第30話 連鎖
何なんだ一体。
倒れ伏した少女を見下ろして、僕は首を捻った。
いきなり人を呼びつけて、突進してきたと思ったらブスリ、だ。しかもこの女、僕の名前を知っていた。フルネームを、だ。この世界で僕のフルネームを知っているのはクシナダと彼女の村の連中数名くらいだ。そこから漏れたとは考えにくい。なら考えられるのは、元の世界から来た、僕のことを知っている人物だということだ。
彼女の服装を見る。軽鎧、というのか? 鋼で出来たそれを上半身にエプロンみたいに前面に纏ってはいたが、その下はセーラー服だ。多分どっかの高校の。襟元に校章がついている。
「獅子?」
気高く吠える獅子をかたどった、この珍しい校章を、僕は見たことがある。そうだ、思い出した。スメラギ女子大付属だ。県では国公立進学トップ、全国でも有数の進学校で、部活も強いって評判の文武両道を地で行く、女子憧れの私立高だ。
あそこに通ってるってことは、頭が良いだけじゃなくて結構なお嬢様のはずだ。それなりに上流階級の子女が行くところだからだ。親が政治家、大手企業の社長なんてこともざらにある。実際見たわけではないが、月一の頻度で社交パーティが開かれて、あらゆる方面に自分を売りこむ場を作っているとか。僕が消したある男に、そこに通う娘がいたから間違いない。入学できるということはイコール、コネも才能も財力もある、将来を約束されたエリートだということだ。
捨てた過去の記憶が、断片的に戻ってきた。そして、納得した。
「復讐か」
復讐の刃を向けたことはあるが、向けられたのは初めてで、なかなか新鮮だ。確かに、僕も向けられて当然の人間だ。殺してきた連中にも家族がいて、愛される家族の一員だったのだ。それを理不尽に奪った僕は、憎しみの対象以外の何者でもない。また、いきなり殺そうとしたのだから、僕が殺してきた連中の身内である可能性は非常に高い。
改めて、彼女を見下ろす。気を失っている彼女は、あどけない、年相応の可愛らしい顔をしていた。少し茶色く染めた髪は、快活そうな顔と相まって生意気な子猫のようだ。多分これは、男以上に女子、特に下級生に絶大な支持を受ける人相だ。僕の名を呼んだ時もよく通る良い声だったし、運動神経もよさそう。
両手のひらには、細く白い指には不釣り合いな、それも何度も潰れては出来上がったタコがある。剣道とかやってたんじゃないだろうか。
彼女は、これから訪れる輝かしい未来を捨てて、こんなところに来た。それだけ、彼女にとって大切な人間を奪ったということか。そんな善人そうなやつ、いなかったけどなぁ。
感慨にふけっていたところで、ぽかり、と後頭部を叩かれた。振り返る。
鬼の形相のクシナダがいた。
「何してんの!」
「何って、頭突き?」
「馬鹿じゃないの!?」
僕を押し退け、その場にしゃがみ込んで彼女を介抱する。
「僕の方が重症なんだが」
「舐めてほっときゃ治るでしょうがその程度!」
それはそうなんだが。なんとなく納得のいかない僕を置き去りに、ああもう、ああもう、と文句を言いながらクシナダは彼女の口元を拭ってやり、一撃を見舞ってやった頭を水で濡らした手拭いで冷やしている。
「で、これ誰よ?」
手当てを施しながらクシナダが、当然の疑問を呈した。
「知らない」
「嘘吐くな! 見ず知らずの女があなたの名前を叫びながら刺殺しに来るわけないでしょ!」
僕も自分が刺されるまでは、そういうのは女癖の悪いイケメンの特権だと思ってたけど。
「本当に知らない。けれど、想像はつく。僕が向こうの世界で殺した連中の身内だ」
「あなたが、殺した?」
「うん。・・・そう言えば、僕がこっちに来た理由を、きちんと話したことなかったっけ?」
死ぬために来たとは言ったけど、どうしてそうなったか、その辺のことを話した記憶がない。
「聞いても良い? あなたが死にたがりになった理由」
「別段面白い話じゃないよ?」
「面白さを期待するような話じゃないでしょ。・・・話し辛いなら、別に無理には聞かないけど」
「そういう訳じゃない」
帰る道すがら、退屈しのぎには丁度いいか。
「あ、ちょっと待って」
踵を返そうとした僕にそう言うと、クシナダは倒れていた彼女を抱き起こす。
「はい」
そして、彼女の両脇に手を入れて、正面を僕に向けた。まるで腹話術の人形みたいにこっちを向けられても、どうしろと?
「何?」
「背負って。それとも、か弱い私に村まで背負わせる気?」
百キロ超える猪を軽々と担ぐ女が何を言うのか。
「嘘だろ。連れて行くの?」
僕をぶっ刺した本人だぞ。彼女にしたって、仇に背負われるなんてご免だろう。しかしクシナダは、どうせ気を失ってるから大丈夫よ、と聞く耳持たず
「放っておく訳にはいかないでしょう? 大体、依頼は化け物退治の他に、私たち以外に退治に向かった女を助けてほしい、だったでしょ」
確かにそう頼まれた。女の子一人で化け物の巣に向かってしまったから心配だとか村人が言っていたが、それなら最初から止めろ。もしくは自分たちもついて行けと思う。心配は結局杞憂に終わり、僕の目的たる化け物も退治され、胸には刺し傷。散々だ。僕はこの一着しか服を持っていないというのに。そろそろどこかで新調すべきだろうか?
ため息一つ吐き出して、僕は気を失った彼女を背負った。
「じゃ、戻るか」
帰りの道すがら、僕はクシナダに語って聞かせた。これまでの僕の犯罪史を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます