第135話 五里霧中

 最大限にためた足の力を解放して、鎧が飛んできた。蹴りだした地面が衝撃でめくれ上がる。

 鎧が振り上げた腕がしなる。袈裟斬りに振られた腕を体を反らせる事で避ける。空を切った鉤爪はそのまま地面に突き刺さり、ぎゅっと掴んだ。バターでも削るかのように地面がスカンと抉れる。傷跡はすべすべ滑らかで、鉤爪の鋭さを証明した。いくら私でも骨まで断たれかねない。うかつに組み合うのは止めておこう。

「ジャッ!」

 鋭い呼気にあわせて鎧が足を振り上げた。足先が私の前髪を何本か切り落とす。足の鉤爪も腕と同じ切れ味で脅威、だが、隙も生まれた。

 相手が片足で不安定なのを見逃さず、一気に距離をつめる。右腕を弓のように引き絞り、右足を屈め、対象に対して左足をまっすぐ踏み込む。左足でスライディングしているような形だ。そこから、曲げていた右足で地面を蹴りながら一気に伸ばす。足の裏の筋肉にためていた力を一気に開放し、その力のベクトルに体重移動をプラスし、腰へと伝導させる。力の伝わった腰が回転して、上半身へ。肩が回り、腕、その先の拳が力をロスすることなく連動。拳の一点に全ての力が収束される。対物理業、崩穿華。多分一番得意な業だ。他の業が向こうで使えないというのもあるが。厚さ十センチの鉄板を貫く一撃を鎧のみぞおちへ叩き込み

「っな?!」

 拳に返ってきた手ごたえはまるで水中でくらげを殴ったかのような、手ごたえのあまり無い想定外のものだった。ヒットした箇所が波形状にたわみ、全身の鎧へと移っていく。

 これは、まずい!

 首筋に走る悪寒と脳内に走った直感に従い、すぐさま緊急回避を行った。無理やり体を捻り、横っ飛びで体を右方向へ逃がす。

 どぱぁああああん

 衝撃波が、崩穿華を打ち込んだ箇所から放たれた。何が起こった? 完璧に決まった一撃だった。だが相手は傷ひとつ付いてない。自信があっただけに少しショックだ。ざりざりとパンプスの底を削りながら体勢を整える。顔を上げると、鎧がすぐそこまで迫っていた。相手の攻撃速度と頻度が上がる。いなし、躱し、再び隙を見て打撃を加える。今度は一撃必殺を狙わず、細かいジャブのようなけん制だ。だがそれでも、大の大人が昏倒するくらいの威力はあるんだが、そのことごとくが鎧の装甲に阻まれる。兜、胴体、篭手、具足と色んな箇所を試してみたが、効果は見られない。こいつが防御無視で攻撃ばかりに集中できるのも鎧のおかげというわけか。厄介だな。せめて鎧の効果がどういうものかわかればいいんだけど。

「反射だ!」

 クウが物陰から叫んだ。

「その鎧には反射の術が練りこまれている! 鎧が波打つのは外部からの衝撃を吸収しているためだ。衝撃は鎧中を駆け巡って中身には届かず、打ち込まれた箇所から噴出する。物理攻撃は通じんぞ!」

 昔読んだ世紀末漫画にこういう敵がいたな。確か、ものすごい巨漢で、蓄えた脂肪で主人公の攻撃を跳ね返してしまうヤツだった。そんな相手に対して、主人公は連打で脂肪をかき分けてから必殺の一撃を叩き込んでいた。

 なら、こちらも衝撃が吸収仕切れないほどのラッシュをかけるか。少し考えて、その案を却下する。相手の動きはかなり早い。私と同等、とまでは行かないものの、連打を浴びせるには動きが早すぎる。少々骨が折れそうだ。触れたら痛そうな手足をぶんぶん振ってくるのも面倒だし。となると、後取れる手立ては、アレか。

「あんまりこの業は得意じゃないんだけどな」

 再び防戦に回りながら愚痴る。どちらかというと謳乃の方が得意だ。姉妹で業の得手不得手が違う。

 相手の攻撃を腕で弾き、その反動を使って大きく後退する。着地し、大きく息を吐いて、吸う。よし、久しぶりだけどやってみるか。駄目な時は、またそのとき考えよう。

 鎧が一直線にこちらに向かってくる。防御を捨てるのと、防御を知らないのとでは、まったく意味が違うことを教えてやる。

 迫りくる鎧を前に、私は左の脇を締め、手を開いておく。

「フシュッ」

 鎧が飛んだ。斜め上から両手を広げて襲来する姿は、猛禽が獲物を駆る姿に似ている。それをじっと見つめ、タイミングを計る。業の間合いに入った瞬間、左の掌を突き出した。

「スセリっ?!」

 クウが血迷ったか、と悲鳴を上げた。周りから見れば、私の掌は鎧よりも数センチ手前にあり掠りもしていない。だが、これで問題ない。既に業は決まっている。

「っ?!」

 驚いたのは鎧の方だ。空中で一旦静止し、ビクンと体を痙攣させた。突進の勢いは弱まり、その両腕を振るうことなく地に落ちる。突き出していた左手で、そのまま鎧をキャッチ。


「須佐の型そのいつつ、心敵凱衝」


 対物理で駄目なら、対精神。幽霊やら精霊やら、そういった目に見えない精神体系統の連中を倒すための業だ。あいにく私はそこまで霊感が強いほうじゃないから、悪霊に使ったことはないけど。そして、この業は生き物にも効果がある。相手の意思を直で叩くのだ。

 私たちの流派の考え方では、肉体と精神は完全に連動している。腕が損傷すると肉体と精神が認識して痛みを訴える。そして、精神は肉体以上に脳に痛みを訴えやすい。暗示をかけた相手に「焼きごてだ」と木の棒を当てたら火傷するように。

 心敵凱衝を食らった鎧の中身は、外傷はないが精神にダメージを受けたことにより気を失った、というわけだ。これで生き物ではなくただの動く鎧、何者かの命令を受けて動くゴーレムのような相手だったら、また少し話が変わってくるが、中身があってよかった。

 相手が完全に沈黙していることを確認し、クウを呼んだ。

「やったのか? まさか死んで・・・」

「殺してはいないわ。気を失ってるだけよ。そのうち目を覚ますと思う。クウ、あんたコイツの術を解ける? 起きていきなり暴れられたら面倒だし拘束したいの」

「ここまで完璧な反射の術は初めてだが、何とかやってみよう」

 クウに鎧を任せながら、何かあったらすぐ対処できるように、彼の後ろに待機する。なぜ問答無用で襲われたのか、その辺りの事情を掴みたいところだ。辺りの霧は少し晴れたが、謎の霧はまだまだ晴れず、私たちはその真っ只中で手探り状態で足掻いている。

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