第160話 いつものプランB

 ギチギチと関節の軋む音が反響する。

「嘘だろ、おい・・・」

 ザムたちがじりじりと後ろに下がった。武器や盾を構えているのは流石だが、サソリたちに圧倒され、完全に及び腰になっている。

「災難なことだな、ザム。そんなやつらに肩入れしたせいで、サソリどもに襲われ死ぬことになるんだから」

 そのサソリにもたれかかりながらウシグが言った。サソリは暴れることもなく、ウシグは怯えるそぶりもない。さて、こうなると話が色々変わってくる。

「いつから?」

 油断なく周囲に目を配りながらウルスラが尋ねた。

「いつから、こいつらはあんたが操っていたの?」

「良い質問だ。聞くも涙語るも涙の話だ、心して聞け。俺達がアケメネスに来る前だから、そうだな、今から一年ほど前か。南にある樹海で巨大な二つ首の龍の死体を見つけた。頭は既に白骨化していたが、胴体はまだ腐らずに残っていた。しかも近づくとこいつらが胴体から生み出された」

 ポンポンとサソリの足を叩く。ドゥルジが「やつの防衛魔術だ」と呟く。人が近づくと自動的に発動する魔術か。便利だな。条件が揃えば勝手に発動するってのは。僕の手持ちの力でも工夫次第でいけるだろうか。要検証だ。

「仲間を大勢失い、俺達も追い詰められた。もう駄目だと誰もが諦めた、そんなときだ。ある方が龍の頭蓋骨に触れた。途端、その方の頭の中に声が響いてきたそうだ。その龍の残留思念、と仰っていたが凡人には理解は出来なかった。ただその思念のおかげでサソリどもの操り方を知り、生き残ることが出来たって訳だ」

 残留思念ねえ。SFやホラーで聞いたことのあるワードだが、いまいち良くわかってない。ちらとドゥルジに視線を向ける。

「自分に触れた者に、生前残しておいた自分の声を送ったのだろう。工夫すれば自分が見聞きした映像や音を残すことが出来る。脳に蓄積された記憶を魔術の式に変換し、媒体に保存する。ある程度の知能を持つ生命体が媒体に触れたら、分解された式が生命体の脳に流れ込み、相手の頭の中で記憶として再構築するように仕掛けておく」

 まるっきりコンピュータとデータの関係みたいじゃないか。コンピュータはあらゆるデータを二進数で処理して保存する。そのデータはコピーしたり、メール等で送ることができ、それらのデータは他の端末で人間にわかるように再構築することが出来る。

 納得する僕の傍ら、クシナダたちはいまいち理解できてないような顔をしている。

「先に触ったヤツが読める手紙みたいなもんを残してたんだ。そんで、二つ首が残した手紙のメッセージは、ろくでもないやつに渡ったって事だろ」

 せめてパスワードなりかけておくべきだったな。情報を扱うならどこの世界でもセキュリティは万全にすべきなのだ。

「そうそう、思念が教えてくれたのはサソリの操り方だけじゃない。二つ首とそこにいる女との因縁も教えてくれた」

 ウシグがドゥルジを指差す。

「その女はよほど恨まれてたんだな。ドゥルジが憎い、ドゥルジを殺せ。だから死んでもなお、サソリどもを生み出して攻め込ませていたのさ。ウルスラ殿、あなた方が後生大事に守っているタワルナフの証とやらをドゥルジだと思って。可哀想にな。ある意味、あなた達が一番の被害者だ。祖先の勝手な契約のせいで」

 可哀想になあ。ウシグは目元を押さえる。

「勝手に哀れまないで。さっきの質問に答えてないわよ」

 怒りを言葉に滲ませて、ウルスラ。既に、答えは出たようなものだ。それでも聞かなきゃ気がすまないらしい。

「いつから、あなた達がサソリを操って街に攻撃を仕掛けていたの!」

「いつからも何も、アケメネスに着いた時からさ」

 ウルスラの怒りなどどこ吹く風といわんばかりにウシグは言った。

 ・・・ん? とすると、何か話のつじつまが合わないところが出てくる。

 降って涌いた疑問だが、ウシグが喋り続けるのでそっちに気を取られ、泡のように消えた。

「普通なら、その力を使って化け物どもを狩って稼ぐくらいしか思いつかないだろう? しかし、あの方は違った。狩猟者は戦える間しか稼げない。戦えなくなったら終わりだ。それまでに確固たる地位と財を気付いておく必要がある。だからアケメネスに目をつけた。ここで実績を積み、街の管理者側になれば一生安泰だ」

 ・・・さっきからちょいちょい出てくるあの方って誰だろう。あの方あの方と言うたびにウシグが三下に見えて仕方ない。

「なあザム。知ってるか? 管理者側の人間にはな、働かなくても金が入ってくる仕組みなんだよ。アケメネスは、街にある店屋の売り上げから定期的に徴収される金で運営されている。その金の一部が運営者達の金だ。お前の隣にいるウルスラの姉妹であるクルサは、俺達が命がけで戦って勝ち得た報酬でのうのうと生きているんだ。高みからふんぞり返って戦え、戦えと命令してるんだ。不公平と思わないか?」

