人類が踏み出していた大いなる一歩
第67話 ロマンとの遭遇
今更の話ではあるが、僕は元の世界でレンタルビデオ屋のアルバイト店員をやっていた。その関係と、復讐が終わってから有り余る時間が生まれたのと、店員は割引料金でレンタルできるということもあって、色んな作品を見る機会があった。ファンタジー、コメディ、ホラー、アクション、サスペンス、アニメ、ラブストーリー、邦画に洋画とジャンルは選ばずいろいろ見た。多分、話題作は大体見ていると思う。
そして当然、SFの分野も見ている。宇宙人との友情を描いた、自転車で空を飛ぶシーンが有名な作品、遠い昔の遥か彼方の銀河系で繰り広げられる正義と悪の戦いを描いたアクション物、宇宙船という密閉された空間で宇宙人に襲われるパニックホラー、地球を侵略しに来た宇宙人との全面戦争、中には事故で人が宇宙人に変貌してしまうという作品もあった。映画によって様々な姿で描かれる宇宙人たちは作り手たちのイメージがもろに反映されているから結構面白い。
さて、なぜ今更こんなことを考えているかというとだ。
「大きいわね」
隣でクシナダが興味津々、といった感じで目の前に鎮座している『それ』を見上げている。
『それ』は山の斜面に突き刺さっていた。うっそうと生い茂る木々や好き放題に伸びていた雑草を、根元の土ごと掘り返して削り取ってきた跡が遠くから続いている。どうやら空から飛んできて、勢いを殺しきれずに斜面を削りながらここまで滑ってきたようだ。飛び出している部分だけでもビル五階分くらいあるから、埋まってる部分も合わせるとかなり巨大な物体だ。普通これだけの物体が落ちてきたら、この辺りはクレーターになっていてもおかしくないのだが、そこは『それ』のほうがそうならないように操作したのだろう。
「ねえタケル。これは何なのかしら?」
クシナダが『それ』の側面に触れた。木材とも石材とも違う、彼女にとって未知の物質を撫でる。つるつるしてる、と楽しそうな声を上げ、彼女は矯めつ眇めつ眺めている。
海の時も思ったが、意外に彼女は恐れ知らずだ。まったく知らない物のはずなのに、平気で触わったりする。蛇神から受け継いだ鋭い感覚が彼女の感覚と連携しいて新人類級の勘の良さとなり、安全かどうかを理解ではなく本能による直感で区別しているとでも言うのか。確かに、重力から解き放たれた人類ではあるが。いつか検証してみよう。
「タケル?」
黙ったままの僕に、再び彼女が声をかけた。「ああ」と返事をして、今後の課題は思考の片隅に追いやる。確かに、今懸念すべきは彼女の超感覚よりもこっちだ。
「これに関しては、僕も実物を見るのは初めてだ」
「タケルも?」
「うん。そもそも、僕のいた世界にさえ、これほどの技術力は無かった」
「技術力、ってことは、これは人の力で作られた物なの?」
クシナダは改めて見上げた。
「おそらく、としか言えないけど」
自然界で見ること叶わない滑らかな表面。これ、一枚板か? 継ぎ目が分からないほどの加工技術で出来上がった金属板が表面を覆っている。ツルツルと顔が映りそうなほどの磨き上げられているのは、多分摩擦の低減とかそういう関係じゃないだろうか。想像はできるが、なにぶん詳しいわけじゃない。詳しいどころか未知との遭遇だ。
「すげえな」
抑えきれない胸の高揚。失われたはずのロマンを追い求める情熱が、肚の内からマグマのように溢れ出してくる。当然だ、男のロマンの一つ、宇宙船が目の前にあるのだから。ライトセイバーに憧れない男子がいようか、いや、いない。誰もが懐中電灯を両手で構え、フォースに目覚めたはずだ。
「珍しい」
クシナダが、驚いた顔で僕を見ている。
「そうだね。まさか僕も宇宙船を、しかもスペースシャトルとかロケットでもない、しかも円盤型じゃなくてバトルシップ型にお目にかかれるとは・・・・」
「違う違う」
苦笑しながらクシナダがひらひらと顔の前で手を振った。
