第84話 騙し合い化かし合い

 モニター画面に動きがあった。ボールが当たったガラスみたいに、モニターの中央、宇宙空間が音もなくひび割れたのだ。ひびは画面いっぱいに広がり、亀裂の枝は別の亀裂へと連鎖し、蜘蛛の巣のように張り巡らされていく。不規則に見えたひびは、いつしか規則的で幾何学的な模様に変わる。

 突如、中央部が内側から引っ張られるようにしてぐにゃりと『凹んだ』。遠近感が馬鹿になったのかと思った。凹んだ状態から、亀裂は機械のようにスライドし渦のように開いていく。

 円形に開いた渦の丸い底に『向こう側』が見えた。あれが何万光年先も宇宙空間か。中央に、この艦と同型の艦が浮かんでいる。止まっていた艦がゆっくりと前進を始めた。艦が渦をくぐり抜け、『こちら側』に侵入してくる。艦が完全にこちら側にわたってきた途端、渦は先ほどの映像を巻き戻すように戻っていく。すげえな。本当に宇宙に来て、自分が通ったわけではないけどワープまで見ている。少年の頃見たSF映画そのものだ。

「通信、入ります」

 オペレーターの報告と同時にモニターが切り替わる。画面が壮大な宇宙から、ちょっとイっちゃってる感じの中年に切り替わった。画面越しでもからでも荒い息遣いとクレイジーな性格が伝わってくるようだ。オトモダチにはなれそうにないね。

「ジョージワード閣下。この度はわざわざこんな辺境までお越しいただき、ありがとうございます」

 ラグラフが胸に手を当てて、恭しく腰を折った。

『らら、ラグラフ将軍。は、破滅の火は、今どこに?』

 お褒めの言葉をかけることもなく、すぐさま本題に入った。その間も中指の爪を噛みきょろきょろと視線がせわしない。危険な薬物でもキメてらっしゃるのだろうか。カグヤでなくても、奴以外なら誰だってましな政策をとれそうな気がしてきた。

 ラグラフが顎で示唆する。彼の下へ兵士の変装をした僕が透明なケースに入った破滅の火を運ぶ。アトランティカの兵士はすり替えられる恐れがあると言う事なので第三者である僕にお鉢が回ってきた。念には念を、だ。

 モニターの前にケースを差し出す。

『たた、た確かに。では、先ほど連絡したように、使いの者が行くから。彼らに引き渡せ』

「畏まりました。姫と一緒に彼らに引き渡します。姫と行動を共にしていた従者たちはどうしますか?」

『処分。処分だ。殺して捨てろ。私に刃向った者の末路だ。可能な限り苦しむように殺せ』

「仰せの通りに」

 ブツンとラグラフの返事を聞き終える前に映像は途絶えた。人の話は最後まで聞きましょうと親から教育されなかったらしい。

「あれが、ジョージワード?」

 隠れて見ていたクシナダが嫌そうな声を上げる。画像では見ていたはずだが、それでもショックを受けるほどの嫌悪感を覚えたようだ。これからあんなのと対峙しなければならないのだから、嫌にもなる。

「まもなく、ポッドが到着する。クシナダ殿」

 ラグラフが言い、その場にいた全員が彼女に向かって敬礼した。

「宜しく頼む」

「分かったわ」

 踵を返す頃には、スイッチが入ったのかクシナダは完全にカグヤになりきり、歩き方も姿勢も変わった。矢を射る時の集中力がこんな所でも活かされている。

 彼女が出て行ったあと、ぼんやりと近づいてくるポッドを眺めていた。宇宙空間をふわふわと一定の速度で近づいてくる。ふと、気になった。確か昔、何かの映画かマンガで見たことだ。

「一つ教えてほしいんだけど」

 ラグラフに疑問をぶつけた。すると、まさかの情報が得られた。

「そんなことを聞いて、どうする気だ?」

 ラグラフは不思議そうに首を傾げた。おいおい、どうして気付かないんだ。あいつらの裏をかく方法が目の前にあるんだぜ?

 その案をラグラフにぶつけてみる。無謀とか無茶とか言われたが、聞きたいのはそんな言葉じゃない。可能か不可能か、だ。

 結果は、理論上は可能。昔の偉い学者が言っていた。理論は実践してこそ。


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「では姫様。少々不都合をおかけいたしますが、なにとぞご容赦のほど」

 慇懃無礼に使者は言い、手を前にして拘束された姫に扮したクシナダををポッドに乗せた。彼女は悔しさを滲ませながらも必死に耐える表情で、使者を睨みつけながらも大人しく従う。完璧とプラトーが絶賛しただけあって、彼女の正体がいきなりばれる、なんて心配はいらなさそうだ。彼女を見て鼻を鳴らしながら、使者は彼女に見せつけるように、破滅の火を所定の台にセットした。台にはスキャナーが搭載されており、破滅の火を見分けることが出来る。偽物を掴まされないための措置だ。スキャナーが作動し、結果を導く。使者が頷く。結果は間違いなく破滅の火だった。人を見分ける方が必要よね? とクシナダは首をかしげた。彼女にとっては、人の方が物よりも価値があるし、人を騙すのは結局人だからだ。

 これだけ進んだ技術を持っていながら、どうしてそっちを作らないのだろう。まあ、私たちにとっては都合がいいけれど。質問できる相手が周りに居ないので、彼女の疑問は心の中に積み重なるばかりだ。後でまとめて尋ねようと彼女は決めた。

「では姫様。良き旅路を」

 そう言って使者がポッドのドアを閉めた。使者たちがポッドから離れるとともに、それを見守っていた兵士や整備士たちも離れていく。

 やがて、ポッドのある区画が壁で区切られた。代わりに、宇宙と艦内を隔てていた壁がゆっくりと開いていく。完全に開き切ったのを見計らって、スラスターが噴射。無重力空間の中を微調整しながら艦外へと出た。ゆっくりと方向転換した後、メインエンジンを起動させてポッドは一直線にジョージワードの乗る艦へと進む。四機の戦闘艦が母艦から出てきたポッドに沿うようにして横についた。そのまま並行して進む。母艦よりもはるかに小さな戦闘艦だが、ポッドはそれよりも小さい。四機の内一機でも操縦を誤れば、簡単に押し潰されてしまうだろう。

 だが、そんな心配など無用だった。四機の戦闘艦は一定の距離をキープし、ポッドを無事送り届けた。ポッドは出た時と同じように、同じ場所へと格納されていく。

 ポッドを格納した区画に、重力が生まれ始める。合わせるように、ポッドもゆっくりと降下し、着陸した。入口が完全に閉じ、照明で区画内がライトアップされる。

 規則正しい行軍で、兵士たちがポッドの前に整列した。空気の抜ける音共に、ドアが開き昇降機が降りてくる。上官が指示を出し、兵士が二人、ポッドの中へと入っていく。一人がクシナダの腕を掴み連行するように、もう一人が台に設置されている破滅の火を慎重に抱えて降りてきた。彼は緊張から手に汗が滲むのを押さえられない。今自分の手には、銀河系を消滅させるほどのエネルギーを秘めた代物がある、そう考えると動きの一つ一つが慎重になる。彼の気持ちもわからなくはない上官や仲間たちは、焦らせることが無いよう、急かすことなく待つ。だが、そんな彼の気持ちを量れない人物が、この艦には一人乗っている。

『応答、応答せよこちらジョージワード。破滅の火は、まだ、まだか!』

 金切声が彼らの持つ通信機、および艦内放送で響き渡った。彼らの最高指導者であるジョージワードが待ちきれなくなって叫んでいるのだ。破滅の火を持っている兵士が怯えて肩を震わせる。それを見た仲間たちは違う意味で怯え、思わず彼の下に駆け寄ろうとした。全員が揃って両手を前に出して、何かを受け止めるように。幸い破滅の火は兵士の手から零れ落ちることはなく、一同は胸をなでおろした。そして、次いで各々通信機や艦内放送を流すマイクを憎々しげに睨む。

 やれやれ、とうんざり顔の上官が渋い顔で、二人の兵士に急ぐように指示する。二人は泣きそうになりながら命令を実行する。彼らが辿り着いた先、艦の中央に位置する司令室にはアトランティカを代表する、そうそうたる人間が勢揃いしていた。主だった官僚、将校が直立し、中央にジョージワードが椅子に座っていた。思ったより小柄だ、それがクシナダの印象だ。周りに並んでいるのが体格のいい連中ばかりだから余計に感じる。

