第78話 グラディエーター
予想外の事態だ。賭けをしようという提案もある意味予想外だったが、その勝負方法がガチンコのタイマンとは。
「どうした? 敵と戦うことが貴様の望みなのだろう?」
ラグラフは楽しげに問うてくる。
「それともあれか? 老人である儂のことを気遣ってくれているのかな? それはそれは・・・」
侮ってくれる
次の瞬間、何かがラグラフから溢れた。ぞわりと総毛立ち、頭の中の警戒域が即座に振り切れて突破した。
ガシャン、と後ろで誰かが銃を取り落した。ラグラフから溢れた何かは僕だけではなく他の連中にも影響を与えたらしい。横目で見れば、クシナダもラグラフに矢を向けている。彼女も、目の前の兵士全員よりもこの男一人の方が脅威だと判断したらしい。その目は油断なくラグラフを見据え、いつでも矢を放てるようにして最大限の警戒をしている。
僕は、この何かを知っている。実際にあてられたことがあるからだ。
強大な力を有した化け物共が与えてくるプレッシャー、威圧力、漫画風に言うなら闘気とか殺気とか、そういった類の自分の力を戦わずして相手に知らしめる物だ。それをラグラフは全身から漲らせて周囲に振り撒いている。
侮るなど、とんでもない。
「相手にとって、不足なんか全くなさそうだ」
正直に伝えた。不足どころか、有り余りそうな感じだ。
「同じセリフを返そう。儂も久々の対人戦闘に年甲斐もなくわくわくしておる」
振り撒かれていたプレッシャーが嘘のように霧散する。そして、今度は兵士たちに命じる。
「総員、武器を降ろせ! 聞いての通りだ。これより儂はこの者と一対一で戦う。戦士の誇りを賭けた、神聖なる決闘だ。邪魔することは許さん」
「か、艦長!? 本気ですか!」
悲鳴を上げたのはインディウムだが、他の面々も同じ心境らしい。表情が物語っている。
「本気だ。それに、こうでもしなければこ奴らは今すぐ、この場で戦闘を始める気だったぞ?」
これは事実だ。空気爆弾の脅しにも屈しなかった場合、最終手段としてこの艦を乗っ取るつもりだった。これだけ巨大な母艦なんて、いくら科学の発達した星だろうが、そんなにたくさん製造しているわけがない。その母艦が音信普通になったらさすがに誰かが様子を見に来るだろう。その誰かをだまし討ち、音信不通にする。するとまた別の誰かが派遣されてくる。それをまた同じように討つ。大物が連れるまでそれを繰り返すつもりだった。
「完全に後手に回った儂らが、艦を無傷で取り戻すことなどできなかっただろう。それほどの強敵なのだ。奴らの強さを認め、次は無いと儂ら自身の戒めとせねばならん」
さらりと、自分が勝つことが当然のようなセリフを言った。
「それとも、儂が負けると?」
さらりどころではなく、直接的なことを言った。それだけ自信があるのだろう。インディウムたちも同じくラグラフが負けることなど予想していないらしく、滅相もないと首を横に振った。
「我々としては、その後のこと、この男が敗れたとして、仲間の女が約束を反故にすることを危惧しておるのです」
「心外ね。約束は守る方よ」
ほら、とクシナダが武器を降ろし、背中の翼を消した。ほ、と全員が息をつく。爆弾が目の前から無くなったと思っているらしい。
「お嬢さんは大人しく従ってくれたぞ。お前たちも倣わないか」
兵士たちもようやく武器を降ろした。
「話は決まったな。では儂の後についてこい」
ラグラフが部屋を出ていく。僕もナイフを通常の剣に戻し後に続こうとした。
「ちょっと、どういう事なんですか!」
カグヤが僕の肩を掴んで引き留める。どうやら解放されたらしい。彼らの目的はあくまで破滅の火だから、彼女を捕らえておく必要が無くなったからだろう。武器さえ取り上げてしまえばどうとでも対処できるし、やはり元王家の人間を捕らえ続けるのは良心辺りがいたんだってとこか。
「どういう事、と言われてもね」
「ハワードたちを言いくるめて、味方にしたのであれば! 彼らの協力をもって破滅の火を守る方が最優先だと分かっていたでしょう!?」
「それは無理だ」
「何故ですか! 理由を教えてください!」
「あいつらの頭の中にあるのは最後の王族であるあんたを守り、ジョージワードを打倒することだからだ。破滅の火は二の次三の次だよ」
兵士として、男として。守るなら無機物よりも可憐な少女の方が気合が入るに決まっている。それが男というものだ。話の骨組みは既にできていた。後はそこに肉付けをするだけで良かった。これまでは秘宝持ったまま逃走した姫を探して捕らえるという単純な図式。脚色後はジョージワードの卑劣な策略によって王位を奪われた哀れな姫君が、それでも挫けることなくただ滅びるだけの運命に抗い、悪の野望を打ち砕き宇宙の平和を守る為に奮闘しているストーリーに、だ。まあ、そういう流れに持って行ったことは否定できないが。
「説得材料としてはあんたを引き合いに出した方がやりやすかったんだよ」
「虚言で彼らを巻き込んだというのですか。こんな絶望的な戦いにっ」
ぎり、とカグヤが奥歯を噛み締める。
「彼らは自らの意志であんたに協力すると言い出したんだ。そこは尊重したらどうだい? どちらを守るにせよ、味方は必要になるしね。そっちこそ何を考えている? あんたが今言ったように、戦況としては絶望的なんだ。そっちこそ、使命を全うする為にあらゆるものを利用するくらいの気概を持ったらどう?」
「わ、私は!」
