第74話 Fly me to the universe

「馬鹿な。そんなこと出来るわけないだろう」

 プラトーは頭ごなしに拒否した。うんざりしたように僕から顔を背け、自分もティマイオスに戻ろうと歩を進めた。その背を追いながら声をかける。

「何でだ? 僕を連れて行くことの何が問題だ。別段あんたらの邪魔をしようってわけじゃない」

「そういう事を言っているんじゃない。私たちの置かれている状況を考えてくれ。私たちは、今ジョージワードに追われているんだ。場合によっては戦いになる」

「戦いになるのか?」

 馬鹿にしたような僕の口調にぴたりと足を止め、ものすごい形相でプラトーが振り返った。

「どういう意味だ」

「そのまんまの意味だよ。あんたらだけで戦いになるのか、って聞いたんだ」

 睨んだまま言い返してこないので、僕の想定を告げる。

「僕はあんたらの技術力がどれほどのもんか知らない。けれど、母艦があんたらの船よりでかくて、ああいう戦闘機を何台も積み込んでいるんだろうな、ということはなんとなくわかる。たった四台ぽっちで危ない状況だったんなら、何十台あるのか知らないけど、そいつらを相手に戦えるとは到底思えないんだよ」

「なら、どうしろというのだ!」

 プラトーが激昂し、僕の胸倉を掴んだ。

「その程度のこと、お前に言われなくとも分かっておる! しかし他にどうしろというのだ! 味方は無く、孤立無援の状態で、敵の手はすぐそこまで迫っておる。その恐怖が分かるのか。忠誠を誓った主が無残にも殺され、その仇討ちも出来ず逃げるしかなかった我らの悔しさが分かるのか。姫様と破滅の火を守るという重大な使命を全うしようと懸命に戦い、散って逝った同胞たちの無念が分かるのか。それすら叶わぬなどと認められるわけがないだろう! 認められるものか! 正義が踏みにじられるなど・・・!」

 僕の胸倉を掴んだまま俯くプラトーは、少し声を震わせながら胸の内にある不安を吐き出した。カグヤの前では絶対に吐けない弱音だ。視線を彼の後頭部からネイサンに移すと、彼もまた不安そうな顔で顔を背けていた。

 正義が踏みにじられることなんて、良くある話だ。この世界でも、僕のいた世界でも、どこでも。自分の望み、意志、貫きたければ、必要なのは正義なんていう人によってコロコロ意味合いを変える蝙蝠じゃない。それを可能にするためのきちんとしたプロセスだ。それは力かもしれないし、金かもしれないし、人脈かもしれない。それは場合によって変わる。変わらないのは、ゴールまでに何が必要かということだ。大義、正義はただの道具だ。

「認めたくなかろうがなんだろうが、現実から考えて、このままだとあんたらはもうすぐ負ける。それくらい僕に言われずとも分かっているんだろう? 僕には、来たのがあの四機だけだなんて考えられないんだ」

 プラトーは答えない。代わりにネイサンが答えた。

「おっしゃる通りです。私も、追跡してきたのが四機だけとは思えません。おそらくすでにこの周辺一帯は包囲されているのではないかと。このままでは遠からず破滅の火は奪われ、我々は全滅するでしょう」

「策は何かある?」

「これといって何もありません。残念ですが。可能な限りデータ転送作業を早く終わらせ、この星から脱出することくらいでしょうか」

「肝心のワープ機能は直ったの?」

「これも残念ながらまだ直っておりません」

 出来ないことだらけだな。ただ宇宙に飛び出せるだけなら、飛ばないほうがましだと思っている。もし僕が敵だとしたら、彼らをこの星から誘い出すことを考えるからだ。

 敵にとって面倒なのは、カグヤたちにこの星に隠れられることだ。ここは未開の惑星で森も深ければ海もある。広大な宇宙からすれば宇宙空間に浮かぶちっぽけな星だが、探しものはそれよりももっとちっぽけな破滅の火だ。しかも探知機に引っかからないようにジャミングされている。ということは、どこぞの砂漠や海の底にでも沈められたらそう簡単には見つからない。しかも探すのは、下手に刺激を与えると自分たちをまきこんで爆発するような代物。そんな物騒な物を探すのに手荒な方法、例えば星を破壊したりはできない。

「そうですね。あの四機は我々のケツをつつくための先遣隊でしょう。もう近くまで来ていると焦らせておいて、この周辺に戦闘機なり探査機なりをばらまく。焦って飛び出して、我々が網にかかるのをじっと待つ」