「戦う以外で、あなたがそんなに楽しそうなのが、よ」
「ん、そうかな?」
「そうよ。いつもつまらなそうな、口なんかいっつも真一文字で、目なんか半分閉じて、自分は世の中に興味などない、みたいな顔してるじゃない」
そこまでつまらない顔をしていたつもりはないんだけどな。
「でも最近、ちょっと分かってきたわ。タケルの表情というか、感情というか、そういうの。その兆候みたいなのに気づけば、意外とわかりやすいわよね」
単純な人間だと言いたいのか? それは少々心外だ。
「そっちは、初めて会った時とは比べ物にならないくらい感情豊かになったよな」
「え、そう?」
「うん。初めて会ったときは、それこそ僕より能面みたいだった。何一つ感情の浮かばない顔で「恨んでも良いから死んでくれ」って僕に言ったんだよ」
出逢った頃といってもまだ一年もたってないし、懐かしむほど前じゃない。けれど、その間に彼女は劇的に変わった。
「・・・そんなことも、あったかしらね」
遠い目でクシナダは彼方を見た。
「思えば遠くへきたものね。あの頃には、村の外に出て旅をしているなんて考えもしなかったわ」
もし僕たちが現れなければ、蛇神を倒すことが出来なければ、彼女たちはあの閉鎖された村の中で、一生蛇神に飼い殺されていたのだろうか。一生、あの何の感情も浮かばない澱のように澱んだ眼をして、生贄を捧げ続けていたんだろうか。
「村が恋しい?」
「少しだけ、ね。色んなものを置いてきたわけだし。今頃は収穫時期だなとか、冬支度とかやってるんだろうな、とか、考えたりする」
ホームシックだろうか、少し淋しげに眼を細めた。
「けど、後悔はないわ。旅がこんなに楽しいものだとは思わなかったから。あのまま村に残って、知らないまま死んでたと思うと、それこそゾッとする。だから、外に出て正解だったと心から思える。それに」
ちら、と彼女が僕を見た。
「何だよ」
「あなたといると、退屈しないもの」
にひひ、と悪戯っぽく笑う。こんな表情も出来るのか。
「どういう意味だよ」
「そのまんま、色んな意味で。なんていうの? 知らない事を知っていく喜びというか、知識が増えていく面白さというか、あなたといたらそういうたくさんのことを知ることが出来る。自分の中の世界が広がっていくの。それが、とても楽しい」
知的好奇心を追い求めるのは知的生命体に許された娯楽だ。彼女もその虜となったようだ。
「そう」
「あなたはどうなの?」
窺うように、クシナダが尋ねてきた。
「死ぬためにここに来て、蛇神から呪いを受けて死ねなくなった。女神との契約で、今まで化け物と戦い続けてきたわけだけど。あなたはどうなの? 元の世界に帰りたくなったりする? それとも、まだ死にたいと思ってる?」
改めて聞かれると、確かに最近の僕は目的を見失いかけている気がする。死ぬ、というのが当初の目的だった。それが紆余曲折を経て少し変わって、戦って死ぬ、にすり替わり、いつしか戦うことが目的になっている。もちろん、負ければ死ぬのだろうけど。だが、不思議と以前よりも死にたい願望は薄れている気がする。
やることがあれば人は生きていられる。この心にある虚ろな、ぽっかりとあいた空洞を埋めるものがあるから、僕はまだ歩いて行ける。あの神との契約は、僕を生かし、この世界に縫い留める。
「今のところ元の世界に戻りたいとは露ほども思わないね。あと、死にたい、というのも、今あんたが言ってたように、神との契約があるし。ほっぽりだす訳にはいかない。それに・・・」
「? それに・・・何?」
ちらとクシナダに目をやると、視線に気付いた彼女は首を傾げた。いや、なんでもない、と告げ、宇宙船に視線を戻しながら思う。意外と僕も、彼女との旅は気に入っているのだ。
多分、面と向かって言う事は無いけどね。少しだけ、感謝している。
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