 ああ、なんとなく言いたいことはわかる。政治家を糾弾する国民の図だ。

 元の世界でも、税金の問題は多々あった。政治家が税金を私的に流用したとか、無意味な建設や工事で無駄金を使ったとか、ニュースで報じられていた。確かに問題だ。だが、街や国を運営するには金が掛かる、というのも事実だ。

 つまりだ。正しく街を運営する為に金が使用されていれば文句は言われないだろうし、問題があれば反発を生み、突き上げられる。レイネばあさんが言ってたクルサの苦労ってのはそれもあったはず。反発を耐えて実績にしたのだから、クルサは不公平とまで言われるような政治をしてないんじゃないか。もちろん、巧妙に隠している可能性はあるだろうけど。

「だから、俺達が管理者側に成り代わることにしたんだ。化け物の被害に悩むアケメネスの街、そこへ化け物どもを蹴散らし、颯爽と現れる英雄。街の人間は歓喜の声で迎え入れるだろう。これまでしてきた苦労はいったいなんだったのかと思うほど鮮やかな手並みで問題を解決。こんなに簡単に解決できたのに、どうして時間が掛かったのか、被害が、犠牲がなぜ出たのか、それは」

「タワルナフの証を持つ、クルサたちのせいだ、そういうことだな?」

 僕の言葉に、ウシグがニィッと笑う。

「タケル、どういうこと? もう色んなことが起こりすぎて私の頭では整理が追いつかないんだけど。どうしてクルサのせいになるの?! どうしてあいつらがクルサに成り代わるの?!」

 悲鳴のような声をあげるウルスラに説明する時間が、ちょっとなさそうだ。

「良いんだ。もう良いんだよウルスラ殿。悩まなくていい。何も思い煩うことなく、ここで死ね」

 サソリが一斉に襲い掛かってきた。

「チッ」

 舌打ち一つ、クシナダが矢を射る。一本、二本、三本と連続して放たれた矢は、前列にいたサソリの尾を正確に射抜き、天井に突き刺さる。尾を縫いとめられたサソリは吊るされた干物のようにぴんと体を伸ばして急停止し、後ろから来ていたやつらと玉突き事故を起こす。狭い洞窟内だ、前が詰まれば後ろは出難い。とはいえ、やつらは側面を削って出てこれるからな。囲まれると戦いにくい。それ以上に怖いのは落盤だ。生き埋めなんてつまらないじゃないか。ようやくここからって時に。

 横陣を敷くサソリたちに徐々に追い詰められていく。一匹、二匹仕留めても、後から後から涌いて出てくる。きりがない。どうあってもここから生かして帰さないつもりだ。それもそうか。ある意味、僕達はやつらの悪事の生き証人だ。信用されるかどうかは怪しいが。なら、生きて帰ってやつらの鼻を明かすのも一興だ。

「仕方ない。クシナダ」

「何?」

「プランBだ」

「プランB・・・、ああ、あれね? いつものやつね?」

 いつもの、といえるほどプランBを使ったことがあっただろうか?

「ウルスラ、良く聞け」

 隙間から這いずり出てきたサソリのハサミを付け根から切り落として言う。これで聞いてなかったらちょっと恥ずかしいが、「何?!」と返事が返ってきた。聞こえていたようだ。良かった。

「これから逃げ道を作る。あんたらはそこを通って、ウシグたちを追え。可能なら街に戻る前に片付けろ」

 けしかけるだけけしかけておいて、ウシグたちはいつの間にか消えていた。野郎ども、やっておしまい、ってとこか。時代劇だな。サソリに印籠は効きそうにないけど刀の錆にはしてやれそうだ。

「ハァッ? ちょ、タケル何言って」

「いいから聞け。僕としては一向に構わないが、あんたらにとっては都合の悪いことが起ころうとしている。それを止めたきゃ、ウシグたちを街に帰すな」

 古今東西、あらゆる世界で、一体誰が歴史を作ってきたと思っている。

 勝って生き残ったやつだ。死人に口なしとばかりに自分達の好きな歴史を作れるんだ。正しい歴史とされる正史ですら、生き残った連中の主観が入ったものになる。

 何食わぬ顔で街に戻ったウシグたちは言うだろう。街が襲われているのはクルサたちのせいだった、だがもう心配要らない。尊い犠牲を払ったが、原因である化け物は倒した。さあ、民衆ども、どちらが正しい? どちらに付く?

