第237話 距離も空間も阻めない

 信者たちは銃を形成したルゴスとはまた別の武器を形成していた。ルゴスだけが特別なのか、それとも全方位から銃で撃ち合って味方に被害が出るのを嫌がったか。クシナダに迫る信者たちが形成したのは剣や斧、槍等、揃って接近戦用の武器ばかりだ。それら武器には、爪に迸っていた閃光と同種の力や、刃を毎秒数万回振動させ、切断力を高める力などが備わっていた。

 ―奴らの力は脅威だが、遠距離で詰めて来ないのなら―

 全方位から迫る敵に対し、クシナダが取った方法はシンプルだ。間合いが失われるまでのわずかな時間を用いて、周囲を見渡し、敵の数が多い所を見分け、その方向に向かって矢を射る。彼女の力が込められた矢は、最も手前にいた信者の頭部を吹き飛ばし、その後ろの信者数体を貫通し巻き込む。続けて、別方向の多い箇所に向かって矢を放つ。同じように、また数体の信者が力を失い落下していく。

『少しでも数を減らしたいが為の悪あがきだ』

 ルゴスは焦らない。今更一体、二体倒されたところで怯む信者たちではないし、時間をかければ再生して戦線に復帰できる。後先も被害も考慮せず全兵力を投入出来るのが信者たちの強みだ。どれほど倒されても最後にクシナダを打ち取ればいい。彼女が他の信者を射る間に、更に接近しようと信者たちは方位の輪を更に狭める。どれほど早く正確に矢を射ることが出来たとしても、全ては倒せない。証拠に、既に何本もの矢を放っているが撃ち漏らしは存在し、固まっているところを射られるのであればと散開して狙いを分散している。以降は固めて射落とすことなど出来ない。矢を射る回数が増えれば、当然その隙は狙い以外の信者が近づける。誰かが到達すれば勝負は決する。ルゴスを始め、信者たちはそう考えていた。

 だが、クシナダは彼らの考えを裏切る。

 幾度目か、彼女が矢を放つ。同じように信者が何体か落とされるが、包囲網もまた狭まり、後少しと言うところだった。これで終わりだ。あっけなく戦いが終わることに、いささか拍子抜けしたルゴス。その目の前を、クシナダが高速で横切った。

『何っ!?』

 包囲網を突破しようというのか。無駄だ。その方向には武器を構えた信者たちがいる。茨の森を抜けるようなものだ。通り抜けるだけで傷を負う。

 しかし、ルゴスの予想は外れる。クシナダは怪我一つ負わないまま、包囲網を突き抜けた。

『何故だ。何故・・・っ』

 彼女を視線で追ったルゴスは自分で答えに気づく。彼女が通った場所の信者の数が他の場所よりも極端に少ないのだ。

 クシナダが矢を射ていたのには二つの意味があった。一つはルゴスたちも気づいていた、数を出来るだけ多く減らすため。もう一つは、包囲網に穴を作るためだ。

 最初の理由に気づいた信者たちは、矢に巻き込まれにくいように広がった。彼女はその動きを見ながら二の矢、三の矢を放つ。信者たちとて馬鹿ではない。何度も彼女が矢を射るたびに、そのパターンを学習し、射るタイミングを計っていた。

 しかしこの場合は、彼女に計らされたと言うべきか。

 クシナダは何度も正確に同じ動作で射続けることで、信者たちに自分のパターンを覚えさせた。追い込み漁の様に信者たちを誘導し、全体の動きをコントロールする。ある程度目処が立ったら、穴を開けるための矢を放つ。信者たちは学習させられたとおりに巻き添えを食わないよう動く。彼女の計算どおりに。彼女が放った矢のルートには数体の信者しかいない。矢の後を追い、彼女は包囲網に隙間を作り上げたのだ。

『追え!』

 ルゴスの号令で、信者たちは彼女を追った。クシナダは、速度を調節しながら低空でバシリアの街中を飛ぶ。あれほど賑わっていた大通りは、当然のことだが無人だっだ。藁葺きの屋台を風圧で揺らしながらまっすぐ飛ぶ。その後を、屋台をバラバラにしながら信者たちが追う。もはや彼らに、街に対する愛着はないようだ。

