第193話 最適の組み合わせ

「効率を重視するなら、別々に聞いて回った方が良いんじゃないの?」

 坂元から二人で動くように指示されたとき、彩那が指摘した。時間制限があり、人手がいると言ったのは坂元自身だ。彼女の指摘はもっともなものだった。だが坂元は少し思案してから「二人で頼む」と改めて指示した。

「今回の事件だが、役割分担が必要だと思う」

「役割分担、ですか?」

 莉緒のおうむ返しの疑問に、坂元は頷いた。

「まず、今回聞き込みに行くのは君たちと同じ学校の生徒じゃない。完全な赤の他人だ。そんな人間が、突然現れた女子高生に『同窓会で何かありましたか?』と尋ねられて快く教えてくれるとは思えない。なので、彩那の出番だ」

「ああ、はいはい。快く答えてもらうように話すのね?」

 彼女の力は、人の意識を操ることができる。意思を奪うこともできるし、理性が閉じ込めている本心を引き出すこともできる。坂元曰く「訓練次第で相手が忘れていることを思い出させることもできる」らしいが、まだ試したことはない。

「そうだ。そして、手鹿さんには彩那のサポートをお願いしたい」

「サポート・・・ですか?」

 聞き出すだけなら彩那一人で充分だろう。だが、坂元にはある懸念事項があった。安部も金長もとことん田村の居場所を調べてから依頼に来た。彼らがそうまでして発見できないということは、何者かが証拠を消したと考えられる。人ひとりの痕跡を消すのは、かなり難しい。何らかの力が働いているのではないか、と疑っていた。

「その何らかってのは、もしかして組織とか権力とか、そういうもの?」

「もしかしたら、万が一、くらいだけどな。でも、ゼロでないなら用心するに越したことはない」

 そうなってくると、純粋なる抑止力が必要となってくる。そこで莉緒の出番だ。研修報告書には最近目覚めたとは思えないほど能力の制御に長けているとあった。一般の戦力に換算するなら、今の彼女は完全武装した小隊を相手取っても負けないだろう、と。しかも、この調子で訓練を積めば戦闘のスペシャリストとして花開く可能性が高く、本人がより一層の成長を望むなら三蔵家に推薦するとまであった。絶賛だ。三蔵家への推薦などなかなかとれるものではない。

 相手の意識を操れる彩那と物理的に障害を跳ね除けられる莉緒。この二人の組み合わせなら、この一般社会で遅れをとることなどありえない。すでに優秀な探偵事務所みたいなものだ。むしろ色々と経験させすぎて、とんでもない二人を育てる事にならないかと、そっちの危惧を坂元に抱かせる。

「万が一が起こる所に未成年二人を放り込むのもどうかしてると思うけど」

 彩那が皮肉げな笑みを浮かべた。確かに、と坂元は苦笑し顎に手を当てる。

「ごもっともだ。じゃあ、降りるか? 僕としては残念だが、仕方ない」

「バカ。今更降りるわけないでしょ。こんな中途半端な状態で降りる方が気持ち悪いわよ。そもそも莉緒の件でも降りなかったんだから、この程度どうってことないわよ」

「あ、私の件ってそんな危険視されてたんですか?」

 引き合いに出されて莉緒が苦笑いを浮かべる。

「それに、働く義務が私たちには課せられてるから。ね?」

 彩那も莉緒も、以前能力を使って罪を犯している。その罪滅ぼしとして、一定期間坂元の元で働くことを義務付けられている。特に彩那は、首元に能力を制限されるチョーカーがつけられている。能力を無断で使用すると絞まる仕掛けが施されていた。早く外すためにも、長時間の勤務を望んでいた。

「はい。むしろ働かせろ、という感じです」

 同意を求めた彩那に、にこりと笑って莉緒が答える。

「わかった。じゃあ、よろしく頼む。二人とも、こちらにサインを」

 坂元がタブレットを机の上に滑らせる。以前と同じ、能力の限定使用許可証だ。

「ただ、彩那が言っていたように万が一は起こるかもしれない。その際、一番に重要視して欲しいのは君たちの命だ。危ないと感じたら迷わず逃げろ。力を駆使しても構わない。責任は僕が取る」

