第88話 老兵の覚悟

 水の巨人がカグヤ機に向けて腕を伸ばす。向けられた五本の指が、触手のように伸びた。タコが獲物を絡め取るように、五本の水の触手が圧殺せんと迫る。

「プラトー、掴まっていてください!」

 カグヤは機体を振り回した。補助翼の機能を最大限に活用し、大気中の戦闘機にあるまじき軌道を描く。

 急下降に急上昇、急旋回は当たり前、突如エアスポットに入った様な落下やまるでジャンプした様な動きで触手と触手の隙間を縫っていく。その機体の後を追って行く触手は三つ編みみたいに絡み合って一本の太い触手となり、弾けた。今度は幾重もの帯となり、カグヤ機を取り囲む。丸い虫かごに取り囲まれたような形だ。しかも網目は機体よりもはるかに狭い。

「ぐっ」

 ここまでか、カグヤの脳裏に諦めがよぎった。

「姫様!」

 プラトーが叫ぶ。彼女の代わりにモニター類を見ていた彼が見つけたのは、自機の上空から接近してくる何かだ。カグヤもモニターで確認した。あれは

「脱出ポッド!?」

 それは、先ほどジョージワードも乗っていた脱出ポッドだ。彼の乗ってきた機体は既に海の藻屑となっている。とすると、あれには誰が乗っている?」

 ポッドは勢いを緩めることなく直進し、カグヤ機を取り囲んでいた虫かごに突っ込む。機体の所々がへしゃげたが、装甲の厚さでもって押し切った。そのままカグヤ機の前を通り過ぎる。

 賭けるしかない。カグヤは落下してきた脱出ポッドの後を真直ぐ追った。ポッドはそのまま落下し、下側の網目に激突。再び水圧に押しつぶされながらも突っ切った。そこに出来たのはポッドがこじ開けた穴。カグヤは機体一つ分の隙間に別の機体を通した。

 ポッドはそのまま落下し、徐々に鼻先を持ち上げて地表と水平にしていく。海水が干上がったことで現れた湿った海底を削りながら、ポッドはランディングする。機体のそこかしこから火花が散り煙が上がっている。さすがにもう限界だろう。

 ボスン

 一際大きな音を立てて、煙が噴き出した。しばらくして、出入り口のドアが設計者の意図を無視した強引な開け方で文字通り飛んで行った。続いて中から咳き込む男女が現れる。

『ゲホッ、ゲホッ! ちょ、あなた、ホントゲホッ! 馬鹿なんじゃないの! 何でいっつもこんな無茶するの! 死ぬかと思った!』

 聞こえてきたのはクシナダの声だ。涙目で顔をススで黒くしながら彼女は隣にいる男をなじっていた。

『五月蠅いなゲホッ、無事到着したんだから良いじゃないかゴホッ』

 煩わしそうに彼女をあしらっているのはタケルだ。二人とも無事脱出できたようで何よりだが、いつもあんな無茶をしているのだろうか。プラトーを巻き込んでいる自分が言うのもなんだが、こんな時にも拘らずカグヤは巻き込まれているであろうクシナダに思わず同情した。

 二人の登場に驚いたか理由は分からないが、ジョージワード、いや、クトゥルーの攻撃がやんだ。カグヤは急ぎ二人の下へ機体を滑らせるようにして着陸させる。

『あれが正しい着陸よ! あなたのは墜落! わかる?!』

『ああ、はいはい。僕が悪かったって』

 まだ喧嘩をしているらしい二人だが、こちらの意図は伝わっているらしく、すぐさま機体に乗せ、上昇する。今は少しでもここから離れるべきだ。カグヤは二人がシートベルトをつけた確認すら惜しんで艦を発進させた。



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「積もる話もあると思うけど、先に教えてくれないか」

 急発進で打ちつけた後頭部をさすりながら尋ねる。

「あれは何だ?」

 後ろにいる巨大な水の巨人を指差した。

「ジョージワードです」

 ずいぶんと大きくなったものだ。今回は人の変身ビフォーアフターで驚かされてばかりだ。どこでどんなエステを受けたのやら。

「破滅の火の力だ」

 プラトーがカグヤの後に続いて言った。

「ジョージワードが言った。破滅の火は、ただのエネルギーを貯蔵した石ではなく、この世界を創った神がいる世界とつながるための鍵だという。破滅の火の使い方は、自分にその神を降ろし、神と一体化することだそうだ。今の奴は、水を司るクトゥルーと名乗っている」

