第77話 仕方ないという言い訳に慣れてはいないか

 僕の言葉が相手の耳に届き、意味を頭が理解し、目を驚愕に見開く前に。

 あらかじめ緩められていた拘束から腕を解放。手の中に隠していた閃光弾を中空へ放り投げる。一拍おいて、破裂。激しい閃光と爆音がこの場にいる全員の体を打ちつける。

 部屋にいる全員の聴力と視力が戻り動揺が収まる前に、僕は移動する。あらかじめ変形させて隠し持っていたナイフを抜き、目の前の人物の首筋にあてがう。

「なるほど、考えたな」

 ナイフの刃が首に当たっているのも構わず、感心した様にその人物は言った。

「確かに暗殺の予行演習たりえるな。ジョージワード閣下もおそらく、破滅の火を目視で確認したくなるだろう。疑り深い所があるからな」

「艦長!?」

 全員の視線が僕たちに向く。

「動くな!」

 叫んだのは僕ではなくハワードだ。彼は味方であるはずの兵士たちに向けて銃口を向けている。その隣でクシナダも彼の真似をして弓矢を構え、空気の翼を展開していた。

「どういうことだハワード! 貴様、裏切る気か!」

「俺は裏切ったつもりはない! 俺が守るべきは、忠誠を誓ったアトランティカ王国だ! ジョージワードはそのアトランティカ王国を危機に曝している。そんな男の命令に従うことはできない!」

 ナンバー4(仮)に反論するハワードを見て、一番驚いているのはカグヤたちだ。

「タケルもさっき言ってたけど」

 クシナダがハワードの言葉と心情を補足する。

「彼らも迷ってたの。本当にこれが正しいのか。でもそういう王家とか? 政治とか? 上位の人間の考えって伝わってなくてよくわかんないらしいのよ。だから代わりに教えてあげたの。そしたらこれ、この通り。星に残ってる連中も味方するって。これ終わったら迎えに行ってあげてね」

「他の連中・・・? まさか、あの戦闘機に乗っていた者たちのことですか?」

「うん。全員脱出してたみたい」

 さすがクシナダ。余計なことは伝えずに結論だけを伝えたな。実際は、素直に話を聞いてもらえるように強制的に武装解除させてもらってからになるが。そんなややこしい所を話しても時間の無駄だし意味がない。必要なのは、味方が増えたという事実のみだ。

「さて艦長。ありきたりな話で申し訳ないが、全員に武器を捨ててもらうよう言ってもらえないか」

「確かにありきたりだが、当然の話でもあるな。で、貴様は儂らに何をさせたい。ジョージワード閣下の暗殺、と言っていたが」

 本当は違うが、目的には近づくだろう。

「そんなところだ。そのためにはあんたらに協力してもらわないといけない。だからこうしてお願いしている」

「お願いなどと、そんな殊勝な態度には見えないがな」

「未開惑星との文化の違いってやつだ。さあ、部下に命じてもらおうか。後、カグヤたちも解放してくれ」

 そしてラグラフはため息一つついて。

「総員、『構えろ』」

 忠実な部下たちは一糸乱れぬ動きで僕たちに銃口を向けた。想定外の答えに眉を顰める。ハワードが銃を構えながらもたじろいで一歩下がった。

「どういう事かな。艦長ってのは、皆にそんなに好かれてないのか」

「上に立つ者が好かれることは無いな。偉そうに部下をこき使う訳だから」

 苦笑しながらラグラフは答え

「インディウム」

 青服の一人に声をかけた。立ち位置からナンバー2だと思われる。

「儂が死んだら、分かっているな? その瞬間からお前が艦長だ」

「承知しました」

 本気だな。敵には屈しない。どんな交渉にも応じない。そういう気構えか。インディウムの返答に満足して頷き、次いでラグラフは僕の方を向いた。

「破滅の火を飲んだというのは嘘なのだろう?」

 半ば確信を込めた問いだった。ごまかしは出来ないかな、と思って正直に答える。

「ああ。良くわかったな。もしかして、最初から疑ってたのか?」

「いや、途中からだ。どうもハワードの様子が普段と違ったのでな。何か企んでいると睨んでいた」

 表情や雰囲気からそれを読み取ったってのか。自分じゃ嫌われているなんて嘯いているが、そんなことは全くないのだろう。部下一人ひとりの様子の違いを見分けられるほど部下と接している男が、嫌われるわけがない。それなら彼らの気構えにも納得がいく。尊敬し、信頼している艦長だからこそ、彼らは一切の迷いも躊躇もなく命令に従うのだ。部下に好かれ、頭が切れて度胸もある。誰もが思い描くような、SF映画の艦長像じゃないか。敵に回すと厄介だ。

「さて勇敢な男よ。たった一人で乗り込み、儂の首に刃をかけたこと、敵ながら天晴れ、見事な策略だ。だが、ここまでだ。儂は人質足りえない。艦長が部下の足を引っ張るなどあってはならないからな。彼らは躊躇なく引き金を引き、儂ごと貴様を蜂の巣にするぞ? 嘘だと思うなら、試してみるか?」

