第233話 最後の演目

「人を招待しておいて、姿を表さないってのは、どうかと思うよ」

 いつものように軽口を叩く。いつも以上に警戒して。

「申し訳ない。少々手間取ってね。だが、楽しんで頂けたように思うのだが?」

「楽しむ? 何を?」

「この『舞台』を、だ」

 両手を大きく広げて、イスカリオテはくるりと回った。

「君たちが来る前から、少しずつ少しずつ組み立ててきたのだ。王となる者を用立て、不自然にならないように誘導し、国を作らせ、人を増やし、敵を倒させ、少しずつ少しずつ作り上げてきた。私の『実験施設』だ」

 まんま街づくりシミュレーションゲームだな。ある程度作ったら放置しておけば勝手に金も人も増えて街が広がるやつだ。しかし、何のために? ゲームが趣味だと言うなら、仲良くなれる気も無くはないけど。

 たとえ趣味だとしても、実益を兼ねているのは間違いない。何の意味も理由も無く、こんなことをするような相手ではない。アジ・ダハーカに対しても、人間を利用して彼らを鍛え、自分が戦うまでに状況を整えておくという、回りくどいが追い詰めるという意味があった。

「いつかの、君の言葉をそのまま借りよう。どうか、聞いていってくれ。私の考えが『今』に至った経緯を。まあ、嫌だと言っても聞いてもらうがね。せっかく、住民全員を停止させているのだから」

 舞台挨拶のように、イスカリオテはふかぶかと頭を下げた。

「僕の話を聞いてもらって、そっちの話を聞かないってのは、フェアじゃないしね。喜んで拝聴させてもらうよ」

 隣でクシナダが良いの? という顔をした。あっちはもう準備が出来たと言ったのだ。今から戦いを始めようが、後から始めようが大差ないだろう。ならば、全体像をきちんと把握して理解したい自分にとって、あちらからの情報開示は拒む理由がない。

「ここで繰り広げられたのは、これから先もずっと続く、人という種の変わらぬ愚かさを描いた舞台の一幕であり、何度も繰り返されるワンシーンだ。君主制という形を取らせてはもらったが、共和制になろうが大して変わらない」

 人は愚かだ。イスカリオテは吐き捨てるでも嘲笑うでもなく、ただ淡々と事実を述べた。

「いや、愚かになる、というべきか。個体として大した差などない、工場の量産品のような種族として生まれた癖に、成長と共に彼らの中に欲望が宿る。他者よりも優位にいたい、という、どうでもいい自己満足を埋めるための」

 君たちも見ただろう。イスカリオテは僕の後ろを指差した。

「自分の欲望のためだけに、他人を利用し、傷つけ、殺すことも厭わない。人の上に立とうとする人間は、総じて人を、自分と同じ人と見ないのやもしれんな。もしくは、自分を特別と信じ込める図々しさと傲慢さが芽生えるからこそ、上に立てると思い込めるのかも知れないが。ともかくだ。私は、かの王だけが特別とは思わない。人は、ある一定の条件を満たすと『ああなる』生き物だ。そしてそれは、幾千、幾万と星が巡ろうと、変わる事はない。君にも、心当たりがあるのではないか?」

「僕にか?」

 ないことはない。むしろ心当たりがありすぎる。問題は、なぜ、断言に近い論調で僕を指名したか、だ。『君たち』と、僕とクシナダ両名に対して言うのならまだわかる。奴が人間は愚かだという前提の認識であるなら、僕たちもその愚かな人間にこれまで出会っているはずだ、という話になる。だが、奴は僕を決め打ちした。

