第192話 第三視点から見た事件

「さて、対策会議だ」

 机の前で坂元が宣言した。

「今回はおそらく人手が必要になるので、手鹿さんにも協力を要請した。急に呼び出してすまない」

 彩那の隣に座る、文芸部の手鹿莉緒に頭を下げる。

「いえ、気にしないでください。むしろ、どんな依頼内容かとちょっと期待してました」

「そう言って貰えるとありがたい、よろしく頼む」

「はい。こちらこそ」

 二人が挨拶を交わすのを、面白くなさそうにして彩那は眺めていた。坂元曰く第一印象で相手との接し方が変わるというが、ここまで自分と彼女とで対応に違いがあると何だか納得がいかない。兄妹間で丁寧なのも確かにおかしいとは思うが、こっちだって先月まで兄の存在を知らなかった。ほぼほぼ他人だ。しかもかなり仕事を手伝っている。もっと敬ってもらってもバチは当たらないはずだ。

 内心複雑な彩那に、そうとは知らない莉緒が「よろしくね、会長」と気軽に声をかけてきた。あの事件以降、会えば挨拶を交わす程度の仲にはなった。「こちらこそよろしくね」と表面上はいつも通りの感じで挨拶を返す。

 あいさつも終わったところで、早速坂元は莉緒に対して、時系列ごとに被害者である田村氏の行動を踏まえながら、今回の概要を説明する。

「以上の理由で、僕たちはふたつの組織がぶつかる前に真相を究明しなければならない」

「なるほど、まさかフィクション以外で自分が真相究明なんて言葉と関わるとは思いもしませんでした。人生とは何があるかわからないもんですね」

 すでにフィクションに片足突っ込んで普通の人間ならありえない経験をしている彼女が言う。右腕変身よりも事件介入の方が彼女にとっては珍しいことらしい。

「感心してる場合じゃないんだけど」

 彩那が莉緒を窘めた。あの場にいなかったから、そんな軽口が叩けるのだ。あの空気がひりつくような、息をするのも忘れるくらいの修羅場を見てから同じセリフを言ってみやがれと思う。

「ごめんなさい。被害者がいらっしゃるかもしれないのに、不謹慎でしたね」

「・・・いえ」

 いけない、知らず、口調が厳しくなっていたようだ。平常心、平常心と心の中で唱えながら大きく息をする。

「二人とも、話を続けるぞ。いいか?」

 二人の間に流れる微妙な空気を察したのか、それとも意に介してないのか、坂元が割って入った。二人は揃って頷いた。

「調べるべきはまず、被害者田村氏の当日の足取りだ。家を出てから、夜、恋人の小安はるか女史に会う約束の時間まで、どこで何をしていたか。次に、彼が掴んでいた情報。口ぶりからして、何らかの問題・不正の証拠を握っていたと思われる。そして、かれのメール内容に出て来る『彼女』が誰なのかも突き止めたい」

「それは、子安さんのことじゃないの?」

 安部が言っていたことをそのまま指摘する。

「そうとは限らない。例えば、僕が君らのことを他人に紹介するとき、彼女は比良坂彩那、彼女は手鹿莉緒と紹介する。文章であればなおさら使う。意外に彼女という言葉は、ガールフレンドという意味以外でも使うものだ。それに」

「それに?」

「姉の小安あきえ女史は金長氏の秘書兼侍女でもあるから、金長ホテルに不正があった場合、それを知る立場にある。だが、妹のはるか女史はまだコンシェルジュになってようやく一年経つくらいの新人だ。彼女がなんらかの秘密を握っているとは考えにくい。それに、田村氏は『彼女は間違っている』と表現している。彼女と呼ばれた本人が犯罪に手を染めていると文章から捉えられる。新人がたとえ金長氏の命令があったとして、そんな役割を与えられるかは疑問だ。では彼女自身が金長氏とは無関係の、なんらかの犯罪に手を染めているのか? 可能性はなくはないが、その場合田村氏よりも姉が先に気づくと思うんだ。姉が気づいていて黙認、というのも考えにくいし、もし姉妹での犯行であるなら『彼女たち』という言葉を使うだろう」

「安部派の人たちが言う、妹の小安はるかさんが犯人である、というのは、時期尚早ってことですね」

 莉緒の言葉に、坂元が頷く。

「じゃあ、姉の方が疑わしいのですか?」

「それも、可能性は低いと思う。金長氏は用心深い、慎重な御仁だ。身近にスキャンダルの素を抱え込むようなヘマはしないだろうし、もし自身が犯罪に関わっていたとしても、田村氏に証拠を掴まれるような真似はしない。また、最悪知られたとしても、安部側に知られないように徹底する」

「じゃあ、もしかしてあなたは、安部側でも、金長側でもなく、第三の立場の犯人がいるって考えてるの?」

 彩那の問いに、またも坂元は頷く。

「一番重要なことなんだが、彼らは非常に仲が悪い。ちょっとしたことで揉めて、今回見たいな抗争に発展しかねない。だが、正直ここまで仲がこじれたのは初めてなんだ」

「どういうこと? 仲が悪いなら、これまで何度も喧嘩してても不思議じゃないんだけど」

「だからこそ、だ。彼らはクレバーな種族だ。感情を時に理性と損得で押さえ込める。仲が悪い事を自覚している彼らは、可能な限り揉めないよう細心の注意を払う。簡単に点火する導火線に火の粉を近づけない」

「縄張りを荒らさないように住み分けしてるって事ですか?」

 的を射た莉緒の例えだ。問題を起こして喧嘩した場合に出てくる損失の事を考えれば、嫌いな相手が近くにいても我慢したほうが得だという事か。

「ああ。だからこそ、この事件はいろいろおかしいんだ。彼らの仕事にしたら、あまりに雑すぎる。まるで『普通なら騒がれることなんてない』と犯人が確信しているかのようだ」

「普通なら、つまり『普通の人間』が彼の失踪に関わってるって事ね?」

「あくまで可能性の話になるけどね。そもそも、僕らが考え付くようなことぐらい、向こうも気づいてるし、すでに互いに使いを送り込んで調べ尽くしてるよ。そこは捨てていい。僕らが探すのは違う視点と可能性だ」

 となると一番調べるべきは・・・。彩那と莉緒は同時に、時系列のある一点に注目した。

「「同窓会」」

 なぜ注目しなかったのか不思議なくらい、気にすべきイベントだ。安部も金長もメールの内容と互いの事を意識しすぎて、その前に起こったことを調べていなかった。田村が『彼女』と呼ぶ人間が、ここには大勢参加したはずだ。

「ああ。まずは重点的にそこを調べよう」

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