「宙の方が危険だ、と? しかし、それでは根本的な解決には至らんぞ。奴らはこの地に降り立ち探索を開始するだろう。隠そうが見つかるのは時間の問題だ。それまでにジョージワードが死ねば話は変わるかもしれんがな」

 ようやく僕から手を離し、投げやり気味にプラトーが言う。

「? 敵の親玉が死んだだけで、情勢は変わるものなの?」

「当然だ。奴の王位は力尽くで奪い取ったもの。正当な王位継承者たる姫様がジョージワードの悪行を糾弾し、打倒することでこれまで奴に従っていた連中は一気にこちらに付くだろう」

「じゃあ、それが出来れば勝てるんじゃないの?」

「だから! それが出来れば苦労はせんのだ!」

「出来ないの?」

「出来るわけがなかろうが! 奴は鉄壁の防衛機能を誇る要塞戦艦の中で大勢の部下に守られている。どうやって倒せと言うのだ!」

 ふざけているのか、とプラトーは顔を真っ赤にして怒っている。はて、僕は見当違いのことを言っているつもりはないんだけど。

「物事が根本から解決する一手があるんなら、それに至る道筋を組み立てればいいんじゃないのか?」

「どうやって!? 言っただろう! ジョージワードには要塞戦艦をはじめとした数百の艦と数万の部下がいて、こちらはレーザー砲とレールガンが二門ずつの中型艦が一隻とたった三人だ。数も質も劣るこちらがどうすればジョージワードに辿り着けると言うのだ!」

「辿り着くのが難しいなら、向こうから来てもらえばいいんじゃないのか」

 何かを言おうとしたプラトーが、口をパクパクと金魚みたいに開け閉めしている。そんなに難しいことを言ってるつもりはないんだけどな。

「どういう、ことでしょうか」

 ネイサンが尋ねる。しかしその訊き方は、僕がこれから話す内容について想定しているような感じだ。

「ジョージワードがどういう奴かは知らないが、こういう奴は探し物が見つかったら、どれだけデータとかで本物だと証明されても、必ず自分の目で確かめようとするんじゃないのか?」

「・・・それは、奴らにわざと捕まれと、そう言う事ですか?」

「そうだ」

 頷く。それくらいしか思いつかない、ってのもあるんだけど。

「そうすると、必ずあんたらはジョージワードの真ん前に連れて行かれるはずだ。自分の手で王族の血を絶やす事で、アトランティカ王家の終焉と新しい王の誕生を宣言したいから」

 そういうのはいつの時代でもどこの世界でも変わらないんじゃないかと思う。自らの正当性を主張するために他を排するのは動物の習性だ。自分の縄張りと力を主張したいのだ。

「そうすれば、ほら、簡単にジョージワードと対面できる」

「馬鹿にしているのか! たとえそれで対面できたとしても、我々は武器を持つどころか手足の自由を奪われている。どうやってジョージワードを討つというのだ!」

「あんたがわめくその問題だけど、僕を連れて行けばすべて解決すると思わないか?」

 僕の提案に、プラトーはまだピンと来ていないのか僕の真意を図りかねているのか、ぽかんとしたまま反応が返ってこない。代わりに、ネイサンがはっとして僕を指差した。

「まさか、あなたが我々を捕らえたフリをして、連れて行こうというのですか?」

 その通り。そのための道具がここには揃っている。敵の服装はヘルメット着用で僕の顔は確認しにくい。敵の機体を操作すれば何の疑いもなく母艦に戻れる。そのままカグヤたちを捕らえた功労者として、ジョージワードの前まで連れて行き、目の前で縄をほどけばいい。これで、三対宇宙艦隊ではなくなり勝率は跳ね上がる。そして僕は、ジョージワードを守ろうと押し寄せる連中と戦えばいい。WinWinの関係だ。

