第72話 はじめてのたたかい
カグヤとプラトーは船の全機能を自分たちの端末でのみ操作できるように設定後、船を降りた。ネイサンは先に降りて、敵機の予想着陸地点付近ギリギリに伏せている。
「来た」
望遠レンズには木々をなぎ倒しながら着陸する鋼の機体が映っていた。今回はカグヤにとって初めての戦闘らしい戦闘だ。今までは部下たちに守られてばかりで戦いというのは逃げる事しか経験していない。
自分たちから打って出て、敵を倒す。その光景を想像するだけでギリ、と手の中にある銃を持つ手に力がこもる。冷たいはずの銃身が、急に熱を帯びたように熱く感じられた。
「大丈夫ですか、姫様」
そっと、プラトーが彼女の手を上から自分の手で優しく押さえた。そこでようやく自分が震えていたことに気付く。
「やはり、姫様は後ろに下がられていた方が良いのではありませんか? あの程度の者ども、このプラトー一人で充分ですぞ。あっという間に叩き伏せて御覧に入れましょう」
長年カグヤに使える老兵はニッと笑い、力こぶを作った。少し緊張がほどけたか、カグヤは微笑み、しかしやんわりと首を横に振った。
「ありがとう、プラトー。けれど、私なら大丈夫です。やれますから」
カグヤの意志が堅いのを見て、プラトーは説得を諦めた。代わりに、自分が先に仕掛けると告げる。
『船から人が降りました。降りたのは二人』
ネイサンからの通信に緊張が走る。
『武装はレーザーライフルに指向性爆薬、通常の兵士の装備品ですね。そちらに向かっています』
「分かった。そのまま待機。こちらからの合図を待て」
『了解です』
ネイサンとの通信がぶつりと切れた。いよいよだ。荒くなる呼吸を可能な限り殺し、額から滲む汗を目に入らないように手でふき取る。
がさ、がさ、と音が近づいてくる。カグヤの視界に、アトランティカの戦闘服を着た男が二人現れた。どちらも頭をすっぽり覆い隠すフルフェイスのヘルメットをかぶっている。
しめた、とプラトーは思った。おそらくあの戦闘機にはこの星の空気成分を調査する機能がないのだ。だから念のため、ヘルメットを装着したまま外に出ている。ヘルメットは当然視界が狭くなるし、外の音も拾い難い。また、ヘルメットに装備されている通信機能さえ奪ってしまえば、仲間との連携も防げる。頭を狙えば、こちらの危惧や要望が全てまかなえる。
「姫様は援護を」
「わかっています。・・・気を付けてね」
言葉を交わす二人の目の前で、兵士たちはティマイオスに乗り込んでいった。その後をプラトーたちが追う。
「誰かいたか?」
「いや、いない。もぬけの殻だ。最近まで居た形跡があるんだが」
「クソ、せっかくティマイオスを見つけたのに、肝心の姫がいないことにはな」
「ジョージワード様は結構ケチだからな。船だけじゃ褒賞は無いだろう」
「だよな。仕方ない。船内記録を漁るしかないか」
操縦室から彼らの声が漏れて聞こえてくる。壁際に身を隠しながら、プラトーは彼らを覗き見た。どうやら操作盤を触っているようだが、上手く行かないために苛立っている。操作盤が動かないことを知った彼らは次に向かう制御室に向かうはず。船を再起動させて自分たちの権限を付与し、操作するつもりだろう。その制御室に誘い込んで倒す手筈だ。制御室はその名の通り船の全てを制御している場所であり、彼女らが敵船から奪おうとしているログなどのデータ類もこの場所の物理メモリに保管されている。それだけ重要な箇所の為、外部からの衝撃に強い。データを残すために外部からの電子機器障害対策も施されているため、内外からの通信電波をブロックする。閉じ込めてしまえば通信される心配がないということだ。
先に制御室に入り、出入り口付近に身を潜める。彼らが入ると同時に船の機能をスリープモードから復帰させ、ドアをロック。驚いているところを強襲し、制圧する作戦だ。
足音が近づく。一音鳴るたびに心臓が跳ね上がる。もしかしたら、彼らは自分たちが隠れているのを知っているのではないか、不意を打って飛び出したと思ったら、腰だめに銃を構えて、こちらが出てくるのを待っているのではないか。この五月蠅いぐらいに鳴る心音で、居場所を特定されているのではないか。
極度の緊張から、口の中が乾いていく。目が血走る。このたった十数分の間に十歳は老けた。それだけの心的ストレスがカグヤにかかっていた。そして、遂にその時は訪れた。彼女の目の前を、ヘルメットが二つ通過していく。
カグヤは銃を構える。彼女の持つ銃は空気圧により球を射出するタイプで反動が少なく、女性にも取扱いしやすい。音も出ず、サイレントキルにはもってこいだ。また、口径さえ合えばどんな弾丸でも射出できた。
照準を合わせる。無防備な背中が、撃って来いと言わんばかりに誘っている。トリガーに指をかけた。汗がつつ、と頬を滑り落ちて顎に伝い、構えている銃身にぽたりと落ちた。
プラトーが目くばせした。頷き返し、ネイサンにも端末から合図を送る。決行だ。
プラトーが手動で制御室のドアを閉じる。物音と気配に気づいた二人が出入り口側を振り返ろうとする。
カグヤはトリガーを絞った。銃弾が過たず一人の背中に叩き込まれた。だが、貫通はしない。人体を引き裂く類の弾ではないからだ。引き裂く代わりに、相手に引っ付いたまま剥がれない。次の瞬間、仕込まれた内臓ギミックが作動し、高電流を相手に流す。
『ガァッ!』
短い悲鳴を上げて、痙攣しながら倒れ込んだ。もう一人は動揺しながらも反撃に移ろうとした。だがその前に、プラトーの一撃によって昏倒させられる。
作戦通り、自分たちの成果としてはこれ以上望めないほどの成功だった。プラトーが倒れ伏した二人の手足を縛りあげていく。カグヤは、まだ銃を構えたままの恰好だった。終わった、そのことは分かっているのに構えが解けない。はあ、はあ、と肩で荒く息をしたままだ。
初めて人を撃った。殺すことが目的ではないが、傷つけることを目的として引き金を絞った。
獣を初めて仕留めた時もこうなった。自分が命を奪ったのだという実感は、胸の中に泥のような粘っこい物質となって胃の辺りを占拠した。
タケルたちの協力を拒んだ理由の一つがこれだ。彼らは自分たちと喋っている時と同じような表情で、息をするように獲物を狩るのだ。彼らのことは好きだし世話になった恩義もある。尊敬する部分も多い。けれど、彼らの尊敬する部分の一つ、獲物を狩るという部分が、曲がりなりにも自分たちの同朋に向けられると考えた時、カグヤは彼らの助けを拒んでいた。もちろん、こっちだって必死で、相手も必死だ。敵対し、戦っているのだから。そんなことは分かっている。それに、プラトーやネイサンもカグヤを守る為に傷つき、また相手を何人も倒してきた。同じ戦闘だと言うのに何が違うのか、考えてみてすぐに思い浮かぶのは、倒し倒される様が見えるかどうかと、自分の意志で敵を屠る行為の差だ。その意志をカグヤはこれまで持っておらず、タケルたちは持っていた。人間が、自分と違う人間を見たとき思うことは二つ、尊敬か、畏怖になる。尊敬の場合、本人もそうなろうと努力したり、できないまでも理解し尊ぶ。逆に畏怖になると、嫌悪し排除しようとする心理が働く。自分の手で敵を倒した今だからこそ、カグヤはタケルたちとは違う精神構造だと実感した。協力を受け入れた場合、彼らは多分何の躊躇もなく、平然とした顔でカグヤたちの同朋たちを殺せるだろう。彼らにとっては何の感情も抱く必要のない、赤の敵なのだから。
タケルたちが同朋たちを傷つけるところを見たくない、また反対に、同胞たちに傷つけられるところも見たくない、というのがカグヤにとって大きな理由だった。
「姫様、もう大丈夫です」
気づけば、プラトーがカグヤの持つ銃を掴んでいた。
「ゆっくり呼吸しながら、手から力を抜いてください。・・・そう、そうです」
言われるがまま、カグヤは銃を手放す。手放してなお、カグヤの手は銃を握っていた手の形のまま固まっている。まるで死後硬直だ。
二人の兵士をふんじばったプラトーは、カグヤを連れて制御室を出た。ドアには念のためロックをかける。カグヤを椅子に座らせると、すぐさまネイサンに連絡を取った。
「ネイサン、こちらは作戦を完了した。そっちはどうだ」
『問題が発生しました』
その応えに、今まさに敵に狙われているかのように身を固くする。
「何があった? 作戦が失敗したのか?」
『いえ、作戦自体は成功。運転席にいた敵を制圧しました。ですが、俺が制圧する前に、何度か母艦と連絡を取り合っている形跡があります。ティマイオスの情報も送られた可能性が高いです』
