第134話 霧の中より来る
「今更の話で申し訳ないんだが、スセリよ。聞きたいことがある」
隣を歩くクウがずいぶんと神妙な顔で私を見上げた。
「なによ。改まって」
「あなたは、都の召喚者から西に住む魔王を倒してほしいと頼まれたのだよな」
「ええ。そうよ」
「そもそも魔王なんて、実在するのか」
この旅の目的を根幹から揺るがすような発言に、思わず足を止めてしまった。彼と顔を合わせる。顔と顔の間を、冷たい風が吹き抜けていった。
「え、と、どういう意味?」
「どうもこうも、そのままの意味だ。魔王など存在しないのではないか?」
突然何を言い出すんだこのお子様は。そもそも私が呼ばれた理由が、魔王を倒してほしいだぞ。その魔王がいないのなら、私が呼ばれるわけ無いじゃないか。
「我があの岩牢に封じられて以来、スセリ以外で見かけたのはごくまれに通る業者だけだったのだ」
「それって、魔王が出た影響じゃないの? 西に通じる道が断たれたから」
「違う違う。我が言いたいのはだな。普通、あなたのような人材を召喚する前に、魔王討伐のための兵を派遣してるはずなのだ。しかし、そんな連中を見てはおらん。見落としもありえん。あなたが通るのも察知した我だぞ? 一個兵団の移動はもっと騒々しいはずだ」
「え? それって変よ。私が聞いてた話と違う」
都の連中は、私を呼ぶ前にこの世界の英傑たちを多数送ったが返り討ちにされたと話していた。なのにクウは見ていないという。明らかに矛盾が生じている。
「じゃあ、あんたが言う様に魔王はいないってこと? でも、それなら私が呼ばれた理由がなおさらわからない。嘘をつかれた理由も」
嘘というのは諸刃の剣だ。騙し通せれば事なきを得るが、ばれた場合、確実に敵を作る。よほどのことがない限り、つかないほうがリスクは少ない。それでもつくということは、何か裏があるということだ。真実は嘘の裏側にある。
「魔王はいない、が、彼奴らにとって都合の悪い、魔王のようなものはいるのかもしれんな。そしてそれは、公に排除することができない。スセリはそれを秘密裏に排除させたいがために呼ばれた、というのはどうだろうか? 考えすぎだと思うか?」
「可能性としてはありだと思うわ。目的を終えたらこの世界から消える凶器と同じだもの。証拠は何一つ残らない」
「どうやら、少々きな臭い話になってきたぞ。どうする? 引き返して問い詰めるか?」
「いえ、ここは進みましょう。彼らが言う魔王の正体を確かめてからでも遅くは無いわ」
仮に私たちが魔王討伐をやめても、彼らは新しい誰かを召喚するだけだ。それならば、仮に魔王が討たれる理由の見つからない者だった場合、狙われていることを警告で生きるし、私たちの手で遠方に逃がすことも出来る。そして、連中には何か証拠を届けて、死んだ事にすればいい。そのためには、自分の目で確かめなければならない。
標高が高くなるにつれて、道は険しく、木々が途切れ、砂利道となってきた。道幅も狭い。当然ガードレールも縁石もあるわけ無いから、足を踏み外したら崖まっさかさまだ。
しかも、霧まで深くなってきた。ただでさえ危険な道の視界が奪われる。
「クウ、私の後ろを歩いて」
訓練で、目隠しをしたまま綱渡りをさせられたことがある私なら問題なく歩ける。かすかな空気の流れや霧の動き、音や地面の反響、視覚以外の感覚をつかって道を探る。
「助かる。道がまったく見えなかったのだ。こんなところで道を踏み外したくは無いのでな。しかし、なぜあなたはわかる?」
「訓練よ。訓練。目以外の感覚で確認してんの。あんた、蝙蝠わかる?」
「うむ、わかる。見たことがある」
「あいつら真っ暗な洞窟内でもぶつからずに飛ぶでしょ? あれって、超音波、自分から音を出して、その反響で自分の位置や壁の位置を確認してんのよ。今私は蝙蝠と同じように、音の反響とか風の流れとかで道探ってる状態」
「なんと、そんなことまでできるのか?! ますますあなたに興味が出てきたぞ」
「そりゃどうも」
「なあ、落ち着いたら少し調べさせてくれないか?」
「調べるって、何する気よ」
「そりゃ、血を採って調べたり、解剖したり?」
「崖から突き落とすぞクソガキ」
「なに、ちょっとお茶目な冗談だ。こうもじめっとして気持ち悪いと、気が滅入ってくる。話をしてると気がまぎれるのだ。それに、まるっきり嘘でもないぞ。我があなたに興味があるのは本当だ」
「実験動物として?」
やれやれ、とうんざりしたように返すと、何を言っているのだ、と呆れられた。
「我も男ぞ。美しいものに興味があるのは当然ではないか」
崖から踏み外しそうになった。くそ、落ち着け。ガキの言うことにいちいち反応するな。こいつらの興味あるは怪獣とか昆虫とかロボットと同じレベルだ。綺麗な顔したガキから美しいという形容詞が飛び出ただけだ。事実を言われているのだから何一つ動揺することは無い。集中、集中だ。目の前にある霧と道だけに集中しろ。