「確かに、その方法は現時点で最も勝算が高いだろう」

 たっぷりと時間をかけて、プラトーは言った。

「だが、やはり、危険が大きすぎる。姫様をそんな分の悪い賭けに乗せるわけにはいかない」

「大事にするのは大いに結構だが、何の手も打たなけりゃどうせ死ぬだけだぞ」

 RPGで体力を全回復させる貴重な回復薬をラスボス戦で最後まで使わずに全滅して最初からやり直すタイプだな。このゲームにセーブポイントもコンテニューもないけどね。

「無理強いはしない、他の手があるならそれを取りゃいいし。けれど、僕を宇宙には連れて行ってもらう」

「何故だ。何故そこまでしてついてきたがる。お前には我らの戦いに協力する義務などないだろう?」

 勘違いしているようなので、訂正しておく。

「協力はしないよ。僕は僕のやりたいようにやる。前にも話したけど、僕は敵を倒すのが目的で、この地図で敵がいる場所に向かってるって。どうやら今回、あんたらの敵と同じ方向から来てるっぽいんだ」

「まさか、ジョージワードがそうだと言うのか」

「それは分からない。今のところ、馬鹿でかい蛇とか鰐とか、後は巨大ロボットがいたけど」

「ロボット? この未開の地に?」

「もしかしたら、大昔、あんたらみたいにこの地に来た連中の忘れ物かもね。そんなわけで、ロボットも敵として地図が認識したんだ。宇宙艦隊だって敵とみなすかもしれないじゃないか。その敵認定されたやつを倒すために勝手には動くけど、あんたらにとっては、場が混乱するから好都合にならないか?」

 それはそうだが、とプラトーが逡巡する。

「あなたはその敵を殺すのですか?」

 いつのまにか、カグヤが戻ってきた。戻ってこないプラトーたちに業を煮やしたのだろうか。しかし、どうも以前と様子が異なる。これは、さっきの妙な感じに関係してきそうだな。そうだね、と前置きして

「殺すことになるね」

 かすかにカグヤの喉が動いた。息と唾を吞み込んだようだ。何か緊張しているように見える。

「それが、どうかし」

「あなたが殺そうとしている敵の中には、私たちの同朋がいるのです」

 僕が話している途中から、かぶせるようにしてカグヤが言った。

「いえ、その大勢が、ジョージワードの命令で動いているだけの同胞たちです」

「何が言いたい?」

「あなたが先ほど撃墜した戦闘機に乗っていたのも、これから敵対するのも、アトランティカの民なのです。あなたは彼らをいとも簡単に、何の感情も浮かべることなく殺した」

「姫様、それは」

 間から割って入ろうとしたネイサンを「分かっています」と抑えて、彼女は続ける。

「助けてくれたことは理解していますし、感謝もしています。本当に。そして、これまで色々と協力してくれたことにたいしても。けれど・・・いえ、違いますね。だからこそ、二人にこれ以上、アトランティカの民を手にかけるところを見たくない。その反対も見たくないのです」

「僕に、ついてくるな、ということかな?」

 はい、とカグヤは頷いた。

「私は今日、初めて人に武器を向けました。認識が甘い、覚悟が足りないと言われればそれまでかもしれませんが、自分の命が狙われるのと同等以上に恐ろしかった。誰かを自分の意志でもって攻撃するというのは、これほどまでに恐ろしいことなのだと思い知らされました。その恐ろしいことが避けられないことも」

 彼女は一度固く目を閉じて、すっと開いた。僕を見据えて言う。

「改めてもう一度、勝手なことを言います。私はあなた達に感謝しています。だからあなた達は、その感謝の姿のままでいてください。私にあなた達を憎ませないでください。あなた達にとって、敵として向かってくるものを倒すのは、殺すのは普通のことなのかもしれません。けれど、私にとってそれは普通じゃないんです。おかしいことなんです。人が、人を平気で傷つけられるということは異常なんです」

 少し驚いている自分がいた。これから戦いをしようっていう、その中心人物から、そんな倫理的な話をされて同行を拒否されるとは思ってもなかったからだ。

「そっちの考えは分かった。じゃあ、どうする気?」

「これを」

 彼女が何かを渡そうと手を伸ばした。僕は手のひらを上に向けて、彼女の手の下に伸ばす。手のひらの真ん中に、丸い物体が落ちてきた。

「「姫様!?」」

 プラトーとネイサンから悲鳴のようなひっくり返った声をあげた。僕の手のひらに、破滅の火がある。

「預かっておいてください」

「僕にこれを渡して、そっちはどうする気だ?」

「このまま、宇宙に出ます。ネイサンも話していた通りこの辺りは既に取り囲まれている可能性が高く、私たちが飛び出してくるのを手ぐすね引いて待っている事でしょう。ならば、望み通り飛び出し、可能な限り遠くまで逃げて、艦を爆破させます。そうすれば、奴らは爆破された艦の周辺を探索するでしょうが、そこに破滅の火はありません。宇宙の塵となったか、はたまた爆発の影響で広大な宇宙空間をどこまでも彷徨い続けるか。結果としては、ジョージワードの手にこれが渡ることは無いでしょう」

