第244話 鳥は消える。後を少しだけ残して

「いきなり、何言ってんのよ・・・」

 当惑したクシナダが、足元に転がる矢と僕の顔を交互に見比べる。

「どうしてあなたを討たなきゃならないのよ。敵はもういない、ティアマットは死んだ。ここでの戦いは、もう終わりでしょ?!」

「ああ。戦いは終わった。けれど、後始末が一つ、出来てしまった」

「後始末って、一体何よ。何があるって言うの! あなたを討たなきゃ、どうなるっていうの?」

「この星が死ぬ」

「ほし・・・、が?」

 そうだ、と頷く。

「今、僕の中にはティアマットから受け取った悪魔の欠片がある。けれど、奴はその欠片に細工をしていた。こんな使い方もあるのかと感心しているところだよ」

 流石は研究していたと言うだけの事はある。

 悪魔の欠片は、所持者を変質させ、化け物にするだけのエネルギーと、僕らの再生能力やティアマットの未来視や空間を操る能力を可能にするツールが積み込まれている。外付けHDDと機械のアタッチメントツールを組み合わせたようなものだ。倒した敵の能力が使えたのは、HDDにデータが蓄積されて、その能力用のツールが作られたといったところか。

「奴は悪魔の欠片が内包する力を暴走させた状態で僕に渡してきた。普通なら体に馴染むところだけど、今回は異物感が酷い。前に炎の能力を使おうとして体調不良になった時があったろ? アレの何倍も酷い」

 思えば、あれはまだ発現用のツールが出来上がってないのに無理やり使おうとして、エネルギーがきちんと能力に変換されなかったために起きた、誤作動みたいなものだったのだろう。だから、一度派手に発現させてツールが組みあがってしまえば、誤作動は起きない。

 そして今回は、勝手にエネルギーが流れ込んできて、あるはずもない発現出口を彷徨って体内で暴れている。それだけでなく

「僕の中にある欠片も引き摺られるようにして暴走を始めている。僕に起こっている状況に関しては、上空から観測しているカグヤたちの方が詳しいかもね」

 僕の言葉を、おそらく誰かの無線機から聞いていたカグヤが答えた。

【信じられない事ですが、タケルの体内でエネルギーが加速度的に増幅しています。特に強力なエネルギーを放つ反応が五つ、おそらくそれが悪魔の欠片とやらでしょう。その五つが環で繋がり、その環の中をエネルギーが循環しながら増幅しています。加速器と同じような原理でしょうか】

「原理なんかどうでも良い!」

 八つ当たりのようにクシナダが叫んだ。

「タケルは、このままだとどうなるの?」

 しばらく沈黙が続いた。クシナダが悲鳴じみた声で彼女の名を呼ぶと、カグヤが重々しく口を開いた。

【このまま臨界点を超えると、蓄積されたエネルギーが単純な破壊エネルギーとなって発現します。威力は、おそらく惑星を破壊するほどのエネルギーとなります】

 デス・スターや地球破壊爆弾と同等レベルとはね。二十二世紀どころか、紀元前くらいの文明、歴史背景なのにギャップが凄い。空に宇宙船も浮いているし、今更の話ではあるけれど。

「というわけで、このまま僕を放置すると、この星に住む全ての生命が死に絶える」

「冗談でしょ」

 ねえ、とクシナダは泣き笑いを浮かべた。

「悪いけど、冗談ではないんだ。なんせ、『視えて』しまったからな」

 不幸中の幸いは、ティアマットが持っていた未来視の力、その一部が僕にも使えた事だ。使えた、というと語弊があるか。偶然、このままの状況で進んだ未来が視えただけで、使い方はサッパリ分かってない。どうにか他の未来を視ようと瞬きしたりしているが、視えてくる様子はない。

 だったら、とクシナダはどうにか僕の言葉を覆そうと言葉を探す。

「何か手はあるんでしょ? いつもみたいに、逆転の策があるんでしょ? 今回だけは、秘密にしてたって、何で教えてくれなかったのって怒らないから。ねえ、言ってよ。お願いだから」

