第121話 岩山の中の少年
「あなた様をお呼びしたのは、我々でございます」
びくびくと肩を寄せ合って、男たちは私にそう説明した。今の私の目つきは完全に据わっており、何をやらかすかわからないと思われているに違いない。
「何で?」
想像以上にとげとげしい声が自分の声帯から発せられた。物理攻撃力でも持っていたのか、男たちはより体を小さくした。
彼らの話によれば、私は彼らの都合で彼らが『東の国』と呼ぶこの国に呼び寄せられたそうだ。ファンタジーなんかでよくある召喚魔法みたいなもので。あの八畳間に描かれた模様は私を呼び出すための儀式に使われた魔方陣だったようだ。で、気になる呼び出した理由はというと
「ここより西に住まう魔王を退治してもらいたいのです」
勇者に頼めよ、と声を大にして言いたい。ていうか、言った。
「どうして普通のOLにそんなことを頼むかな。魔王退治なんて勇者とか英雄とか、人助けが趣味みたいな連中に頼んだら?」
「いえ、すでに頼みました。この世界でも名だたる英傑たちに依頼し、みな失敗しました。かくなる上は、異界より勇者を召喚するしかない。われらは禁呪を用いたところ、あなた様が現れたのでございます」
「ちょっと待って、あなた方のその言い方だと、ランダムで私が選ばれたみたいに聞こえるんだけど」
「がん、だむ?」
機動戦士が選ぶのはパイロットだよ。じゃなくて
「ランダム、ええと、狙って私を呼んだわけじゃなくて、呼ばれたのが偶然私だったの?」
「仰る通りです。私どもはこの苦難を打開できる方を、と祈りを捧げた結果、あなた様が神の導きにより顕現なされたのです」
なんつうことをしてくれるんですか神様。いつかお会いしたらぶん殴ってやります。握り拳をわなわなと震えさせていたら、リーダーの右隣にいる男が恐る恐る進言した。
「この説明は、昨晩にもあなた様にお伝えしたのですが・・・」
「え? 嘘?」
記憶に無い。
「確かです。私どもの話を聞かれたあなた様は『魔王ぅ? あっはっは。任しとき任しとき! 魔王なんて名乗る不届き者はこの私がコレよ。指先ひとつでチョイーンよぉ!』とご快諾されたので、私どもとしてはあなた様の急な心変わりに動揺を隠し切れないのですが・・・」
そのときの再現を物真似してくれた訳だが、記憶が無い。何だよ指先ひとつでチョイーンって。馬鹿じゃないの。
「私、本当にそんなこと言った・・・?」
ぶんぶんと音が鳴るほど首を縦に振る三人。
殴りたい。昨晩の自分をぶん殴ってやりたい。いつだってそうだ。飲みすぎるとロクな事が無い。
「あの、昨日は私、酔っ払ってたみたいで、記憶が無いというか・・・ホントごめんなさい。でも、酔って正常な判断ができない中での契約は、さすがに無効ですよね?」
今までの強気な態度を改めて、けれども面倒ごとはごめんなのでやんわりと断ろうとした。
「それは、おそらく互いにとっても良くないかと」
「え、どうしてですか?」
相手はともかく、私がここで断って困るといったら、一度受けた仕事をキャンセルする罪悪感ぐらいだが。私が本当にわからないのを察した、今度は左にいる男が「ご自身の左腕をご覧ください」と言った。言葉に従って左腕を見ると、時計のほかに、金色の輪が填められている。いつの間にこんなものが。
「それは、契約の腕輪です。確かに私どもは相手の都合を考えずに召喚しております。ですが召喚は、私どもと召喚された相手、双方の同意があって初めて成立します。一方的に結ぶことはできません」
それってつまり・・・。私が察したのを見て、男は頷いて続けた。
「昨晩、あなた様が私どもの願いを引き受けた時点で契約は成立してしまっております。その腕輪は私どもの願いを達成するまで外れません。そして、その腕輪はあなた様がこの世界に存在するための枷なのです」
「もしかして、この腕輪が外れないと」
「元の世界には戻れません」
「外すには?」
わかりきってることを聞いた。信じたくなかったからだ。けれど、男たちから発せられたのは、ある意味期待通りの発言だ。
「私どもの願いである、魔王討伐をやり遂げていただかなくてはなりません」
やめよう。本当にもう、お酒はやめよう。心に固く誓った。
地図や食料、水、路銀など、必要なものはすでに揃っていた。呼び出した英雄をすぐにでも出発させたかったらしい。
