第162話 流れ

 狩猟者たちの増援により、戦況は徐々にウルスラたちのほうへと傾いていった。サソリが新たに現れるよりも、倒され、減少する時間の方が短くなって来たのだ。それには、参戦した狩猟者たちの力量もさることながら、初めてあうはずの龍との即席コンビネーションが上手くはまったからだ。狩猟者たちはサソリを追い立て、あるいは誘い込むことで一箇所に集める。そこへ龍の音波によって一網打尽にする。龍に張り付いていたサソリも、狩猟者たちは慣れた作業をするように剥ぎ落とし、落ちたところを仕留めていく。

 追加のサソリも、徐々に数を減らし、這い出てくる間隔も開きだした。

「ウルスラ」

 上空から下降しながらクシナダが呼びかける。ウルスラたちも彼女に気付き、近づいてきた。

「クシナダ、無事だったんだな」

 降り立った彼女の肩をウルスラが軽く叩く。

「ええ、そっちも。間に合ってよかったわ」

「助かったのは良いんだけど、これは一体・・・。どうして街のみんなが助けに?」

 尋ねると、あはは、とクシナダは少し居心地悪そうに頭をかいた。

「あの後、あなたたちを追ってすぐに追いかけたんだけど、いつの間にか追い越してたみたいなのよ」

 時間は少し巻戻る。

 洞窟を文字通りひとっ飛びで駆け抜けたクシナダは、上空から先行したウルスラたちを探すことにした。

 ここで、彼女にとって誤算があった。

 一つは場所。広く深い森はいかにクシナダの目をもってしても捜索を困難にした。また、走って駆け抜けられる最短距離と『空から街まで一直線』の最短距離は別物であり、クシナダが想定したルートから外れた場所にウルスラたちはいた。

 二つ目は、ウルスラよりも先に、サソリの大群が隠れているのを発見してしまったことだ。動きは遅いが、方向は街のほうへと移動しているように見えた。加えて、街は襲撃を受けたらしく黒煙が上がっている。

 彼女の前に現れた選択肢は二つ。

 見つからないウルスラたちの捜索を続行するか、何かが起きているのは確定している街に戻るか。

 クシナダは、既にウシグたちが街を襲撃していると考えた。街の襲撃が、タケルの言っていた都合の悪い、良くないことであるなら、潜んでいるサソリはウルスラではなく街に向かう増援であると判断した。

 彼女の中で、ウルスラたちの危険遭遇度が下がり、反対に街に戻る優先度が高まった。また、街の狩猟者たちの手を借りられれば、森に潜んでいるサソリたちに対抗できる。ウルスラたちも速く発見できる。その前に街が落とされては意味が無い。

 まずは目に見える、目の前の問題を片付ける。クシナダは帰路を急いだ。戻った彼女が見たものは、街中にはサソリどもが溢れ、狩猟者たちと交戦していた。行きがけの駄賃がてら敵を屠り、彼女は戦いの指揮を取っているであろう人物を探した。

「クシナダか?!」

 突如飛来した声にクシナダは急制動をかけ、振り返る。そこには彼女が探していた人物、クルサが、住民を逃がしながらサソリを足止めしているところだった。

 巨大なハンマーを片手で軽々と振りまわして、小柄な彼女からは想像もできない重々しくも正確な一撃でサソリの足をへし折り、行動不能にすることで倒すよりも進撃させないことを重視していた。彼女に近づくサソリを射抜き、クシナダは降下した。

「クルサ、大丈夫?」

「ああ、住民はほとんど避難させた。残りは後ろにいるあいつらだけさ。あたし自ら街駆けずり回って確認したから、間違いないよ」

 クルサが庇う背後には、レイネや孫のアリアの姿があった。

「それにしても、何でこんなに攻め込まれてるの?」

 先日の襲撃でもかなりの数が攻め込んでいたが、狩猟者たちは街に攻め込むことを許さなかった。あれを超える数が溢れたのだろうか。

「いや、違う。今回の襲撃は特殊だったん、だ!」

 ハンマーが唸り、動きの鈍くなっていたサソリの頭を粉砕した。

「特殊?」

 三本同時に射掛けた矢が、三匹のサソリの足や尾を貫く。そうして動きを止めたサソリに、ハンマーが慈悲も容赦もなく振り下ろされる。

「やつら、地下から現れやがった」

 クルサが言うには、突如地面が割れ、割れ目からワラワラと這い出してきたそうだ。これまでに例のない状況は瞬く間に街をパニックに陥れた。いつの間にか街中全員の頭に染み付いていた、敵は必ず外から来るという思い込みを見事に突かれた。通常であれば苦戦することの無いレベルの狩猟者も、焦りからいつもの調子が出せない。せめて集まり、体制を立て直そうにも、道を寸断するようにサソリが陣取っていて人が集まれない。集まれないから倒すことが出来ず、駆逐作業が遅々として進まない悪循環となっている。

「だが、おたくが来てくれたのは僥倖だ。悪いが他の連中と連携を取る為に、橋渡しをしてくれないか」

「もちろん、やるわ。でもその前に、彼女らの退路を開きましょう。守りながらじゃ満足に戦えないでしょう」

「恩に着るよ。・・・そういえば、おたくの相棒のタケルは? 一緒に行ったウルスラたちはどうした?」

「そのことで色々相談したいの。実は厄介なことに・・・っと」

 クシナダとクルサが同時に飛び退る。彼女らがいた場所に壁伝いに忍び寄っていたサソリが飛び降りてきたのだ。音と破片を周囲にばら撒きながらサソリが着地。

「すまん、話は後だ。街の管理者としてここをまず守らないといけない」

 きっぱりと言い切るが、クルサの表情の中に不安や焦りをクシナダは感じ取った。自分の家族が厄介なことになっていると聞いて不安にならないものはいないだろう。だが、指摘はしない。それでも街を守ることを選択した彼女の決意に水を差すことはない。