 宇宙の果ての星でも穴だらけにすることを蜂の巣と言うのかと、妙なシンパシーを覚えつつ、言い返す。

「お褒め頂き恐悦至極だ。だが、あんたがそこまで言ってくれる僕の作戦が、これだけだと本気で思っているのか?」

 ラグラフが肩越しに僕の目を見た。僕の真意を推し量るように。

「僕と一緒に来た彼女、クシナダというんだが、彼女には特殊な能力があってね。ちょっと目を凝らして彼女を見てもらいたい。老眼だったらメガネを用意した方がいいかな?」

「安心しろ。両目とも視力は二.〇だ」

 そう言ってラグラフがクシナダに視線を移した。

「む、なんだ、あれは、透明な翼か?」

「そう、空気で出来た翼だ。彼女は大気を自由に操ることが出来る。彼女はその翼から圧縮した空気を吹き出すことで空を飛ぶことが出来る」

「生身で飛べるのは素晴らしいことだが、それと何の関係がある? 飛んで逃げるから大丈夫とでも言うのか?」

「最後まで聞いてくれ。圧縮できる、というのがポイントなんだ。例えば、空気がぱんぱんに詰まったタンクを銃で撃つとどうなる?」

 そこまで言ったところで、ラグラフがにやりと笑った。

「破裂する。そういう事か」

「察しが良くて助かる。目には見えないが、今この部屋には大量の空気の塊が存在する。特に僕たちや、僕たちが通ってきた通路にはね。多分全員を巻き込んで余りある威力があると思うよ。僕たちが人質に取っているのはあんただけじゃない。この場にいる全員だ。嘘だと思うなら、試してみるか?」

 しばし、ラグラフと睨み合う。僕の予想では、こういう人種は自分以上に他人の命を尊ぶ。部下を無駄死にさせるようなことは無いはずだ。

「一つ聞きたい」

 先にラグラフが口を開いた。

「何かな?」

「どうして、貴様は姫の味方をしている。この戦いは、極論を言ってしまえばアトランティカの御家騒動だ。遠い星に住む貴様たちには全く関係のない話ではないのか?」

 人を試すような問いかけだ。どんな答えを期待しているのか知らないが、僕の答えはいつもの通り。

「味方をしているわけじゃない。その方が僕に都合が良いから協力している。僕の目的である、敵に出会えそうだからだ」

「敵、とな? それは、善の心に従い巨悪を倒す、という意味なのか?」

「そんな大層な目的も思想も持ってた覚えはないよ。善悪なんて立ち位置でコロコロ姿を変えるようなもんを自分の中心に据えられない。本当にしっかりと大地に足付けた聖人君子みたいな人間が言うなら話は別物になってくるけどね。残念ながら僕はそうじゃない。それはあんたもだろう? だからあんたは、今カグヤたちと敵対しているんだ。立ち位置が違うから」

 そうだな、と彼は頷く。

「僕は、ただ僕の為に敵を倒す。正確には色々と契約やら約束やらあるんだけどね。でも理由としては充分だろ?」

「自らの欲望に忠実に生きているという訳か。私情を交えず、命令を忠実に実行する儂ら軍人には理解出来んな」

 表情を変えずにラグラフが言った。だがその言葉には侮蔑が込められていた。理解されようとは思わないが、言い返しておく。欲望のまま、好き勝手に言いたいことを言うのが僕だ。

「『出来ない』じゃなくて『したくない』の間違いじゃないのか?」

「どういう意味だ?」

「命令に従うのが軍人の仕事なんだろうけど、それは命令する相手が間違っていたとしても実行する訳だろ? それってつまり、あんたらはあんたらのしでかした不始末はあんたらの責任じゃないという逃げ道を作っているに過ぎないんじゃないのか」

 その場にいた兵士が全員絶句し、次の瞬間には顔を怒りに染めていた。ラグラフだけが涼しい顔で次の言葉を待っている。

「確かに兵隊は大変だ。無茶な命令もあるだろうし、理不尽なものもあるだろう。今みたいなね。けど、命令って無理難題は、裏を返せばその責任は自分が取らなくていいっていう免罪符にならないか? これは、物理的な面でも、心理的な面でも。カグヤは人を傷つけるのはとても恐ろしいことだって言ってた。おそらくそれが普通の人間の感覚なんだろう。けど、命令ってのは、その感覚を薄れさせてないか? 正当化させてないか? 命令だから仕方ない、任務だから仕方ない、そう思ったことのない奴がいるなら違うと言って否定してくれ。僕はすぐさま土下座して謝るよ」

 たっぷり十数秒まったが、誰一人として声を挙げなかった。つまりは、これが今のアトランティカ兵士の心境だ。王家に刃向うのは心苦しい。しかし、命令だから仕方なく敵対しているってことだ。

「参ったな」

 ポリポリとラグラフが頭を搔いた。

「戦う事しか知らない野蛮人かと思いきや、なかなか口も達者ではないか。ハワードたちが反旗を翻したのもわからんではない。今も、貴様の言葉で揺らいだ人間がいるだろうな」

「ついでに、あんたも僕の演説に感動して涙を流しながら反旗を翻してくれると大いに助かる」

「悪いが、そんな青臭い熱さはとうの昔に置いてきたわい」

「そうか。じゃあ、やっぱり殺し合うか。どっちかが滅ぶまで」

「待て。貴様の思っている通り、儂もこんなことで部下を失うのは嫌なのでな。だから、賭けをしないか?」

「賭け? 一体何をかけるの?」

「貴様が勝ったら、儂は貴様に協力しよう。儂が勝ったら破滅の火を渡せ」

 儂、としか言わないところにラグラフのしたたかさが見えるが、良しとしよう。この提案を引き出しただけでも充分だ。

「分かった。じゃあ、勝負方法はどうする?」

「一対一で、儂と戦え」

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