第171話 剣帝の目的
シュマの部下が案内した先に、シュマ本人はいなかった。騙されたのかと思ったが、彼らは本当に知らないようだった。機嫌の悪いクシナダの前に連れていって再度脅しても涙ながらに首を振るだけだから、知らないとみていい。
「波乱のにおいがプンプンしてきたね」
「嬉しそうに言うことじゃないわよ」
呆れ顔のクシナダは、クルサに応援を頼むべきと判断して彼女たちの元へ飛んでいった。僕が嬉しそうだと嫌な予感しかしない、とぶつくさ言いながら。
シュマの部下二人には心当たりを探してくるように指示を出し、僕もうろうろと街を探索する。
なんとなく、だ。本当になんとなく、こっちじゃないかなという気がした。
向かったのは、アジ・ダハーカの血と屍骸で悪臭漂う塔付近だ。最も被害が大きく、倒壊などの二次災害や悪臭で誰も近づかなくなっている。隠れるにはもってこいの場所だ。が、たぶん、奴は隠れてるってわけじゃないんだろう。何らかの思惑があって行動していて、それがたまたま他の人間から見つかってないだけなんじゃないかな。
目の前に、アジ・ダハーカの屍骸がある。死してなお、異様な圧力を周囲に与え続けている。落ちた首の向こう、首を失った胴体付近で黒い影が見えた。ビンゴだ。
「そんなとこで何してんだ?」
影が振り向く。
「お前か」
シュマは始めて会ったときのように僕に笑いかけてきた。ただ、爽やかさとは程遠い、狂気を秘めたものになってしまっていたが。
「お前か、とはご挨拶な。人の剣を手下に盗ませて何をしようとしているか、気になるのは当たり前だろ」
シュマの右手にある朱色の剣。あんな悪趣味な色をしてる剣なんか他にないだろう。
「部下たちにはお前を殺せと命じていたんだが、しくじったようだな」
使えない連中だ、とシュマは吐き捨てる。
「が、まあいい。もはやどうでもいいことだ。目的は達したのだからな」
「目的?」
「そうだ。・・・お前は、これが何なのか知っているのか?」
朱色の剣を掲げた。
「僕が知ってるのは、馬鹿でかい蛇の牙から作られた、色々便利な道具ってことだけだ。後、化け物の力を喰ったりするってとこか」
僕の答えを、奴は鼻で笑った。
「受け継いでおいてその程度か。お前には分不相応な代物だ」
やれやれ、と呆れた様子でシュマが首を横に振る。
「じゃあ、あんたは知ってるってのか?」
「もちろんだ。この剣は、キサマが言った蛇の性質を受け継いでいる。力を喰うのはその性質の一部だ」
性質、だと?
「悪魔の欠片」
ポツリとシュマが零す。ドゥルジが言っていた、僕らの呪いの事だ。
「アジ・ダハーカもその蛇も、元は強大な悪魔の力『悪魔の欠片』を喰らって変質した『人間』だ」
そして、とシュマは唐突に剣をアジ・ダハーカの屍骸に突き立てた。
「奴らが言っていた欠片の奪い合い。その終着点は、完全なる悪魔となること。この悪魔の欠片を奪い合う遊戯は、悪魔を殺した化け物どものみの参加だが、抜け穴がある。欠片を持つ化け物を殺して自分が欠片保持者になれば、その遊戯に途中参加できる」
屍骸に突き刺さった剣が脈動し、朱色をさらに深く濃くする。
「遊戯に勝ち、悪魔の欠片を全て集める。これ即ち、古の時代、この世界を支配していた悪魔、その中でも最強の個体と同格の力を得られるということだ」
屍骸に変化が起きた。体表が剣につられたように赤く輝き、その一部がほろりと崩れた。タンポポの綿毛みたいに赤い光はふわりと空に舞い、次の瞬間には刀身に引き寄せられ吸収される。その間もアジ・ダハーカの体は光となって分解され、次々に剣に飲み込まれていく。
「タケル」
いつの間にかクシナダが僕の隣にいた。夜の空に、あの光は良く映えたことだろう。また、後ろからはクシナダやクルサにたたき起こされたと思しき狩猟者たちが、続々とおっとり刀で駆けつけてきた。光に吸い寄せられて集まるなんて、夏の虫じゃあるまいし。
「似たようなの見たことあるわ」
いつ、どこで?
