第68話 瓜二つ
さて、とにもかくにもまずはこの宇宙船だ。僕たちは宇宙船の側面に触れながら、ぐるりとまわりを回る。側面から後部へ。後部は平面で、羊羹を斜めに切った様な平面になっている。輸送機の搬入口のように、ここが開くのかもしれない。
「あとは、開閉スイッチが外部にもあれば」
「すいっちって、アレ? グレンデルにもあったやつ?」
「そう、それ」
以前彼女はグレンデルという汎用型ロボットと戦い、コックピットを外側から開くスイッチを撃ちぬいた経験がある。僕が持ってる知識をどんどん取り入れて自分の物にしているから、最近認識の齟齬が少ない。それが楽であったり、少し淋しかったり。
「でもこれ、見たところ何もないわよ?」
むう、やはり宇宙空間でデブリにぶつかったときに開かないようにそういうのついてないのだろうか。
「しかたない。こじ開けるか」
気は進まないが、中を確認するほうが優先だ。剣を手に取り、イメージする。以前の戦いで、この剣は僕のイメージと知識と保有する能力から形をある程度変えられることが分かった。壁にでも何でも、穴をあけると言えば
「やっぱ、これだよな」
手元に現れたのはアニメに出そうなザ・ドリルだ。円錐に刻まれた螺旋が描く無限軌道が突き進む意志を、毎分千回転の咆哮があらゆる壁をぶち破る力強さを表している。
僕のドリルは、未知をも貫く! ・・・はず。いかんな。ロマンに出会った影響で、僕の中で枯れていたはずの熱い何かが蘇ってきたようだ。さながら不死鳥の如く・・・!
『お待ちください!』
そんな声が聞こえたのは、いよいよドリルと宇宙船との根競べが開始されようとした直前だ。
「これ、この中から、よね?」
クシナダの疑問に頷く。僕も宇宙船から聞こえたように思った。待てと言われたので、名残惜しいがドリルのスイッチをオフにする。回転数は急激に減少し、猛々しく呻っていたモーターは大人しくなった。
『思いとどまってくれてよかった。こちらの言葉は、通じていますか?』
こちらに対しての問いかけだろうか。頷くと『よかった』と声の主はもう一度安堵の息を吐いた。
『すぐにそちらに行きます。搭乗口を開きますので、下がってください。こちらに敵意はありません。どうか、攻撃をしないでください』
言われた通り離れると、プシュ、と空気の抜けるような音がして、後部面がスライドし、階段に変わった。
開いた搭乗口から中を覗き込む。イルミネーションのように、青色の光の筋が洞窟のような宇宙船の中をぼんやりと照らしている。そこへすっと影が差しこまれる。誰かが光を遮っているからだ。影は徐々に大きくなり、こちらに近付いていた。
階段を一歩ずつ踏みしめながら、恐る恐る、といった風に誰かが降りてくる。人数は、一、二、三人か。これだけ大きな宇宙船にしては少人数だ。全自動化しているから問題ないと言うことか。腰だめに構えてるのは、期待を裏切らない銃型兵器。それもただ鉛を飛ばすわけではあるまい。おそらくレーザーとか荷電粒子砲とかそういう類だ。
僕の持っていた勝手なイメージ、ぴっちりしたスーツでも、宇宙服みたいなごてごてしたものでもない、見た目は至って普通の服に身を包んだ彼らと目が合う。
久しぶりに驚いた。僕の後ろで、クシナダも息を吞んだ。こちらを見ていた彼らも、口元に手を当てて驚いている。
僕を驚かせている元凶が、ふらふらとこちら、クシナダの方に近寄ってくる。
「姫様、いけません!」
驚きから復活した、部下らしき人物が彼女の後を追って、彼女の腕を取った。
「幾ら言葉が通じたとはいえ、相手の心までは読めません。彼らにとって、我らは不可解で怪しげな連中です。未開文明の生き物相手の接触は最大限の注意を払う必要があります」
なんだか、野蛮人のような扱いを受けているな。あちらから見れば、確かにこちらは宇宙にすら出ていない未熟な生命体ということになるのだろうけど。
「大丈夫です。プラトー」
「しかし!」
「私には、分かるのです。おそらく、この出会いは運命です。私の勘を信じて」
姫さまと呼ばれた人物は微笑み、掴まれた手をやんわりと外した。そしてまた、こちらへ歩み始める。
「失礼しました。あなた方は、この辺りにお住いの方ですか?」
微笑み、尋ねてくる。その彼女の顔は、クシナダに瓜二つだった。それだけでも驚きだってのに
「私の名は、カグヤ。ここより一億二千万光年離れた場所にある惑星レムリアを統べていたアトランティカ王家の末裔。カグヤ・ムウ・アトランティカです」
なるほど、かぐや姫は月からではなく、銀河の果てから竹ではなく宇宙船で来訪していたってことか。それも惑星レムリアに、ムー、アトランティス? 古の超古代文明の名前を持つって言うのか。欲張り過ぎだろう。今回はロマンが確変でも起こしたのかサービス満載だな。