「そんな不思議がる事はない。私は、君のことを知っている。君の名は、須佐野尊。愛する家族を理不尽に奪われ、復讐鬼と化した哀れな被害者」

「・・・なぜ、僕の名前を」

「調べたのだ。悪魔レヴィアタンの力を使って」

「レヴィアタンの、力?」

「そうとも。君たちの再生能力もその一つだ。頭を喰らった私には、過去と未来を見通す目と、空間を操る力が備わった」

「ご自慢の力と、僕の過去を調べたというのが、どうにも僕の中で繋がらないんだけど」

「そうだな。空間を操るという事は、別の空間を知覚出来るということ。君たちは、天使と悪魔の戦争に巻き込まれただろう? あの連中は、並列する別世界に移動する技術を持っていた。あれと同じ要領で、私は別空間や別世界を覗くことが出来る。加えて、私は過去と未来が見通せるのだ」

「なるほど、別世界を覗き込んで、過去から未来にかけてサーチでもして、僕を見つけ出したのか」

 そうだ、とイスカリオテは頷く。宇宙の誕生から現在まで全ての記録を収録しているアカシックレコードに接続してるようなもんか。検索キーワードが決まっていれば、膨大なデータの中から僕の個人情報を見つけることもたやすいのだろうか。

「この星でも人間は増え始めている。やがて、埋め尽くすほど人口は増えるだろう。比例して、今回のような一件が増えていく。人間が最低二人いれば諍い事は起こるものだからな。証拠に、私は見た。誰かが理不尽を振るい、誰かが犠牲になる。それが常に続く世界だ。この星の未来だ」

 「厄介なのは」イスカリオテは語る。

「浄化作用が存在しない、ということだ。いや、存在はする。あらゆる世界、あらゆる時代に、必ず不正を正さんとする者は生まれ出る。あまりにちっぽけで、なすべき事の大きさからすれば比較にするのも馬鹿馬鹿しい、小さな者が。物語であれば、小さな者が、多くの仲間と共に、いつか巨人を屠るのだろう」

 だが、現実は。僕の内心と奴の吐く言葉は重なった。

「そんなことは、ありえない。巨人はたやすく小さな者を押し潰す。浄化作用として生まれた者は、その使命を全うできないまま死んでいく」

 今は亡き姉を思う。彼女は奴の言うところの正しく小さき者だった。世界のあり方を変えようとし、そして、潰された。

「私は思ったのだ。何て『無駄なリソース』か、と」

 そういうイスカリオテの顔には、何の表情も浮かんでいない。まるで科学者だ。この国を実験場と呼んだ事からもそういう雰囲気は受け取れた。

「同じことが、星が滅ぶまで繰り返される。後には何も残らない。人間はもう既に、進化のどん詰まりにいる。そう判断せざるを得ない。哀れな未来しかない人間の、そのエネルギーの無駄を、どうにかして利用できないか。それを検証するのもこの実験場の目的だった。そして、一つの可能性を見出した」

「人間を見限ったあんたが、人間の可能性を見出したってのか?」

「そうとも。そのために私は、ルゴスを作った」

 やはり、ルゴスに聞こえていた声はイスカリオテ、ティアマットのものだった。もとより、それ前提で考えていたから今更驚くほどのことではないが、理由がわからないからずっともやもやしていた。なぜ、見限った人間を救うように動いているのか。