「蛇神が死んだとき。あの時は砂になって消えたけどね」
何それ。僕知らないんだけど。
「そういや、あの時タケルは死にかけて気を失ってたっけ」
人が寝てる間に、ずいぶんと色々あったようだ。
済んだことを今更うだうだ言っても仕方ない。蛇神は僕たちに呪いをかけて、それから砂になって消えた。呪い、つまり悪魔の欠片が体から奪われたら消えるってことなんだろう。では、おのずとシュマがやっていることが見えてくる。
「途中参加する気なんだな」
アジ・ダハーカから悪魔の欠片を奪い取って。
「その通り」
満面の笑みをシュマは浮かべた。
「お前が間抜けで助かったよ。苦労して倒したアジ・ダハーカから欠片を奪いもせず眠ってしまうのだからな。おかげで俺はこうして、労せず欠片を奪える」
既にアジ・ダハーカの大半が消えてしまっていた。尾と胴体は消え、残るは唯一つながったままの首、ドゥルジの部分だ。
胴体の方から首も分解され、頭に到達したとき、違う変化があった。光となって形を失った首から、ずるりと人影が落ちた。
「ドゥルジ!」
正体に気づいたクシナダが叫び、飛び寄る。完全に消滅したアジ・ダハーカの体があった場所に、代わりに横たわっているのは人型のドゥルジだ。生きているのか死んでいるのか定かじゃないが、生存の可能性は高そうだ。完全に消滅するのが奴らの死であるなら、本体の原型が残っていたのなら瀕死ではあってもまだ生きていた可能性が高い。
「どうやら、悪魔に成りきれなかった人の部分のようだな」
横目でクシナダに介抱されるドゥルジを見下ろしながら、朱色の剣をシュマは掲げた。剣から右手を伝って吸収した光が流れ込んでいく。手に触れた光は奴の血管に入り込み、全身へと巡る。毛細血管まで行き渡っているのだろうか、今は奴自身が赤く発光している。クリスマスの飾りには、ちょっと悪趣味で使えなさそうだけど。
「不完全な人の部分を抱えたままであれば、人間に負けるのも必至。完全に悪魔となっていれば、結末はあるいは違ったかもしれんのに、愚かな奴だ。まあ、俺には都合が良かったがな」
「だから、自分が成り代わるってか?」
「そうとも。俺こそがふさわしい。そうは思わないか」
自慢げに話すシュマの姿が、徐々に変質していく。ごぼごぼと奴の体の内側から不定形なゲル状の物が溢れ出し、奴の体を覆っていく。幽霊を倒す映画でも出てきたスライムに良く似ている。あれも人の悪意に反応する物だったな。
「ああ、力が溢れて来る。これが悪魔の力か。お前がいつでも余裕ぶった態度をとっていられたのも納得だ。この全身に満ちる万能感! 人という小さな器を捨てた開放感! すばらしい。すばらしいぞ」
溢れ出る力とやらに全身を包まれて、大層ご満悦そうにシュマであったものはぷるぷる震える。人間捨ててまでスライムになりたいとは変わった奴だ。
「ひとつ、教えてくれ。あんた、一体どこでそんな知識を得た」
疑問はそこだ。悪魔の欠片を持ち、悪魔と出会ったことのある僕ですら知らないことをシュマは知っていた。こんな内情、文献が残っているとも考えにくい。残る可能性として。
「もしかして、他の化け物に会ったことがあるんじゃないか?」
僕が考えうる中で一番可能性が高い。となると、サソリを倒しながら考えてきた仮説に新しいパーツが加わることになる。
『聞いてどうする』
僕の質問に、シュマは答えない。
『これから死ぬ者に何を教えたところで無意味だ。お前は早々に俺に喰われる運命にある。俺が完全な悪魔となるために、お前の欠片を寄越せ』
人の質問には答えないくせに、自分の要求ばかりしやがって。何様のつもりだ。世の中はギブアンドテイクがスタンダードだってのに。
「この遊戯は、欠片を奪い合うのがルールなんだろ? 寄越せなんてつまんないこと言わずに、ルールにのっとって勝負しようや」
右手の手のひらを上に向け、くいくいっと指先を曲げ、挑発する。
「奪ってみろよ剣帝どの。出来るもんならな」
スライムが震えた。今度は歓喜ではなく、怒りによって。
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