「私は、何だよ。民を傷つけたくない、とかまだそんな愉快なこと言うんじゃないんだろうな? もう遅いんだよ。戦端は開かれているんだ。そのセリフは、ジョージワードの策を事前に見抜いて、こうなる前に手を打てて、初めて言えるんだよ。すでに多くの人間を傷つけているんだ。その自覚すら無いのか?」
「あります。嫌というほど。それでも、いや、だからこそ被害も犠牲者も最小限に抑えたいのです。あなたは味方が増えたと言いますが、それは、彼らにこれから同族を撃てと言っているのです。そちらこそ、それを理解しているのですか」
堂々巡りの回る会議だ。何も生まないし進まない。生まれるとしたら疲労感だけだ。
「何回か聞いた気がするけど。もう一回聞くよ。なら、どうする?」
「それは!」
少し待ってみたが、彼女から答えは返らない。悔しげに僕を睨みつけるのみだ。代わりにプラトーが近づいてきた。
「姫様、そこまでです。今は言い争いをしている時ではありません。貴女にとっては不服かもしれませんが、タケルたちの登場で流れが変わりつつあります。ここは怒りを抑え、乗るべきかと」
「しかし、プラトーっ」
なおも言い募るカグヤを押さえて、声を潜め、プラトーは言った。
「監視は緩くなっています。奴らにとって、すでに破滅の火は腹の中。これは余興にすぎないのです。タケルが勝とうが負けようが、どうでもいい。目的は果たしているも同然なのですから。しかし、その油断を突くことも出来ます。私たちが自由に動けるのと動けないのとでは今後の行動が大きく異なります。必ずチャンスは来ますから」
どうか今は。そうプラトーに諌められ、納得いかないまでもカグヤはようやく引き下がった。それを見届けてプラトーは僕に向き直った。
「助けに来てくれたことは素直に感謝している。しかし、これ以上姫を侮辱するような、無礼な発言は断じて許さん」
「そいつは悪いね。これまで好き勝手言いたいことを言ってきたもので」
「その口先がここからは通用しないことを肝に銘じておけ。最初に言っておくが、奴は強いぞ」
だろうね。言われるまでもなくわかる。見てはいないが、間違いなく地図上に赤い印が出たはずだ。
「長きにわたる戦争で、奴が挙げた武勲は数知れず。軍の指揮だけではない、個人の戦闘力においてもすさまじい戦果を誇る。たった一人で敵拠点に潜入し、壊滅させたという話もあるのだぞ。誇張ではなく、アトランティカと敵対した連中はラグラフ一人を恐れたのだ。そんな男を相手に勝算はあるのか?」
「こればっかりは、戦ってみないと何とも言えないね。勝てるかどうかは僕次第だ」
僕が辿り着いたのは、艦の最下層。長い航海でなまらないように、兵士たちが体を鍛えるための訓練施設が備えられていた。その施設の最奥に、模擬戦闘用の四角い空間があった。吹き抜けの二階建てで上階は観覧できるようになっている。ローマのコロシアムみたいな感じだろうか。僕とラグラフだけが一階で向かい合い、他の連中は全員上に上がった。みたい、じゃない。まんまコロシアムだ。
「ルールはどうするね」
ラグラフが言った。黒いコートを脱いで、アメコミのヒーロースーツみたいなぴっちりした服装をしていて、体型もアメコミヒーロー級のマッスルボディだ。俗に言う所の『脱いでも凄い』という奴だ。
「ルール、というと?」
「勝敗を決する決め手や、武器使用のルールなどだ。例えばどちらかが戦闘不能になったり、降参したら終了、飛び道具は無し、武器無し等か。後は制限時間を決めたり、ラウンド制にしたり、といったところか」
そうだなあ。そんなこと考えたこともなかった。初めての人間同士の戦いっぽいやり取りだ。これまで問答無用のどっちかがくたばるまでだったし。だから、ここは僕の慣れている方法でお願いしよう。
「時間無制限で、武器は好きな物を何でもどれでも。禁じ手無しのルール無用がルールってことで。勝敗は、生死は問わずどちらかが戦闘不能になるまで。これでいいかな?」
「問題ない」
ガガガ、と背後にあるシェルターみたいな扉が閉まった。
「これで、勝敗が決するまでは誰も入ってこられない。また、どれだけここで暴れても、外部に影響はないから安心してくれ。・・・さて、始めるか」
ごう、とまるで突風が吹いたかのようにラグラフから再びプレッシャーが叩きつけられた。ラグラフが構える。どことなく空手かボクシングのスタイルに似ていた。両拳を握り込み、脇をしめて、こちらに相対する。僕に武器を使えと言っていたのに、そっちは素手なのか? そんな僕の疑問を察したラグラフが、少し照れくさそうに言った。
「儂は武器の扱いが苦手でな。これで相手をさせていただく」
そして、言葉だけその場に残してラグラフが消えた。反射的に自分の左側に剣を構えた。
ズドムッ
音が後からついてきた。いつの間にか僕は壁に激突していた。
視線を僕が元いた場所に向ける。そこには拳を繰り出したままの構えのラグラフがいた。目で追えないほどの恐ろしい速さで接近し、殴られたのだ。剣の腹で受け止めて直撃は防いだはずなのに、それでも弾き飛ばされた。防いだ手にしびれが残る。この速さと力があるなら、武器など必要ない。むしろ邪魔になる。奴の全身こそが凶器なのだ。
「生身で儂の初撃を防いだのは、貴様が初めてだ」
その割には嬉しそうにラグラフが言い
「それだけの脅威だ。容赦はせん。する余裕がない。殺すつもりでいくぞ」
表情を失った。敵を殲滅し尽くすまで止まらない機械がそこにいた。レンズのような無機質な目が僕を捕らえている。
「僕は、最初からそのつもりだ」
口元を拭い、僕は剣を構えた。
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