それが功を奏したのだろうか。立ち止まって、感覚を研ぎ澄ませる。
「何か、おかしいわね」
体に張り付く霧から、妙な感覚が伝わる。自然現象の霧に本来あるはずの無い、何らかの意思だ。
「どうしたスセリ」
「ねえ、一つ聞きたいんだけど。術って、相手を攻撃することもできるものなの?」
「うむ。むしろそっちの用途ばかりが研究されているといっても過言ではないな。我のように医療等に役立てようとした者は少数派だ。武器にも術にも言える事であるが、人間は手に入った技術や道具は、まず相手を倒すために運用しようとする傾向がある。歴史的に見てもそれは変わらぬから、これは人間の性といってもいいのではないかな」
どこの人間もそんなに変わらない、という評価は置いておいて
「じゃあ、意図的に霧を発生させることもできるのね?」
「可能だ。・・・ふむ、ということは、これは、そういうことなのか?」
「体に張り付く霧から、私たちの進路を妨げようという意図を感じたの。確証はないけど」
というか、説明しようにも出来ない。感覚的なものだからだ。
「いや、我はスセリの感覚を信じる。ちょっと待っていてもらえるか」
クウはその場で膝を付き、砂地に術の紋様を描き始めた。
「一つ、試してみようか」
とん
クウの指が紋様の真ん中を押す。砂地に描かれた紋様が一瞬輝き、中心部から風が発生した。円状に風の輪は広がり、辺りに漂う霧を外側へ向けて押し出していく。
「なるほど、賢い手だ」
自分たちの周囲にあったのは崖だけじゃない。落とし穴に括り罠などブービートラップが山ほど設置されている。何も知らずに進めば餌食になる仕組みだ。
「おもてなしにしては少々物騒ね。一応これ交易の商人も通る道でしょ? 誰がこんな真似を?」
「さて、霧もこれも、魔王の仕業かな。しかし、なんというかな、そこはかとなく素人っぽいな。仕掛け方が」
クウの言うとおり、罠の仕掛け方はどこと無く甘い気がする。罠を複数張る場合、一方に気付いて解除しようと気を取られたところにもう一つの罠が発動する、というような連携性が求められる。霧という目隠しがあったとしても、この罠の仕掛け方は単発だ。ひとつひとつ丁寧に避けられる。
「魔王と呼ばれている者が仕掛けたにしては、悪意や敵意はあっても、賢しさや狡さが見受け・・・」
霧の晴れた空を見上げた。
「どうした?」
「来る」
後ろにいたクウを抱えて、後方に飛ぶ。自分たちがいた場所に、何かが落下した。下っ腹に響く轟音と生まれたクレーターからかなりの威力が想像できる。
「何だあれは!」
クウが叫ぶ。私たちの視線の先、もうもうと舞い上がる土煙の中心に影がある。むくり、と影が体を起こした。
「人、か?」
確かに影は二本足で立ち、シルエットも人型だ。だが、土煙の中から現れたのは、人、と断じるには異様な姿をしていた。
全身を包んでいるのは鉄の板を何枚も貼り付けて作られた鎧だ。中にいる人間の姿を一片も見せないようにぴっちりと板が貼られ、しかし稼動域は金属がこすれることなくスムーズに動いている。板の一枚一枚がスライドすることで邪魔しないのだろう。だとしたら、どのようにしてつながっているのか見当も付かない。釘やねじのあとどころか、紐を通したようなところも見受けられないからだ。武器の携行は認められないが、両手両足には鋭い鉤爪が備わっている。剣もナイフもいらなそうだ。四肢が凶器なのだ。頭を守護する兜も独特で、猛禽の頭のような形をしている。胴体と同じく完全に頭を覆っていて、中の人物の様相は窺い知れない。赤く輝いている目の部分が不気味だ。マジックミラーみたいに外から中は見えないけど、中から外は見えるのか。
しかし、一番の注目点は姿ではなく、今の一撃からも窺い知れる相手の力量だ。砲弾のように自分の認識範囲の外から飛んできたのだ。かなりの手練と見た。
「クウ、少し後ろに下がってなさい」
「わかった。気をつけろよ」
正体不明の敵と後ろに下がっていくクウの直線状に立つ。
「どこのどなたか知らないけど、手荒い歓迎ね」
気軽に声をかけつつ、全身に力をいきわたらせる。いつでも仕掛けられるようにだ。鎧は何も答えず、ぐぐ、と膝を曲げた。問答無用で戦るつもりのようだ。
「クウ。もう少し下がってなさい」
やれやれ、現代で使うことのない、無用の長物だった業が、こんな異界で役に立つとは思わなかった。厄介なのは、この業を振るう機会があったことに対して、自分が少し喜んでいるということだ。ご先祖様が残した本当に厄介なのは業ではなく、この本性なんじゃないだろうか。
「戦いましょうか。心ゆくまで」
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