 誰が見た悪夢なんだか。でも言われてみたら世界を創った神とつながる鍵だとかあの触手とか、コズミックホラーに出てきた気がする。もしかしたら、元の世界にも破滅の火とかあるのかもしれない。いや、破滅の火は神の世界とつながる鍵、つまり別次元の扉を開けるってことだろ? ということは、その神の一柱が元の世界にお出かけした可能性もあるわけで、コズミックホラーは実は神話なんかではなく本当に起こった怖い話になってくる。興味は尽きないな。ただ、僕の知的好奇心を満たしている暇は今はなさそうだけど。

「えっと、つまり今、ジョージワードは神様になったってこと?」

 クシナダの問いに、カグヤとプラトーは顔を見合わせて、同時に頷いた。

「あなた方も見たでしょう。莫大な海水を意のままに操るあの姿を。しかも、彼が言うには降ろせる神は一柱だけではないようなのです。神は近くにあるマテリアル、何科の物質に惹かれて現れるらしく、必要に応じて呼ぶ神を変えられるそうなのです」

「まるでゲームの召喚術だな」

 マジックポイントは石が肩代わり、あとは憑代があれば良い、か。

 通信でラグラフが言っていた、ジョージワードの行動がおかしい件についてはこれで解決だ。奴にとっては自分の艦隊がどうなろうが知ったこっちゃないんだ。それを超えるだけの力を手に入れることができるのだから、今更権力もへったくれもない。全て自分で出来るのだ。

「なるほどね。じゃあ次は、あれをどうやって倒すか、だけど」

 そう言うと、カグヤとプラトーが驚いた顔で僕を見ていた。

「あれを、倒す気ですか?!」

「え? 倒さないの?」

「い、いえ、本心としては倒したいしどうにかしたいとは思うのですが。今の心境としてはあれだけの力を見せつけられて、よく心折れずに挑もうと言えたと思いまして」

「こういうのは、慣れだ」

 初っ端から絶望的な力の差がある戦いばっかだったしなぁ。ただそこで学んだのは、付け入る隙はなくは無いってことだ。

「僕のこれまでの経験上なんだけど、ああいう輩って力を手に入れたら見せびらかしたくなる物なんだよ、とくにほら、ジョージワードって元の人間の姿は見るからにひ弱そうだっただろ?」

 モニターに映ったジョージワードを思い出す。痩せこけて背が低くて、押し出しの強そうな服を着てたけど完全に斬られている状態だった。多分、幼少期から病弱だったんじゃないかと考えられる。そんな奴が力を手にしたら、十中八九遊ぶ。自分の力を見せつけるようにして。

 あと、今しがた力を手に入れたんだとしたら、まだ慣らし運転のはずだ。カグヤの機体を追いかけ回したのは、自分が今どれだけのことが出来るかの確認だったんじゃないかと思っている。で、さっきから追いかけてこないのは、まだ完全に力が馴染んでないからだ。幾ら方法を知ってたからって、神と呼ばれるような存在が、そう簡単に人体に馴染むとは考えにくい。

 ジョージワードの性格と、神の力がまだ万全でない今の方が勝率は高い。

「確かに、言われてみればそうかもしれません」

 僕の説明に、ようやく得心がいったカグヤがしきりに頷いている。

「チャンスなのはそうなのだろう。しかしだ、結局どこを叩けば奴を止められる?」

 プラトーの言うことはもっともだ。基本は奴がこうなった原因である破滅の火を狙うのが一番だと思う。破滅の火が鍵であり憑代と神を繋ぐのなら、それを狙うのが筋ってもんだろう。問題はあの巨体のどこを探せばいいのか、ってとこか。

「ねえタケル」

 クシナダが挙手した。僕たちの視線が彼女に集まる。

「その、ふと思いついたんだけどね。私って、今回カグヤの物まねをしたじゃない?」

 ふんふん、と三者三様に頷いて話を促す。

「で、一番怒られたのが、ふとしたはずみで素が出ちゃうってことだったの。カグヤ、覚えてる?」

「ええ。演技している、というスイッチが入っているときは問題なかったのですが、ふと気の抜けた時や、とっさの事態に陥った時に演技を忘れることがありましたね。でも、それがどうしました?」

「うん。ジョージワードも同じじゃないかなって。自分とは別の物を体に入れて、別の者になろうとしてるってことでしょう? なら、何か相手が驚くようなことをすればいいんじゃないかって」

