第61話 割れる
「まずは、ヤスじいに会ってもらいましょう」
一応、共に逃げることになった百々瀬に、サレムは提案した。
「医者であり、僕らの相談役です。彼の能力は『インスタント診断』。その人の体調も診れますし、その人がどんな能力を持っているかまでわかります」
「俺が会ってどうすんだ。俺は能力者という訳じゃないぞ」
「モモセさんは異世界の方です。今は普段通りですが、この世界の空気や何らかの細菌、病気にいつのまにか感染している可能性も否定できません。検査の意味も込めてぜひ受けてください」
僕は先に行って、ヤスじいと話してきます。エルと手をつなぎ、サレムは先に行ってしまった。残ったのは百々瀬とイスラだ。
「能力ってのは色々あんなぁ。けど、どうして、能力者ってのは迫害されるんだ? その爺さんのもそうだし、エルの能力も、使い方によっては役に立つ。病気を治す能力だってあるらしいじゃねえか」
「役に立つから、優れているからでしょうよ」
吐き捨てるように言ったのはイスラだ。
「あんたが言うように手術なしで怪我も病気も治してしまう能力者は、医者にとって商売の邪魔にしかならない。相手に頭の中を読まれて困らない人間などいない。その価値でなく、その価値を自分が持たない、ということに、人は恐れるわ」
「ふうん」
どうでもよさそうに百々瀬は言う。事実彼にとってはどうでも良い。自分以外のことはほとんどどうでも良いのだ。ある意味、百々瀬は希少な感覚を持つ方だ。イスラたちがどのような能力を持っているかも知らないのに、平然とした顔でついてくる。ちょっと脅しつけるつもりだったイスラは、暖簾に腕押しといった百々瀬の態度にむっとした。
「私も、あんたくらい簡単に殺せる能力をもっているのよ」
「ああ、そうかい」
「本当よ? 私の能力は『ライト=ボルト』。電流を体内で生成して、自在に操ることが出来るの」
軽く指を鳴らす。彼女の周りをバチバチと雷光が走る。
「このとおりよ。いい・・・」
これを見ればさすがに百々瀬も怯えるに違いない。そう思いイスラが振り返った先に、百々瀬は既にいなかった。さっさと先へ行ってドアをくぐろうとしている。
「ちょっと!」
一足飛びに追いつく。閉められようとしたドアノブを掴んだ。ドアを挟んでイスラが怒鳴る。
「あんた! ふざけてんの!」
脅しつけて言うことを聞かせようとしたのに、当の本人は恐れるどころか無視して行ってしまうなど、こちらは間抜け以外の何者でもない。
「ふざけてんのはそっちだろ。この時間が無いってぇ時に、てめえのパフォーマンスなんぞに付き合ってられるか」
百々瀬は自分より頭一つ分低い彼女を見下ろした。
「てめえがどんな能力もってようが知ったことか。俺にとって重要なのはてめえが味方かどうかなんだよ。てめえ脱出する気あんのか?」
「あ、あるわよ! 当然でしょうが!」
多少動揺しながらイスラは言い返す。
「じゃあ、いちいち突っかかってくんな鬱陶しい」
ドアを手放して、百々瀬はすたすたと行ってしまう。後に残ったのは、呆然とするイスラだけだ。はっと我に返り、急いで百々瀬の後を追う。
「ほいほい、お前さんがエルの王子様か?」
百々瀬に会うなり、ヤスじいはからかうように言った。白い髪を後ろになでつけた、すらっとした紳士だ。わざとらしく老眼鏡をかけ直し、覗き込むように下から百々瀬の顔を見上げる。
「クソ爺、ケンカ売ってんのか?」
「おお怖。じゃあ、ちょいと診てみようかね。そこに座んなさい」
百々瀬を丸椅子に座らせて、自分も向かいの椅子に座る。
「ほい、こっち見て。そう、じっとして」
ヤスじいが右手を差し出す。その手の先がぽうっと灯る。
「うおっ」
「そんなに怯えなさんな。痛くもなんともない。少しまぶしいだけだよ」
ヤスじいの手が百々瀬の額に触れる。すると、明かりが百々瀬の額に移った。明かりはそのまま広がり、彼の体を薄い膜となって覆った。
「病院にあるMRIのようなものだよ」
そう言いっている間に、明かりは頭のてっぺんから消えていく。百々瀬の足の先まで消えたところで、ヤスじいが「はい、終了」と柏手を打った。
「うん、全然問題なし。骨も丈夫で歪みなし、内臓も綺麗。虫歯もない、疾患なし、多少擦り傷があったものの、かさぶたになってて、もう一日、二日で治るだろう。健康そのものだね」
この短時間で診断されたことに驚きつつ、確かにこれは病院や医療機器メーカーの敵だと百々瀬は感じた。最先端の医療機器、その開発費、販売利益、検査で人々から得られる利益が、全て無に帰す。
「じゃあ、一緒にエルちゃんも検査しようね~」
好々爺となったヤスじいは、後ろでおとなしくしていたエルに向かって手を振る。エルも嬉しそうに手を振りかえす。
「あのガキも? どっか悪いのか?」
