第156話 記録の中の女

「おお・・・」

 全員で揃って、下から上へと見上げた。

 洞窟はあった。ただ、僕の洞窟のイメージをぶち壊してくれるくらいでかい洞窟だ。高さは多分、街にあった中央塔より高い。

「中も広そうね」

 クシナダが額に手を当ててひさしをつくり、目を凝らしている。なだらかな傾斜の向こう側は太陽の光も届かない暗闇だ。奥に何があるのか、わくわくするね。

「準備するか」

 レイネばあさんのところで買い込んだ道具の活躍の場だ。油をしみこませた布を取り出し、棒に巻きつけて小さな火をつける。何故かウルスラたちから歓声が上がった。

「それが噂の術ね」

 ああ、彼女らに見せるのは初めてだったか。

「火を点けられるのに、たいまつは必要だったの?」

「必要だよ。術・・・は、万能じゃない。疲れるし、集中している必要がある。それなら、集中してなくても一度火が点いたら燃え続けるたいまつの方が便利だ」

 結局は道具と同じだ。適材適所、必要な時に必要なだけ使うのが一番効率良くて効果的だ。

 たいまつを三本用意し、ザム、ウルスラ、クシナダに渡す。

「その前に、みんなコイツを体に巻いてくれ」

 僕は全員にロープを渡した。十メートル間隔で空けて、体にしっかりと巻きつけさせる。

「何これ」

 ウルスラがロープをつまむ。

 エベレストとか南極を舞台にした映画で見たことがあったのを、そのまま再現した。

 雪で隠れている隙間に万が一落ちたときに、他の人間が踏ん張って助けるためだ。映画では自分が助かる為に、ロープを切って落ちた仲間を殺してたけど。

 洞窟でも同じことが言えるんじゃないかな。真っ暗闇の中に落ち窪んだ場所があるかもしれない。いざという時の命綱代わりだ。落ちたときはすぐに叫んで、全員が立ち止まるとルールを決めた。可能なら武器をつきたてて、自分が落下することを防ぐことも付け足す。

「じゃあ、みんなで探検だ」

 一列になってゆっくりと坂を下る。先頭は感覚が鋭く目も良いクシナダ。彼女なら落下しても飛べるから万が一の時安心だ。次が僕、その後ろがザムたちで、最後尾がウルスラだ。

 靴音が暗闇の中を反響する。炎の明かりの届かない遠くまで広がっていく。

「まるで宇宙ね」

 いつか行ったあの空の向こう、暗黒の海を懐かしむようにクシナダが言う。なかなか詩的な表現だ。

「足元には気をつけろよ。湿ってるから滑る」

 後ろに声をかける。

「おめえら、こんなとこにも来たことがあんのか?」

 感心したようにザムが言う。

「一回だけな。とはいっても、もっと狭くてじめじめして、こことはまるっきり違うけどな」

「へえぇ。道理で用意がいいわけだ」

 インディ先生が持ってたものを詰めただけなんだが。

 ということは、あの映画は本当にこういう場合に必要な物をカバンに入れている、かなり実践的な映画だったって事か。ハリウッド、恐るべし。

 一時間ほど歩いたところで、広いスペースがあった。小休止を入れる。地図によると、赤印と僕らが入った場所から見て、三分の一くらい進んだことになる。一時間で三分の一なら、単純計算なら後二時間で赤印だ。

 ここまでで気付いたことだが、この洞窟はでかいが、ほぼ一直線だ。なんというか、自然に出来たものではない気がする。勝手なイメージだが、通常の洞窟っていったらもっとこう、曲がりくねっている気がする。

 イメージとしてはグランドキャニオン。水の流れが長い時間をかけて削り取って出来たらしいが、流れだって一直線じゃなかったはずだ。障害物などのせいで流れが変わったりしたはず。そうなれば削れる場所も変わり、もう少し起伏に富んだり左右に曲がったりするもんじゃないのか。

