第188話 真相がいつも幸福であるとは限らない

「こうして、あなた方二人は連絡を取り合った。最初は、クズ野郎のせいで自分たちが警察に捕まるなんて納得いかない、なんて事を考えていたのかもしれない。でも、少しずつ、あなたの中に良心の呵責が生まれ始めた」

 莉緒の様子を確認する。彼女は動かない。自分の話の筋道が間違っていない証明とみて、彩那は話を続ける。

「手を下したのは自分だけで、穂積さんには迷惑がかからない。じゃあ、自首した方がいいんじゃないか。そう考えるようになってきた」

「勝手な憶測じゃないでしょうね会長。ミステリー漫画でも探偵は他人の心情を代弁するけど、証拠や理由に基づいて話してますよ。会長がそう思い至った理由は?」

「あなたの発言です。『早く犯人が捕まって欲しい』、つまり、自分の罪が明白になることを望んでいたから、無意識にそういう発言をしたんじゃないかと」

「なるほど。面白いわ。次のネームに使わせてもらおうかな」

「否定しないなら、そう受けとっても構わないわよね? 話を続けるわよ」

 ふう、と一つ息をして、再び彩那は話を始める。

「あなたが良心の呵責で悩んでいた頃、穂積さんは別の事で深刻な悩みがあった。学校に来れなくなったのです。学校に行こうとすると、吐き気や腹痛に襲われた。確かなことは言えませんが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)ではないかと考えられます。学校の帰宅途中に襲われたのですから、通学路でその時の恐怖を思い出しても不思議じゃありません。漫画の資料でギプスまで持っていたあなたは、医学知識も調べたことがあるのでしょう。穂積さんから相談を受けた時、あなたも真っ先にPTSDを疑ったはず。しかも気にかかるのは、あれだけの大暴れをしたにも関わらず、事件のことが全くニュースにならない。現場に足を運んだら、壁の傷がない。あなたは疑った。あれだけのズタボロにしたにも関わらず、男たちは軽症で済んだんじゃないか。傷跡を消したのは彼ら曰く知り合いの偉いさんたち。そして、莉緒さんも穂積さんも、次に同じ考えに至ったはず。無事だった彼らはまた、待ち伏せをしているかもしれない。今度は殺すつもりで来るかもしれない」

 穂積が息を飲んだ。その時の恐怖を思い出したのかもしれない。

「だから、あなたは穂積さんに休むように言った。彼女を休ませている間に、自分を餌にして彼らをおびき寄せ、どうにか対処しようとした。今では自由に動かせるその腕を使ってでも。安全を確保できたら、穂積さんはまた学校に来れるはずだ、彼らをどうにかするまでは捕まるわけにはいかない。そう考えた」

 どうだ、と彩那は莉緒と穂積、二人を見比べた。

 しばらく時間を置いた後、ゆっくりと彩那の拘束は緩んだ。莉緒はだらんと腕を下ろす。

「細かいところは違うけど、大体正解。さすがは生徒会長」

「褒められるほどのものではないわ。穂積さんからの話が大部分を占めるもの」

「会長は、私をどうする気ですか? 警察に突き出す?」

「そんなことしません。する意味がありません。言ったでしょう? この件はニュースになってない、事件になってないんです。起こってない事件に、容疑者は存在しません。警察に連れていったとしても、警察官が困るだけです。そっちこそ、どうして拘束を解いたんです?」

「穂積さんがここに来れる、それも無理やりじゃないって事は、彼女の不安は取り除かれた、そういう事でしょう? あなたか、あなたに調査を依頼した誰かが連中を何とかした」

「ああ、まあ、そうです。そんなとこです」

 歯切れ悪く、彩那は答えた。坂元からは二度と彼らが悪さをする事はないと伝えられたが、実際にどうなったかは詳しくは知らない。あまり突っ込まれて聞かれても困るので、彩那は話題を変えた。

