第167話 オール・イン

『ぐ、く、おのれ。小癪な』

 ぶるんぶるんと二本の首を振るアジ・ダハーカ。細めていた目を大きく開く。奪われていた視覚や聴覚が戻ったらしい。そのでかい目と目が合った。

「よう」

『貴様・・・!』

 唸るが、怒りに任せて突っ込んでこないのは罠を警戒したためか。

 一度痛い目を見たら知恵のある生物はうかつには近づかない。人間以上の知恵を持つ化け物ならなおさらいろんなことを疑うだろう。罠にかかったら、また罠があるんじゃないかと勘繰る。奴からすれば僕のようなちっぽけな雑魚が、何の備えも無しに馬鹿みたいに真正面に突っ立っているわけが無い。周囲に神経を張り巡らせ、罠を見破る為に辺りを観察し、下手に動こうとしない。なまじっかプライド高いから、今度は見破ってやると躍起になってるところもあるだろう。

 それこそが罠だと気付くのは、いつだろうね?

「流石に、あの程度じゃ死にゃしないか」

『脆弱な人間と一緒にするな』

『あれしきの火遊びで我をどうにかできると思ったら大間違いだ』

「そうかい。なら、今度はもっと痛いのを叩き込むしかないな」

 アジ・ダハーカが口が裂けんばかりにアギトを開き、嗤う。

『人間如きが吠えよるわ!』

『一体どうやって我に傷つけるというのだ。眷属にさえ後れを取るお前らが!』

『我が鱗を傷つけることなどできはしない!』

『天地がひっくり返ってもありえんな。嗤わせよるわ!』

「天地がひっくり返っても、ねえ?」

 今度は僕が嗤ってやる。可能な限り奴に不快と取られるように、嘲笑う。

「なら、大昔に天地がひっくり返ったのは、そのご大層な鱗やその内側の肉、あんたの安いプライドをずたずたにされたからかな?」

『・・・何ィ』

「この街には大昔からの記録が残ってる。その中に、この地域一体で火山が噴火し、嵐が吹き荒れる、文字通り天地がひっくり返ったような天変地異が起きたとある。天変地異が収まった後に、クルサたちの先祖、ミスラと、あんたの半身であるドゥルジが出会った。あんたからすりゃ、この時期が人間とゲームを開始したって事になるんだろうけど、何か変じゃないか?」

 クシナダからアジ・ダハーカとドゥルジの関係を聞いた時に、変だと思ったのはここだ。

 ドゥルジの話では、ドゥルジとこいつが争ったから天変地異が起きた。けど、こいつとドゥルジは元々一匹で、ゲームをするために二つに体を分けたってことになる。

 人間とゲームをしたいなら、この地を荒らす必要が無いんだ。間違って対戦相手であり、食料である人間を全滅させたら本末転倒なのだから。

 では、なぜ天変地異は起こったのか。

「あんた、本当に『何か』とここで戦ってたんじゃないのか?」

 アジ・ダハーカから返答は無い。四つの目が忌々しそうに僕を見ている。

 僕の推測はこうだ。

 大昔、アジ・ダハーカは何かとここで戦った。それも、自分が深手を負うほどの相手とだ。レヴィアタンを殺したことで追われていたなら悪魔の軍か。いや、違う。ここでもドゥルジの話がヒントになった。ドゥルジはレヴィアタンの右腕を喰った者と名乗り、頭を喰った者と戦ったと話した。アジ・ダハーカが頭を喰った者のわけがない。元は半身なのだから、アジ・ダハーカも右腕を喰った者のはず。ということは

「頭を喰ったやつと、だな?」

 ぴくりとアジ・ダハーカが反応した。ビンゴだ。

「あんたはレヴィアタンの頭を喰った『もう一匹の化け物』と全身全霊を賭けて戦ったんだ。その影響によってこの地域で天変地異が起きた。そして、あんたは負けた。負けたやつは喰われるはずなのに生きてるって事は、逃げおおせたってことかな」

『黙れ』

「嫌だね。黙ってなんかやるもんか。僕は、僕が言いたいことを好きなだけ言う。後悔しないようにね」

 ここまで推測が続くと、体を二つに分けたというのも違う見方ができる。

「体を分けたのは、ゲームのためじゃない。トカゲの尻尾切りだ。あんたは、ドゥルジを切り離して敵の目をひきつける囮にしたんだ」

『黙れ!』

 嫌だっつの。推測を真として進める。

 アジ・ダハーカの敵は結局ドゥルジも本体も見つけることが出来なかった。もしかしたら、そいつ自身も大怪我で追いかけるどころの話じゃなかったのかもしれないが。

 生き延びたアジ・ダハーカは回復することにしたのだろう。せっかく分けた半身を上手く利用して、近づいてきた人間を操り、穢れなどの栄養を集めることにした。眷属を小出しにしてたのは、街の人間の成長度合いに合わせる理由もあったのだろうが、自分が回復しきってないからだ。

「暇潰し? 人間とゲーム? はっはぁ! 笑わせてくれるぜ大嘘つきめ。全部後付けの理由じゃねえか。本当は敵の目から隠れてこそこそ回復するための小細工でしかないんだろ? 涙ぐましい努力してらっしゃるじゃねえの。ええ? この負け犬・・・あ、違うか、この負け龍め」

