第69話 楽しい狩猟生活へようこそ

 僕たちは船内にある中央フロアに案内された。このフロアは出入口を含めて、他の全てのフロアに通じる搭乗員全員の共有スペースなのだそうだ。食事などもここで揃って取るらしい。いかにも近未来的な、白一色の機械的で無機質な部屋かと思ったら、観葉植物や水槽などが飾っていて、一軒家のリビングのような装丁だった。聞けば、そう言うのは操縦席などのごく一部で、他はこのように普通の家の内装と変わらないらしい。そうして家にいた環境と似せることで、長時間の航行でもストレスが溜まらないように工夫しているのだそうだ。

 まずは、私たちのことを話しましょうか、テーブルについた僕たちを前にして、カグヤは切り出した。

「私たちがここに来た理由は、祖国を追われたからです」

 のっけから、なかなかヘビィな話題だ。

「数か月前、レムリアでクーデターが起こりました。起こしたのは宰相ジョージワード。彼はわが父を殺し、王位を奪った。彼がクーデターを起こした理由はただ一つ、王家に伝わる秘宝を我が物にせんがためです」

 秘宝? そう聞いて僕は首を傾げた。順序が逆なような気がしたからだ。普通、目的は王位で、そういう宝などは後からついてくる付属品だと思っていた。

「いえ、彼にとっては王位が付属品なのです。我がアトランティカ王家に代々伝わる秘宝『破滅の火』こそ、彼の目的です」

 カグヤが何かを取り出した。それは、言うならば彼女の小さな掌に乗るほど小さいビー玉だった。透明なガラスの真ん中に小さな赤い模様が入っていて、目を凝らしてみれば、模様は時折ゆらゆらと蝋燭の火のように揺れている。

「これが、秘宝?」

「はい。破滅の火です」

 こんな小さいビー玉のためにクーデターを起こしたというのが信じられない。

「見た目はただの玉ですが、現在の我々の技術をもってしても作れない高度な科学、もしくは魔法のような解明不能な力で作られていることが分かっています」

 オーパーツ、ってやつか。しかし、宇宙に進出してる連中にとってのオーパーツってどんなだ。

「この中には莫大な量のエネルギーが封じ込められています。どれくらいかというと、・・・そうですね。タケル。銀河という言葉は分かりますか?」

「そっちの認識と同じかどうかわからないけど、僕の認識では宇宙に浮かぶ何千億もの星とかの集まりのことだと思ってるんだけど」

「おおむねそのような意味で捉えてもらって構いません。例えば破滅の火のエネルギーを単純な破壊のエネルギーに転じさせた場合、効果範囲は直径約十万光年、一つの銀河が完全に消滅します」

 まじまじとビー玉、破滅の火を見つめる。手のひらサイズの爆弾の威力にしちゃデカすぎる。いまいちピンと来てないクシナダが僕の袖を引っ張った。「とりあえず、魔龍を倒した姉妹の魔法の何億倍もの威力だ」と説明した。彼女にとって目に見えたことのある、一番わかりやすい破壊の力だからだ。そう伝えると「へえ、凄いのね」と多分あんまり凄さが分かってない返答だった。理解してくれたという手ごたえがないと、それはそれで少し淋しいものだな。

「ジョージワードはこの秘宝の力を使い、レムリアを含めた星系、ゆくゆくは宇宙を支配しようと目論んでいます。ご存じないと思いますが、宇宙では数年前までいくつもの文明と星が滅ぶ大戦争が繰り広げられていました。互いにボロボロになるまで傷つき、戦闘を続行するのが不可能になってようやく停戦へとこぎつけたのです。ですが、その各星系諸侯の力が衰弱化している今こそが好機とジョージワードは考えたのでしょう。誰もが疲弊しているこの場面で、圧倒的な力で全てを掌握する。それを成すために、破滅の火を欲したのです。彼の危険性を察知した父、先代の王は私に破滅の火を預け、密かに逃がしました。その僅か数時間後です。レムリアで政変が起こったという情報が入って来たのは」

 こらえるように目を瞑りながら、カグヤは言った。

「話は分かった。けど、そしたらあんたらは逃亡中ってことになるんだよな?」

「ええ」

「何でこの星に墜落してたの?」

「追撃にあったからだ」

 答えたのはプラトーだった。

「我々はレムリア星系を脱出し、他の、戦時中に同盟を結んでいた諸侯の協力を得ようと移動していた。しかし、ジョージワードの手は我らよりも早く、諸侯たちに根回しを済ませていた。我らは騙し討ちに遭い、多くの兵が我らを逃がすために犠牲となった」

 宇宙船のデカさに反して乗っている人数が少ないのはそのためか。

「兵たちの命で稼いだ時間で、我々はワープ航行を試みた。諸侯たちも、誰も頼れない以上、残る手立てはただ一つ。破滅の火を誰の目も届かない場所へ捨てることだ。いざワープ、と思った瞬間、敵からの砲撃が着弾した。座標が狂ったままの不完全なワープにより船が故障し、今に至るという訳だ」

 なるほど、良くあるストーリーだ。SF映画では、という修飾語がつくが。

「ちなみに、だけど。あんたらの居場所は、そのジョージワードにばれているってことは?」

 もしばれていたら、そのうちここに来るってことだ。対して、カグヤは首を横に振った。

「絶対とは言い切れませんが、現時点ではばれていないと思います。不幸中の幸い、ではありませんが、墜落の衝撃で船の機能は現在停止状態です。船を探す場合、船の炉が稼働しているかどうかのエネルギー反応で探査しますので、反応がなければ探しようがありません」

 この広い宇宙を目視で探すなど不可能ってことか。そういや、映画でよくある艦隊戦とか、敵艦の消滅とか味方機の反応ロストとか言ってるけど、炉の反応で判断してたんだろうか? 

「エネルギー反応、ってことは、その破滅の火もエネルギーなんだろ? 特定の波長とか出してるんじゃないのか」

「それに関しても問題ありません。特殊なフィルムに覆われていて、外部に漏れる心配はありません」

 それならしばらくは安全なのか。

「じゃあ、あんたらの心配は今のところ、ジョージワードの追っ手よりも、船の修理と、当面の食料ってことか」

「そういう事になります」

 問題はマクロからミクロへ、宇宙の危機から食卓の危機へ変貌した。

「そこで、二人には厚かましいお願いになるのですが、ここでの生活の知恵を貸していただけませんか」

「生活の知恵って、どんなこと?」

 クシナダが不思議そうに尋ねた。これだけの技術を知識がありながら、生活に困るということが彼女には理解できないのだろう。辺りには探せば食料となる獲物も木の実もあれば飲み水の川もあるし、あとは雨風さえ防げれば何一つ問題ない。自分たちが教えられることなど何もないのでは、と。だが、一昔前の僕ならカグヤたちが何に悩んでいるかわかる。

「その、まずは狩りの仕方、とか?」

 恥ずかしそうに、カグヤが両手で銃を持ち上げた。原始的な生活へようこそ、と言っておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る