第73話 人類の大いなる第一歩
四機の戦闘機を撃墜し、僕たちは宇宙船ティマイオスの墜落現場である、カグヤたちのいる所まで戻った。搭乗口前には、カグヤたちと、後ろで手を縛られた男が二人転がっていた。
「久しぶり、というのかな、こういう場合も」
声をかけて見たのだが、反応があまりよろしくないな。三人とも、僕たちを何か得体のしれないものを見るような目をしている。
「手出しはしない方が良かったのかな?」
「いや、そういう訳ではない。正直なところ助かった」
プラトーが先頭に立ち、そう言った。カグヤは後ろに下がったままか。
「そりゃよかった。で、会って早々で申し訳ないんだけど、教えてほしいことがあるんだ」
「こちらも、いくつか教えてもらいたいことがある」
恐る恐る、と表現できるほどの緊迫感を持って、プラトーが進み出た。後ろにいるネイサンは、いつでもプラトーを援護できるように、すっ、と体を移動させた。
「お前は、一体何者だ」
二人とも銃は抜いていないが、僕の返答しだいではいつでも撃つ、そういう状況だ。
「何者か、と言われたら、あんたらが言うところの、未開惑星の原住民だ。正確には違うが」
「とぼけるな。重火器を持たないお前たちが、一体どうやって戦闘機を撃墜する!」
そうか、彼らの疑念の根本が見えてきた。
彼らにとっては、戦闘機を撃墜できるのは同じく戦闘機、もしくはそれに類する兵器なのだ。そして、それらを撃墜したということは、僕らは同等の兵器を持っているということになり、ひいては未開惑星の原住民ではなく、彼らと同水準の文明圏の住民となる。そして現在、同水準の文明圏の人間はほぼ全てが敵という状況だ。疑いたくなる気持ちもわかる。
問題なのはこの疑いを晴らす方法だ。ミステリーものでもよくあることだが、犯人の有罪の証拠を見つけるよりも、無罪を証明することの方が難しい。法廷とかでは証拠不十分という措置があるけれど、ここにそんなものは無く、あるのは彼らの頭の中の疑念だけ。これは厄介だ。疑念というのは一度頭をもたげるとなかなか無くならない。どんなに潔白のための証拠を提示しても、騙されているんじゃないか、トリックがあるんじゃないか、そういう考えは消えることがないからだ。ましてや、僕らが取った行動は彼らには理解しがたい、信じられないような方法だし。
「答えろ! 返答如何によっては」
プラトーが腰の銃に手をかけた。両手を一応挙げておいた。一発二発撃たれても大丈夫だろうけど。僕の真似をして、クシナダも両手を挙げた。
「助けた恩を銃弾で返すか?」
「如何によっては、と言ったはずだ」
「あんたらが僕の説明で納得できるとは思えないんだがね」
「それはこちらで判断する」
その判断が間違わないことを祈るばかりだ。
「僕らが取った行動は、そんな難しいことじゃない。出発前にネイサンからいくつか、ほら、あの接着できる爆弾、なんだっけあれ」
「スティックのことですか?」
「そうそれ。スティック。貰っただろう? あれで爆破しただけ」
「確かにスティックなら撃破もできるだろう。けれどそれを成すにはその条件をクリアしなければならない。幾ら船の中でも防壁の薄い戦闘機であっても、適当に爆破しただけで破壊できるほどやわではない。最も防壁の薄い部分を狙う必要がある」
「ああ、それも聞いた。前面が敵の砲火を少しでも耐えるために厚くて、逆に推進器辺りや降着装置辺りが薄いんだろ?」
「そうだ。そこにスティックを張り付ける必要がある。スティックは指向性が高い反面、その方向から外れると威力が激減してしまう。飛来する戦闘機の速度は、着陸前でスピードを下げていたとしても時速三百キロは出ていた。その速度で鳥よりも高い場所を飛ぶ機体にどうやってスティックを取り付ける? クシナダ殿の弓矢で縫い付けたというのではあるまいな。幾ら神業の如き技量を持っていたとしても、高速で移動する物体に矢を当てるだけでも困難であるのに、スティックを狙った場所に張り付けることなど不可能だ」
そんなことをしても弾かれるだけなのは僕にもわかる。ただ、そんなことをする必要がなかった。
「それに関してはもっと簡単だ。クシナダ」
「あ、うん。私が貼り付けてきたんだけど」
おずおずと前に出て、僕の横に並ぶ。
「クシナダ殿が?」
どうやって? と目で語るプラトーの問いに彼女は頷き
「ええ、まあ。言ってなかったけど、私、空飛べるし」
彼女の答えに、三人は目をひん剥いた。
「飛べる・・・? 時速三百キロ以上で・・・?」
「一応。見せようか?」