『だぁああああまぁあああれぇえええええええ!』

 プライドを大いに傷つけられたアジ・ダハーカが突っ込んできた。怒り心頭ってとこだな。もはや罠の懸念も何もかもが頭に無く、ただ煩わしく過去の汚点を穿り返す僕を消すためだけにヤツは動いている。人間も龍もプライドの高いヤツは過去の黒歴史がタブーなんだな。ミステリーでもよくある。過去のことで脅されるエリートは大概脅してきた記者とか同級生をカッとなって衝動的に飾ってあったトロフィーとかで撲殺する。

 アジ・ダハーカに鈍器はいらない。首の一本が弓矢を引き絞るように鎌首をもたげた。

 来る。目と足に神経を集中させる。

 矢の如く首が放たれる、その寸前で僕は地面を蹴る。放たれてからじゃ間に合わない。先読みしないと、体格の差がモロに出る。鏃と化した頭が僕が立っていた場所に突き刺さる。かろうじて躱す事ができた僕は首の上にごろごろと転がり、体制を立て直す。

 ごう、と圧力を右側から感じる。首を向ける時間の余裕も無い。目だけ動かす。もう一本の首が命を刈り取りにきた。バックステップ、それだけじゃ足りない。剣を盾に変え、きたる衝撃に備える。

 向こうからすればカス当たり、野球で言えばファウルチップみたいな手ごたえの無い物だ。が、打たれるほうのボールである僕はカス当たりで死にそうだ。がりがりと猛烈な勢いで過ぎ去っていく何枚もの鱗が盾と激突し、火花を散らす。弾かれた駒のように跳ね飛ばされ、無様に転がる。

「いつつ・・・っとぉ」

 足元が揺れる。当たり前だ。足場が動けば乗ってる僕も揺れるに決まってる。

『虫けらが、いつまで我に張り付いている!』

 僕を振り落とそうと、首をグリンと捻るアジ・ダハーカ。とっさに剣を作り鱗と鱗の隙間に突き立て引っ掛けた。百八十度回転し、さっきまで足場だった場所が天井になった。当然、僕の足元に足場は無い。吊り下げ状態だ。

『そこを動くな』

 もう一本が戻ってきた。このままだと真正面からぶつかる。流石にあの質量を受け止める自信は無い。体を引っ張りあげ、足を天井につける。踏ん張って、勢いをつけて抜く。剣が抜け、反動で真下に飛ぶ。

「ぐっ!」

 まずい、完璧には躱せなかった。

 足が奴に掠った。痛みもそうだが、掠めたことで体が揺さぶられ体制維持が出来ない。このままだとまともに着地でき

「っがっ! つっ!」

 なかった。背中から地面に落下し、転がる。地面に手をついて起き上がるが、落下の衝撃でちょっと視界が揺れてる。いくら回復するからって脳が衝撃に弱いのは変わらずじまいだ。

 揺れる視界の先に赤が見える。炎だ。アジ・ダハーカの二つの口から炎が漏れ出している。逃げようにも左右が壁になり退路を塞いでいる。こりゃまずい。

 盾なら短時間なら防げる。実証済みだ。だが、長時間耐えられるか。

『消し炭となれ!』

 炎が吐かれる。盾を形成し、一か八かに備える。


 バフォンッ!


 だが、事態は想定外の方向へと向かった。アジ・ダハーカが炎を吐き出す手前で、口元に溜めていた炎が盛大に爆発したのだ。

『なっ?!』

 驚きの声をあげているから、奴にとっても想定外だったようだ。一体何が起きた? 驚く僕の体を、誰かが後ろから抱きかかえた。そのまま空に舞い上がる。

「タケルって相手を怒らせる天才よね」

 クシナダだった。ということは、彼女が何かしたってことなんだろうけど。

「ああ、アレ? タケルが危なそうだったから、ちょっとでも気が引けるよう矢を射ち込んだの。炎が弱くなるようたっぷり水の力を蓄えた矢だったんだけど、消すどころか爆発するとは思わなかったわ」

 まさか、水蒸気爆発って奴か。

 大量の水と熱が接触すると水蒸気になって体積が瞬間的に膨れ上がり、それが爆発になる。火山の噴火なんかがいい例だ。まさか、火薬も使ってないのに何種類もの爆発を見れるとは思わなかった。

「助かったよ」

「どういたしまして」

「で、あんたが僕を迎えに来たって事は、準備は整ったって事か?」

「一応ね」

 上々。アジ・ダハーカの怒り具合、心理状態からみても、いいタイミングだ。

「あとは、皆の力と、運次第ね」

 少し不安げなクシナダに、僕はいつものように言う。

「大丈夫だよ。失敗したら、全員死ぬだけだし」

「それでいつも失敗しないんだからよほど運が良いのね」

 僕からすれば運は悪い方だ。死なないんだから。けどまあ、良いか。

「勝負だ」

 オール・イン。自分の命も、他人の命も何もかも。この街の全てを賭けて、アジ・ダハーカを討ちに行く。

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