 大通りを抜け、クシナダは九十度折れ曲がり細い路地に入る。当たり前のように信者も壁を削りながら追いかけ

 唸り声を上げる突風が、路地に密集した信者たちを襲った。風の猛威に晒された信者たちの体は千切れて舞った。スピードが落ち、密集するタイミングを見計らっての一矢は最大限の効果を発揮し、信者の数を減らした。

 ならば素直に後を追わず、上から。二の轍を踏まないように信者たちは追いかける方法を変える。獲物を上空から狙う猛禽のように、市街地を飛び回るクシナダを目で追う。だが、上手くいかない。クシナダは通りを抜けるだけではなく、時折家屋の中に入り口から飛び込み、次の瞬間には別の家屋の窓から飛び出てくる始末。

 ティアマットの痕跡を探すために行っていた、地道な情報収集作業が功を奏した。元々狩人のクシナダは、地形や道を記憶しておくのが得意だ。情報収集や仕事の手伝いなどで訪れた場所や道をきちんと記憶しており、正に今、その能力が成果を上げている。

 であれば、彼女の逃げ込んだ家屋を破壊すれば良い、逃げる場所をあらかじめ破壊すれば良いと、今度はルゴスのように銃型に武器を変えた信者たちが、味方に被害が出るのも構わず彼女目掛けて銃を乱射した。家屋は破壊され、粉塵が舞い、時折誤射によって手足が失われた味方が目に付いたが、肝心のクシナダの姿は無い。

『どこに』

 いった、と続けようとした信者の頭が撃ち抜かれた。粉塵がもうもうと立ち込める区域からの射撃だった。崩された家屋は煙幕代わりとなり、彼女の姿を隠していた。


「ここまでは上手くいってる、けど」

 粉塵の中から移動するクシナダには、ここまで優勢にことを進めているにもかかわらず余裕がない。どれだけ倒そうと、数は今も不利、倒した相手もそのうち復活するとなれば、余裕などあるはずが無かった。いずれ追い詰められる。その前に突破口を見つけなければならない。現時点で最も望ましい展開は、連れ去られたタケルと合流する事。一人では出来ないことも、二人でならば出来る。完全な不死の相手に対しても、突破口も見つかるかも知れない。

 ただ、とクシナダは胸中の奥底に残る不安を認識する。

 タケルは連れ去られる直前、彼女に『逃げろ』と言おうとしていた。これまでの彼からは考えられない言葉だ。その前から、どこかいつもの彼らしくないような発言が見られた。

 もしかして、この戦力差を前に死を覚悟したのではないか。

 彼の本来の願いは死ぬことだ。死ぬためにこの世界に訪れ、死ねない呪いを受けて、神からの依頼もあって、自分を殺す強大な相手に出会うために戦い続けていた。その願いがこれで叶うと本人が思っていたら? 考えたくないことだが、もう死を受け入れたとしたら?

 ぶんぶんとクシナダは首を横に振った。

 タケルはまだ生きている。そんな男だからこそ最後の最後まで抗う。自分の命を資源として有効活用する。どんなに困難な状況でも、命尽きるまで。その姿を間近で見てきたのは誰あろう、自分自身だ。

 いつか、言われた言葉を思い出す。タケルから目を離すな、と。一人ではないと教えてやれ、と。

「戻った時に私がいなかったら、寂しいでしょうからね」

 寂しがるようなタマではないが、そうやってからかってやろう。寂しくなかったかと。一人になってベソかいてないかと。だから、自分は生き延びる。戦い続ける。この場所で踏ん張る。

 敵の気配が近づく。クシナダは再び意識を戦場に集中させ、飛んだ。




 バシリアからどこよりも遠く、どこよりも近い場所。世界と世界の狭間、悪魔の能力によって生み出された、特殊な閉鎖空間の中にて。

 そこには全身を刃で貫かれ、串刺しにされているぼろ衣のような男の姿があった。流れる血は刃を濡らし、首も胴も手足も千切れかけ、通常であれば生死を疑うのも馬鹿馬鹿しいほどの状態だ。誰が見ても、一目見ただけでも、この人間は生きていない。生きていられるはずがない。そう判断するだろう。現に、ピクリとも動かない。

 だが今、ここからどこよりも近く、どこよりも遠い場所より。

 この場所に満ち満ちる狂信とは違う、優しい願いが届く。大海の中の一滴のような、ほんの僅かな思いの欠片だ。


 やがて、男の瞼が微かに動いた。

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