「ようこそ裏切り者の姫君。居心地は、いかがかな?」

 きしし、と気味の悪い含み笑いでジョージワードはクシナダを迎えた。とりあえず、彼女の正体はまだ誰にもばれていないようだ。ジョージワードは台に破滅の火を置くように指示して、兵士たちを下がらせた。扉が閉まり、司令室はジョージワードと取り巻き連中とクシナダだけになった。

「大分手間取らせてくれましたな」

 そう言ったのは取り巻きの一人だ。位置的にジョージワード寄りなのでかなりの側近なのだろう。

「あなた方王家の専横もこれでおしまいです。これからは、ジョージワード様による新しきアトランティカが始まるのです」

「あなた方は、分かっておられるのですか。彼は破滅の火を用いて、再び戦争を始めようとしているのですよ」

 クシナダが言い返す。ある程度の質疑応答表を作成した成果が出ていた。また、彼女の耳には小型のイヤホンが仕込まれており、ここでの会話はカグヤたちに届き、カグヤたちからクシナダに連絡することも可能となっている。

「戦争ではありませんよ。アトランティカが諸国を従え、宇宙の盟主となるための覇道を進もうとしているのです。私たちアトランティカは古の神々に選ばれた種族なのです。我らこそが支配者になるべきなのです。そのために、神々は我らに破滅の火を残されたのです」

「私たちは、此度の戦争でも華しい戦果を数多く上げました。最も功績を挙げた我らはその時点で盟主に成れた。しかし、あなた方王族の弱腰外交のせいでそれもままならなかった。なんですかあの和平同盟は。もっとアトランティカに有利な条約を結べたはずです。アトランティカの国益を思うならば!」

『シェルターの中で怯え、戦場に出たことがないばかりか、無茶苦茶な命令ばかりだして迷惑しかかけなかった連中が、何を偉そうに・・・』

 熱く語る取り巻きAに対して、クシナダの耳にあるイヤホンからプラトーの苦々しい声が聞こえた。どうやら、全ての物事を自分たちの都合のいいように解釈できる羨ましい脳内フィルターが存在するようだ。結局のところ、こういう脳の人間の方が生きるのは楽だ。憎まれっ子世にはばかるとはこういうことが起因している。

 クシナダが黙っているのをいいことに、取り巻き達は好き放題文句を言い始めた。クシナダとしては、目の前に標的もいるし、作戦決行してもいいんじゃないの? とうんざりしている。

『クシナダ殿。お待たせしました』

 ネイサンが連絡を入れる。

『艦内の監視システムに侵入できました。クシナダ殿の位置情報も確認できたので、ナビゲートが可能です。本当なら艦の全システムを掌握したかったのですが、やはり無理でした』

 クシナダが行動に移せなかったのはこのためだ。次の手としてクシナダの脱出が必要になるが、その際艦内で迷子になっては本末転倒になる。そのために必要なのは艦内の見取り図とクシナダの現在位置を確認するための手段だ。ネイサンは艦の監視画像を自分たちでも見れるように準備をしていた。その準備が整ったのだ。

『映像解析からは、そこにいる連中に武器を持っている様子は見られません。あなただけだと油断しているからだと思われます。・・・すみません、私がお役にたてるのはここまでです』

「充分よ、ありがとう」

『ご武運を』

 通信終了と同時に、クシナダは四肢に力を込め、目だけを動かして相手の様子を窺う。数は、ジョージワードを含めて十名。

「どうした姫。異論があるなら言ってみろ!」

 打ちたい放題の言葉の弾丸に興が乗ってきたのか、取り巻き達はもはや政策に対する文句と言うよりはただの野次、罵詈雑言に成り果てていた。

 そんな中、クシナダはす、と一歩踏み出した。その行動の意味が読めず、口を開きかけたまま取り巻き達が固まった。クシナダは構わずもう一歩踏み出す。そこでようやく一人が取り押さえようと動いた。将校の一人だ。体格のいい彼は、姫が悪あがきに詰め寄ってきたのだと思っていた。だが、所詮はか弱い箱入り娘、力尽くで押さえつけるだろう、と手を伸ばし

「ふぇ?」

 次の瞬間、間抜けな声と共に宙を舞った。体重百キロオーバーの巨漢は、そのままやせ細った官僚たちをなぎ倒して床を転がる。残った、まだ立っている連中は何が起こったのか分かっていない。目から入った映像刺激を、脳で上手く処理できない。彼らの御都合フィルターが災いした。フィルターは確かに彼らにとって都合よく事象を理解しようとするが、逆に、自分に都合の悪いことが起こった場合はそれに対して拒絶反応が起こるようだ。だから真実が脳に行きつかない。

