第97話 無関係という言葉の脆弱性について

 天界の騎士ときたか。ルシフル、シャムってことは、明けと宵の明星関連か。

「で、どういう事だ」

 リャンシィが件のルシフルに尋ねた。あそこで腰据えて話す、というのも疲れるし、プレッシャーは相変わらずだが敵対する意思は今のところなさそうだったので、僕たちはバベルのリャンシィの家に戻っていた。囲炉裏を囲み、僕たちとルシフルは対峙した。村に戻ったとき、何人かは警戒と好奇心半々で見物に来てたが、明日きちんと説明するとリャンシィが解散させた。大勢で質問攻めにしても効率悪いしな。

「まずは、我らのことから話そう。我らはこの世界と隣接するもう一つの世界『天界』の住民だ」

 ルシフルが真面目くさった顔で言う。

「そして、この世界にはもう一つ、『魔界』と呼ぶ世界が隣接している。ちょうど、我ら天界と魔界の間にこの世界がある、という認識でいいだろう」

「その魔界に住む連中が、あんたらが戦っている悪魔ってことかな?」

 僕の確認にルシフルが頷く。

「そうだ。元は我らと同じ祖を持つ同朋だった。だが、あるとき決定的な確執が生まれ、我らは敵対し、分かれた。以降、戦いを一定周期ごとに争いを繰り広げている」

「一定周期ごと?」

 そんな示し合わせたような、計画的な開戦なんてあるのか? オリンピックじゃあるまいし。

「世界の位置というのは、夜空に輝く星のように同じ軌道上を同じ速度で動いていると考えてくれ。そして、その中に丁度三つの世界が重なり合う時期がある」

 それが今、ということか。

「ちなみに、その周期って何年に一度?」

「千年だな。千年周期だ。この次は千年後になる」

 そんな昔から争ってるのか? それだけ争って決着がつかないとなると、戦力はほぼ互角と言ったところか。互角であるなら、後は外部からの協力を得てパワーバランスを崩す、そういう目論見だろうか。

「あの、失礼な質問になるけど、ルシフルさんって何歳?」

 クシナダがルシフルに尋ねた。

「私か? さて、何歳だったか。とりあえず、これまで五度あった戦争の最初から参加はしている」

 クシナダやリャンシィがまじまじと、上から下までじっくりルシフルを見ていた。最低でも五千年は生きている計算になる。「そんなに見られても、事実だ」と少し居心地悪そうにして、ルシフルは続ける。

「我らは、悪魔の方もだが、この世界のような肉体の成長やら老い、という概念は存在しないのだ。誕生してからずっと私はこの姿だし、今後もこの姿だろう」

 霊体とか、魂だけの存在とか、そういうオカルトティックな話だろうか。

「かといって、死なないわけではない。例えば私の体内にはこの体を形成するコアが存在する。そなたたちの心臓のようなものだな。それを破壊されれば消滅する。体も傷つけられれば血液こそ出ないが痛みはあるし、修復不能なまでに損壊すればその部分は欠落し、欠落が多すぎても消滅する。だから、これまであった戦争を生き延びている私は、天界の中でも古参の部類に入るだろう。他大多数は、前回の戦争前後に誕生した者たちばかりだ」

 それでも千年近く生きている計算になる。

「話を戻そう。先ほども少し触れたように、今がその千年周期に当たる。天界は既に準備を進め、悪魔どももすでに戦端が開かれるのを待っていることだろう。そして、二つの世界の間にあるこの世界が戦場となる」

 ルシフルの言葉に、愕然としているのはリャンシィだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まさか、ここでおっぱじめるっていうのか?」

「そうだ。先ほど私たちが出会った場所、あのあたりが天界と繋がる。魔界も付近で繋がるだろう。明日、明後日には天界とこの世界を繋いでおく門が形成されるだろう。世界と世界の間を行き来するのにはそれなりの準備がいるからな」

「そういう事聞いてるんじゃない! この近くで戦争するってことは、この村が完全に巻き込まれるってことだろ!」

 リャンシィの訴えに、ルシフルは辛そうに顔を歪めて、視線を少しずらした。

「すまん」

「すまんじゃねえよ! どうしてお前らの戦争にこの村が巻き込まれなきゃいけないんだよ!」

「こちらとて、巻き込みたくはない。だが、あちらは我らの訴えも、ましてやそなたらの訴えも聞くことは無いだろう。奴らの頭にあるのは、どのようにして我らを滅ぼすか、その一点に尽きる。もうすでに、何故争ったのか、敵対しているのか、その理由すら薄れ、失われているだろうな」

