第71話 幼き日の夢、その続き

「一体何?!」

 叫びながら、カグヤたちは操縦室へ移動する。何もできはしないが、僕たちも後に続いた。

「接近警報です。何かがセンサーを越えました。反応からして、小型の船かと」

 ネイサンがパネルを操作する。正面にあるメインモニターに画像が表示された。かなり小さいが、空の中央あたりに赤色の点がある。

「拡大します」

 画像がズームされ、赤い点がよりクリアに表示された。摩擦熱で赤く発光しながら、両翼を鳥のように広げた飛行物体がこちらに近付いてくる。

「アトランティカの戦闘機です。間違いありません」

「こちらの居場所が突き止められたということ?」

「そこまではわかりません。あのタイプは自力でのワープ航行は不可能です。おそらく付近に母艦があり、手当たり次第に戦闘機や探知機を飛ばしてこちらを探しているのではと推測します」

「そのうちの一機が、偶然ここに気付いたということか・・・」

 運の悪い、とプラトーは額を押さえた。

 広大な宇宙空間で、手当たり次第なんてなかなか予算のかさみそうな手段を打つもんだ。それだけ相手も必至なんだろう。それだけの価値が破滅の火にはある。

「いえ、これは好機でもあります」

 そう言ってカグヤが画面からプラトーとネイサンに視線を向けた。

「こちらの防衛機能はどう?」

「主砲、副砲ともに復旧済み、対レーザーシールドも展開可能です。あの程度の戦闘機であれば撃墜できると思いますが、いかがしますか」

 少し思案して、カグラが決断する。

「撃墜はしません。このまま接近させましょう」

「良いのですか? 仲間に連絡を取られる可能性がありますが」

「いえ、あの機体は真直ぐこちらに向かって飛んできています。すでに自分の仲間にも連絡をし終えているでしょう。けど、私たちがいることまでは突きとめていないはず。だから今接近している」

「我々の存在を確認するために、ですか」

 プラトーの言葉にカグヤは頷く。

「相手が降り立ったところで、私たちは戦闘機を鹵獲します」

 プラトーとネイサンは驚き、主君の顔をまじまじと見つめた。

「私たちがワープ航行を行うためには宙図を再構成する必要がありますが、それに時間がかかっているのがネックです。今こちらに向かっている戦闘機は、単独でのワープ機能、宇宙航行はできませんが、母艦とネットワークで繋がっています。母艦には当然、この一帯の宙図、最低でもここまでの移動ログがあるはずです」

「戦闘機から母艦に接続し、それを奪い取るつもりですか?」

「はい。それさえあれば、私たちはこの宙域を脱することが可能ですから」

「ならば、無傷で拿捕する必要がありますね。ネイサン、あの型だと搭乗員は何名ほどだろうか?」

「おそらく二名か三名。一名が船に残り、残りがこちらに向かってくるのではないかと思われます」

「ふむ、母艦の方に連絡をされないためには、二手に分かれた奴らを同時に制圧したいけど」

 カグヤの言葉に「難しいですな」とプラトーは言った。

「当然の如く彼らは武装しているだろうし、こちらに調査に来る人員はまだ待ち伏せできるが、船で待つ人員に対してはそれも難しい。レーダーで周囲を警戒しているだろうし、船に搭載された武装に生身の人間が太刀打ちできるはずもない。破壊するつもりでならば、まだ何とかなるでしょうが・・・。姫様、やはり今からでも撃墜するべきではないでしょうか。船は破損しますが、ログが保存される場所は船で最も堅牢な場所です。データは残る可能性は充分あり得ます。それよりも、ここで姫様と破滅の火が奪われることこそが一番問題なのです」

「しかし、それでは母艦に私たちの情報が伝ってしまうわ」

 船は生存信号を発している。それが消えれば、母艦側は不審に思うだろう。確信は無くても、必ず調査に来る。結局は見つかってしまうのだ。それが先か後かの違いだ。

「自分たちが打って出ればどうやっても見つかっちゃうなら、部外者に任せてみない?」

 行き詰まった彼女らに、提案してみた。

「無茶だ」

 そして一蹴された。

「確かに貴殿らの腕は確かだ。おそらくこの時代の、この文明であれば英傑と呼んでも差し支えのないものなのかもしれない。けれど、今から来るのは宇宙を渡る文明が作った兵器を持ち、人間など及びもつかない感知能力を持つ機械のサポートを受けた兵士だ。見つかった瞬間黒こげにされてしまうぞ」

