第226話 見せしめ
国中を、王命を受けた兵士たちが走り回っている。彼らの顔は日に日に険しさを増し、目には苛立ちが浮かんでいた。それもそのはず。王に探し出せと言われた男は、人相も名前もわからないのだから。ゆえに、彼らの手段は間接的にならざるを得ない。地道に住人たち一人一人に当たり、情報を集める。刑事ドラマで犯人の捜査ならばきっと実を結ぶ地道な努力だが、本件に関しては無駄な努力となる。彼らが探しているのは、確かに王にとっては厄介きわまる相手だろうが、兵たちが話を聞いている住民たちにとっては救世主なのだから。誰も彼もが口を噤み、知らないと首を横に振った。隠し立てすると罪に問われると脅される者も中にはいたが、けして口を割らなかった。知らぬ存ぜぬで押し通していた。
遅々として捜索が進まないことに、王は怒りを露わにした。そして、悪手を打つ。
ルゴスが下手に動けなくなり、教えに沿った行動、僕の概念に当てはめるならボランティア活動がし難くなった。つまり時間が出来てしまった僕たちは、こそこそと情報収集を行っていた。ルゴスに付きっ切りでも、何一つ敵に繋がる情報が出ない。押して駄目なら引いてみろとばかりに、ルゴスから距離を取ってみた。違う視点からなら、また別の何かが見えるかもしれないと、バシリアをぐるりと巡る。離れたことでティアマットが動き出すかも、という期待も少しだけあった。
街中は静かだった。以前より活気が失われているのは、けして気のせいじゃない。兵たちが目を光らせて、行きかう人々を監視していた。息がつまるようだ。彼らに見咎められるのを避けるため、住民たちは皆家の中に引きこもり、必要最低限の時以外は外出を控えるようになった。
兵の視界に入らないよう注意しながら進んでいると、王城の前の広場ががやがやと騒がしい。視線を向ければ、人垣が生まれていた。
「何あれ」
後ろのクシナダが手でひさしを作り、目を細めて眺めていた。
「行ってみる?」
彼女が頷いたのを見て、先を歩く。近づくにつれ、人の数も徐々に増えていく。外に出ているわずかな人をかき集めたかのようだ。
「見世物でもやるのかな」
自分でそう言っておいて、違うかな、と心の中で否定した。回りの人々からは、見世物に浮かれるような、わくわくしているような、楽しげな空気を纏っているようには見えない。むしろ、反対の、緊張感や不安を抱いているように見受けられた。
やがて、人々が取り囲んでいた王城の門が重々しく開く。武装した兵たちが自分たちを取り囲んでいる群衆の輪に沿うように隊列を組んだ。それ以上入るなと威圧され、群衆の輪は一回り大きくなった。兵たちがそれに追従するような事は無く、代わりに門から新たな人間が現れた。いや、引っ立てられてきた。
「あれは」
見覚えがあった。両脇をがっしりとホールドされて出てきたのは、最初にこの国に来たときに会った衛兵たちだ。首魁の話をしてくれた年若い兵もいた。彼らの後に、宝石等で過度に装飾された布を纏った、偉そうな男が現れた。悪代官の見本のような出で立ちだ。ワザとらしく咳払いした後、男は懐から巻き物を取り出し、恭しく広げた。
「この者たちは王命に従わず、己が責務を放棄したため、今、ここにいる。これより、この者たちを鞭打ちの刑に処す」
「待ってくれ! 俺たちが、一体何をしたというのだ! 俺たちは、真面目に職務を全うしてきた。王命に従わないなんてトンデモない! どうしてこんな目に遭わなければならないんだ!」
年嵩の、彼らの責任者が膝を着いたまま悪代官に訴えた。しかし悪代官は、やれやれと蔑みの目で彼を見下ろした。
「この期に及んで、まだそんな口を聞くのか。いや、それすら理解できぬ愚か者だからこそ、このような目に遭っているというべきか」
宜しい、と悪代官は巻き物に目をやる。
「報告では、お前たちは他の部隊が住民から話して聞いているのを妨害したそうではないか」
「妨害・・・?」
責任者は少し首を傾げ、数秒後に驚愕の面持ちに変化した。
「思い当たる事があるようだな」
勝ち誇ったように悪代官は口をゆがめた。
「ま、待ってくれ! あれは、他の部隊の連中が脅すような真似をしていたからだ。けして妨害ではない!」
「だが、そのせいで重要な手がかりを失った、と報告が上がっている」
「馬鹿な。あのまま続けていてもロクな情報を得られない。俺たちはバシリアの法に則り、彼らを諌めただけだ。何一つ後ろ暗い事はしていない」
「ほう、では、お前たちは、我らが偉大なる王が、誤っていると?」
「いや、そういうわけでは・・・」
「王命に従わないばかりか、王を侮辱するとは、何という傲慢さ。悪辣さ。貴様らの語る全てが誤りであるのはもはや明白!」
悪代官は回りの部下たちに視線を向けた。兵たちは責任者たちを取り押さえ、着ていた服を力任せに破り取った。
「王を侮辱しておきながら死刑にならなかっただけ、マシに思うがいい」
やれ。合図と共に、鞭が唸った。食いしばった歯が欠け、その隙間から苦悶の声が漏れている。
隣で動く気配がした。クシナダが矢をつがえようとしている。
「待て。何する気」
「止めないで。ちょっと助けるだけだから」
助けを考える人間が、こんな殺気立ってるのはおかしい。まさか、元凶である悪代官どもを撃ち抜けば助けられる、なんて短絡的な考えをしてるんじゃないだろうな。人を短絡的短絡的と馬鹿にしておいてそれはないだろう。
「待てって。助けるにしても、助け方ってもんがあるだろ。いい? 彼らはどんな目に遭ったって、この国で暮らしていかなきゃならない。もしここで僕らが彼らを助け出したとしよう。けど、次の日からは表を歩けなくなるぞ。自分の意思と関係なく、刑の途中で抜け出したって事は、この国の法を破ったとみなされる」
また、おそらくこれは見せしめだ。他の兵たちと、住民たちに対して。兵たちを追い込み、住民たちには妨害すればこうなると視覚的に訴えているんだ。
「だからって、自分たちを傷つける法の言いなりだなんて、おかしくない?」
「おかしいさ。僕らにとっては。けど、彼らはおかしい法の下でしか生きていけないんだ。そんな彼らの後のことまで僕らは責任持てない」
何より、ここで下手に動いて今後の調査がやりにくくなったら困る。本音と建前を使い分ける。僕も悪い大人の仲間入りだ。もう既に入ってた感はぬぐえないけど。
「じゃあ、どうしろっていうの?」
射抜くような眼光で睨まれても困る。正直僕は、彼らがどうなろうとどうでも良いんだけど。
「そうだな・・・」
取り囲んでる連中をなぎ払って助けるのは簡単だ。けど、調査がやりにくくなるのは困る。
「・・・よし」
妙案が浮かんだ。上手く行くかは五分五分だが。
「クシナダ。悪いんだけどひとっ飛びしてもらえる?」
「飛ぶって、どこに?」
「ルゴスの所。怪我人を数名搬送するけど、構わないかって」
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