第217話 死ぬまでにやりたい事は、もうない

 殺した。次々に、躊躇なく、遠慮なく、後悔なく。


 テレビや映画では、復讐に走る犯人は、憎い相手を前にたらたらと恨み節を聞かせて、探偵や刑事に取り押さえられて、結局殺せずじまいになる。彼らの場合、殺すことが目的ではなく、相手に自分たちがいかに憎いか理由を知ってもらい、それだけの罪があると認識してもらうのが目的だから別に良いのだろう。最終的に、相手も警察に捕まる作品も多い。

 僕は、彼らに反省してもらおうなどと微塵にも思わない。そもそも、言ったくらいで我が身を省みるような殊勝な連中は、人を陥れない。反省する気のない連中に言葉など無用だ。彼らのためになぜ自分が恨んでいるか説明するなど時間の無駄。話している間も貴重な時間は失われるのだから。

 二兎は追わない。一兎で充分。この場合の二兎とは、相手を殺すことと、何故殺すかを相手に理解させることだ。簡単な方を選択すれば、時間も労力もかからない。理解されないというストレスを抱える事もない。精神衛生上非常に健康だ。

 また、数件の殺人を行ってみて、もしかしたら、が確信に至った。

 僕には殺人の才能がある。もう少し詳しく言えば、殺人を計画し、実行し、成功させる才能だ。犯罪の計画なんかは、かのジェームス・モリアーティさながらに浮かんでくる。彼との違いは、彼は自分の手を汚さず部下に実行させるが、僕は自分の手で実行しているところか。この世界で最も必要とされないはずの才能だ。

 ある時は政治家の資金集めのパーティに出席し、毒殺。相手の癖を知れば、何が経由して口などに触れるかを予測すれば簡単だった。

 ある時は人の多い交差点ですれ違い様に刺殺。以外と誰にも気づかれないことに気づく。そう、本人にさえ。フィクションでは、刃物で刺すと血がすぐに噴出するが、現実では衣服が吸い取ってドバドバ出るまでにタイムラグがある。また、周囲も異変に気づくまでに時間がかかる。しかも昨今は携帯カメラの普及により、警察や救急車への連絡よりもSNSによる拡散に重きを置くため、連絡がかなり遅れる。皆がみんな、携帯を手にしているから誰かが連絡しただろうと思いこんでいる。カメラのフィルター越しに世界を見たら、何もかもが自分にとっては遠い世界の、フィクションに見えるのだろう。

 捜査の手は、一向に僕に向かってこなかった。もしかしたら、友人が裏から手を回したのかも知れない。友情によるもの、などではけしてなく、自分たちのライバルが消えていくのは、彼女たちにとっても非常に都合が良いからだ。殺人すらビジネスに繋げるのが、生き馬の目を抜く世界で生きる経営者というものだろうから。

 ちょっと穿ちすぎかな?


 やがて、リストに記載されていた名前が全て黒く塗りつぶされた。同時に、燃えるゴミにも燃えないゴミにも出せない社会のゴミが出来上がった。

 燃え尽き症候群だ。魂とか心とか、人にとって重要で必要不可欠なパーツを燃料として復讐の炎で燃やし続けた結果、全てが灰になった。

 死んだように生きる、とはまさにこのことだろう。ゾンビだってもう少し生き生きとしていると思う。死ぬことももちろん考えた。生きていても仕方ないから。しかし、悉く失敗に終わった。邪魔が入ったり、道具が破損したりだ。面白い物で、何度か失敗すると死ぬことすら面倒になった。死ぬというのは、存外エネルギーを使うのだ。こだわったのも失敗だったかもしれない。死んでも誰かに迷惑をかけるのは、少々気が引けた。こんなくだらないことに残りかすのような人間性を発揮してしまうのだから、僕はたまに、僕がわからない。

 結局諦めが勝った。惰性で生きるのはある意味楽だった。いずれ、どうせ死ぬ。それまでは現実逃避しながらだらだらしよう。社畜から開放された脱サラニートみたいに。都合のいいことにバイト先はレンタルビデオ店だ。今時珍しい個人経営の店は、ネット配信の普及という社会の荒波とは無関係の、穏やかな経営状態を送っていた。客もまばらなのに、どうやって経営を成り立たせているのか疑問ではあるが、雇われの身で追求するわけにもいかず、別に不都合もなかったので気にしなかった。時間で拘束している分を払ってくれるのなら文句はない。時折小包の配送を頼まれたりして、その時は臨時収入としてバイト代にプラスしてくれるのだから、良い雇用主だったのだろう。店員割引なども気前が良い。期日中に返せば月五百円で駆り放題だし。

 バイト以外の有り余る時間を、映画と運動に費やした。運動は学生の頃はあまりしなかったが、人を殺すのは重労働だろうということで鍛え始めたのが、今も惰性で続いている。生きるのも惰性なら、食事も運動も惰性だ。それに、走っているときだけは何も考えずに済んだし、時間の経過も早かった。映画も同じような理由だ。何も考えずに、画面に没頭できる。モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソンの演技を見ている僕の余命は、後どれくらいだろうか? 棺桶リストなら、もうコンプリートして埋まっているんだけどね。

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