「警察に突き出す事はしませんが、一つお願いがあります。ある人物に会って欲しい」

「それって、会長に調査を依頼した人?」

「そうです。あなたの腕のことも、相談できるかもしれません」

「本当ですかっ!?」

 驚いて尋ね返す莉緒に、彩那は頷く。

「ここまで来て嘘はつきませんよ。さすがの私も」

 嘘はついていない。けれど、彼女が坂元に会ったらどうなるかも話してない。おそらく自分と同じように首環をつけられるのだろう。実害を出しているのだから、自分も送られそうになった化け物どもの世界に放り込まれるのかもしれない。彩那は心の中で、希望を見出したように穂積と笑い合う莉緒に向かって十字を切った。



 坂元の話を、神妙な顔で莉緒は聞いていた。元に戻してもらった右手を左手と共に膝の上に乗せて、マナー講習を受ける新入社員のようだ。

 驚くべき事に莉緒は、いつか彩那も受けた坂元の説明、異世界やら神話やらの話をすんなりと受け入れていた。

「いや、何で受け入れられるのよ」

「? 何で受け入れられないの?」

 信じられないといった風の彩那が尋ねたら、逆に不思議そうに首を傾げられた。

「異世界とか別にあってもおかしくないでしょ? 漫画ならよくある話よ?」

 漫画脳にとっては不思議など不思議の範疇に入らないらしい。

「君は、自分のしでかした事の重大さを理解しているか?」

 坂元の問いに、唇を真一文字に引き締めて頷く。

「よし。まあ、自首しようと考えてたくらいだ。とやかく言う必要もないな」

 そして彩那と会った時と同じように、取り出したタブレットの画面をスクロールさせた。

「君には力を制御する術を学んでもらう。とりあえずは、三日か。この週末の金土日、泊まりで研修に行ってもらうよ。ご家族の許可は貰えるか?」

「部活の合宿で学校に泊まることにします。これまでも何度か泊まり込んだ事はあったから、大丈夫だと思います」

「OK。じゃあ、ここにサインしてくれ」

 坂元がタブレットを渡す。タッチペンで手鹿莉緒と本人が記載すると、画面に認証されたとポップアップが表示された。

 ・・・あれ? 首環は?

 訝しむ彩那をよそに、坂元と莉緒は話を詰めていく。

「研修後は、僕の元で働いてもらう。君が破損させたビルの壁の修繕費と、君がボコボコにした連中の治療費分及び、性格改竄費分だ。時間にして五百時間程度かな。異論は?」

 ありません、と言うが、莉緒はどこか納得していない様子だ。

「修繕費とか、治療費はわかりますけど、性格改竄費って何ですか?」

「ん? そのままの意味だ。連中の性格を改竄した。心を強制的に入れ替えられた彼らは、これまでの悪行を悔い改め、償うために私財を全額投げうって募金し、今頃は青年ボランティア活動で海外の貧困地域に赴き、献身的に働いている」

「は?」

 口をあんぐりと開けて驚く彩那に「人材は貴重でね」と坂元は肩を竦める。確かにそれなら、二度と悪さをする事はないだろうが、性格を改竄するなんて・・・。にわかには信じ難いが、坂元がこんな事で嘘つくはずがない。これだけ自分が驚いているにも関わらず、漫画脳の持ち主は、やはり驚くこともなく、のんきに「次の話に盛り込もうかな」とぶつぶつ呟いているのがちょっと悔しい。

「連中の費用を何故自分が、と思うかもしれないが、仕事は、君の能力の制御訓練を兼ねているものを選んで依頼するつもりだ。研修後の実習だと思ってくれ。それに、少ないが成果に応じて報酬も渡す」