「なぜ、そんな不思議そうな顔をしているのだ?」

 唐突に、イスカリオテは僕に言った。

「『君が』発見し、証明して見せたのだぞ」

 何を言われているのかサッパリわからない。僕が発見した? 証明した? 何のことだ。

「本当に気づいていないのか。私はそれに気づいたとき、歓喜したのだがね。まあ、いいさ。良ければお教えして進ぜようか?」

「じゃ、よろしく。なるべく簡潔に、わかりやすく頼むよ」

「もちろんさ。目に見えてわかるような方法で説明する」

 これから生死を賭けた戦いをしようという相手同士とは思えないほど、会話が弾む。これまでの敵にあまり無かった、会話する余裕が奴にはあった。

「これまで私、というよりも私たち、レヴィアタンの眷属の栄養補給方法は、他者を喰らうこと。血肉はもとより、他者が抱く恐怖や憎しみといった負の感情、いわゆる穢れを栄養源としていた。だからこそ、他の種族よりも感情が豊かな人は、私たちにとって程よい食料だった。面倒なのは、当たり前の話ではあるが、喰えば減る、ということだ。だから私たちは、各々の手法で人間や穢れの生産量をコントロールしていた。君たちに縁深い蛇神『ヤマタ』はテリトリー内に人の村を幾つも囲い、定期的に人を捕食できるようにしていた。アケメネスに陣取った『アジ・ダハーカ』は、自らの眷属と人を争わせて穢れを多く発生させるように仕組んだ。私は最初、穢れを自分とは別に貯蓄する方法を模索していた。ただ、失敗した。溜め込んでいた穢れは、何かの拍子に意思を持ち、私の元から逃げ去ってしまった」

 犬か猫か、私の研究施設に迷い込んだ何らかの動物と融合してしまったんだろう。どうでも良さそうに過去を語るイスカリオテだが、反対に僕たちにとってはどうでも良くない、衝撃の事実だった。

 ケンキエン。鬼の巫女たちと一緒に戦った、穢れを栄養にしていた化け物だ。まさか、ここで奴の生誕の秘密を知ることになるとは思わなかった。

「他も、似たようなものだ。いかに効率よく人間から穢れを搾り取って栄養を補給できるか、ということを念頭に置いて、私たちは人間と関わっていた。だから、私たちは他の栄養の補給方法を全く検討しなかった。そこに現れたのが、簒奪者である君だ。君は、私たちが考えもしなかった方法で人から栄養を補給した」

「そんなことした覚えはないけどね。僕は普通の人間と同じ方法でしか栄養補給してないつもりだ。腹が減ったら飯を食い、眠くなったら寝る。規則正しい生活が健康の秘訣だと思ってたんだけど」

 獲物を狩るとき、そいつらの憎しみを浴びているかも知れないけど、そこは知れているし、奴らの想像の外に出るようなものじゃない。

「君たちは幾度も戦った。多くの人々の前で、強大な敵と戦い続けた。人は、そんな君たちに負の感情とは真反対の感情を抱いた。希望に喜び、正義や勇気、誇り、友情、愛といったものだ。君は、君たちはそれを力に変えた」

「はっ、正義の味方じゃあるまいし」

 どこのアンパン妖精の話しだっての。僕の頭は食えやしないぞ。

「鼻で笑うが、事実だ。これは衝撃的だった。他にも栄養となるものがあるとは、夢にも思わなかったからだ。何千年も一体何をしていたのか。悔しくて歯軋りしたものだ」

 イスカリオテは主な栄養補給方法とは別に、補助的な役割として、違う感情、正の感情で行う栄養補給についてアプローチを始めた。

「最初は、そこまで注目してはいなかった。なんといっても、負の感情よりも圧倒的にエネルギー量が少ないからだ。つくづく人間の内包するエネルギーの割合が滅びにしか向かないものだと呆れた所でもあるが。だが、調べるにつれ、負の感情にはない特徴があるということが判明した。正の感情は負の感情に比べ、継続しやすい。持続性がある事がわかった。負の感情は瞬間的エネルギー量は多いが、消えやすい。それはそうだ。死ぬ間際に溢れることが多いのだからな。だが、正の感情は、人間が生きている限り抱き続けることが可能だ」

 永久機関だ。少し興奮した口調でイスカリオテは発表した。

「今まで他の連中が気づきもしなかった、嘲笑い切り捨てていたところから、永続的にエネルギーを抽出できるとは。まさに逆転の発想。人を生かし、自分を生かす方法。だが、これにも問題がある。先述したように、人間はどうしようもなく愚かで、放っておけば滅びてしまう種族だということだ。だから、私は更に考えを発展させた。人が滅びないようにするには、どうすればいいか」

