第183話 容疑者 憧れを追う者

 体育館は二階建ての建物で、一階が武道場、二階が体育館となっている。武道場を使用しているのは柔道部と剣道部で、どちらの部活も歴史が古く、また実績も多い。特に剣道部は、一年前にはインターハイ優勝まで成し遂げている。

 しかし今は、強豪だった面影は失われていた。部員数も少なく、武道場の五分の四は柔道部に占領されて、剣道部は隅に追いやられている。そうならざるを得ない事件が起こったからだ。事件といっても、暴力事件や飲酒、喫煙等の、学生にありがちな不祥事ではない。

 剣道部員が一人、忽然と消えたのだ。

 古い学校には付き物の『七不思議』がスメラギ大付属にも存在する。その中の一つに、神隠しに類する話がある。もちろん何の確証もない噂話だ。

 しかし実際に生徒が一人消えた。しかも消えたのが、インターハイ優勝に大きく貢献した剣道部の絶対的エースであったことが災いした。口さがない生徒立ちの間で剣道部は呪われていると流言が飛び交い、退部者が相次いだ。元々入部した大半の部員は、そのエースに近づきたいがための入部であったため、彼女がいない今、わざわざ厳しい練習に耐えようと思う生徒はいなかったようだ。残っているのは純粋に剣道が好きな生徒か、今更辞めて別の部に入るのもどうかと考えならが、惰性で続けている生徒くらいだ。

 仕方ないことかと思う。それほどまでにエース、大賀美晴の存在は大きかった。強さを純粋に追い求めるストイックさは誰もが尊敬できたし、後輩の面倒見も良かった。人を惹きつける一種のカリスマ性のようなものを、彼女は持っていた。

 当初は誘拐かと騒がれたが、その考えは警察の捜査が進むにつれ、事件性はないと判断された。そもそも彼女を誘拐するメリットは薄かった。家族とはほとんど絶縁状態で、亡くなった父親のわずかな遺産を頼りに細々と生活していた。他の油断しきっているお嬢様を差し置いて、全国屈指の実力者を相手にしてまで誘拐するメリットは無かった。考えられるのは、素行も良かった彼女が、自らの意思で消えた、という事だ。彼女が消えたことに、誰もが驚きを隠せなかった。だが、彼女と同じクラスになったことのある彩那は驚かなかった。彼女の目はここにある何も見てなかった。どこか遠くを、恐ろしいほど鋭い目つきで睨んでいた。だから彼女が消えたと騒ぎになった時、彼女が見ていた遠くの場所へ行ったのだろうと納得できてしまった。

 ともあれ、そんな事件のせいで弱体化した剣道部と比例して増員された柔道部に話を聞く。柔道部の反応はこれまでと同じだった。続いて剣道部だが、やはり反応は芳しくない。完全なる徒労に、内心がっくりとしていた時だ。

「じゃあ、ほずみんにも伝えないと」

「ほずみん?」

「あ、はい。一年の武見穂積です。ここ数日体調不良で休んでる子がいるんですよ。・・・もう二日だっけ?」

 部長が一年の部員に声をかける。

「あ、はい。なんか、風邪とかで」

「意外だよね。ほずみんが休みなんて」

「ね〜」

 意外、何が意外だというのか。

「どうしてその方が休まれるのが、意外なんでしょう?」

 彩那は彼女らの会話を掘り下げるために話を振る。

「だってあの子、多分私らの中で一番剣道好きだと思うし」

「学校は休むけど練習には来そうだよね」

 武見穂積の人物像が部員たちの口から次々に現れ、象られていく。

「武見さんは、そんなに剣道が好きなのですね」

 事件発生後から学校を休んでいるなんて、他の生徒に比べて疑う箇所が多い。もう少し聞いておきたい。

「というよりは、強くなっていくのが好き、みたいな感じでしたね」

「きっかけはお父さんらしいよ」

「警察官だって。確か」

「真面目で、正義感強いよね。だから学校サボるとか、ないと思うんだけどな〜」

「じゃあ、やっぱ風邪なのかな」

「だよね。それしか考えられないし」

「一日休んだら、遅れを取り戻すのに三日かかるって」

「あ、それ先輩の真似でしょ」

「そうだわ。ほずみん、先輩大好きだったもの」

「みんなそうよ。美晴先輩カッコよかったし。ほずみん目標にしてたもんね・・・あ」

 懐かしそうに語っていた部員たちの表情が一変、気まずそうに周りを見回しながら口を閉じた。他の部員もおし黙り、微妙な空気が流れる。どうやら、大賀美晴の話はタブーだったらしい。そのタブーを破らせるほど、大賀美晴は魅力的な人物でもあったようだが。

「これ以上は無理そうね」

 部員たちの雰囲気を察知して、彩那は話を切り上げることにした。適当に礼を言い、その場を離れる。帰途に着きながら、剣道部員、武見穂積について考える。大賀美晴への憧れ、強さに対する貪欲さ。話を聞いてみる価値はある。どうにかして会って話を聞ければ良いのだが。

 また、会う機会を作れたとしても、他の問題が浮上してくる。仮に武見穂積が犯人であった場合だ。大人しく自首してくれるなんてあり得るのか? 正義感が強いと言っていたが、その正義感は自分にも発揮されるものか? 自分と他人の扱いが違うなんて、よくある話だ。他人の悪事は許せても自分の罪は許すことはあり得るのではないか。

「・・・この場合は、使っても大丈夫、よね?」

 両目の瞼を指で抑える。調査に必要な場合は使っても問題ないと言っていたし。さっきの顧問連中に使っても問題なかった。いざという時はこれで抑える。後は会う為、かつ事件のことを聞き出すための口実。

「これが、使える、か」

 ポケットを探る。そこには坂元から預かった証拠品、現場に落ちていた校章があった。

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