 それは我らも同じだが、と苦笑した。

「だから私は、戦端が開かれる前にここに来た。その理由は二つ。戦えない者たちを一刻も早くこの場から遠ざける事を告げに。もう一つが、力ある者たちに助力を願いに、だ」

「俺たちに、あんたらに協力して悪魔とやらと戦えってのか?」

「そうだ。我らの戦力は互角。ゆえにこれまで五度の戦争が繰り広げられたにも関わらず決着がつかなかった。その前に世界同士が離れ、時間切れになってしまうからだ。そこで、そなたらの力を借りたい。リャンシィ、そなたの力はなかなかのものだった。この村の者たちもそなたと同じように、みな高い戦闘能力を有しているのであろう。どうかその力、我らに貸してくれ」

「貸してくれって、気軽に言うなよ。戦えってことは、死ぬことだってあるんだろ? そりゃ村を守る為なら、戦うことに抵抗は無い。けど、あんたらの戦いに巻き込まれるのなんてまっぴらごめんだ。やるならよそでやれよ。忠告はありがたく受け取ったから、俺たちは遠くに逃げて邪魔にならないようにするからよ!」

「しかし、それではまた決着がつかず、千年後にまたここで争いが起こる。その時犠牲になるのはそなたの子孫かもしれんのだ。ここで、今回で、全てを終わらせたいのだ。我々だって少なくない被害がこれまで出ている。もう戦いたくない、戦いによる犠牲者を出したくないのだ。どうか頼む」

 この通りだ、とルシフルは頭を下げた。子孫のこと、これからのことを言われ、リャンシィの内心に多少ぐらつきがあったのか、ルシフルの後頭部を見ては顔を逸らし、見ては顔を逸らし、と逡巡している。

「ルシフル様がここまでしているんですから、前向きに考えてもらえませんかねぇ?」

 突如、僕たち四人以外の声が響いた。頭を下げていたルシフルも含めて、全員がその声の方を向く。

「それに、俺らの戦いがあんたらに全く関係ない、なんてことは無いんだぜ?」

 暗がりからゆっくりと現れたそいつの顔を、囲炉裏の炎が照らした。ルシフルと同じ真っ白な鎧を纏った、見た目は三十代の男。タバコを加えてスコッチを場末のバーで飲んでいそうな雰囲気で、ハリウッドスターのような渋めのナイスミドルだ。二枚の羽根を上手く折りたたんで「よっこらしょ」と何事もなかったかのようにルシフルの隣に胡坐をかいた。

「ラジエル、お前も来たのか」

「来ますよそりゃ。なかなか戻ってこねえんですもん。この忙しい時にルシフルはどこで何してる! ってメタトロン様はじめ四将もお怒りです」

 メタトロンに、四将、ってことは四大天使ってことか? なかなかの豪華ラインナップだ。それにラジエル、と呼ばれたな。確かその名前も天使の名前の一つだ。七大天使のメンバーの一人だっけ。さっきの四大天使とラジエルたち三大天使を合わせて七大天使、あれ? そうなると七大天使の名前と数が合わなくない? サマエルとかカマエルとかゼラキエルとか。聖書の種類によって天使の名前入れ替わるんだっけか。ややこしいな。どうして統一できないんだ唯一の神を崇めるのにその教えを。二千年経ってもいまだ謎だ。

 まあいい。今重要なのは聖書にご登場の天使の名前と似た連中がここで将軍になってて、悪魔と戦ってるという事実だ。つまり、悪魔の方も聖書と同数有名どころがいるってことになる。ルシフルもそうだし、このラジエルも僕らに気配を掴ませないほど巧みに近づいてきたところを見るとかなりの実力者だってことが分かる。こんな連中を要する天界の連中と互角なのだから、悪魔連中もさぞ実力者ぞろいだろう。たとえリャンシィたちバベルの民が不参加でも、僕だけは参加させてもらおうかな。要交渉だ。

「彼の名はラジエル。私と同じ天界の騎士にして、我が軍の参謀だ」

 どもども、とずいぶん軽い感じでラジエルは挨拶した。ルシフルが生真面目だったので、天使は全員こんな感じかと勝手に想像していたら、ものの見事に外れた。

「関係なくない、って、どういう事だよ。えと、ラジエル、さん?」

 ラジエルで結構、と軽く手を挙げて、彼は続ける。

「悪魔どもの狙いは、確かに俺たち天使との戦争に勝ち、俺たち全員を抹殺することだろう。けどその後の狙いもきちんとある。それは、この世界そのものなんだよ」

 ラジエル! とルシフルが叱責するがお構いなしにラジエルは続けた。

「悪魔どもの狙いは、この世界に溢れる力だ。マナ、生命力、気、呼び方は何でも良いが、悪魔どもの栄養となる力がこの世界には溢れている。奴らはそれを狙っている。ひとたび悪魔どもがこの世界を占領したが最後、カラッカラになるまで力を吸い取られる。吸い取られるだけ吸い取られたらポイだ。そして、この世界は死の世界となる。生命が存在しない、無の世界だ」

 これでも無関心を貫けるかな? とラジエルは皮肉げに口元を歪めた。

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