 相手が驚くようなことをすれば、憑代と神が分離するかもしれないってことか。しかしあれだけのデカさになったら、ちょっとやそっとのことでは反応すらしてくれそうにないな。目算でデカさは元の世界にあった電波塔二本を足した分より高い。触手に至っては数キロは軽く超える。ひざかっくんしようにも近づく前に潰されてしまう。

『それなら、私がどうにかしよう』

 通信が入った。ラグラフの声だ。通信機を掴んで、プラトーが応える。

「ラグラフか?」

『ああ。話は聞かせてもらった。あのデカい水の巨人がジョージワードと言うくだりからな』

 つまり最初からだ。

「聞いとるなら、初めから参加してくれてもよかったのに」

『すまんな、まだ少々忙しくて。しかし、今落ち着いた』

「落ち着いた、ということは、もしかして」

 幾分機体のこもった声でカグヤが問うと「はい、姫様」と力強い返事が返ってきた。

『敵艦は制圧しました。我々の勝利です』

 よし、とプラトーがガッツポーズし、カグヤは大きく息を吐いた。一つ懸念事項が消えたわけだ。ただ、大きいのがまだ残ってはいるが。

『そのことだが、クシナダ殿。ようは奴はまだ不安定な状態だから、脅かしてやればいいんじゃないか、そういう事だな』

「え、ええ。その、何の確証もない思いつきの話なんだけど」

『それでも、今考えられるのはそれくらいなのだろう? なら試してみる価値はある』

「試すって、何をですか?」

 カグヤの問いに、音声しか届いてないのに、僕にはラグラフがニヤッと笑った気がした。

『奴の頭の上に、母艦を落とします』

 敵母艦、というと、今空に浮かんでるあれをか?

『今、捕虜たちを全員我が艦に移送しているところです。もう間もなく、敵艦からは人っ子一人いなくなります。その敵艦を奴にぶつける、というのはどうでしょうか? 全長約千六百メートルの鉄の塊がぶつかれば、流石の奴も驚くでしょう』

 奴どころか、この星がびっくりするだろうな。津波とかで生態系が破壊されそうな気がする。

「ちょっと待ってください。ぶつける案はいいとして、誰がその艦を運転するんです?」

 カグヤが口を挟む。

「遠隔操作であれだけの巨大な艦を的確に相手に落とすことが出来るのですか? 通常であれば操縦するのにも何十人というオペレーターが必要となるのですよ?」

『途中までの牽引は我が方の艦で行います。一度動いてしまえば、後は舵を取って微調整するだけなのでもっと少ない人数で行けます。極端な話、儂一人でも』

「・・・ラグラフ。自分の言っている意味が分かっているのですか?」

 カグヤの指摘はもっともだ。突っ込ませる艦を操作するということは、とどのつまり特攻、死を意味する。

『もちろん、分かっていますよ』

「何故ですか。何故あなたがそんな役目を担うのですか」

『儂以上の適任がおらんからですよ。姫様も知っての通り、儂は体の半分はサイボーグです。脳からの電気信号を送るシステムを応用すれば、一人でも大体の操作はできるのです』

「しかし!」

『姫様』

 静かな、しかし有無を言わせぬ声でラグラフはまだ言い募ろうとする彼女を制止した。

『申し訳ありませんが、姫様の我儘に付きあう暇はありません。有効と分かった以上、この作戦は決行いたします。今奴を止めなければ、全宇宙に住む多くの人々の生活が脅かされるのです。奴のために誰かが死ぬのは、これで最後にいたしましょう』

「ラグラフ・・・・」

『年功序列です。姫様。年寄りが先に死ぬと世の中は決まっているのです。若き希望のためならば、私は喜んでこの命を使いましょう。あなたという希望を未来につなげる。そのための礎となれるなら本望です』

「待ってくださいラグラフ!」

『姫様。どうかアトランティカをよろしく頼みます』

 ぶつり、と音声はそこで途切れた。カグヤが何度呼びかけても、もう返事は返ってこない。

「姫様」

 プラトーが彼女の肩に手を置く。

「奴は頑固です。言い出したら聞かないでしょう。そして、言ったからには必ずやり遂げる男です。その男の覚悟を、お願いですから汲んでやってください。無駄にしないでください」

「・・・分かってます」

 彼女は目元をぬぐい、前を見た。

「タイミングを合わせます。プラトー、ラグラフの乗る艦の位置情報を逐一教えてください。ギリギリまで悟られないように奴の意識をこちらに引きつけます。クシナダ、タケル。座って、しっかりとベルトを締めておいてくださいね」

 そして、機体が旋回する。向かうは水の巨人。

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