第70話 逢いたい距離

 一週間ほどカグヤたちと共に生活した。さすがに一週間かそこらでクシナダのように上手く獲物を獲ることはできなかったが、小型の探知機に山菜の情報を取り込んで、簡単に見つけられるようになっていた。調理法も一通り録画し終えたので、そうそう餓死することは無いだろう。

 また、彼女らにとって幸いだったのは付近に水源となる湖があったことだ。ろ過装置も持っているということなので、食料と水の両方の心配がない。また、雨風をしのげる家代わりの宇宙船がある。出入口さえきちんとしておけば自然災害も獰猛な獣も恐れることは無くなった。長期戦覚悟の彼女らにとっては朗報だ。

「しばらくここで生活するとして、最終的にはどうする予定?」

 夕飯の席で、何気なく訊いてみた。

「そうですね。破滅の火自体を処理できればいいのですが、下手に障るわけにはいきません。処理しようとして暴走させたら元も子も有りませんから。なので、ジョージワードたちの手の届かない、例えばブラックホールにでも破棄するつもりです。そのためにはここから脱出する必要がありますが。・・・・・ネイサン、船の修理状況はどうです?」

 カグヤが尋ねると、ネイサンは手元のタブレット型端末を起動させ、空中にホログラムを投影させた。宇宙船の全体図だ。ほとんどが緑色の文字で表示され、数か所ほど赤文字があった。

「八割ほどまで復旧しています。大気圏離脱など、通常航行に関しては問題なく出来るかと。ただ、問題は」

「やはりワープ航行?」

 ネイサンの言葉を引き継ぐようにしてカグヤが言った。彼女が視ていたのは映し出されたホログラムの船尾のエンジン付近にある赤い箇所だ。

「はい。被弾の影響により宙図のデータに破損が見受けられます。バックアップデータから復元を試みておりますが、なにぶん五割以上破損し、時間がかかっております。また現在我々がいる場所がどの星系かすらわからない未知の宙域です。座標が分からなければ安全装置が働き、ワープすることが出来ません」

「宙図が復旧しても、迷子なのは変わらんということか」

 プラトーが唸る。最初は警戒心が小動物以上に強かった彼だが、数日共に過ごし、警戒するのも馬鹿らしいと思ったのだろうか、最近では僕やクシナダにお茶を淹れてくれるようになった。

「まあ、宙図に乗らない星域は、ジョージワードたちにとっても未知の領域ということでもある。すぐに見つからないというメリットはあるか」

「はい。その間に星の位置から現在位置を特定するしかないかと」

 どちらにしろ、時間はかかりそうだ。

「そう言えば、完全に二人の厚意に私たちは甘えている状態ですけど、あなた達は何か目的があるのではないですか? たしか、最初に会った時は旅人だと言ってたと思うけど」

 そう言われて、僕はクシナダと顔を見合わせた。そう言えば、宇宙船やカグヤたちと遭遇したインパクトが強すぎて、本来の目的を完全に忘れていた。

「僕たちの目的なんだけど」

 そう切り出して、僕はテーブルの上に自分たちの地図を広げた。

「この辺りの地図、か? この文明レベルにしては高度だな」

 プラトーが感心した様に言う。

「高度過ぎませんか? だってこのマーク、ティマイオスでしょう?」

 ネイサンが地図中央を指差す。三角マーク、僕たちの現在位置を示す場所には長方形型の黒い四角がある。

「タケル、これは?」

 カグヤが僕の顔を見た。答えず、僕は地図を指でスクロールさせる。三人の顔が驚愕に染まった。

「タッチパネルだと! 電気もないのに?!」

「それよりも、この地図はどうなっているんだ?! 確かこの星の軌道上に観測用の衛星などなかったはずだ。一体何がここにデータを送っている!?」

「完全にオーバーテクノロジーじゃない! まさか、これも破滅の火と同じ文明が作った物? どこで手に入れたの?!」

 驚きの声を上げつつ、三人は地図に触れる。クシナダは完全に引いていた。自分にとってはちょっと便利な地図くらいの位置づけの物が、自分よりも進んだ文明の人間たちを取り乱させるほど驚くものとは思っていなかったようだ。

