第166話 悪党も化け物も倒し方は同じ

『この我に! アジ・ダハーカに! ただでは済まさんぞ!』

 怒り狂う龍の名乗りに、むしろ違和感を覚えた。

 アジ・ダハーカなら知ってる。強大な『三つ首』の邪龍だ。なのにこいつは二つしか首を持ってない。どういうことだ。もう一本はどうした。僕が来る前に切り落とされたのか? その割には狩猟者たちからやってやったぞ感が見えないな。一本切り落としたらもう一本と意気込むものだが、見た感じさっきまで敗色濃厚だった、みたいな顔つきばかりだ。

 あと、どこを見渡してもドゥルジがいない。もう一匹の化け物が出てきたんなら、そいつと戦ってた、相対するはずのドゥルジがいないのはおかしい。巨体同士で争った痕跡もないし、負けてくたばったとしても死体が無い。蛇神のときみたいに綺麗さっぱり消滅したのか? くそ、遅れてきた弊害だな。パズルのピースが欠けている。

『死ねぇ!』

 人が考えてる途中だってのに、せっかちさんめ。吐き出された炎をかい潜り、崩れた建物の影に入り込む。炎がレンガの壁によってせき止められた。さすが古来より耐熱素材として存在するだけの事はある。三匹の子豚も安心して暮らせるわけだ。通り過ぎていく炎が、自分が生んだ眷属どもを巻き込んでいく。悪い上司は部下のことをなんとも思っておらず、ただの道具としか見ていない。邪魔になれば切り捨てる、悲しい社会の現実をよもやこんなところで見る羽目になるとはね。

「相変わらず、来るのが遅いわ」

 隣に降り立ったクシナダが膨れる。

「僕だって好きで遅れたわけじゃない」

「はいはい。そうよね」

『そこかァ!』

 クシナダと別々の方向に飛ぶ。僕達が隠れていた建物が、尾の一振りで粉みじんに粉砕される。長く隠れるのはちと無理だな。炎は防げても力技で破壊される。悠長に話している時間はなさそうなので、作ることにする。

 視線を巡らせると、食堂を発見した。僕らが敵を呼び寄せているという話が出回った時に、僕らを出禁にしやがった食堂だ。

「予め言っておく。僕は、別段あの食堂に何の恨みもないし、店員を憎んではいない」

 誰に聞かせるでもなく、一人呟く。こんなことをしている時点で言い訳だと理解しているが、自分の中で問題が完結しているのとしていないのとでは大違いだ。

 剣に炎の力を溜める。別段この程度でどうにかできるとは思ってない。いかんせん体格が違いすぎるし、あっちの炎と比べたら、こっちの炎なんてマッチもいいとこだ。

 まっすぐと僕を追ってくる二つの頭。奴の目と僕を結ぶ直線上に、大き目の外灯があった。それに向けて蓄積しておいた炎を放つ。炎を吐くくらいだから熱に耐性があるのだろう、アジ・ダハーカは防御するそぶりも見せず突っ込んできた。

 炎が外灯に直撃した瞬間、火花を散らして破裂し、激しく燃え上がった。アジ・ダハーカが眩しさのあまり怯み、目を細めて頭をのけぞらせる。外灯に準備されていた油にも引火したようだ。即席のスタングレネードってとこか。

『ぐ、くそ、この程度で我を倒せると思うな』

 目に焼きついた閃光を振り払うように首を振る。

 思ってない。全然思ってない。むしろあれで倒せるくらいなら、この街の狩猟者は何一つ苦労することなく今頃宴会でもしてるか寝てる。

 ヤツが苦しんでいる間に、僕は食堂へと走る。目当ての物があれば良いんだけど。

『むぅ、逃がさんぞ!』

 足音に反応してヤツが追ってきた。蛇神もそうだが、こいつらは総じて感覚が鋭い。だからこそ、今の目くらましは効果的だったのかもしれないが。

 食堂のドアを蹴破って中に入る。カウンターから厨房、食料の保管庫をあさる。

「あった」

 口元がほころぶ。今から自分が再現するのは、アクション映画よくあるワンシーンだ。僕は目的の品である小麦粉、パン粉の入った袋を剣で裂き、中身を盛大にぶちまけていく。街ではパンや揚げ物が売られていた。揚げ物には欠かせない粉があるということだ。