百々瀬が尋ねると、ヤスじいは一瞬顔を硬直させた。百々瀬は気づかなかったが、彼の背後にいるイスラの顔が苦痛を受けたように歪み、サレムの笑みが固まった。
ヤスじいはすぐにもとのにやけた顔に戻った。
「ああ、検査だよ。君を召喚したことで、この子からは能力が失われている。能力が失われることで、どんな作用があるかわからないからね」
そんなもんか、と百々瀬は簡単に引き下がった。
「そんなもんです。じゃあ、はい。男どもは出て行ってね。レディの検査をするんだから」
そう言って百々瀬とサレムを追い立てる。あとでね、と百々瀬に向かってエルは手を振った。
「で、どうなの?」
ドアが閉じられたのを確認して、イスラが尋ねた。百々瀬を調べたのは、彼が能力を持っているのか調べるためだ。彼の、子どものころから人が嫌いという話は、まるっきり能力を持つ子どもと同じ感覚だからだ。その能力は大人になれば鈍化して、いずれ消えていくものだが、稀に消えない例もある。本人の能力が極めて強力なパターンだ。かつて、その能力で悪逆の限りを尽くし、全世界を敵に回した最高ランクの能力者は、長期にわたり人の悪意に曝され続けたあげくに狂ってしまったと言われている。
「ふむ、微妙、じゃのう」
ヤスじいが椅子に座り込む。
「微妙って何よ。あいつには能力があるの? ないの?」
「有る無しで言えば、ある。間違いなく。ただ、その効果が良くわからん」
頭をかいて、自分の脳に蓄積された情報を吟味する。ただ何度吟味して、反芻して、これまで幾人もの能力を見てきたヤスじいですら、百々瀬の能力は良くわからない。
「彼の能力なんだが、彼が本気を出すと」
「本気を出すと?」
「割れる」
または分解、分割、とヤスじいは割れる、分ける、の類義語を列挙していった。
「割れる?」
おうむ返しに尋ねる。二人は顔を見合わせる。意味がよくわかってないエルも二人の真似をして首を傾げる。
「割れるって、何が?」
「わからない」
「わからないって、何でよ。割れるってことは、何かを壊せるってことでしょう?」
「それもよくわからん。こんなことは初めてだ。いつもなら、医薬品の裏面に書かれている説明みたいに能力の詳細が出るんだが、言葉が並ぶだけってのは」
二人して頭を悩ませるが、答えは一向に出ない。
ごほっ ごほっ
イスラの隣で、エルが咳き込んだ。思考の迷路にはまっていた二人は現実に引き戻される。
「エル、大丈夫?」
小さな彼女の背中をさする。
「イスラ、ちょっと支えていなさい。はいエルちゃん、お薬、飲もうね。はい、あーん」
ヤスじいは素早く水を用意し、カプセルを取り出す。コップを両手で包ませて、開かせた口にカプセルを含ませる。エルは苦しそうに両目をぎゅっとつむったままコップの縁に唇を付けた。
「薬飲んだら、ちょっと寝ようね」
イスラがエルの頭を愛おしそうに撫でる。小さな喉を鳴らしながら頷いた。彼女を抱き上げて、イスラがベッドまで運ぶ。横になったエルは、すぐに小さな寝息を立て始めた。
「ヤスじい。あの子は」
ベッドに寝かしつけた後、イスラは一番大切なことを聞いた。険しい顔で、ヤスじいは首を振る。
「もって、後、半年、といったところじゃの」
半年。たった六歳の子どもの残りの寿命というには、あまりに早すぎる。
「あのモモセ君が救世主でないなら、残り一日じゃがの」
儂ら全員な、と自嘲交じりに笑えないジョークを飛ばした。
「大丈夫よヤスじい。あの子は私が守る。この身に変えても、どんな手を使っても」
「イスラよ。お前さんの気持ちはわかるが、そう気負うな」
彼女の肩に軽く手を置く。それを、イスラは勢いよくはねのけた。まるで汚物にでも触れられたかのような過剰な反応だった。茫然と、自分が払ったヤスじいの手を見つめる。完全に反射的なものだ。
「ご、ごめん」
「いや、儂が悪かった。すまん」
お互いに謝り合い、そして、どちらも大きなため息を吐いて椅子に座った。
「その、何だ」
気まずくなった空気を何とかしようと、年長者たるヤスじいは白髪頭をボリボリ搔きながら言った。
「エルの能力は間違いなく本人の希望を叶えているはずだ。だから、あのモモセ君にはそれだけの力がある、ということになる」
「でも、ただ割れるってだけでしょ? 何が割れるのか知らないけど。そんなの、ここから脱出するのにどうやって使うっての」
「ふむ、確かに、割れると言って思いつくと言えば、皿とか、そういう脆い壊れ物だの。ならば、能力自体に期待はできんか。それよりは、彼がこれまで培ってきた技術の方が役立とう。彼は、サレムの話じゃ泥棒だったそうじゃないか」
「ええ、ウソかホントか知らないけど」
「本当なら、今頃何か良い案でも浮かんでいるやもしれんぞ?」
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