「これは、神から貰ったものなんだよ」

 三人が落ち着いたところを見計らって、僕は僕たちのこれまでのことを話し始めた。


「なるほど、タケルは高次元存在によって、別の世界からこの世界に飛ばされてきたのね。ここよりも進んだ文明の世界から。だから宇宙船や、銀河の予備知識があったのね」

 なるほど、神の解釈は彼女らの感覚で言えば高次元存在になるのか。これは面白い解釈だが、納得だ。僕たちが物を右から左へ移すように、あの神は時間と空間を操り、僕を別世界へと移し替えることが出来たのだ。四次元を操る、五次元以上の存在ということになる。

「とはいっても、僕の世界の文明もカグヤたちほど進んでない。ようやく大気圏を脱出して、宇宙ステーションを建設しようか、ってくらいのレベル」

「我らの歴史に当てはめれば、宇宙航海時代前後だな。大体五百年ほど前か」

 僕らの世界は、あそこから五百年経てば宇宙に進出できるのだろうか。そこまで人類は進化できるのだろうか。全てを諦めて捨てた世界だが、もしそうなれるのであれば、それに越したことは無い。もしかしたら斑鳩か山里か、その子孫辺りが何とかするかもしれないな。

「そんなわけで、僕は神との契約により、この世界で化け物どもと戦ってる。もしかしたら、この星に着陸する前に何かデカい生き物の生体反応とかキャッチしたんじゃない?」

 言われてみれば、という顔でプラトーが言った。

「巨大な熱源が存在したのは確かだ。火山活動などかと思い、避けて着陸ポイントを選んだが、まさかそんな生命体がこの星に存在するとは」

 運が良かった。そんな生物の縄張りに着陸して、何も知らずに外に出ていたら喰われていてもおかしくない。

「タケル殿は、この星の、そういった危険な生命体を狩り、人々を守るのが職務ということですな」

 素晴らしいです、というネイサンの称賛の言葉に、素直に頷くことはできない。僕のやっていることは在来種を喰い散らかしている行為に他ならないからだ。これまでそいつらによって保たれていた生態系にどのような影響を及ぼすか考えたこともないからだ。神との契約とはいえ、それが正しいとは限らない。ただ、自分のために戦っている。間違っても人々のためだなどと言えない。

「じゃあ、この辺りに反応があったということですか?」

 少し不安げにカグヤが言った。

「いや、前に見たときは反応はまだ遠かった・・・・んだけどな」

 目を細める。口がにやけていくのが分かる。地図の端に、赤い印が出ていた。敵の位置を意味する印だ。

「でもこれ、いつもと少し違わない?」

 僕と同じく、地図の印を見ていたクシナダが言う。確かに少し表示が違う。いつもなら、その赤い印に向かって矢印が向くのだが、今回その矢印がない。近くまで接近しているためだろうか?

「それにこれ、まだ距離がある時の表示っぽくない?」

「・・・本当だ」

 まだ数えるほどしか地図を検証してないが、地図に表示される赤い印は距離によって模様が変わる。円の中に漢数字で書かれている。キロなのかメートルなのか単位までは分からないが、近づくほどその数字が減り、最終的にゼロになった。以前の守護龍モドキのトカゲを表示していた時は、確か地図を確認したときは百何十くらいで、地図ももっと縮小されていた。今回はもっと拡大された表示なのに、数字の桁が大きい。何か数字が多いのでよくわからん。垓? なんて読むんだこれ。桁数の読み方だとは思うが僕が分かるのは京までだ。なのに印は拡大された地図の端ではあるが表示されている。一体どう言う事だろうか? 矢印がないのも気になるところだ。手荒く使い過ぎてとうとう故障したのだろうか?

 地図の不調? に首を傾げていたところで、突然船内にアラート音が響き渡った。

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