『隠れても無駄だ』

 みしみしと建物が軋む。どうやらとぐろを巻いて、建物を取り囲んだらしい。一息に押しつぶそうとしないのは僕を警戒しているからか、それとも徐々に圧力を掛けて嬲っているつもりか。どちらにしろ都合がいい。

『燻り出してやる』

 外がにわかに明るくなった。再び炎を吐こうとしているようだ。トラップは仕掛け終えた。さて、このままじゃ巻き添えを食らうが、うん、やはりな。食堂には絶対あると思ってたよ。地下の貯蔵庫と、そこから外への通じる避難経路がな。避難通路があるかどうかは賭けだったけど、可能性は高いと思っていた。街が頻繁に襲撃に遭うのだから、逃げ道は用意しているはずだ。クルサたちの安全な街づくりの成果がこんなところで出ている。

 すばやく食堂に通じる天窓を閉め、避難通路に飛び込む。後ろ手にドアを閉めた瞬間、轟音。熱波と熱によって膨れ上がった空気が衝撃波となって閉めたドアを押し破り、僕ごと吹き飛ばす。外からおぞましい悲鳴が聞こえる。

 爆発で生まれるのは熱だけじゃない。感覚が鋭い奴だからこそ、轟音は耳を劈き、光は目を焼き、焦げた匂いは鼻を利かなくし、高い熱源はちっぽけな僕らの体温をかき消す。

 体にのしかかっていた瓦礫を払いのけて、外に出る。

『ふざけた真似を!』

『どこだ! どこにいる! 殺してやる!』

『八つ裂きにしてやる!』

 叫びながら、アジ・ダハーカが体をよじり、ところ構わず尾や体を建物に叩きつけ、炎で周囲をなぎ払っていた。完全に見当違いの方向だ。おお、目論見どおりだ。僕の姿を完全に見失っている。僕らを出禁にした食堂跡地がどんどん更地になっていく。いい気味だ、ざまあ、なんて一欠けらも思ってない。

「大丈夫・・・みたいね。相変わらず無茶するんだから」

 クシナダが合流してきた。念のいった事に風下から合流だ。狩人の本領発揮だな。

「他の連中は?」

「戦えない人は、クルサたちが城門の外に逃がしてる。戦うのに邪魔でしょ?」

 さすがクシナダ。わかってる。

「他の狩猟者たちは?」

「眷属どもを倒してる。多分、もうすぐ片が付くと思うわ」

 やるなぁ。素直に感心する。何体かは僕が乱入時に吹き飛ばしたし、アジ・ダハーカの炎で燃やされて数は減ったけど、それでもまあまあの数は生き残っていたはずだ。それをこんな短時間で駆逐しちゃうとはね。じゃ、眷属はあっちに任せるか。

「クシナダ。僕がいなかった間のことを教えてほしいんだけど」

 彼女から情報を聞き出す。戦いには一切関係ないが、最近彼女の説明の仕方が上手になってきたように感じる。時系列にそって、起きたことを簡潔に話すからわかりやすい。不明点を質問しても、すぐに順序だてて話してくれる。完全に情報を咀嚼し、自分の物にして頭の中で組み立てられている証拠だ。彼女を褒めると「あなたに、いなかった時の説明ばっかりしてたからよ」と苦笑された。それだけじゃないと思うけどな。やっぱり彼女は優秀だ。僕が社長か政治家なら、ぜひとも秘書に欲しい逸材だ。クシナダにスーツ、ついでにチタンフレームメガネ・・・うん。アリだ。似合う。ただ、セクハラしようものなら骨の一本や二本はへし折られる羽目になりそうだが。

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