第60話 死の宣告

「明日だと?」

「はい。新しい能力者が収監される、という情報を得ました。子どもたちの中に携帯電話や無線などの会話を傍受できる能力者がいます。その子からの話ですから間違いないでしょう」

 壁に耳ありどころの話じゃないな、と百々瀬は感心した。もしその能力があれば、自分の泥棒稼業はもっと楽になる。警察無線を傍受できるからだ。

「次は自分たちの番だ、そう覚悟を決めて、いや、違いますね。諦めていた僕たちの前に、モモセさんが現れた。一縷の望みが出てしまったんです。だからお願いです。せめてエルや、子どもたちだけでも逃がしてやれませんか」

「ちょっと待て」

 頭痛をこらえるように額に片手を当てて、百々瀬は前のめりのサレムを空いた方の手で押さえた。

「色々とおかしいだろうが。勝手に人を呼び出して助けろだと? 引き受けるわけないだろうが」

「お怒りはごもっともです。ですが」

「違う、いや、違わないが、それだけじゃない。お前は舐めてんだ」

「舐めてる、とは? 辛酸ならかなり舐めましたが」

「そういうことじゃない。上手いこと言えなんぞ言ってない。脱出させてくれなんて簡単に言ってくれるが、どれだけ難しいか一つもわかっちゃいないってことを言いたいんだよ俺は。

 ここは能力者を隔離するために作られたんだろう? なら、それ相応の設備があるってことじゃねえのか? 壁が分厚いのも当然だろうし、ロックだって厳重のはず。監視体制だって厳しいだろう。今こうして話していることだって筒抜けかもしれない。一応周りを見渡してカメラとかないことは確認したけどな。また、ここに勤める人間も気にしないといけない。能力者相手にするんなら、監視員は武器を携帯しているはずだ。軍隊なり警察なりにいた経験者が大勢いるはずだ。そいつらが見張ってる中を、足手まといのガキを何人も連れて逃げ切れると思うのか?」

「それでも、やってもらわなければなりません」

 サレムとて、困難さは重々承知していた。それでも実行に移さなければならない。家族にすら捨てられた子どもたちと、その子らをケアするイスラとヤス先生と、唯一の肉親であるエルを守らなければならない。そのためならば、自分はどんなことでもする覚悟がある。百々瀬の恨み言や文句などそよ風と同じだ。

「それに、モモセさんに拒否権はありません。あろうはずがありません」

「面白え。何故か理由を言ってみろよ」

「今ここにいる、ということは、あなたも能力者だと言っているようなものですから」

 先ほどのサレムの話だと、大多数の人間は能力者個人ではなくそのカテゴリに属しているかいないかで判断する。であるなら、能力者がいるべき場所にいる人間は全て能力者だという認識になる。百々瀬がいくら能力を持っていないと叫ぼうと、持っていない人間がこの監獄にいるはずがないので、その訴えは却下される。

「このままでは、俺も明日までの命だ、そう言いたいわけか?」

「はい。それに、ここから脱出するのに、僕たちの情報をあなたは欲しているはずです。取引できる情報だと思っています」

「俺は悪党だ。その情報を引き出すだけ引き出したら、俺が裏切らない保証など何一つない。泥棒は、嘘を吐くのも仕事だからな」

「いいえ、それこそありえません」

 はっきりとサレムは断じた。

「だってあなたは、良い人だから」

「は?」

 何を言いだすのやら、と百々瀬は呆れた。だが、サレムは大まじめな顔で続けた。

「モモセさん。能力を持って生まれた子どもたちには共通した特徴があります。それは、人の本性を見抜く力です。自分の身を守るために本能に近い部分で、敵か味方か、良い人間か悪い人間かを直感的に見抜くのです。その子どもたちが、あなたから全く逃げようとしなかった。恐れるどころか、むしろ自分から近寄るほどあなたに気を許している」

「おいおい、そんな不確かなもんで信じるのか? 言ったはずだぞ。俺は、悪党なんだって。元の世界では警察に追い掛け回される身の上だ。そんな奴が良い奴なわけあるか」

「法律上の善悪は関係ありません。大体この世界の法律は僕たちにとって害悪以外の何物でもありません。そして、あなたが自覚しているあなたの性格も、子どもたちにとっては関係ありません。人を見抜く子どもたちが善だと判断すれば、あなたは善人なのですよ」

 百々瀬の脳裏に、元の世界のニュースが思い出され、苦い顔をする。悪ぶってんじゃねえと言われるのが嫌いなのだ。思い当たることがあるようですね、とサレムに知ったように言われたのでなおの事腹が立つ。

「それこそありえねえ。だって俺は、他の人間が大嫌いだからだ。対人恐怖症ならぬ、対人嫌悪症だ。そんな俺が、ガキどもを助けるヒーローになんぞなれるわけないだろうが。そのへんガキどもは見抜けなかったか?」

 百々瀬が持つ致命的欠陥にして、彼を社会不適合者足らしめている性質だ。そして彼にとって、助ける気はないですよ、頼らないでくださいねという意思表示のための切り札だった。だが、サレムは慌てることなく「どうして嫌いなんですか?」と返した。

「俺を含めて、人間は汚ねえ奴ばっかだからだよ。右を見ても左を見ても悪党ばっかりだ。ガキの時から、そういうのが何かわかっちまうから、俺は人間が大嫌いなんだよ」

 この時百々瀬は、自分が今話したことが、先ほどのサレムの話と似ていることに気付いていない。気づいたのは表情を崩さないサレムと、後ろで聞いていてハッとした表情のイスラだけだ。そのことには触れず、サレムは言う。

「僕は、子どもたちの感覚を信じます。だから、あなたに情報を渡そうと思う」

 にこりと、笑顔で。

「サレム! あなた本気?」

 イスラが声を荒げて詰め寄るのを、サレムは押しとどめた。

「わかってるの? その情報の有効性は一回こっきりなのよ? 一度使えば、あいつらにばれる。二度と同じ方法は使えなくなる。それを、こいつに使う気なの?!」

「大丈夫」

 静かに、強く、サレムはイスラと、その腕の中にいるエルと、百々瀬に向かって言った。はんっ、と百々瀬は鼻で笑ってそっぽを向いた。

「好きにすればいい。俺はそれを勝手に使わせてもらう」

 噛みつかんばかりの形相でイスラが百々瀬を睨んだ。

「ついてくるなら、勝手についてこい」

 そう言って百々瀬はつまらなそうに顔を背けた。サレムは「はい」と素直に返事した。

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