「手は、あるよ。あんたの手の中にある」

 彼女と、足元に落ちている矢を順番に指差す。

「僕が未来視の能力を引き継いだって事は、あんたが引き継ぐのは空間を操る能力だ。だから、僕を別空間に飛ばせ。それで、この星は助かるよ」

「ふざけないで!」

「いいや、大真面目さ。冗談でこんな事を言うと思うか? まあ、僕としてはどうせ死ぬので、知ったこっちゃないけど。でも、周りを見ろよ」

 クシナダの後ろには、トウエンとライコウ、アンドロメダとメデューサ姉妹、ミハルとライザ、リャンシィにリヴ、ウルスラにクルサにドゥルジ、上空にはカグヤ機とルシフルがいて、彼ら彼女らを慕い従う多くの仲間たちがいる。

 彼ら全員と僕を、天秤にかけるまでもないだろう。

「あんたに、彼ら、彼女らは殺せない。見捨てられない」

 僕と同じように、クシナダは視線を動かした。

「トウエン様・・・」

 手はないかと、藁にすがる気持ちで。

「何か、方法はないですか。毒を解毒するみたいに、どうにか」

「・・・すまぬ」

 弱々しくトウエンは首を振った。

「じゃ、じゃあ、カグヤ。聞こえてる? どうにかならない? 破滅の火みたいな物なんでしょう?! 無力化出来ない?!」

【申し訳、ありません。現行の技術では、その容量のエネルギーを封じる事は出来ません】

 申し訳ありません、ともう一度カグヤは言った。見えなくても、彼女が歯を食いしばっている映像が見えてきそうな、苦しい声だ。おそらく現行最高水準の技術をもってしても不可能だと言われたのに、クシナダは諦め切れずに視線を彷徨わせている。誰もがその視線から目を逸らした。視線は雄弁だ。

「諦めろ」

 諭すように声をかけた。

「無理なものは無理なんだよ。そういうものさ。それよりも、万が一の事を考えて動くべきだ。・・・カグヤ。聞こえるか? 最悪の場合、僕をどこか遠く、被害の出ないところに瞬間移動させられないか?」

【移動は、難しいです。転送中は人体を量子に変換するのですが、その際にあなたが有するエネルギーがどう変質するか分かりません。正直、転送途中で暴発する可能性も捨て切れないのです】

「じゃあ、ここにいる連中だけでも収容して逃げることは?」

【・・・可能です。少々搭乗員数をオーバーしますが、問題ないでしょう】

「じゃあ、さっさと収容して退避しろ。あんたはここで死ねない。死んではならない。だろう?」

 その身に何千何万何億もの臣民の責任を背負う女王だ。彼女なら決断できる。そして、一人が決断できれば、他も動けるだろう。厄介な役目を押し付けた形になるが、許してもらおう。