 そのタイムロスは致命的だ。残り六名と目標を定めたクシナダは既に相手に接近してる。相手にとってはこれ以上ない位不幸な未知との接近遭遇だ。雄弁に語っていた口は下からの掌底によって強制的に閉じられる。流れるようにそのまま隣にいた男の鳩尾へ踵が叩き込まれ、吐しゃ物をまき散らしながらくずおれる。残り、四。

 くずおれた男を踏み台にして、クシナダはイルカのジャンプのような大きな弧を描いて飛んだ。着地点にいる男の頭を両手で包み込み逆立ちする。そのまま相手の背中側に足を勢いよく落とした。両足で着地してサッカーのスローイングのように首を投げた。首から体は離れる訳にも行かないので、首の後に続いて飛び、一番遠くにいた男の頭とごっつんこと呼ぶには凶悪な音を立てて衝突した。着地したクシナダはそちらを見向きもせず、しゃがみ込み、最後の取り巻きの男の足を払う。綺麗に水平方向に体を倒した男の腹めがけて、上から瓦割りのよろしく拳を振り降ろした。ぎゅ、と奇妙な声を上げて男野意識が刈り取られる。

「ひ、い」

 ようやく事態を把握したジョージワードは少しでも距離を取ろうと後ずさる。立ち上がったクシナダは、今度は大股でジョージワードに近付き、あれ、と首をかしげる。なんとなく、違和感を覚えたのだ。

「貴様、姫ではないな!? 一体何者だ!」

 怯えたジョージワードの声に、クシナダは先ほどと同じ違和感に襲われる。モニターに映っていたジョージワードと、今目の前にいるジョージワードは、似ているが、何か違う。何というか、体からにじみ出る狂気性というか、そういう、纏っている雰囲気が違う様な気がしたのだ。彼女はタケル程ひねくれてはいないので、素直に、ジョージワードを指差して思ったことを口にした。

「あなた、誰?」

 その問いかけに、ジョージワードは怯えながらも、口元だけはニイと吊り上げた。それが答えだ。クシナダは自分の失態を悟り、振り返った。そこに置かれた破滅の火の存在を確かめるために。

「気づいたのは褒めてやる。しかし、一歩遅い!」

 ジョージワードと思われていた男が叫び、手に持っていたスイッチを押す。瞬間、台座が破滅の火ごと消失した。

『転送装置か!』

 ネイサンの悔しそうな声が響く。広い艦内を移動したり、物資を移動させたりするのには骨が折れる。そのために艦内だけで使用できる超短距離ワープが可能な装置が設置されている。それを使い、別の場所に転送させたのだ。クシナダはすぐさま取って返し、ジョージワードの偽物の胸倉を掴み上げる。

「ジョージワードはどこ?」

「く、くくく、知らんな。知っていても、教えることはできん」

「何ですって?」

 殴りつけてでも吐かせようとクシナダが行動に移すより先に、偽物は天に向かって手を掲げて叫んだ。

「アトランティカに栄光あれ!」

 次の瞬間、偽物は口から血の泡を吹いた。掲げられていた手はだらりと下がり、全身からも力が抜けていく。毒を仕込んでいたのか。唯一の情報源が消えた。ジョージワード陣営も偽物を使い、万が一に備えていたのだ。

『クシナダ殿!』

 茫然と死体を見つめていたクシナダは、ネイサンの声にはっと我に返る。

『脱出の準備をしてください! 警報が発動しました。治安部隊がそちらに向かっています!』

「破滅の火はどうするの?」

『転送装置はその艦の中だけが有効範囲なので、まだ艦内にあるはずです。おそらくジョージワードもそこにいると考えられます。こちらも緊急発進し、宙域は戦闘状態に入ります。こうなった以上、戦って艦を制圧するしかないでしょう。最悪の場合は撃墜し諸悪の根源を宇宙の塵にします。なので、クシナダ殿は今すぐ脱出し、こちらに戻ってきてください。私がナビします!』

 事態は変化し、すでにクシナダの手を離れた。ならば自分の命と彼らの作戦の邪魔をしないようにするのが優先だ。ネイサンの指示に従い、クシナダは司令室を飛び出した。背後から放たれた追っ手の怒声と銃弾が彼女を追い抜いて行く。

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