「そうね。さっさと片付けましょう」

 代わりの言葉と、言葉の証明となる矢を放つ。縫いとめられたサソリを、クルサの一撃が粉砕した。


「そんなわけで、街のサソリを一掃してたんでちょっと遅くなっちゃったの」

 ごめんね、と片目を瞑って手を合わせるクシナダ。

「いや、間に合ったし、助かったよ。それに、街を守ってくれたんでしょ。ありがとう」

 しかし、とウルスラが視線を巡らせる。サソリはあらかた片付いてしまい、残りも他の狩猟者が狩りつくそうとしているところだ。二人が話す余裕は十二分にあった。

「良くみんなを連れてくることができたね」

 クシナダやタケルは街の人間から災いを呼ぶ者として忌み嫌われていた。彼女の話をみんなが素直に聞くとは思えなかった。

「それなんだけど」

 ちらとクシナダが目を向ける。視線の先にいたのは残党を片付けているシュマだ。

「彼が、みんなを説得したの」

 自分で見た事実なのに、何故か納得いかない、という風な表情で、クシナダはシュマの後姿を見ている。ウルスラとしても意外だった。狩猟者の中でクシナダたちを一番に非難していたのは彼だったからだ。

「いたぞ!」

 その彼が叫んだ。シュマが切り倒したサソリの背中から何かが落ちる。サソリを操っていたウシグだ。たちまち怒りの形相をした狩猟者たちに囲まれた。

「ま、待て! 違う。違うんだ!」

 慌てて立ち上がり、両手をワタワタと振って弁明を始めた。

「何が違うってんだ!」

「言い逃れする気か!」

「サソリに乗っておいて今更何を。貴様がこいつらを操っていたんだろう!」

「ぶっ殺してやる!」

 弱弱しいウシグの弁明は周囲の怒声に簡単にかき消される。哀れなほどにうろたえた彼と、シュマの目が合った。シュマがニッコリと微笑む。それを見て、ウシグは安心したのか少し肩の力を抜き


 スパンッ


「え?」

 ウシグの視界が反転した。目線は緩々と落下し、地に落ちた。頭の後ろで、何かが倒れる音がする。

「せめてもの慈悲だ。苦しまずに逝くがいい」

 彼の目が最後に写したのは、剣に付着した血をふき取るシュマの姿だった。ウシグは最後まで、自分の首が落ちたことに気付かなかった。

「しゅ、シュマ殿?!」

 狩猟者たちをかき分け、ウルスラが近づく。後ろからクシナダが続く。

「やあ、ウルスラ殿。ご無事だったか」

 つい先ほど人をあっさり切り捨てた事など無かったかのような笑顔でシュマが彼女を迎えた。

「なぜ、なぜ殺した! 自分の身が危ういなどの仕方ない状況を除いて、犯罪者は街の法で裁くと決まっているのに!」

「ああ、申し訳ない。怒りに身を任せてしまったのだ。なんせ、奴のせいでこれまで街の人々は怯え、苦しんでいたのだからな。怒りや憎しみが湧き出してしまった。・・・だがここまでの事を起こしておいて、よもや死刑以外の判決はありますまい?」

 いけしゃあしゃあとシュマが言う。

「それは貴殿が決めることではない! それに、奴からはいろいろ話を聞きだすはずだったのだ。笛のことや、もう一匹の化け物のことを」

「笛・・・、ああ、クルサ殿やクシナダ殿の言っていた、化け物を操るという笛ですな」

 シュマが申し訳なさそうに踵を返し、かがみ込んで何かをつまみ上げる。

「重ね重ね申し訳ない。先ほどの戦闘で、この通り」

 つまんだ何かをウルスラたちに向けた。砕けた笛の欠片だ。これではもう本来の用途を果たせない。

「砕けてしまった。形が残っていれば、色々と調べられたのだろうが」

 無念そうに言うシュマ。落ちた彼の肩を、話を聞いていた他の狩猟者が軽く叩く。

「いやいや、あんたがやらなきゃ、俺がぶち殺してたよ」

「落ち込むことは無いぞ剣帝。良くやった」

「そうだよ。これでサソリが操られてたんなら、もうここにはサソリどもは現れないって事じゃねえか」

「今まで誰も出来なかったことをやったんだ。ウルスラ殿、あまり彼を責めないでやってくれよ」

 何だ、これは。

 ウルスラはたじろいだ。この場にいる誰もが、シュマを擁護し始めたのだ。彼のしたことは、何一つ間違いではないのだと。むしろ責めるウルスラが間違っていると言わんばかりに。

「嫌な流れ」

 クシナダが顔をしかめた。この流れはよくない。どうにか流れを断とうと割って入るタイミングを計っていたら、悲鳴とも驚きの喚声ともつかないどよめきが起こった。

「今度は何が・・・あっ」

 狩猟者たちが取り囲む中、龍の体が見る見るしぼんでいく。完全にしぼみきった先にあったのは、倒れ伏した一人の女だった。

「ドゥルジ?!」

 驚きの声をあげたのはクシナダだ。彼女はドゥルジが変身したところを見ていなかった。ウルスラはすぐさま彼女に駆け寄る。全身ぼろぼろだが、息はある。無事だ。ホッとしたのもつかの間、彼女たちは再び囲まれる。今度は仲間であるはずの狩猟者たちに。

「ウルスラ殿。彼女は一体何者なのです? 疲れているところ申し訳ないが、説明願えるだろうか?」

 包囲網の中心にいるのは、シュマ。薄く微笑み、穏やかな彼の態度と声に、ウルスラは何故か言い様のない寒気を覚えた。

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