第122話 時忘れの岩牢
「どうぞ聞いてください。我が身に起こった悲劇を」
クウは目の前の旅人へ向かって、コレまでの人生を語り始めた。
「私が生まれたのは東の国の農家でした。しかし、天は私に才をお与えになった。生まれてすぐに喋り始め、五つですでに文字書き算盤を覚え、八で最高学府に最年少で入学し、十三で並び立つ者なしと呼ばれるほどの学者となりました。果ては国の重責を担う役職に就くものと、自分も周りも信じて疑いませんでした。しかし、悲劇が訪れました」
クウの声は、その話す内容に合わせたように、とたんに暗く沈んだものとなった。
「突然、我が家に憲兵隊が押し入ってきて、私を捕らえたのです。罪状は、国家反逆罪。私の研究が、国家に仇なすとされたのです。必死で抗弁しました。私の研究は、必ずや国家の、この国に生きる民の為になる、反逆など考えたことも無いと。しかし憲兵は耳を貸さず私を引っ立てました。裁判の場に引きずり出された私に向けられたのは、四方からの蔑視の目。あれほど私を賞賛し、神童と誉めそやした者たちが手のひらを返したように私をなじり、非難の声を浴びせたのです。愕然としました。絶望とはこのことか、と。何を言っても聞き入れてもらえず、私に身に覚えの無い罪状や証拠がずらずらと並びたてられ、下された判決はこの『岩牢』の中で永久に封じられること」
「永久に、封じる?」
「はい。この岩牢には『時忘れ』という特殊な術が施されており、中の時を止めるのです。中にいるものは空腹を覚えることも、眠ることも、年をとることもない。死ぬことすら許されず、永劫の孤独を彷徨い続けるのです」
皮肉なことに、この術はクウが開発したものだ。元々は対象の時を止めることで、遠くにいる怪我人を医者に運び込むまで死なせないようにするためであったり、新鮮な食物を新鮮なまま遠方へ運ぶために利用されるものだった。
「皆から見放された私をさらに追い込んだのは、これまで仲間だと思っていた者たちでした。移送される私を見て彼らは見下したように嘲笑い、こう言ったのです」
貴様の研究は、後は我らが引き継ぐ
「その時悟りました。私はやつらに嵌められたのだと。やつらは私の才能と栄誉に嫉妬し、それを横から掠め取ろうと画策していたのです。わが子にも等しい研究を完成間近で奪い取られ、他人の功績とされる、わかりますか、この屈辱、この怒りが」
握った拳がふるふると震える。
「いつかやつらに復讐する。それだけを糧に、私はこの中で研究を続けました。しかし、この岩牢の堅固さは生半なものではなく、ありとあらゆる術を試しましたが破壊すること叶いません。精も根も尽き果て、途方にくれていたところ、あなたが通りかかったのに気づいたというわけです。旅の方よ、どうか私を哀れと思って下さるなら、どうかこの岩牢の封を解いてくださいませんか」
クウは祈るように頼み込んだ。旅人はしばらく思案していたが「どうすればいいの?」と尋ねてきた。
「どこかに、この岩牢の時を止める術符があるはずです。もしくは直接術を書き込んでいるか。それを削っていただけませんか」
クウの前から旅人の気配が消えた。伝えたとおり、岩牢の周りを調べてくれているようだ。しばらくして旅人が戻ってきた。
「目に付いたお札とか、模様みたいなのを削ってきたわ。これでいいの?」
「おお、ありがたく存じます。して旅の方、何か入り口、門や扉のようなものはありませんでしたか? 鍵でも構いません」
「門や扉?」
再び旅人は岩山の周りを巡る。
「残念だけど、そういったものは無かったわ」
戻ってきた旅人は答えた。そうですか、と残念がりながらも、半ば想定していた結果故にすぐに切り替える。そもそも出す気が無いから入り口など必要ないのだ。
「わかりました。しかし、岩牢にかけられていた時忘れの術はあなたのおかげで解かれたはず。再度破壊を試みますので、離れていていただけますか」
そう言って、クウは親指の腹を犬歯で噛み切った。ぷっくりと滲む血を壁面になすりつけ呪印を施す。施し終えたら壁の反対側まで退避し印を切った。
「発!」
呪印の発動し、轟音と閃光をほとばしらせながら破裂する。もともと存在した火をおこす術を自分なりに改良し破裂させるようにした。威力は描かれた呪印の量と精密さに比例する。この限られた空間の中で自分が巻き込まれないぎりぎりの爆発量だ。これで駄目だと・・・
「くそ」
クウは思わず奥歯を噛み締めた。煙が晴れた向こう側。呪印を施した壁は、多少の傷こそ入ったものの顕在だった。
「大丈夫?!」
旅人の声が近づいてくる。
「大丈夫です。しかし」
「あ・・・壁が」
「ええ。崩せませんでした」
おそらく外からだと何も変わっていない。自分を封じるためだけにどれだけの労力を裂いたのか。よほど出てこられては困るらしい。
いまだ堅固な壁として立ちふさがる岩牢を前に、クウは最終手段をとることに決めた。
「旅のお方、協力いただいたのに申し訳ありませんが、どうやら脱出にはまだまだ時間がかかりそうです」
「かかるって、どれくらい・・・」
「そうですね。壁の傷具合から見て、後数年ほどはかかるでしょうか」
「それ、大丈夫なの!? あなたが言ってた、時間を止める術は」
「解呪されています。それゆえに壁に傷をつけることができたのです」
「けどそれだと、この中は時間が」
「ええ、外と同じ時を刻みますね」
空腹も感じれば、眠気も感じる。そして、命の砂は再び落ち始める。
「そ、そうだ。私、これから東の国に戻って、あなたをここから出すように説得するわ」
「無駄です。言ったでしょう。やつらは私から全てを奪った。それは反対に、私に出てこられたら全てを奪い返されるのです。もちろん、私はもう、過去の栄光などに興味はありませんが、やつらはそう思わない。自分の地位を脅かす者を、やつらが出すはずありません」
「じゃあ、じゃあ、私が何とかする・・・」
「旅の方」
旅人の言葉を遮って、クウは言った。
「もう、良いのです。術を解除してくれただけでも大きな一歩です。ここで永久に生きるよりも、私は死の恐怖が迫ろうと挑み続けられるのです。ありがとう。私に希望をくれて」
「クウ、さん。でも、私なら何とか」
再び何か案を言おうとした旅人に手のひらを向け、制止させた。
「大丈夫です。旅のお方、あなたにもご都合がおありでしょう。私のために時間を割いてくださり、ありがとうございました。あなたの旅路に、神のご加護があらんことを」
そういって、クウは小さな隙間から目いっぱい手を伸ばした。その手を、旅人が握り締める。
「クウさん。だから、その、私なら」
「お気遣いはいりません。ふふ、久しぶりですね。誰かと手をつなぐというのは。たったこれだけのことですが嬉しく感じるなんて。牢獄生活は、こういった事、人は誰かとつながっていたいということを再認識するのに丁度いい」
クウの手を握る旅人の手に、力が篭る。
「ああ、人の手というのは、暖かいんですね。それとも、あなたが優しいからかな?」
「いや、そんなことは」
照れる旅人に、クウは続ける。
「優しいあなたに、もう一つだけお願いがあるのですが」
「何? 何でも言ってみて?」
「少々、入れ替わっていてもらえますか?」
え? と旅人が何のことか聞き返す前に、クウはあらかじめ仕込んでいた呪術を発動させた。途端、景色が変わる。
「っしゃああああああああああああああ!」
太陽の下、クウは両手を天に突き上げ、高らかに咆哮する。
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