンの欠片、欲しくはないのか。そもそも、それを奪い合うのがあんたらの目的だろう? 目の前に欠片があって、それがあんたから見たら脆弱な人の体に宿っているんだ。みすみす逃がす手は無いと思うが」
「欲しいさ。が、悪いが我は、勝てる見込みのない勝負はしない」
・・・なんだと? 予想外の返答だ。
「どういうことだ?」
「理由は、我がまだ回復しきっていないせいだ。本来の十分の一も力が出ぬ」
「・・・冗談だろ」
それじゃあ、意味がない。僕の本来の目的は勝ち負けではない。死ぬかどうかだ。ただやるからには勝ちにいってるだけの話で。
「冗談など言わぬよ。我からすれば勝てる相手から潰していくのが楽でいいと思うのだがな。我がお前なら、そこにいるものたちを排除してでも我を殺し、欠片を奪う。間違いなく。・・・そうするか? 弱い女を蹴倒し、いたぶり、大切な物を奪い、殺すか?」
舞台役者のような大げさな仕草で両手を広げる。
「当てが外れた」
死ぬ見込みのない戦いはしない。意味がねえ。くそ、この地図最近精度落ちてきてねえか?
もはやここに用はない。さっさと出よう。骨折り損だ。敵は出ない、肝心のドゥルジに戦う気がない。
「なあ、ドゥルジ。あんたが回復するまで後何年掛かるんだ?」
「さて、どれほどかな。大分回復したとは思うが。残りたったの四、五百年くらいではないかな?」
待てるかそんな時間。普通に老衰で死ぬ。
「・・・だが、ヤツはもっと早くに回復していたようだな」
ドゥルジが目を細め、同時、クシナダがバッと僕達が来た方向に視線を向ける。その手には既に弓矢が構えられて、気も張ってピリピリしている。
僕達もすぐさま武器を手に取り、臨戦態勢を整える。
「出てきなさい。射抜かれたくないなら」
暗闇から帰ってくるのは彼女の反響のみ。少し顔をしかめて、クシナダが矢を放った。今度は小さな悲鳴が返ってくる。
暗闇の向こうから、微かに物音が響いて何かが近づいてくる。
「恐るべき腕だ。見事見事」
トカゲとかそういう類かと思ったら、暗闇から人の言葉が返ってきてちょっと驚く。僕達以外に人間がこの山に入っているとは思わなかったからだ。
僕達がいる部屋の明かりがギリギリ届く場所に黒い影が現れる。一つ、二つと影は数を増やしていく。中に一人、服の肩当たりが破れているヤツがいた。クシナダを睨んでいるところを見ると、さっきの矢に射抜かれたのはコイツか。
募集に遅れた連中、ってわけでもなさそうだな。
「これは一体、どういうことですかな。ウルスラ殿」
影の一人が進み出る。明かりに顔が晒され正体が見えた。
「ウシグ・・・殿?」
ウルスラがそいつの名を呼ぶ。知り合いだろうか?
ウシグと呼ばれた男は、口元を歪めて、高低差の関係もあるのだろうが、こちらを見下しながら喋りだした。
「まさか、街が襲われているのはウルスラ殿の先祖の仕業だったとは。ということは、クルサ殿の先祖ということでもありますな。しかもそのことを隠蔽していた節がある。これは大変だ。このことを街の者達が知ったらどう思うでしょうか」
ん、なんか、コイツの話し方変だ。まるで・・・
「おい、ウシグ」
ザムがウルスラを庇うようにして前に出た。
「お前さんも今の話をこそこそ盗み聞きしてたんならわかるだろ。ウルスラの先祖が結んだ契約は」
「街を守るためでもある、だろう?」
「わかってるんなら、俺達みたいに恥を書く前に謝った方がいいんじゃないのか」
「それが嘘なら、どうする?」
スパッと言い切りやがった。やっぱりだ。こいつら知ってやがる。クルサたちが隠していたタワルナフの証とやらの効果も、契約のことも全部最初から。そいつの意味するところは・・・。
こいつは面白くなってきた。
唖然とするザムやウルスラを馬鹿にしたようにウシグは言う。
「騙されているのはそちらではないか? そこにいる化け物が嘘をついているかもしれないだろう」
「嘘って、何でだよ。嘘つく必要なんかないだろうが」
「いや、ある。なぜなら、そこにいる化け物こそが、街に化け物を放っている元凶だからだ」
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