「そう言うことを聞きたかったわけじゃないんですけど、奴らが二度とちょっかいかけてこないなら別にいいか。わかりました。お世話になります」

「ああ。こちらこそよろしく」

 握手を交わし、莉緒は帰って行った。玄関の扉が閉まった後、彩那が口を開いた。

「何か、私の時と対応が違わない? なんでそんなに優しいのよ」

 ああいう文学系の年下が好みなの? と茶化す。坂元は「対応に差があるのは当然だろう?」とため息をついた。

「手鹿莉緒は自分の罪を理解していた。制御後もむやみに使う事はないだろう。自分の罪を全然認めなかったお前とは違う」

「その呼び方。お前ってのも。何で彼女が君で私はお前呼ばわりなのよ」

「そりゃ第一印象が悪かったからだ。人間、第一印象でその後の扱いは決まる。大体、妹相手に君とか、気持ち悪いだろ」

「・・・え?」

 呼び方とか対応とかどうでもよくなるような衝撃的な発言が飛び出した。

「え、何・・・今何て言ったの?」

「第一印象が大事だって話」

「そうじゃなくて、その後! あんた今、妹って」

「ん? それがどうした?」

「いや、私一人っ子ですけど?」

 そこでようやく、坂元は彼女が何に驚いているのか気付いた。

「ん? あれ? 知らなかった、のか?」

 初めて、坂元が焦る。彼の焦りが、さらに彩那を焦らせる。

「な、何が? 何を?! 何の事っ?!」

「マジかよ・・・ルシフル・・・。だから僕んとこに送り込んだんじゃなかったのかよ・・・」

 坂元が天を仰いだ。

「ちょっと、一人で納得してないで説明してよ!」

 本当は説明など聞きたくなかった。とんでもない真実が隠れていそうだから。でもここで聞かないと、ずっと嫌な考えばかりが頭に浮かびそうだった。

「母親に離婚歴があるのは、知ってるか?」

「え、ええ。聞いたことあるけど・・・あ、ちょっと待って・・・」

 彩那はこめかみに指を当てて目を瞑った。そういえば、その話の流れで聞いたことがある。自分には兄がいると。会いたいかと聞かれ、別に、とそっけなく答えた記憶が蘇ってきた。あれ以降、母親も彩那を気遣ってか話をしなかったからすっかり忘れていた。

「・・・嘘でしょ」

「・・・嘘言ってどうする。兄妹で、同じ能力が使えるからお前は僕の所に送られたんだよ」

 知らないなら知らないって教えとけよ、と坂元が呻く。

「母親とは連絡を取り合ってはいたんだ。少々お節介な女が、頼んでもないのに彼女を探し出し、僕の連絡先を勝手に教えたらしくてな。ほぼ毎日、一日の報告が送られてくる。内容は、ほとんどがお前の自慢だ。一度も会った事はないが、一応兄として、ちょっと嬉しかった。ほう、僕の妹は兄に似なくて優秀で良かった、へえ、あの有名な進学校で生徒会長! すげえ! ってな感じで。なのに・・・」

 坂元が両手で顔を覆った。

「送られてくる能力者の名前を知って驚いた。優秀で自慢のはずの妹の名前だからだ。しかも、能力に目覚めていて、悪用してる? あの時のショックお前にわかるか?」

「勝手に期待して、勝手に失望しないでよ。いい迷惑よ」

「そいつは悪うございました。・・・リアルには、やはり理想の妹など存在しないことがよくわかった。一つ勉強になったよ。ありがとうな。僕の幻想をぶち壊しにしてくれて」

「どういたしまして。礼はいらないわ」

「遠慮すんなよ。お返しは、これからしてもらう予定だ。これでも忙しい身でね。タダで手伝ってくれるアシスタントが欲しかったんだ」

 すっと坂元が手を差し出してくる。

「これから、ヨロシク」

 明らかに莉緒の時とは違う意味合いを持つ握手だ。こっちだってショックだっつの、と吐き捨てつつも、彩那は思考を巡らせる。逃げ道はない。ならば、正面から。このいけ好かない、信じたくはないが同じ能力を持つ一応兄から、力の使い方ってのを全て学び、盗み、利用してやる。

 満面の笑みで、坂元の手をとり、可能な限りの可愛い声で応えた。

「こっちこそヨロシクね、おにいちゃん」

 初めての兄妹の握手は、ゴリ、と軋み音を立てて長く、長く続いた。

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