 サソリどもを使って武力で攻め落とさないのもなかなか賢しい。壊してしまうと、ウシグの言った街のシステムが崩壊してしまうからだ。トップだけを挿げ替える。街の運営には何一つ影響はない。これなら、反対意見もぐっと減るだろう。人間は、自分に関係のないことは、基本どうでもいいからだ。無関心、というのともまた少し違う。ほとんどの人間はそこまで余裕がないんだ。腕が二本しかないように、キャッチして意識できる情報量には限りがある。だから選択せざるを得ない。優先順位をつけざるを得ない。当然、他人事より自分事の方が順位は高く、他人事なら、人間はよほど気に入らないこと以外は「別にどうでもいい」と断じれる。

「で、でも、逃げるったってどうやって。出口はやつらがわんさかいるんだぞ!」

「心配要らない。地図上では、ここは洞窟の最深部で、山の側面に近い。ちょっと掘り進めば地上に出られる」

「だから! そんな時間がどこに」

 ああもう、いちいち五月蝿い。何もかも誰かが説明してくれると思うなよ。

「クシナダ」

「はいはい」

 ちょっとイラついた僕の求めに阿吽の呼吸でクシナダが応じた。

 城壁をも木っ端に破壊する彼女の矢は掘削機も驚きの威力だ。連続して放たれる矢が派手な音と土煙を上げながら土を削り取っていく。

 もうもうと煙の上がる隙間から、一筋の光が差した。

「嘘だろ、おい・・・」

 ザムが再び目の前の光景を信じられない面持ちで見ている。ただ今回は、助かるかもしれないという希望に満ちたものだったが。

「よし、行け。ついでにドゥルジも連れて行け」

「連れて行けって、タケル、あんたは?!」

「ん? ああ、これがプランBだ。僕は残ってこいつらを食い止める」

 言われてみれば確かに、殿とか結構頻繁にやってるか。魔龍のときも悪魔のときも買って出てた。これは、あれだな。映画でも漫画でもよくある名台詞『俺を置いて先に行け』のせいだな。娯楽付けの人間には台詞に反応してしまう遺伝子が新たに生まれたりして、自覚がなくても、無意識にそういう行動を取ってしまうのかもしれない。

「無茶言うな! いくらあんたでもこの数は無理だ!」

「確かに、複数相手にするのは面倒だ。横から逃げられるかもしれないからな。けど見ろ。今開いた穴は人間が通る分には十分だが、あいつらだとちょっときつい。頑張っても一匹だろう。一対一なら無茶じゃない」

 いや、普通サソリ相手に一対一は無茶なんだが。というザムの呟きは無視した。

「見たとこ、やつらは簡単な命令を、多分一つしか受け付けないみたいだ」

 目の前の敵を倒せ、とかな。

 証拠に、今一番襲われてるのは最前線にいる僕だけだ。ちょっと迂回すれば他の連中に追いつけるのに、直線距離で一番近い僕に向かってくる。そのせいで混雑しているのに、構うそぶりが見られない。カエルがいないのも幸いだ。なぜいないのかがちょっと気になるが。生み出せる数が決まっているのか、あの笛では操れないのか、何か法則があるのだろうか。ま、いいか。

「とにかく、先に行け。後で追いつく」

「しかし」

 逡巡するウルスラ。そんな彼女に確信を持った顔でクシナダが言う。

「大丈夫よ。タケルはね。遅刻はするけど、必ず追いつくわ」

 僕とクシナダを交互に見て、決意する。

「後で必ず会おう!」

 ドゥルジの手を引いて、出口へと向かって走り出した。ザムたちも続く。

「・・・さて、タケル」

 クシナダはまだ残っていた。彼女なら文字通りひとっ飛びで追いつくから心配はしてないが、この顔は何か疑ってる顔だな。

「わざとウシグたちを見逃してきたけど、本当に良かったの?」

「ああ、問題ない」

 サソリたちをあしらいながら答える。

 クシナダの腕なら、ウシグが逃げる前に射殺すことくらいできた。しなかったのは僕が頼んでおいたからだ。そもそも、ここまで尾行されることはない。洞窟に入る前には彼女は既にウシグたちの存在を掴んでいた。迎撃するかどうかを相談されて、僕が出した結論は様子見だ。

「理由は?」

「色々あるが、大きいのは、『怪しい』からだな」

 同じくらい大きいのは『面白そうだから』だが、黙っておこう。

「怪しい? どういうこと?」

「ん、僕も自分の勘とか推測とか疑問とかが色々混ざってるから言葉に表しづらいんだけどね。まだ何か隠れてそうなんだよな」

 外れてたら恥ずかしいな。

「ああ、じゃあやっぱりもうひと悶着くらいありそうね」

 あなたのそういう勘は外れたことないし、とクシナダは肩をすくめ、ウルスラたちを追って飛んでいった。

「さてと」

 ぎちぎちと迫るサソリを見据え、唇を舐める。

 テスト前には何故か掃除をしたくなる人種がいる。僕もそうだった。あれは今思えば、頭を整理したいという無意識の欲求が表面に現れた結果かもしれない。けして現実逃避などではない、と世の勉強嫌いの援護をしつつ。

「そんなわけで、ちょっと掃除されてくれよ。考えたいことがいくつかあるんだ」

 サソリの群れに飛び込んだ。

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