プラトーは歯をぎりっと噛み鳴らした。その可能性も考えなくなくはなかった。ならば撃墜の方が良かったかというと、それもない。撃墜すれば必ずその地点に増援が調査のために送られてくるからだ。どちらにしろ手詰まりだった感は否めない。ただ、撃墜よりも少しましな部分はある。
「ネイサン、急ぎその船のデータをティマイオスに送ってくれ」
『すでに転送中です。このデータを合わせれば。おそらく後一時間でティマイオスの宙図の欠損は復旧できるはずです』
まだ希望はある、と気持ちを切り替える。増援が来る前にこの星から離脱する。
「すぐ戻ってくれ。脱出準備を・・・」
『待ってください、新たな機影確認』
「増援か?!」
すぐに操縦室へ戻る。画面に移されたのは敵機の姿。その数は三、四機。思わず天を仰いだ。神は、宇宙を創りたもうた創造神は我らにここまで難行苦行を与えるのか。
「プラトー」
振り向けば、カグヤも画面を凝視していた。
「ここまで、なの?」
「弱気はなりません!」
カグヤの言葉を即座に否定した。半ば自分に言い聞かせているようなものだ。まだ、まだ手はあるはずだ。だがその悩んでいる時間の間に、敵機との距離は近づいている。一時間持たせることなど不可能だ。ならば撃墜する? 一機は落とせたとして、残り三機を落とすことは可能か。味方が落とされたことで警戒心の跳ね上がった戦闘機を。
不可能だ。通常の戦闘でも数の差はそのまま力の差だ。兵器という武器の利点は誰が使ってもほぼ同程度の能力を発揮することだ。装備している武装の数で多少の数は違うだろうが、数の差はそうそうひっくり返らない。それをひっくり返すための作戦を立てる時間もない。ならば、また白兵戦か? 予想敵数は十二人。今度も上手く行くとは限らない。ここでも数の法則は適用される。
『よお、お困りじゃないのか?』
通信機から、ネイサン以外の人間の声が聞こえたのはそんな時だ。
「その声、まさかタケル殿か?」
『当たり。いやあ、ちょうどそこでネイサンに逢ってな』
いつも面倒くさそうな、気だるげな声だった彼が、珍しく楽しそうな、弾んだ声で応えた。
「何故ここにいる! 遠くへ逃げろと言ったであろう!」
『そう怒鳴らないでくれ。心配で見に来たんだ』
嘘ばっかり、と呆れたような声が小さく聞こえた。あれはクシナダだ。
「クシナダ殿まで! 何故だ! そちらからでも確認できるだろう! 敵の増援だ。我らはこれから迎撃に移る。そうなればこの辺りは本格的な戦場となる。流れ弾に当たっても知らんぞ!」
『流れ弾に当たる様な、乱戦になると本気で想定しているのか?』
タケルの言葉に、プラトーは押し黙った。彼は、こちらが圧倒的不利に立たされていることを承知している。
『本当は、打つ手がなくて窮してたんじゃないのか?』
見透かしたように、タケルは続けた。
『もう一度、訊くぜ。手を貸そうか? どうせこの調子なら母艦もここの場所を察知してるんだろ? 三人と一機で捌けるものなのか?』
「・・・三人が四人になったところで、状況は何一つ変わらん。申し出は嬉しいが、言ったであろう。足手まといなのだ。お主らに一体何が出来る」
きっぱりと拒絶した、そのつもりだった。だが、タケルは笑った。
『何が出来るか、は、まあ見てろ、と言っておく。とりあえず、あの目障りな奴らを【落としても】構わないな?』
とんでもないことを言った。落とす? 何を? 戦闘機四機を?!
「な、タケル殿、一体何をする気だ!」
『何だよ。駄目なのか?』
「いや、ダメとかそうではなくて」
『時間がないんじゃなかったのか? 【はい】か【いいえ】で答えてくれ。あの今飛んできている連中は、全部、撃墜してしまっても良いんだな?』
「そ、それは、もちろん、もちろん撃墜してもらえると助かる、が」
『わかった』
そう言って、声が離れていく。何度呼びかけてもタケルからの返答はない。それからしばらくして、ネイサンが戻ってきた。
「ネイサン、タケルたちは?!」
カグヤが飛びつくようにしてネイサンに駆け寄った。
「静止に応えず、お二人は行ってしまいました」
「行くって、どこへ」
「それが・・・」
ネイサンの言葉を爆音が遮る。三人はモニターに目を移し、目を疑い、声を失った。
そこには、次々と撃墜され、火だるまとなって落ちていく敵機の姿があった。
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