 プラトーが言った。最初に人を黒こげにしようとした人間は言う事が違うぜ。プラトーの言葉を後押しするように、カグヤも申し訳なさそうな顔で言う。

「申し出はありがたいのですが、お世話になった二人を危険に曝すようなことはできません。また、ここはこれより戦場になります。速やかに離れてください」

 役立たず扱いされてしまった。まあ、仕方のない話ではある。僕も元の世界にいたころは、ナイフよりも銃が強いと思ってたし、銃よりもミサイルが強いと思っていた。

「ふむ、まあ僕らも無理にとは言わないよ。そんじゃあ、まあ。お言葉に甘えて行くよ」

 クシナダが、ちらと僕の方を見た。だが何も言わず黙っている。

「ええ。今までありがとう」

 今生の別れのようにカグヤは手をこちらに伸ばした。事実、そのつもりなのだろう、彼女の手を握ると想定よりも強い力で握り返された。クシナダとも握手を交わし、こちらはハグもしていた。短い間だったが、彼女たちの間では何か強いつながりが出来たのかもしれない。心理学者や詐欺師は、相手の共感を得るために相手と同じ仕草をする。ミラーリングとかいう奴だ。彼女らは同じ顔かたちで、教える者と学ぶ者の違いはあれど、狩りや山菜取りなど行動を共にしていた。共感を越えて、ある種の信頼関係も築いていたかもしれない。

 一週間程度お世話になった宇宙船を離れる。

「どういうつもり?」

 外に出てある程度離れたところで、クシナダが訊いてきた。

「どういうつもり、とは?」

「あそこであんなに簡単に引き下がった理由よ。いつもなら『僕は敵と戦いに来たんだ』とかなんとかいって、頑として引き下がらないじゃない。良く知らないけど、凄い文明ってのは、それだけで脅威に値する敵なんじゃないの」

 彼女の中で、僕はそんな意固地になるキャラクターだったのか。心外だ。あと、そのしかめっ面は僕の真似か?

「こだわる必要がないからさ」

 空を見上げた。頭上を、攻撃機が通過して影を落とした。

「今回の敵がどこから来るか分かったよ。地図には映ってるけど距離がある。何故か? 敵は上から、宇宙から来るからだ」

「なるほど、一応地図の範囲内なわけね。空に際限ないのかしら」

 そういうことなんじゃないだろうか。もしまた会ったら、3Dに改造してもらうように頼もう。

「・・・もしかして、あなた」

 半眼でクシナダが僕の顔を見つめた。

「今度は敵を釣るのは簡単かもしれないね。何しろ、一台落とせば芋づる式に親玉が釣れるんだから」

「カグヤたちの苦労を無駄にする気?」

 少し強い口調でクシナダがけん制した。

「そこまで性格が悪いつもりはないよ。彼女らの邪魔はしない」

 あくまで邪魔は、だが。

「当たり前よ。そんなことしたらさすがに私も止めるし怒るわよ」

 予想以上にカグヤを気に入っているようだ。カグヤたちの邪魔をしようものなら、敵の船ごと矢で貫かれかねない。

 さすがにそこまではしないよ、と否定して

「けど、期待しても良いだろう? 彼女らの作戦が失敗することぐらい」

 彼女たちの作戦が一つでも破綻すれば母艦が来る、果ては、親玉のジョージワードとやらも来る。どれが本命の赤印かわからない以上、数撃つ必要がある。全員おびき寄せればはずれは無いだろう。気分は自分の好きな数字を選ぶ宝くじだ。そうと決まれば、引き返すか。頃合いを見て、横合いから茶々を入れてやろう。

「本当に、今回のあなたは子どもみたいね。まるで悪ガキ」

 ため息交じりにクシナダが言った。そこは、自分でも少し自覚している部分がある。気分はジェダイ、いや、シスか? どっちでもいい。後はサポートしてくれる円筒型のロボットがいれば完璧だ。

 遠い銀河の果てではなく、この星を選んでくれたことに感謝するよ。

「さあ、いつでも来い」

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