 広すぎてわからないだけか? でもそれにしたって、こちらはほぼ壁沿いに動いているんだ。もっと曲がってる感があってもいいと思うのだが。


「しっかし、一体どこまでこの穴は続いてるんだ?」

 アッタがぼやく。敵もなく、少し滑るくらいでこれまでの道中にまったく危険がなかった。そのせいで少しずつ全員から緊張感や集中力が失われつつある。

 小休止からもう二時間は歩いている。予測ではあともう少しで地図上に印のあったところのはずなのだが、一向に景色が変わらない。これじゃ退屈もする。

 そんなことを考えていると、唐突にクシナダが歩を止めた。

「どうした」

「いや、それが・・・」

 彼女が前をたいまつで照らす。

「ん? 行き止まりか?」

 ザムたちが照らされた箇所を見る。

 目の前は壁だった。ザムからたいまつを受け取り、ゆっくりと壁沿いに移動してみる。壁、壁、壁だ。

 地図を取り出す。赤印はかなり近い。化け物がいたら視認できる距離だ。

「道、間違えたって事?」

「いや、一本道だった。それに」

 この壁、何かおかしい。ただの壁なら、種類の違う土が積もった証の地層とかがあるのに、それがない。証拠に、今まで伝ってきた壁は綺麗な層がある。代わりにあるのはひし形だ。ひし形が何枚も積み重ねられて壁が形成されている。いっそ誰かが作ったといった方が信じられる。

「少し、調べる」

 壁に触れる。

「・・・ん?」

 暖、かい?

 地面に触れる。冷たくて湿っぽい。側面、同じく。目の前の壁だけが、妙に生暖かい。

 他の面々も、僕の真似をした。

「うおっ」「うへっ」「何これ」

 やはり、おかしいのは僕ではないようだ。

「何だこの壁。あったかいぞ」

「ほんとだ。地べたは冷たいのに」

「それにこれ、なんだか、動いてない?」

 動いてる?

 ウルスラの言うとおり、触れたままでいるとゆっくりと膨張、収縮を繰り返している。まるで生き物の呼吸だ。

「まさか」

 赤印では視認できる距離だ。だがどこにも見えない。それは大きな間違いだったんだ。見えないんじゃない。気付いてないんだ。

「離れててくれ」

 僕はみんなを下がらせて、ロープを体から外す。壁から少し距離をとった。

 さて、やるか。

 とん、ととん。右足で軽く地面を蹴って右足で着地。今度は強く右足、左足と交互に地面を蹴る。走り幅跳び選手の助走のように発進。もちろんジャンプをするためだが、遠くへ飛ぶためじゃない。

 壁が迫る。一メートルほど手前で踏み切り、体を空中へと躍らせる。体勢は横へ。足先が壁の方を向く。両足を揃え、タイミングを見計らう。ここ、というタイミングで軽く曲げていた足を力の限り伸ばす。


 ドゴムッ


 完璧なタイミング、渾身のドロップキックが壁に決まる。マトリックスでヘリがビルに突っ込んだときみたいに壁がたわんだ。


 ゴゴゴッ


 地揺れが起こり、砂や小石が上から降ってくる。

「な、何だ、何だぁ!?」

 たいまつを掲げて右往左往するのはザムか。慌てるのも無理はない。彼が灯していた壁は、いまや動く歩道よろしくずるずると動いているのだから。

「思ったとおりだ」

「お、思った通りってどういうこと!?」

 ウルスラが僕の発言を聞きとがめて叫んだ。

「コイツは壁じゃない。生き物だ」

「か、壁が生き物?! どういうこと?!」

「違う。そうじゃない。壁だと思ってたのは、実はでかい生き物の横っ腹だったってことさ」

 その間も壁は動きを加速度的に上げていく。ずるずるからじゃりじゃり、ぎゃらぎゃらと。

 徐々に壁は高さを失い、ずるん、と末端らしき細い部分が目の前を横切った。

「インディ先生に怒られそうだな」

 謎を解くわけでも秘密の鍵を探し出すわけでもなく、完全なる力技で道を切り開いたのだから。だが、言葉とは裏腹に僕の口角は吊りあがっている。

 目の前に道が出来ていた。宇宙空間のようだった暗闇が失われ、薄ぼんやりとした明かりが灯った、開けた場所だ。

 中央に座すは、女。色白で長い髪が地面について広がっている。まっすぐ伸ばしたら女自身の二倍はあるだろう。岩の座布団の上に正座で微動だにせず、じっと目を閉じている。良く出来た石像のようだ。地図を確認する。間違いない。赤印は、この女と重複していた。

「もしかして、彼女が記録にあった・・・?」

 クシナダが独り言のように呟く。確かに、クルサに見せてもらった記録帳にあったとおり、美しい女だ。

 ゆっくりと彼女に近づく。僕達の距離が狭まるにつれて、比例するように女の瞼がゆっくりと開いた。完全に開ききった時、僕らは三メートルくらいの距離で相対していた。

「手荒なノックだ」

 女が口を開いた。

「悪いね。今度からは優しくするよ」

「そのときは土産の一つも忘れるな」

 冗談の通じる相手で助かる。この調子で、僕の期待も裏切らないでくれるとなお嬉しいな。ぜひとも、そうであってくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る