「それでは、よろしくお願いいたします」
男たちに見送られて、私は東の国を出立した。
あの後、何とか契約を解除できないかと詰め寄った。こんなか弱い乙女にどうして魔王が退治できると思ったのか、と。見た目は多少背が高くて、少し目つきは鋭いけど美人三姉妹の長女とご近所でも評判の容姿くらいしか取り上げることの無い普通のOLだ。契約が双方の同意なら、向こうからだって解除できたはずなのに、それをしなかったのは何故だ。問い詰めると、男たちは気まずそうに互いの顔を見合わせて「勢いに押されたんです」と言った。
「最初は、私どもも、あなた様のような女性を危険な目に遭わせるわけには行かないと思ったんです。けど、あの時のあなた様は『悩み事があるの? お姉さんに話してごらん?』と無理やり相談させ、有無を言わさぬ強引さで自分を頼るようにと・・・」
酒はこの世から滅びろ。本気でそう願った。
そんなわけで、元の世界に返って遅刻、いや、もうこれは無断欠席だな。社会人にあるまじき行為を働いたことを上司に詫びるために、私は西の霊峰に住み着いた魔王とやらを退治するために旅立つことになった。
切り替えよう。
馬に揺られながら、私は現状を受け入れることにした。どう足掻いたって状況は変わらない。ならば、やるべきことをやり、さっさと帰ろう。ただの無断欠席が捜索願に変わる前に。
三時間ほど、ひたすら草原を進んだ。映画とかならドローンで撮られた雄大な景色がワンカット入って、主人公の旅立ちを見る者に印象付け、その場に引きずり込むような臨場感溢れる映像になるだろうが、実際現場に引きずり込まれたら変わり映えしない景色にあくびをかみ殺す羽目になる。
インストールしてあった電子書籍や動画も尽きた。電波が届くわけ無いから追加インストールもできないしゲームもできない。しかも昨日充電し忘れたからバッテリーも切れかけだ。万が一使うときがくるかもしれないから、これ以上の使用を控えようとバッグに戻す。
草の生え方がまばらになり、ついには小石のほうが目立つようになったあたりで、平地にも傾斜が生まれ始めた。視線をあげれば行く手には険しい山々が連なっている。
「ここ行かなきゃ駄目なの?」
思わず愚痴り、何かの間違いであれと地図を見たら、間違いどころかまっすぐ突っ切れと書いてある。ため息を吐きながら、馬を進ませた。
幸い、というか、もともとここからはるか西の国との交易で商人たちが使う道らしく、多少荒れてはいたものの通るのに支障は無かった。所々で馬を休ませ、自分も食事を取りながら山道を進む。
「あ~、死ぬほど退屈なんですけど~」
ぶつくさ言っても誰からも返事は返ってこない。わかっちゃいるけど言わずにはいられない。せめて話し相手でもいれば気も紛れるんだけど。そんな無いものねだりをしていると、微かに人の声が聞こえた。空耳か? 人恋しい耳が幻聴を捉えたか?
「~~い・・・・お~~~い・・・・」
いや、空耳でも幻聴でもない。間違いない。人の声だ。それも、助けを求める声が上の方から聞こえる。馬から降りて、きつい傾斜を上る。頂上付近に岩石が鎮座していた。エアーズロックのミニ版みたいな感じだろうか。大きさは三階建ての一軒家くらいの一枚岩だ。声はそこから聞こえてきた。まさか、岩が喋っていたのか? 下手に触れると自爆魔法とか唱えるヤツじゃないよな。ゆっくりと岩の周りを歩いて観察する。ちょうど反対側に着いたところで、岩が喋っていたわけじゃないことが判明した。
人の手だ。人の手が、岩から突き出している。近づいてみると、岩には小さく細長い穴が開いており、そこから腕が伸びていたのだ。その様子は、牢屋の中から腕を伸ばす囚人みたいだった。
「おお、そこに誰か居られるのか?」
中から、おそらく腕を出している本人の声が聞こえた。まだ若い、少年の声だ。
「誰か中に入ってるの?」
尋ねると、中の人は嬉しそうに「入っておる入っておる!」と答えた。
「私はクウと申します。旅のお方よ、どうか私を助けてはいただけないだろうか」
腕の突き出した穴を覗き込むと、可愛い顔を泥で汚した美少年が目をきらきらさせてこちらを見ていた。
話を聞かない訳には行かなかった。
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