三人の目の前で、僕に荷物を預けたクシナダがふわりと浮いた。そのまますうっと上空へ舞い上がる。ぽかんと三人は口を開けて、彼女を見上げる。
「良ければ、速度を測ってみてくれ」
彼らに言って次はクシナダに声をかけた。
「向こうから、さっきと同じくらいで飛んでみて」
わかった、と返事をして、クシナダが離れていく。ある程度離れたところで反転。そのままこちらに一直線に飛んでくる。ネイサンがクシナダに計測器らしきものを向けている。計測器を向けた先をクシナダは通過し、僕らのもとに戻ってきた。
「・・・ね、ネイサン。ネイサン」
カグヤが視線をクシナダから離さないまま彼の肩を揺らす。
「どう、だったのです?」
しかし、ネイサンは答えない。さらにカグヤが揺さぶり、ようやく我に返ったネイサンは表示された速度を口にした。
「時速、五百二十五キロです」
「ごっ」
プラトーが言葉に詰まった。カグヤは絶句。僕も早く飛ぶなあとは思っていたが、実際に数字にしたら驚きの速さだな。
「良くわからないんだけど、これってそんなに驚くようなことなの?」
目の前にもっと早く飛ぶ乗り物があるのに、とティマイオスを見ながらクシナダは首を捻っている。生身と乗り物の区別は付けていないようだ。
「とりあえず、納得してもらえたか?」
不承不承、というような形でプラトーとネイサンは頷いた。納得はできないが目の前の数値が嘘をつかないのを彼らは承知している。後は、カグヤか。
「で、あんたは、さっきから二人とは違う、何か別のことで僕たちに聞きたいことでもあるんじゃないか?」
カグヤに向けて、僕は尋ねた。少しだけ怯えた様子で僕たちを見ている。ずっとその調子だ。僕たちや、プラトー、ネイサンが見守る中、カグヤは何度か口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返した後
「中に、乗っていた人間は、どうなりました?」
質問の意図が見えてこないが、正直に答える。
「分からない。あのまま乗っていれば死んだだろうし、脱出してたら生きてる。ただ、脱出したようには見えなかったけど」
「そう、ですか」
ふい、と彼女は踵を返した。「姫様?」というプラトーの呼びかけに答えずティマイオスに戻っていく。はて、何か不興をかったかな?
「どうしたんだろう?」
クシナダもおかしいと思ったみたいだが、声をかけて引き留めることまではしなかった。どうも、さっき別れた時と態度が違う。プラトーやネイサンに目を向けるが、彼らも少し戸惑ったように互いの顔を見合わせている。彼らにとっても彼女の態度は不可解な物なのだろう。
「で、これからどうする気?」
戻っていったカグヤよりも、気になるのはそっちだ。おそらく、彼らの作戦は失敗した。だから他の敵機が来たんだろう。僕が邪魔するまでもなく、僕の願いどおりに母艦が来る。地図を広げた。いつの間にか赤い印の表示されている文字がいつの間にか変わっていた。垓から億。僕の知っている単位だ。敵が近づいている。
「すでに敵はこちらの情報を掴んでいる。この星で隠れ続けることは不可能とみていいだろう」
「じゃあ、こっから逃げるのか」
できるだけ考えたくない結末から尋ねる。幾ら敵が来たとしても会敵しなければ意味がない。宇宙戦争状態になったら大気圏を突破する手立てがない。さすがのクシナダも空気がない場所では飛べないだろう。
「そうなる」
果たして、僕の嫌な想定通りの答えをプラトーはあっさりと認めた。思わず眉をしかめてしまう。
「現在、あの機体から宙図のデータを収集し、ティマイオスに反映中だ。もう間もなくここら一体の星系が判明する。それさえ分かればひとまずは宙に上がれる」
「まずいな・・・」
「ん? 何か言ったか?」
いや、と首を振った。心の声が出ていたようだ。どうする。このままだと僕の敵は宙に逃げるこいつらを追って、ここに来ないかもしれない。それは困る。
「タケル殿。申し訳ないが、また手を貸してもらえないか」
「手を貸す?」
風向きが変わるか、と期待したが、プラトーの頼みはこっちが拍子抜けするようなものだった。再び遠距離の旅に出るので、保存食を作りたいとのこと。何だそりゃ。もっとあるだろうが色々と、と一瞬詰め寄りそうになったが、思いとどまる。代わりにプラトーに提案する。
「手を貸しても良い。その代り、こちらの頼みを聞いてもらえるか?」
「何だろうか。私たちに出来る事であれば何でも言ってくれ」
「僕を、一緒に宇宙に連れて行ってくれ」
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