 それが、ここでの準備だった、というところか。

「ルゴスと、ルゴスが広めた教え、そして、この一連の舞台が何のためだったか。その答えをお教えしよう。これより最後の幕が開く」

 パチンとイスカリオテは指を鳴らした。途端、止まっていた時が動き出したように、人々は我に帰り、動き出す。

「王が、死んだ」

「ルゴス様が、死んだ」

 人々の動揺が口から出る不安の声と共に、波紋となって広がっていく。広場に集まった全員が、同じ認識、王が死にルゴスが死んだと認識した。王の指示を聞いていた兵たちも、肝心の王が死んだことでどうすればいいのかうろたえるばかりだ。

「おい、見ろ!」

 声が上がった。声が示す方へ、人々は視線を向けた。まさに、僕の背後を。つられて僕たちも振り返る。

 ルゴスが立ち上がっていた。死んでいたのは間違いない。いや、今も死んでいるようなものだ。顔は土気色、目は虚ろ、どう見てもゾンビ一歩手前だ。だが、彼は立った。そればかりか

「う、浮いた」

 すうっと音も無く、ルゴスは浮かんだ。浮かんではいるが、クシナダのように自力で、というより、何かに吊るされているようだ。それもそうか。ルゴスはイスカリオテの操り人形だったのだから、と妙な納得をしてしまった。

『民たちよ』

 突然声が降ってきた。誰もがルゴスが発したものだと思った。事実、彼の口元は動いている。違うと思ったのは僕たち、ルゴスの生前の声を聞いていた者だけだ。

『王は死んだ。自らの欲に溺れる形で。これにて、此度のバシリアの混乱は収束するだろう。しかし、私は思う。それは、一時のものであると。すぐに新たな支配者が現れ、我らを苦しめる。謂われ無き罪で我らを貶め、顔色一つ変えずに命を奪う。民たちよ。おかしいとは思わないか。我らと、王侯貴族たちの、何が違う。身分とは何だ。貴賎とは何だ。我らは同じ、この大地に生きる人ではないのか。天の下、我らは同じ命であるはずだ。同じように喜び、笑い、泣き、怒り、そしていつか土に還る。ただの人であるはずだ。上も下もないはずだ。私はここに断言する。王という制度は、誰かを戴くという方法は、間違っている』

 アンプに繋いだベース音のような、人の腹に落ちる声が響き渡る。誰もが固唾を飲み、息する音さえ潜めて、斜陽が照らす男を見上げている。

『我らが戴くは、天の声、すなわち、神。我らは神の元に平等であらねばならない。この世界は苦しみが多すぎる。誰もが傷つき、疲れ、絶望の元に死んでいく。そんな哀れな人間の為に神は涙し、悶える我らを救わんと、今、降臨された』

 ルゴスから光が放たれ始めた。太陽の反射じゃない。徐々に光量を上げ、太陽のように下々を照らし始める。神々しい姿に、民衆は一人、また一人と膝をついた。中には平伏し、頭を地面に擦りつける者もいる。

『神を信ずる者は、例外無く楽園に住まうことが許される。楽園に苦しみは無く、争いも病もない。幸福で満たされている。我らは神の子となり、その庇護の元、永久に幸福でいられる。民たちよ。神を信じよ。さすれば楽園への扉が開かれる。痛みも苦しみもない、争いも病も、死すらない、幸福に満ちた世界が約束されるであろう』

 ルゴスの言葉が終わる頃には、広場には立っている人間は三人になっていた。僕とクシナダと、イスカリオテだ。

 イスカリオテの笑みを見て、ようやく僕は、奴の狙いを理解した。まさか、こんな大掛かりなことをするとは。しかし、得てして、『これ』はこういうものなのかも知れない。いかに相手の心を蹂躙し屈服させるかだ。屈服とは、何も圧倒的な力でへし折るばかりではない。ペテンでも手品でも何でも使って、相手の身も心も満たして信じ込ませればいい。

「答え合わせをしようか。須佐野尊。私がここでしようとしていたこと。それは、図らずも君がルゴスと一緒にしていたこととほぼ同じ」

 イスカリオテが満足げにルゴスを見上げた。自分の作品の出来を誇るアーティストのように。

「救世主を作る。それが、この舞台の最後の演目であり、私の目的だ」

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