「作戦としては面白いし、可能性も高いとは思うけど。敵だって囮の可能性を考えないわけじゃないだろう?」

「ええ。ですので、私がこの艦を操縦します」

 ネイサンは今度こそ悲鳴を上げ、プラトーに至っては白目をむいて卒倒しそうになっていた。

「な、な、何を、何を仰っているのですか!? 乗っていく艦を爆破するなど、それがどういう事か分かって仰っているのですか!」

 倒れそうになったと思ったら復活して、すぐさまカグヤに詰め寄るプラトーは気苦労が絶えないな。家臣というのも大変だ。

「分かっています。分かっていて言っているのです。彼らが探す私自身が囮となれば、彼らは私が破滅の火を手放すはずがないと思い込んでいますから、必ず追ってきます」

「そんなことをすれば、姫様が死ぬことになるのですぞ!」

「承知の上です」

「何を馬鹿なことを言っているのですか! 御身がどれほど大事か理解していない!」

「それ以上に大切な使命があります。ジョージワードに破滅の火が渡れば、再び戦争が起こります。いえ、それ以上の災いが起こる。ようやく誰もが待ち望んだ平和を失う訳にはいかないのです」

 その後、どれほどプラトーたちが彼女を諌めても、その意志が変わることは無かった。

「きっと、私があなた達に出会えたのは、このためだったのです。破滅の火を、どうかよろしくお願い致します」

 それだけ言い残して、カグヤを乗せたティマイオスは宙へと駆け上がっていった。

「あのまま行かせて良かったの?」

 クシナダが言った。

「宇宙? って言うんだっけ。空の彼方にかなりご執心だったじゃない。あなたにしては、あっさりと引き下がったわね」

「引き下がる? 僕が?」

 どうしてそうなる? そんなつもりは全くない。

「だって、あの乗り物がないと宇宙に行けないんでしょう? さすがに私もあんな上まで飛ぶことは出来ないんだけど」

「わかってるよ。空気のない所で、あんたの力が作用するとは考えにくいし、そもそも宇宙空間を宇宙服も無しに飛びだせると思うほど僕は馬鹿じゃない」

「馬鹿じゃないけど、欲望のためにたまに馬鹿を超えるわよね」

 どういう意味だ。

「分かってるくせに」

 彼女が鼻で笑う。軽くあしらわれてしまった。くそ、こいつだんだん僕に対する遠慮が無くなって来たな。それ以上に何が腹立たしいって、頭のどこかでこういう掛け合いがちょっと心地いいと思ってる自分がいることだ。まあいい。今はそんなことよりもやることはある。

「さて、話を戻すけど。僕はまったく、全然、これっぽっちも宇宙に行くことを諦めていない」

「諦めてないのは分かったけど。同じく話は戻って、どうやって宇宙に行くの?」

「道具は揃ってるんだよ。カグヤたちに断られた時のための、もう一つのプランだ」

 こういう時のための手を打っておいて本当に良かった。

 がさり、と音を立てて、草むらから戦闘服を着た兵士たちが現れた。噂をすれば、いいタイミングだ。

「もしかして道具って、彼らのこと?」

 半眼で彼女が僕を睨む。その通りなので頷く。爆破する前に、ワザと脱出できる時間を与えておいた。クシナダに彼らの前でスティックを張り付ける仕草を見せて、脱出するのを見てから爆破したのだ。クシナダが彼らに気付かれずに近づけたように、艦のレーダーは人程度の大きさの物には反応しない。なら、ティマイオスも同じだろう。目視で脱出するのが見えていても問題ない。爆破する前に逃げたんだろうと言い訳もできる。カグヤの話しぶりからして、全員死んだと思っているようだが。

 なんと言っても空中脱出だ。不慮の事故により何人かくたばる可能性もあるから保険をかけておいたのだが、一機に二人、計八人、全員生き残るとは。さすがだね。

「両手を上にあげて、跪け!」

 一人が僕たちに向かって叫んだ。全員が僕たちに銃口を向けている。

「やっぱり、馬鹿よね。あなたって」

 呆れたクシナダのため息に苦笑を返しながら、僕は宇宙旅行のためのパーツが集まったことを確認した。

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