「いつになく優しい声かけてくるじゃない」

「やかましい。早く行け」

 照れているのか、いつも以上に口の悪い坂元に追い立てられ、彩那と莉緒は彼の部屋を出た。


 坂元から手渡されたリストを元に、二人は田村が出席したという同窓会メンバーを回る。幸いリストの多くがこの近辺が勤め先であったり住まいなので、回りやすい。それは良いのだが

「ねえ、莉緒」

 歩きながら、彩那は先を行く莉緒に声をかけた。

「こんな格好、する必要あった?」

そう言って、『スーツ』の裾を掴む。彼女たちは今、学校の制服でも私服でもなく、社会人の多くが判で押したように着る黒のリクルートスーツを着用していた。

「いやいや何言ってるの会長、必要だって!」

 莉緒が力説する。すでに数件歩き回って彩那は疲れ、かなり面倒になってきているが、莉緒のやる気は落ちるどころかまだまだ上昇中の右肩上がりだ。本人は刑事の聞き込みみたいだとはしゃいでいるが、何がそんなに面白いのか、彩那にはさっぱり理解できない。

「いい? 世の中、特にこの国でもっとも着用されているのはスーツなの。なぜなら働く人は大抵が会社員で、会社員は基本スーツしか着ないから。クールビズとか言ってるけど、前へ習え精神に前例重視、逸脱した杭は叩かれるこの国ではオシャレよりもみんな一緒でみんないいのスーツがほぼほぼ暗黙の了解化してるの。つまり、現代社会においてスーツは戦場における迷彩服そのもの。個性と気配を消し去るの。私たちはこの同窓会メンバーの記憶に残らないようにしなければならないんでしょ?」

「それはそうなんだけど、別に私が記憶消したらいいことじゃ」

 似合う似合わないで言えば、当然似合う。私を誰だと思っている。しかし、間も無く夏というこの季節、スーツは非常に暑い。雨の湿気と高温で動かなくても汗がにじむほどだ。中途半端なクールビズをするよりも、働くのに適した服を着た方が良いと、誰も言わないなら政府から国民に推奨してあげるべきだ。スーツが悪いわけじゃない。季節や気候に合った服装の方が効率と健康に良いのだから。

「万全を期するべきよ。スーツは正装としても使うから、見知らぬ人と会っていても周囲から見れば違和感がないし、相手も同じ社会人だと警戒心を下げる。そしてどこにでもいる服装だから相手の記憶に残らない。これに会長の能力が合わされば完璧ってわけよ」

「ねえ、莉緒。どうしてそんな楽しそうなの? 暑くないの?」

「この程度、夏の有明に比べればへのつっぱりにもなりません」

苦労は買ってでもしろというのは、こういうことなのだろうか。

「で、次誰だっけ?」

 ペットボトルのお茶に口をつけながら、彩那が尋ねた。服装について彼女とあれこれ言っても無駄だと諦め、彩那はさっさと終わらせる方向に意識を傾ける。時間的に、今日は後一件か二件が限界だろう。

「ええと、次は・・・」

 スマートフォンに転送したメモをスクロールする莉緒。

「大野、智子さん。この方は・・・へえ凄い、大手企業にお勤めだ」

「じゃあ、この時間はまだ会社ね」

「うん。三駅先にある」

 自宅に訪問するよりもある意味楽だ。自宅の場合知らない人間が呼び鈴を鳴らしても出ないことが多い。留守なら骨折り損だ。けど会社なら受付で在籍確認もしてもらえるし、呼び出されたらこざるを得ない。どんな要件か会うまでわからないからだ。

「行きましょうか」

 ジャケットを肩にかけ、颯爽と二人はオフィス街を歩く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る