【これより収容作業にかかる。その建造物から東西南北、四箇所に転移ポータルを設置。各員、現地人たちの誘導を開始せよ。収容完了次第、この宙域から離脱する】

「カグヤ!」

 クシナダの悲鳴を無視し、冷徹に聞こえるように、女王は命令を発した。

「カグヤを非難する権利はないよ。彼女は正しい。いや、この場合、あんたが間違っている。今のあんたは、この星に住む全ての生命を危機に晒しているんだ」

「だからって、あなたを犠牲にして良いわけじゃないでしょう?!」

「本人がやれって言うんだから、良いんだよ。本人の意思は最も尊重されるべきだ。遺言書だってそうだろ?」

「遺言なんて言葉、使わないでよ」

 ジックラトの頂上からは、避難状況が良く見えた。次々と人が光の環、転移ポータルに飲み込まれていく。まるでノアの箱舟だ。宇宙にあれば、洪水の影響など皆無だろうね。

「クシナダ」

「何よ」

「矢を拾え」

「嫌よ」

「頼むから」

「嫌だってば」

「じゃあ、僕と死ぬか?」

 彼女が涙を拭って、僕の顔を見た。

「多くの人を、あんたを助けに来た皆を巻き添えにして。僕の願いを、僕との約束を反故にして」

 おそらく、姉が死んでから初めて、僕は懇願する。

「頼むよ。あんたにしか頼めないんだ」

 立つ鳥は後を濁さないものだから。

 ぷつり、と血管の切れる音が聞こえた。額から、たらたらと血が伝う。まずい、時間がない。退避状況はどうなってる。全員が宇宙船に乗り込むまでは耐えなければならない。

 クシナダが、ゆっくりと緩慢な動きで矢を拾った。そうだ、それで良い。

 見上げた彼女の目元は赤く腫れていた。泣くなよ。狙いがずれても知らないよ。

 彼女が矢をつがえる。それぞれの軍の責任者たちは、まだ退避していない。良いのかそれで。それぞれがそれぞれ、死ねない理由と義務背負ってるだろうに。彼女を信じているのかな。

 ゆっくりと目を瞑る。その時を待つ。

 色々あった。たった二十年弱の人生だが、充分すぎるほど。お腹一杯だ。その最後が、これほど心穏やかなものであるなら、上等だろう。悔いはない。姉の未来は守れなかった。けれど、彼女の未来は守れた。


 シュパァン


 弓弦が弾ける音。

 音?

 目を開く。音が先に耳に届くなんておかしい。彼女の弓は、音よりも早い。音が聞こえたときには、矢は僕に届いていないと計算が合わない。

 目を開く。彼女の左腕が天を向いていた。思わず見上げるが、流石に放たれた矢を見つける事は出来なかった。

「クシナ・・・」

 再び視線を戻し、真意を問おうとして、そこに彼女はいない。目の前にいた。

「あなたの願いは叶えてあげるわ」

 胸の中で彼女が呟く。体に彼女の腕が巻きつく。

「皆は守る。あなたは殺す」

 では、上空に放った矢はわざとか。落下地点を計算されて放たれた、おそらく風の能力も付与された矢なのだろう。

「・・・待て、まさかクシナダ、あんた」

 彼女の思惑に気づいた僕は、彼女の腕を振りほどこうともがく。しかし、今の僕は一般人より力がない。彼女の怪力に抗えるはずもない。

「あんた、死ぬ気かよ」

「ええ、そうよ。あなたが言ったのよ。僕と死ぬか、って。だから死んであげるわ。黄泉路に一人じゃ、寂しくて泣いちゃうでしょう?」

「ふざけ、る、な!」

 それでも足掻く。何のためにこの未来をティアマットから奪い取ったと思っているんだ。

「放せ、僕から離れろ!」

「嫌よ。あなたの願いを叶えてあげたんだから、今度はそっちが私の願いを聞く番よ」

 僕の体に回した彼女の腕が、更に力を込める。

「私は、あなたを一人にしない。してあげない。これが、私の願い」

「駄目だ。駄目だ! それだけはさせない。僕はもう、二度と」

 二度と、大切な人の未来を失いたくない。だってのに、彼女は焦る僕を見て笑った。

「ざまあみろ、よ。私の勝ちだ」

「何が、何を言っているんだ!」

「だってそうでしょう。死にたがりの、なんの興味もない顔で生きていたあなたが、ここまで必死になって、私の事で焦るなんて。誰かのために懸命になるなんて。トウエン様の言った通り。尻で敷いてやったわ」

 はっはっはぁと笑う彼女。反対に僕は、泣きそうだ。

「頼むよ、訳分かんないこと言ってないで、離れてくれ! お願いだから、生きていてくれってば!」

「嫌だって言ってるでしょう?」

 彼女の手が、僕の頬を撫でる。手はゆっくりと後頭部へと回り、頭を引き寄せた。唇と唇が重なる。

「最後まで、一緒にいるから。あなたがいない残りの人生は、どうも、つまらなそうだから」

「・・・・・・・・・・本当に、馬鹿だな、あんたは」

「仕方ないわ。それでも、あなたといたいのだから」

 泣き顔で、互いに見合って笑う。彼女から逃げられないことを悟った。もう、好きにしてくれよ。もう一度口付けを交わし、優しく抱きあう。

 上空より、矢が戻ってくる。角度のついた矢は僕と彼女の心臓を貫き、溜め込まれた力を解放。

 大勢が見守る中、僕と彼女は、この世界から消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る