だが、この場において僕以上に驚きを隠せないのはクシナダだ。目の前に全く同じ顔があるのだから。ふらふらと、彼女もまた、導かれるようにカグヤの前に歩み出た。映し鏡のように、二人が同時に相手に向かって手を差し伸べた。
カグヤの後ろで、プラトーと呼ばれた中年の従者が銃を構えた。慌てて構えたくせに照準は正確にクシナダに合わせている。僕はドリルを解体。次に作ったのは鏡のバックラーだ。僕が彼女たちの前に立つのと同時に、プラトーの銃口が瞬く。衝撃は無かった。右の方で、がさがさと木の枝が落ちてきた。クシナダを狙って放たれたレーザーが、鏡で反射してあさっての方向に飛んで行った結果だ。
「な、馬鹿な!」
プラトーが第二射を放とうと構える。
「止めなさい、プラトー!」
カグヤの叱責が飛ぶ。
「この方たちに敵意は無いと言ったでしょう!」
「敵意は無くとも、無意識で傷つける事もあります! 相手にあたりまえと自分たちの当たり前が同じだと思うと大怪我しますぞ!」
「面白い事言うじゃないか」
そう言うと、カグヤとプラトー、残りのもう一人の視線が僕に集まった。言葉が通じるということなので、こちらの意志を伝えて見よう。
「自称先進世界の住人の常識は、危険と判断したら即射殺なのか?」
「何を!」
銃口がこちらを向いてくれた。助かる。その方が都合がいい。銃弾だろうがレーザーだろうが、直線で飛んでくる方向さえ分かってしまえば躱し方は簡単だ。
「止めなさい! ネイサン! プラトーを押さえて!」
カグヤの命に従い、もう一人の部下ネイサンがプラトーから銃を奪い取る。その様子を見届けてから、カグヤは再び僕たちに向き直った。
「申し訳ありません。部下がご迷惑をおかけしました。お怪我はございませんか?」
「ん? ああ、問題ない」
「それは良かった。しかし、一体どうやったのですか? レーザーを弾くなんて」
「難しい話じゃないよ。ただ鏡で弾いただけ。飛んでくる方向は銃口の向きでわかるし、タイミングさえ合えば誰でも出来る」
「誰でも、出来るものではないと思うのですが。言ってることは分かるのですが、実現するためにはそれを可能にする技術と射線に飛び出す度胸が必要となってくるのでは」
「そんなに難しく考えなくても良いと思うけどね。僕が以前読んだ本に書いていた。『人が想像できることはだいたい実現できる』らしい」
だから、こういうのの場合は、出来る出来ないではなく、やるかやらないかだと思う。そういうものでしょうか、とまだ納得のいかないカグヤは首を捻った。
「それは、またおいおい。今はあんたらの話を聞かせてほしいんだ。これ、宇宙船だろ?」
そう言うと、カグヤは目を丸くした。
「宇宙船という言葉が出てくると言うことは、あなたは・・・ええと」
そう言えば名乗ってなかった。
「僕はタケル。で、こっちの、あんたそっくりなのが」
「クシナダです」
「タケルに、クシナダですね。改めまして、私はカグヤと申します。それで早速ですが、タケル、あなたはもしかして、空を、宇宙を認識しているのですか?」
・・・・ものすごく馬鹿にされている気がするが、仕方のないことだろう。この世界の水準は僕らの世界の歴史に照らし合わせても一桁台の世紀だ。天動説も地動説もなかった時代に、宇宙なんて話が出てくるわけがない。さっき彼女に言った事と真逆で、想像できないことは、実現するどころか言葉すら出てくるわけがない。
「立ち話でも僕は良いけど、そっちは本当に大丈夫?」
さっきからプラトーとやらがこっちを視線だけで殺さんばかりに睨んでいる。この調子じゃ落ち着いて話も出来やしない。
「分かりました。では、中で話しましょう」
「姫様! そんな得体のしれない連中をティマイオスに乗せるなど!」
プラトーが悲鳴を上げる。ティマイオスってのがこの宇宙船の名前か。まるで哲学者がつけたようなお堅い名前だ。
ぼくたちの乗船を拒否する彼をカグヤが諭す。
「冷静に考えて。今の私たちには資源がないわ。生きるために必要な水と食料すらもう底を尽きかけてる。最悪、ここで数年を過ごすことになるのだから、タケルやクシナダ、現地の人間の協力があった方が得策よ」
「それはそうですが。しかしこんな怪しい奴らでなくても」
「怪しい、怪しくないの基準は何? 今後この星の人間を会うたび会うたびそうやって審査する気? そんなことをしていたら、いつまでたっても協力者は得られないわよ」
鶴の一声は効果的で、プラトーも最終的には僕たちの乗船を許可した。「怪しい動きをしたら即放り出すからな!」とは脅されたが。
その程度のことで、今の僕はへそを曲げたりしない。ロマンを前にして、その程度の些事など気にもならない。僕は、宇宙船の中にいるのだから。
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